雪
独特な幸福感
山のホテルに来るのは2度目だった。
前に来たときよりも季節は一歩進んで冬真っ最中。
例年より少し早く、そして予想以上に大量だったそうだ。
市街地でも積もるほどの雪。
通常なら1時間半ほどで山頂まで届けてくれる送迎バスが除雪作業が間に合わず昼過ぎに出発して、思った以上に時間がかかった。
5時間はバスにいただろうか。
徐々に雪深くなり、山肌が白く厚みを増し迫り出すように道幅を狭くしている中をゆっくりゆっくり進む。
いつ到着するのかな、トイレに行きたくなったらどうしようかな、そんな不安も芽生えなくはないけれど、そこは『わたしを楽しませる達人』と一緒にこのときを楽しもうと気持ちを切り替え、しりとりをしたりちょこっと可愛がってもらったり、雪に遮断された空間に諦めのような解放感を楽しむことができた。
誰からともなく、運転手さんと話したり、外に出てタバコを吸ったり用を足しはじめたり。
バス全体に似たような解放感を共有する妙な連帯感まで生まれはじめて、それも楽しんだ。
ようやくホテルが見えてくる頃には、もうあたりは薄暗くなっていた。
何を反射したのだろう。
深く明るい藍色に雪が発光していた。
この旅行のメインイベントはスノーシュー。
ご存知ですか?
かんじきのような雪道を歩くためのもの。
それを履いて山歩き。
山歩きの経験のある那智さんは、たかが片道3kmほどの道のりだとしても実は危険と隣り合わせにあることを知っていた。
りん子にペースを合わせるようにするけど、りん子も俺から離れないように。
疲れて、もう歩くのしんどいなと思う手前で言うように。
いろいろレクチャー。
心配していた吹雪にはならず、当日は雪もちらほら降ったりやんだりの天気だったので山歩きに出かけることに。
那智さんは、ポットにお湯を用意したり小さな銀マットをリュックに括り付けたり。
未経験のわたしは装備も有り合わせのにわかハイカー。
あまり体力も脚力も自信ないな〜と不安な気持ちを抱えながら、いざ出発^^
目当ての塔まで約3km。
前回訪れたときは秋だったから、夏の放牧の名残の牧草が点々とした広大な山肌があらわになっていたけれど、今回は一面まっしろ。
なんの遮へい物のない広大なまっしろ。
峰に沿うように歩きやすい道のりを示す杭やロープは点在しているその遠く先に小さく小さく目当ての塔が見える。
あそこまで歩くんだ〜。
新しい雪をスノーシューで踏みしめる。
まだこの辺りはいろいろな人の足跡がある。
塔までの山道は、峰沿いに弧を描く。
観光の除雪車の走った後が同じように弧を描いて伸びている。
しばらく、そのロープと除雪車の後を追うように峰を歩く。
ザクザクと。
那智さんの後にくっついて。
不意に除雪車のキャタピラとは違うラインに那智さんが向かう。
んん?
ロープを跨いだ。
振り返る。
わあ、山道から外れます!?
ほんと、普通がキライな人^^;
大丈夫かな、ちょっと不安。
「那智さん、わたしも行きますよね?」
「当然(笑)おいで。離れないように。疲れる前に言うんだよ」
手を取ってもらって柵を越える。
弧を描く峰の内側。
ぐわーっと谷になっている。
底があるようでないような、一瞬まじまじと見てしまう。
それでも那智さんについてザクザク進む。
まさに誰ひとり踏み込んでいない雪の起伏が目の前に広がった。
見上げると高い位置にロープと杭が見える。
自分が下がっているんだとわかる。
自分たちが存在している音しかない世界、ただただ那智さんの踏みしめるスソーシューの足跡に自分のそれを重ねるだけだ。
足の感覚から、まだ下っているのだろうと想像できる。
もう一度見上げてみる。
今度は杭もロープも見えない、少し灰色がかった曇り空が雪肌と混じり合うことなく広がっているだけだった。
ふと、不安になる。
小さく小さく『死』という存在に気づく。
いろいろ考えちゃう。
ここで吹雪になったら?
足をくじいてしまったら?
