間違えてた(笑)
わあ、予約投稿間違えちゃってたね!
4/29、4/30と連日更新になってた。
今日更新だと思ってさっき見たら拍手いっぱいもらえてて、「なに?この数時間で!!」とびっくり、改めて確認したら昨日更新してた(笑)
次の予約投稿は明日5/2になってるから、そのままにして、そこから一日置き更新で続けます。
どちらにしても、拍手はとてもうれしいです、ありがとう!
拍手コメントは非公開なので、どんどんつぶやいてもOKよー(お返事はできませんが)
では、また明日ー!!
4/29、4/30と連日更新になってた。
今日更新だと思ってさっき見たら拍手いっぱいもらえてて、「なに?この数時間で!!」とびっくり、改めて確認したら昨日更新してた(笑)
次の予約投稿は明日5/2になってるから、そのままにして、そこから一日置き更新で続けます。
どちらにしても、拍手はとてもうれしいです、ありがとう!
拍手コメントは非公開なので、どんどんつぶやいてもOKよー(お返事はできませんが)
では、また明日ー!!
普通のひとで愛し合おう8
12月に入ってからも日常の電話の声はいつも苦しそうだった。
『離婚』を進めることはこんなに苦しいのか、こんなにも『りん子がそばにいない』ことが足下がぐらつくような不安になるのか。
とにかく不安で気持ちが沈んで苦しそうだった。
いつもの強くて、ちょっとのことではビクともしない那智さんが毎日辛そうにしてるのは、わたしも辛かった。
那智さんの快適を願い過ぎるほど願うわたしにとって、日々那智さんが苦しいのは我がこと以上にツライ。
だからといって、こちらに当たるような人ではないし泣き言をいい続ける人でもないので、苦しさを押し殺すような声がよけいにわたしの胸を締め付ける。
わたしがなんとかしなければ。
わたしは那智さんの快適のため、一日のうちに一分でも一秒でも穏やかでいられるように、心を砕いた。
たくさんお話しをした。
離婚は当然辛いものだし、自分を責める気持ちもある。
那智さんは案外保守的なところがあって『結婚』に拘ることもあるので、それがなくなる不安もあるだろう。
わたしが癒しになるのはわかるから、きっと癒しを求めるあまり『りん子がいなければ』という思考になるのだ。
那智さんは悪くない。
わたしはあなたから離れない。
いま隣りにいなくても心はいつもあなたのそばにいます。
ときに冷静に分析し、ときに励まし、様々なアプローチで辛さを軽減してもらおうと画策した。
でも、何を話しても「そうかな」「そうかもな」というだけで、精神状態はなにも変わらないようだった。
相変わらず、『りん子が隣りにいない』ことに恐怖を覚えるような感じだった。
どうしたんだろう。
辛いのは理解するけど、普通ならこれだけ話せば合点のいく思考に出会い、自分で回路を繋げ納得してもらえるはずなのに。
そして、納得できたら切り替えられる人なのに。
何かに取り憑かれたように不安そうにする那智さんが、わたしの知らない那智さんのようで、でも、とても不憫だった。
寸暇をおしんで話し合う。
この日もこのところと同じ様に「どうしてこんなに辛いんだろう」とわたしの不在を不安に思う那智さん。
あああ、そうか。
那智さんは傷ついているんだ。
わたしは自分の経験を振り返る。
モカのあと、わたしはずいぶん長いこと幻想に苦しんだ。
あるとき気づいたんだ。
わたしにも悪いところはあったし誰かを責める気持ちではないのだけど、わたしは『傷ついていたんだ』と適正に理解することが大事だと。
モカのあと、些細なことや無関係なことで負の感情に支配されて那智さんを困らせていたのは『傷ついていた』からだ。
不思議なもので脳というものは『傷ついていた』と認識させるのではなく、傷を別のものに変換させて解消しようとする。
でも、本当は傷そのものに気づき、目を向けないと解決にはならないのだ。
自分にも悪いところはあったことはひとまず置いておいて、わたしは傷ついていたんだ、だから、別のいろいろで勃発するのだと、あるとき理解した。
いまの那智さんは、それだ。
つい2週間前には『離婚に向けて進めることは恐ろしく辛い』だったのに、先週からは『りん子がいなければ』に変わった。
まるで『離婚うんぬん』の辛さはなかったかのように。
要するに、那智さんの脳が那智さんを苦しめる理由はなんでもいいのだ。
脳は傷ついていることを自覚させない代わりに、別な理由をつけて苦しめているのだ。
わたしがそうだったのと同じように。
那智さんは傷ついているのだ。
当然といえば、当然。
責任感の強い人が離婚を決意をするのだ、さらに(後日概念を知るが)モラハラの深刻な被害に遭っていたのだ、傷ついて当然のこと。
『強い』人だったから、その当然負うはずのものに気づけなかった。
那智さんが自覚できないことをわたしがわかるはずはない、でも、わたしはずっと那智さんを見てきた、そして、たくさん心を探りエントリーにもしてきた。
好きな人を知りたいと同化したいわたしの欲は、ときに本人も気づかないことを気づかせてくれる。
那智さん、傷ついているのではないですか?
