普通のひとで愛し合おう23
このとき、それ以外にも自分に強く言い聞かせていることがあった。
それは那智さんをコントロールする優越感を感じていはいけないということ。
これだけ自分の心と向き合い、人の様子を観察し共感してブログを書いてきたわたしなので、人の心が持つよろしくない無意識の感情を多少は理解しているつもり。
そのよろしくない感情のひとつに『人をコントロールする優越感』というものがある。
たとえば、アドバイスや助言のようなものの中に、自分の常識に当てはめて、その通りに人を動かす優越感が潜んでいたりするものだ。
アドバイスした相手が、その通りに動かなくて怒りの感情が湧いてしまうなんていうのは、自分が優位に立っていると思っていることの裏返しだったりするんだよね。
『あなたのためを思って』はある種危険な思考回路だ。
わたし自身、ひとにアドバイスするときなど、そこを注意して見てみると、わずかに優越感のような疼きがあるのがわかるんだ。
だから、それはダメと自分をコントロールしている。
逆に、誰かがわたしをコントロールしてこようとするのもわかる。
そういう感情はわりとあるのだ。
那智さんのことを心底心配して、どうしたらよいか真剣に考えアドバイスする。
得体の知れない絶望感と戦っている那智さんは、その瞬間わたしに救いを求めるような感情になる。
このときに気を抜くと『全能感』のようなものを感じてしまいそうになる。
そして、那智さんがわたしのアドバイス通りにしてくれないと(ならないと)落胆や心配のほかに懲らしめてしまいたいとか怒りとかが湧いて来そうになるのだ。
それはやってはいけないこと。
ごく普通の人間関係の中ではもちろんのこと、那智さんとわたしの関係性において『わたしが那智さんをコントロールしている』状態というのは、よろしくない。
傷ついている好きな男を支える、助けることは全力でするけれど、『那智さんのコントロールしている』快感を得ては関係性が崩れてしまうからだ。
だから、思い通りになれないとき、怒りをぶつけてしまわないようにぐっとこらえ、本来の目的である『那智さんの心の平安』のみを見据える努力をしていた。
(それでも、かなり感情的になってしまっていたけども)
これがわたしが何度も自分に言い聞かせてきたこと。
<関連エントリー>
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エネルギーチャージ?
140字もどき
みんなー、読みにきてくれてありがとねー!
長さまちまちで一日置きでモヤモヤしちゃうよね^_^;
それでも楽しんでくれたらうれしいです!
拍手や拍手コメントもありがとう。
普通にコメントくれても歓迎だからね(笑)
エントリーは『32』までで、そのあと現在の『まとめ』がひとつあって完結だから、もうすこしお付き合いくださいませー。
と、エネルギーチャージになるかならないか、わからないエントリーでした(笑)
おまけ!!
お肉を切る那智さんの手(笑)
エネルギーチャージになるか、いや、これもならないか(笑)
お肉を切る那智さんの手を載せて、おまけにしよう(笑)
みんなー、読みにきてくれてありがとねー!
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それでも楽しんでくれたらうれしいです!
拍手や拍手コメントもありがとう。
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エントリーは『32』までで、そのあと現在の『まとめ』がひとつあって完結だから、もうすこしお付き合いくださいませー。
と、エネルギーチャージになるかならないか、わからないエントリーでした(笑)
おまけ!!