那智さんが突然消えちゃったら?(ばか、こういうことまで考えるのだ^^;)
淡々とペースを変えず歩く背中を見て、うん、きっと大丈夫と思う。
もしかして、わたし、きっと大丈夫と思いたくて不安な想像しているのかもね^^
不安も楽しみのスパイス。
あたりを見回す。
360度、白。
触れなくてもふわっとしていることがわかるような、なめらかな光沢。
時折雲の隙間から太陽が顔を覗かせるとさーっと明るくなってキラキラと輝きだす。
ああ、雪って水分なんだな〜。
雲が広がると、またさーっと1枚の布のようななめらかな白になる。
すごい、すごい!!
あまりに広くてあまりに白くて、距離感も高低差もまったくわからないの。
吸い込まれそう。
だけど、白の迫力は、自然の恐ろしさも同時に感じる。
立ち止まっていた。
気配を感じて那智さんが振り返る。
大きくぐいっと手招き。
うれしい。
またついていく。
でもね、ちょっと冒険したくなるのだ。
那智さんの足跡に自分のを重ねるのをやめてみる。
わざと。
ちょっとズレて足跡と隣り合わせになるように。
うふふ、わたしだってそれくらいできるのだ、『独り立ち〜』なんて思いながら。
真新しい雪は膝よりも深くて、一回一回踏み込み固め一歩進みが大変だった。
というこは、那智さんはそれをしていてくれたわけだ!!
うう、冒険終了^^;
早々に那智さんの作ってくれた足跡に戻る。
どれくらい歩いただろう。
登りになっていた。
杭とロープも頭を出している。
なんだか、天上界から下界に下りてきたみたいな気分(笑)
多分、距離にしたら長いけど、歩きやすさからいえば峰沿いのほうがラクだっただろう。
でも、除雪車のキャタピラの道を歩くのはきっと楽しさ半減だ。
高低差も距離感も麻痺するようなまっしろを味わえたぶん、小さな冒険はちょっと大変でもずっとずっと楽しい。
体力をすこし消耗したなと思い出した頃、目的の塔に着いた。
ふうと大きく深呼吸。
銀マットを敷いて、ポットのお湯でインスタントのお味噌汁をいれてくれた。
キンと冷えた空気の中。
熱々のお味噌汁の、おいしいことおいしいこと。
小さな冒険をやりきった充実感と疲労感はインスタントを極上の味に変えてくれた。
後から聞いたのだけど。
この前の夜、ほとんど可愛がってくれなかった。
のんびりと時代劇を見て、早々にお布団に入ってしまっていた。
なんだか、寂しいな〜とそんな那智さんを指をくわえて眺めていたけど、あれは体力温存のためだったそうだ。
いざとなったらりん子を担ぐくらいの気持ちで行かなきゃなと思っていたらしい。
そのくせに、わざわざ歩きにくくてスリリングなルートを選ぶ。
「そのほうがおもしろいだろ?」
たしかにおもしろかった。
実は記憶が定かではないのだけど、この帰り道はたしか観光の除雪車に乗せてもらって帰ったはずなんだ。
車内の写真が残っていたから。(あれ?違いましたっけ?帰りは山道を歩きましたっけ?もう4年以上前のことだから、忘れちゃった^^;)
だけど写真を撮った記憶はあるけど、それ以外の記憶がほとんどない。
この山歩きの記憶は行きの冒険のことだけが残っているのだ。
あのただまっしろの世界の記憶だけが強烈に。
すこしの冒険は人の心に残るんだね。
多少のリスクは背負いながらもいつもわたしに強烈な記憶を残してくれる那智さん。
いつもドキドキハラハラするけれど、それについていくのも、幸せだ。
さて^^
わたしも夏休みに突入です。
更新はぼちぼちの予定ですがお返事などなどが滞るかもしれません。
どうか気長にお待ちください^^
季節外れの雪のお話でちょっとでも涼しさをお届けできればいいな〜とノロケてみました〜(効果はいまひとつでも^^)
お盆休みの方もそうじゃない方も、猛暑の中、お見舞い申し上げます^^
そんでもって、真夏に生まれた那智さんただいま南のほうに出張中、だから雪の記憶のプレゼント♪
<関連エントリー>
旅行で揃えてみました^^
『知らないこと』鞭に振り返らないというお話…いまは振り返りまくり(笑)