そう投げかけでも、やはりピンと来ていない。
那智さんの辞書に『傷つく』なんて文字はないのだろう。
でも、だからこそ、深い深い傷になったのだ。
人の脳は不思議だ。
なぜか『傷』から目を背ける。
目を背けて別な理由で苦しさを味わわせる。
おそらく、その傷を直視することが怖いのではないだろうか。
直視すれば傷の深さも知ってしまうし、傷を知れば傷つけた対象とも対峙しなければならない。
それが怖くて、別な理由に逃げているのだ。
脳って自分の味方のはずなんだけど、安直な手を使って目を逸らせるんだよね。
まあ、それほどまでに深い傷だったのだとも言える。
ねえ、那智さん、那智さん、傷ついているんですよ
いままでずっと、その傷を見ないようにしてきたから気がついていないだけで、本当はすごく傷ついているの
分厚い鎧で隠していたけど中には深い傷があって、その上からさらに何度も何度も傷つけられてきて、見ないようにしてきたから、どんどん膿んでいて、もう心が悲鳴をあげているんです
それを見ないように他の苦しいでごまかしているの
俺、傷ついているの?
なんで見ないようにするの?
わたしの経験とわずかな知識に基づいた説明をする。
傷を癒すには、まずその傷の存在に気づかないといけない。
そうしないとどんどん膿みは進行するし、見ないようにわざと別の苦しさを味わわせて余計に悪化させる。
足をざっくりと切っているのに、体力つけようとジョギングするような、ぜんぜん違うことでごまかすようなものだ。
何十年も分厚い鎧で心を覆ってきた『男の子』の深い深い傷を白日の下に晒すのは容易ではなかった。
本人も辛いだろう。
気づいたら、途端に痛みを感じることは想像に容易い。
でも、きっとここはきちんと見ないと回復にはならない。
あのとき、わたしが苦しんだことは無駄ではなかった。
モカのことがなかったらここには繋がらなかった。
苦しみ見つけた思考が、数年後那智さんを助けることになるとは。
モカちゃんに感謝だ。
12月に入って間もない夕方だった。
冬は夜が来るのが早い。
我が子に夕飯を用意しないといけない時間が迫っている。
街灯の灯りが浮かぶ冷えた空気の中、ひと通りの少ない道路、一分でも話を続けたい気持ちで目的もなくぐるぐる歩き回る。
どうか、神様、那智さんを助けてください。
深く傷ついている人の傷を癒す一歩を踏み出せるように、傷ついていたんだと理解して、そして、その傷を癒せるように。
言葉を選び、力をこめ、祈るように。
あなたは傷ついているんだと、わたしは愛する男に伝えていた。
『離婚』を進めることはこんなに苦しいのか、こんなにも『りん子がそばにいない』ことが足下がぐらつくような不安になるのか。
とにかく不安で気持ちが沈んで苦しそうだった。
いつもの強くて、ちょっとのことではビクともしない那智さんが毎日辛そうにしてるのは、わたしも辛かった。
那智さんの快適を願い過ぎるほど願うわたしにとって、日々那智さんが苦しいのは我がこと以上にツライ。
だからといって、こちらに当たるような人ではないし泣き言をいい続ける人でもないので、苦しさを押し殺すような声がよけいにわたしの胸を締め付ける。
わたしがなんとかしなければ。