お肉を切る那智さんの手(笑)
エネルギーチャージになるか、いや、これもならないか(笑)
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普通のひとで愛し合おう24
結局、ほとんど飲酒のせいもあって記憶がないような年末年始を乗り越え、毎年行われる年始の大きなイベントを迎える時期がきた。
その数日前、それまで何をどう促しても増えることはあれど、減ることのなかったアルコールを3日間飲まないことがあった。
この体と心の状態の中、イベント準備を進めることは大きなミスを生みかねないと那智さん自身危惧したのだろう。
やればできるじゃん(笑)とツッコミたくなるけど、そこはこらえ、アルコールを摂らないでいることの快適さに気づいてくれたらいいなと願いながら、わたしも『昨夜も飲んだのだろうか』と毎朝様子を伺う心もとなさが一時軽減されてうれしかった。
この時期は毎晩毎朝『ツラくなっていないだろうか』、1分1秒、とにかくずっと気が気じゃなかったな。
大きなイベントは、わたしも侵入してリンパマッサージしたりなんとか乗り切った。
それが終わって気が抜けたこともあっただろうか。
またすこし落ちるような日が戻ってきてしまった。
あるとき、ふと、ああ、そうか、これはわたしひとりが抱えるものではない、抱える必要はないんだと腑に落ちた。
那智さんは傷ついている。
それも相当。
そのために絶望感を味わっている。
あの苦しそうな様子は『気の持ちよう』とか『気合い』で済ませられるものではない。
風邪をひいたら医者にいくではないか。
適切なお薬を処方してもらい完治させるものだ。
那智さんもそうしてもらおう。
なんとなく精神的なことをお薬に頼ることは『最終手段』とか『後戻りできない』もののように感じられて敬遠しがちだけど、そんなことはない。
弱ったら適切に頼ればいいのだ。
それで仮に薬が手放せなくなったとしても、那智さんの残りの人生が快適であるなら、たかだか2、30年、飲み続ければいいではないか。
この思考に至ったら、ものすごく崩れそうになってしまって、わたしったらずいぶん気が張っていたんだなと思った。
ただ、これを即座に伝えて受診を勧めても得策ではないのが那智さん(笑)
体調を見て、話題を読み、ここだというときに他者の通院の話題から『そんな方法もありますね~』と促してみる。
それでも、やっぱり避けようとする。
いままで何事も気合いで生きてきた那智さんからしたら精神的なことで病院にいくことは認めたくないことだろう。
さらに、そこで症状やこれまでの夫婦の経緯なども話さないといけないことも、大きなハードルだった。
それは『プライド』はもちろん、結婚生活を反芻することはあのときの那智さんにとって傷を抉るようなことだったから(実際、それに触れると『落ちる』のだ)、恐怖も伴っていたはずだ。
いや、どうせならもっと落ちるところまで落ちてからでもいいんじゃない(笑)
冗談っぽく自虐的に現実から目を目を逸らそうとする。
わたしを避けようとしている心理と近いものだろう。
わたしは思わず(すこし意識的に)涙を流した、涙が流れることを止めなかったが正解か、とにかく、この怒濤の2か月の間ではじめて那智さんの前で泣いた。
もう、わたしひとりでは限界です
病院にいきましょう
生理も止まっていることも伝え、泣き落としの形で心療内科にお薬をもらいにいきことの了解を得た。
ゴールの見えない暗闇の中をひとり歩いていたようだったけど、このときやっと遠くに光りが見えたようだった。
普通のひとで愛し合おう25
そのころ、那智さんにご自分を把握してほしくて(何事も自覚することが最初の一歩)、簡単な日記をつけてもらっていた。
前日のアルコール量と体調と気分を簡単に。
できれば、Qさんへの感情や出来事(那智さん、これも相当『健忘』しているんだよね)も書ける範囲で書いてもらっていた。
これらは那智さんの回復の手助けにもなるし、後に診療や弁護士への相談に役立てることができた。
それをもとに心療内科で薬を処方してもらう。
わたしも付き添う。
このときの那智さんは自分の現状を話すだけで、『いろいろ思い出してしまって苦しくなる』ことに繋がってしまうので、わたしが代わりに伝えるのだ。
しかも、たぶん、わたしのほうが客観的に那智さんの状態を把握できていたし。
病院の予約を入れて那智さん自身もホッとしたのだろうか、すこし食欲も戻り雰囲気も以前のような感じになる日もあり、お薬を処方してもらってからも『落ちない』感じの日もあった。
多少ましな感じにはなったけど、やはり慣れない薬だし、先生も最初は『最悪』から脱出させるために多めに処方したのだろう、しばらくはお薬に振り回されているようだった。
那智さん自身も怖いと感じるほど気分が高揚することもあるようだった。
また、アルコール量は相変わらずで、薬との飲み合わせも、おそらくよくないこともあっただろう。
休日は朝から飲む状態は相変わらずだし、夜多少抑えられても夜中に起きてまた飲んだりと、逆に高揚しているがゆえの暴走みたいな状態のときもあった。
お薬とアルコールの関係は明らかによくないことは想像できるけど、ハッキリとした根拠がなく、しばらく、お薬に頼りながら、日々、高揚と暴走気味と反動で落ち込む合間に貴重な穏やか状態がある、そんな感じで過ごしていた。
普通のひとで愛し合おう26
お薬を飲み出して、もうすぐ一か月が経つ2月最初の週末、ある出来事が起きる。
金曜の夜、あることで話し合いをするのだけど、那智さんはそのまま旧友と飲むことになっていたので答えは出ず終了。
どうやら旧友と深夜まで飲み、朝起きてからも飲んでいたのだろう。
土曜日に仕事があったわたしは移動中にも電話で話すけど、話しにならない。
わたしも仕事もあり、その日は家族の予定もあってゆっくり話せず、結局、話し合いは無理やり決着をつけるような形になってしまった(ちょっと曖昧でごめん!!)