『旅行123』
『ロマンチックなお話』
『夏の旅行1234567』
山のホテルに来るのは2度目だった。
前に来たときよりも季節は一歩進んで冬真っ最中。
例年より少し早く、そして予想以上に大量だったそうだ。
市街地でも積もるほどの雪。
通常なら1時間半ほどで山頂まで届けてくれる送迎バスが除雪作業が間に合わず昼過ぎに出発して、思った以上に時間がかかった。
5時間はバスにいただろうか。
徐々に雪深くなり、山肌が白く厚みを増し迫り出すように道幅を狭くしている中をゆっくりゆっくり進む。
いつ到着するのかな、トイレに行きたくなったらどうしようかな、そんな不安も芽生えなくはないけれど、そこは『わたしを楽しませる達人』と一緒にこのときを楽しもうと気持ちを切り替え、しりとりをしたりちょこっと可愛がってもらったり、雪に遮断された空間に諦めのような解放感を楽しむことができた。
誰からともなく、運転手さんと話したり、外に出てタバコを吸ったり用を足しはじめたり。
バス全体に似たような解放感を共有する妙な連帯感まで生まれはじめて、それも楽しんだ。
ようやくホテルが見えてくる頃には、もうあたりは薄暗くなっていた。
何を反射したのだろう。
深く明るい藍色に雪が発光していた。
この旅行のメインイベントはスノーシュー。
ご存知ですか?
かんじきのような雪道を歩くためのもの。
それを履いて山歩き。
山歩きの経験のある那智さんは、たかが片道3kmほどの道のりだとしても実は危険と隣り合わせにあることを知っていた。
りん子にペースを合わせるようにするけど、りん子も俺から離れないように。
疲れて、もう歩くのしんどいなと思う手前で言うように。
いろいろレクチャー。
心配していた吹雪にはならず、当日は雪もちらほら降ったりやんだりの天気だったので山歩きに出かけることに。
那智さんは、ポットにお湯を用意したり小さな銀マットをリュックに括り付けたり。
未経験のわたしは装備も有り合わせのにわかハイカー。
あまり体力も脚力も自信ないな〜と不安な気持ちを抱えながら、いざ出発^^
目当ての塔まで約3km。
前回訪れたときは秋だったから、夏の放牧の名残の牧草が点々とした広大な山肌があらわになっていたけれど、今回は一面まっしろ。
なんの遮へい物のない広大なまっしろ。
峰に沿うように歩きやすい道のりを示す杭やロープは点在しているその遠く先に小さく小さく目当ての塔が見える。
あそこまで歩くんだ〜。
新しい雪をスノーシューで踏みしめる。
まだこの辺りはいろいろな人の足跡がある。
塔までの山道は、峰沿いに弧を描く。
観光の除雪車の走った後が同じように弧を描いて伸びている。
しばらく、そのロープと除雪車の後を追うように峰を歩く。
ザクザクと。
那智さんの後にくっついて。
不意に除雪車のキャタピラとは違うラインに那智さんが向かう。
んん?
ロープを跨いだ。
振り返る。
わあ、山道から外れます!?
ほんと、普通がキライな人^^;
大丈夫かな、ちょっと不安。
「那智さん、わたしも行きますよね?」
「当然(笑)おいで。離れないように。疲れる前に言うんだよ」
手を取ってもらって柵を越える。
弧を描く峰の内側。
ぐわーっと谷になっている。
底があるようでないような、一瞬まじまじと見てしまう。
それでも那智さんについてザクザク進む。
まさに誰ひとり踏み込んでいない雪の起伏が目の前に広がった。
見上げると高い位置にロープと杭が見える。
自分が下がっているんだとわかる。
自分たちが存在している音しかない世界、ただただ那智さんの踏みしめるスソーシューの足跡に自分のそれを重ねるだけだ。
足の感覚から、まだ下っているのだろうと想像できる。
もう一度見上げてみる。
今度は杭もロープも見えない、少し灰色がかった曇り空が雪肌と混じり合うことなく広がっているだけだった。
ふと、不安になる。
小さく小さく『死』という存在に気づく。
いろいろ考えちゃう。
ここで吹雪になったら?