わたしは那智さんの快適のため、一日のうちに一分でも一秒でも穏やかでいられるように、心を砕いた。
たくさんお話しをした。
離婚は当然辛いものだし、自分を責める気持ちもある。
那智さんは案外保守的なところがあって『結婚』に拘ることもあるので、それがなくなる不安もあるだろう。
わたしが癒しになるのはわかるから、きっと癒しを求めるあまり『りん子がいなければ』という思考になるのだ。
那智さんは悪くない。
わたしはあなたから離れない。
いま隣りにいなくても心はいつもあなたのそばにいます。
ときに冷静に分析し、ときに励まし、様々なアプローチで辛さを軽減してもらおうと画策した。
でも、何を話しても「そうかな」「そうかもな」というだけで、精神状態はなにも変わらないようだった。
相変わらず、『りん子が隣りにいない』ことに恐怖を覚えるような感じだった。
どうしたんだろう。
辛いのは理解するけど、普通ならこれだけ話せば合点のいく思考に出会い、自分で回路を繋げ納得してもらえるはずなのに。
そして、納得できたら切り替えられる人なのに。
何かに取り憑かれたように不安そうにする那智さんが、わたしの知らない那智さんのようで、でも、とても不憫だった。
寸暇をおしんで話し合う。
この日もこのところと同じ様に「どうしてこんなに辛いんだろう」とわたしの不在を不安に思う那智さん。
あああ、そうか。
那智さんは傷ついているんだ。
わたしは自分の経験を振り返る。
モカのあと、わたしはずいぶん長いこと幻想に苦しんだ。
あるとき気づいたんだ。
わたしにも悪いところはあったし誰かを責める気持ちではないのだけど、わたしは『傷ついていたんだ』と適正に理解することが大事だと。
モカのあと、些細なことや無関係なことで負の感情に支配されて那智さんを困らせていたのは『傷ついていた』からだ。
不思議なもので脳というものは『傷ついていた』と認識させるのではなく、傷を別のものに変換させて解消しようとする。
でも、本当は傷そのものに気づき、目を向けないと解決にはならないのだ。
自分にも悪いところはあったことはひとまず置いておいて、わたしは傷ついていたんだ、だから、別のいろいろで勃発するのだと、あるとき理解した。
いまの那智さんは、それだ。
つい2週間前には『離婚に向けて進めることは恐ろしく辛い』だったのに、先週からは『りん子がいなければ』に変わった。
まるで『離婚うんぬん』の辛さはなかったかのように。
要するに、那智さんの脳が那智さんを苦しめる理由はなんでもいいのだ。
脳は傷ついていることを自覚させない代わりに、別な理由をつけて苦しめているのだ。
わたしがそうだったのと同じように。
那智さんは傷ついているのだ。
当然といえば、当然。
責任感の強い人が離婚を決意をするのだ、さらに(後日概念を知るが)モラハラの深刻な被害に遭っていたのだ、傷ついて当然のこと。
『強い』人だったから、その当然負うはずのものに気づけなかった。
那智さんが自覚できないことをわたしがわかるはずはない、でも、わたしはずっと那智さんを見てきた、そして、たくさん心を探りエントリーにもしてきた。
好きな人を知りたいと同化したいわたしの欲は、ときに本人も気づかないことを気づかせてくれる。
那智さん、傷ついているのではないですか?