その決着のつけ方が那智さんには不本意だったこともあり、さらにアルコールが増えた。
おそらく、あの2015年2月最初の土曜日と日曜日の2日間、アルコール漬けで那智さんの記憶は飛んでいる。
案の定、月曜日に会ったけど激しく『落ちて』いた。
たしかに、那智さんには不本意な決着のつけ方だったとは思うけど、それにしても、あの飲酒量と記憶のなさと『落ち』は、もう限界の域だ。
いままで漠然と『自分に優しく』と促してきたけど、もうすこし具体的に説得しなければ危ないとわたしは判断した。
水曜日に会う。
火曜日、那智さんを説得できる根拠を揃えようとわたしはネットを漁った。
那智さんにアルコールを控えてもらいたい、お薬と上手に付き合ってほしい、ただ『ダメ』というのではなく、脅す方法もせず、那智さんができるだけ快く取り組めるための明確な根拠と具体的な数字が必要だった。
ネットには『抗うつ剤を飲んでいる人はアルコールを控えましょう』と漠然としたことばかりで、なぜ控えないといけないのかハッキリと書いているものがない。
(那智さんの飲んでいたお薬は厳密には抗うつ剤ではないのだけどね)
那智さんに動いてもらうには『控えましょう』ではダメなのだ。
パソコンに向かい、それらしき情報を読み漁る。
次第に、那智さんの症状を引き起こす原因なども理解していき、『アルコールはよくない』以外の知識も増えていった。
そんな中、やっと抗うつ剤とアルコールについて具体的なアドバイスが書かれているサイトを見つけた。
それがどこまで正しいかはわからない、ただ漠然と『控えましょう』よりずっと那智さんを説得できる。
そこには『アルコールを摂取する時間帯』と『飲酒後の薬を飲むタイミング』が理由とともに具体的に書かれてあった。
頭から『ダメだ』としないこの方法はわたしが好きな方法。
だって、『ダメ』でできれば、やらないもんね、それでもやってしまうから依存状態なわけで、その依存状態を抜け出したいなら、まず『依存先』とうまく付き合う(ある意味肯定)ことがはじめの一歩だもの。
散々ブログで書いてきた『肯定』や『依存』や『弱さを貫く強さ』なんかは、この思考に繋がる。
わたしはわたしのやり方を信じ、那智さんに伝える。
必要な情報を組み合わせ、できるだけ読みやすく簡略化し、ぜったい読んでほしい部分にマーカーを引き。
『養生計画』とタイトルをつけて、短期と中期の計画書も作成する。
短期は、来週の会う日に穏やかに会えるようにと一週間分、中期はそれを継続できるようにすこし緩やかに数パターンのすごし方。
短期計画でひとまず危機状態から脱してもらって、中期計画の中でアルコールを控えると調子が良いという成功体験を積んでもらう。
明日、会うときに説明しながら読んでもらおう。
説明するためにはわたし自身も理解していないといけないから、サイトを何度も読み直した。
すこしでも那智さんに楽になってもらいたい。
アルコールはやめてとはいわないけど、よい具合いに減らしていってほしい。
無理をすることは、いまの那智さんの精神状態にはよくないから、快く。
わたしは、必死だった。
プリントアウトした数枚の紙をクリアファイルに入れて、翌日、那智さんに会いにいった。
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