足をくじいてしまったら?
那智さんが突然消えちゃったら?(ばか、こういうことまで考えるのだ^^;)
淡々とペースを変えず歩く背中を見て、うん、きっと大丈夫と思う。
もしかして、わたし、きっと大丈夫と思いたくて不安な想像しているのかもね^^
不安も楽しみのスパイス。
あたりを見回す。
360度、白。
触れなくてもふわっとしていることがわかるような、なめらかな光沢。
時折雲の隙間から太陽が顔を覗かせるとさーっと明るくなってキラキラと輝きだす。
ああ、雪って水分なんだな〜。
雲が広がると、またさーっと1枚の布のようななめらかな白になる。
すごい、すごい!!
あまりに広くてあまりに白くて、距離感も高低差もまったくわからないの。
吸い込まれそう。
だけど、白の迫力は、自然の恐ろしさも同時に感じる。
立ち止まっていた。
気配を感じて那智さんが振り返る。
大きくぐいっと手招き。
うれしい。
またついていく。
でもね、ちょっと冒険したくなるのだ。
那智さんの足跡に自分のを重ねるのをやめてみる。
わざと。
ちょっとズレて足跡と隣り合わせになるように。
うふふ、わたしだってそれくらいできるのだ、『独り立ち〜』なんて思いながら。
真新しい雪は膝よりも深くて、一回一回踏み込み固め一歩進みが大変だった。
というこは、那智さんはそれをしていてくれたわけだ!!
うう、冒険終了^^;
早々に那智さんの作ってくれた足跡に戻る。
どれくらい歩いただろう。
登りになっていた。
杭とロープも頭を出している。
なんだか、天上界から下界に下りてきたみたいな気分(笑)
多分、距離にしたら長いけど、歩きやすさからいえば峰沿いのほうがラクだっただろう。
でも、除雪車のキャタピラの道を歩くのはきっと楽しさ半減だ。
高低差も距離感も麻痺するようなまっしろを味わえたぶん、小さな冒険はちょっと大変でもずっとずっと楽しい。
体力をすこし消耗したなと思い出した頃、目的の塔に着いた。
ふうと大きく深呼吸。
銀マットを敷いて、ポットのお湯でインスタントのお味噌汁をいれてくれた。
キンと冷えた空気の中。
熱々のお味噌汁の、おいしいことおいしいこと。
小さな冒険をやりきった充実感と疲労感はインスタントを極上の味に変えてくれた。
後から聞いたのだけど。
この前の夜、ほとんど可愛がってくれなかった。
のんびりと時代劇を見て、早々にお布団に入ってしまっていた。
なんだか、寂しいな〜とそんな那智さんを指をくわえて眺めていたけど、あれは体力温存のためだったそうだ。
いざとなったらりん子を担ぐくらいの気持ちで行かなきゃなと思っていたらしい。
そのくせに、わざわざ歩きにくくてスリリングなルートを選ぶ。
「そのほうがおもしろいだろ?」
たしかにおもしろかった。
実は記憶が定かではないのだけど、この帰り道はたしか観光の除雪車に乗せてもらって帰ったはずなんだ。
車内の写真が残っていたから。(あれ?違いましたっけ?帰りは山道を歩きましたっけ?もう4年以上前のことだから、忘れちゃった^^;)
だけど写真を撮った記憶はあるけど、それ以外の記憶がほとんどない。
この山歩きの記憶は行きの冒険のことだけが残っているのだ。
あのただまっしろの世界の記憶だけが強烈に。
すこしの冒険は人の心に残るんだね。
多少のリスクは背負いながらもいつもわたしに強烈な記憶を残してくれる那智さん。
いつもドキドキハラハラするけれど、それについていくのも、幸せだ。
さて^^
わたしも夏休みに突入です。
更新はぼちぼちの予定ですがお返事などなどが滞るかもしれません。
どうか気長にお待ちください^^
季節外れの雪のお話でちょっとでも涼しさをお届けできればいいな〜とノロケてみました〜(効果はいまひとつでも^^)
お盆休みの方もそうじゃない方も、猛暑の中、お見舞い申し上げます^^
そんでもって、真夏に生まれた那智さんただいま南のほうに出張中、だから雪の記憶のプレゼント♪
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