そう投げかけでも、やはりピンと来ていない。
那智さんの辞書に『傷つく』なんて文字はないのだろう。
でも、だからこそ、深い深い傷になったのだ。
人の脳は不思議だ。
なぜか『傷』から目を背ける。
目を背けて別な理由で苦しさを味わわせる。
おそらく、その傷を直視することが怖いのではないだろうか。
直視すれば傷の深さも知ってしまうし、傷を知れば傷つけた対象とも対峙しなければならない。
それが怖くて、別な理由に逃げているのだ。
脳って自分の味方のはずなんだけど、安直な手を使って目を逸らせるんだよね。
まあ、それほどまでに深い傷だったのだとも言える。
ねえ、那智さん、那智さん、傷ついているんですよ
いままでずっと、その傷を見ないようにしてきたから気がついていないだけで、本当はすごく傷ついているの
分厚い鎧で隠していたけど中には深い傷があって、その上からさらに何度も何度も傷つけられてきて、見ないようにしてきたから、どんどん膿んでいて、もう心が悲鳴をあげているんです
それを見ないように他の苦しいでごまかしているの
俺、傷ついているの?
なんで見ないようにするの?
わたしの経験とわずかな知識に基づいた説明をする。
傷を癒すには、まずその傷の存在に気づかないといけない。
そうしないとどんどん膿みは進行するし、見ないようにわざと別の苦しさを味わわせて余計に悪化させる。
足をざっくりと切っているのに、体力つけようとジョギングするような、ぜんぜん違うことでごまかすようなものだ。
何十年も分厚い鎧で心を覆ってきた『男の子』の深い深い傷を白日の下に晒すのは容易ではなかった。
本人も辛いだろう。
気づいたら、途端に痛みを感じることは想像に容易い。
でも、きっとここはきちんと見ないと回復にはならない。
あのとき、わたしが苦しんだことは無駄ではなかった。
モカのことがなかったらここには繋がらなかった。
苦しみ見つけた思考が、数年後那智さんを助けることになるとは。
モカちゃんに感謝だ。
12月に入って間もない夕方だった。
冬は夜が来るのが早い。
我が子に夕飯を用意しないといけない時間が迫っている。
街灯の灯りが浮かぶ冷えた空気の中、ひと通りの少ない道路、一分でも話を続けたい気持ちで目的もなくぐるぐる歩き回る。
どうか、神様、那智さんを助けてください。
深く傷ついている人の傷を癒す一歩を踏み出せるように、傷ついていたんだと理解して、そして、その傷を癒せるように。
言葉を選び、力をこめ、祈るように。
あなたは傷ついているんだと、わたしは愛する男に伝えていた。
普通のひとで愛し合おう9
那智さんは傷ついている。
わたしが想像するより本人さえも思いもしないほど、どうやらかなり深刻な心の傷になっているようだった。
まず、その傷を認め、自分を慰め、適切に怒り、そして『いまはそうではない』と理解すること。
あの12月のはじめに辿り着いた気づきは、そこからはじまる長い戦いのはじめの一歩だった。
まず、那智さん自身が『自分は傷ついているんだ』と理解することろからはじめなければならなかった。
長年の『男の子』ゆえのバリアとQさんからのモラハラの攻撃から身を守るために、相当分厚い鎧をまとっていたから、その鎧を外してもらうようにする。
だけど、仕事が大変な時期でもあったし、長年培った特性はそう簡単に変えることはできない。
それでも、『あなたは傷ついているのだ』と理解してもらうためにいろいろ話す。
わたしの言っていることを理解しようと努め、でも、長年の特性でつい鎧を着てしまい、また辛くなる。
那智さんの中でも葛藤や不安との戦いがひしひしと伝わってくる。
強くてちょっとやそっとじゃビクともしない那智さんはどこにいってしまったのだろう。
ずっと弱音を吐き続けたり不機嫌になったりは相変わらずしないのだけど、声のトーンで苦しいのは十分理解できるし、『りん子がいなければ』というような強迫観念に駆られる様子は普通ではないとわかる。
とにかく、あなたは傷ついている。
そして、その傷がいろいろな形に変わってあなたを苦しめているんんだ。
だから、苦しい感情に支配されそうになったら、それは傷のせいだと理解していきましょう
こんなことをくり返し伝えた。
那智さん自身も藁をも掴む気持ちもありわたしの必死の訴えを多少無理矢理でも乗っておこうと思ってくれたので、あの気づきの日以降、那智さんは自分は傷ついている、辛いんだと一生懸命、自分の心に蓋をしないように努めてくれた。
でも、これがまたしんどいのだ。
だって、いままで見て見ぬふりを何十年も続けてきた傷に目を向けるのだ。
蓋をして気づかないでいてしまいたくなる葛藤と、見た後の苦しみと戦わなければならない那智さんは本当に苦しそうだった。
わたしが想像するより本人さえも思いもしないほど、どうやらかなり深刻な心の傷になっているようだった。
まず、その傷を認め、自分を慰め、適切に怒り、そして『いまはそうではない』と理解すること。
あの12月のはじめに辿り着いた気づきは、そこからはじまる長い戦いのはじめの一歩だった。
まず、那智さん自身が『自分は傷ついているんだ』と理解することろからはじめなければならなかった。
長年の『男の子』ゆえのバリアとQさんからのモラハラの攻撃から身を守るために、相当分厚い鎧をまとっていたから、その鎧を外してもらうようにする。
だけど、仕事が大変な時期でもあったし、長年培った特性はそう簡単に変えることはできない。
それでも、『あなたは傷ついているのだ』と理解してもらうためにいろいろ話す。
わたしの言っていることを理解しようと努め、でも、長年の特性でつい鎧を着てしまい、また辛くなる。
那智さんの中でも葛藤や不安との戦いがひしひしと伝わってくる。
強くてちょっとやそっとじゃビクともしない那智さんはどこにいってしまったのだろう。
ずっと弱音を吐き続けたり不機嫌になったりは相変わらずしないのだけど、声のトーンで苦しいのは十分理解できるし、『りん子がいなければ』というような強迫観念に駆られる様子は普通ではないとわかる。
とにかく、あなたは傷ついている。
そして、その傷がいろいろな形に変わってあなたを苦しめているんんだ。
だから、苦しい感情に支配されそうになったら、それは傷のせいだと理解していきましょう
こんなことをくり返し伝えた。
那智さん自身も藁をも掴む気持ちもありわたしの必死の訴えを多少無理矢理でも乗っておこうと思ってくれたので、あの気づきの日以降、那智さんは自分は傷ついている、辛いんだと一生懸命、自分の心に蓋をしないように努めてくれた。
でも、これがまたしんどいのだ。
だって、いままで見て見ぬふりを何十年も続けてきた傷に目を向けるのだ。
蓋をして気づかないでいてしまいたくなる葛藤と、見た後の苦しみと戦わなければならない那智さんは本当に苦しそうだった。
普通のひとで愛し合おう10
頭ではわかっていても感情がどうにもならないことはよくあることで、このときの那智さんも本当にその通りだった。
ある日は『いまの居住空間を快適にする』ことに支配された。
もちろん、住んでいるところを快適にするのは当たり前のことだけど、こちらから見ると過剰な強迫観念に駆られているように見えるのだ。
わたしにインテリアを任せてきた。
わたしが雑貨や家具が好きなことを知っていたし、りん子が作った部屋であることが那智さんのプラスになるという気持ちがあったようだ。
それを『楽しみながら』してほしいのだ。
わたしは楽しみとプレッシャーの両輪でインテリアを選んだ。
組み立て家具が届いて少しでも那智さんが楽しい気分になってほしい、それをわたしに見せてわたしが喜ぶ様子を見て明るい気持ちになってほしい。
すべては那智さんの心を癒すため、わたしは行動した。
またあるときはわたしが習い事に出かけると予定を告げただけで急に恐怖に支配されることもあった。
まるでママがお出かけするのを嫌がる子どものような思考回路になる。
わたしがどこに出かけようと「いってらっしゃーい」と送り出してくれた人が。
そんなときは冷静に判断して伝える
那智さん、それ傷のせいではないですか?
と、受け止めつつも視線の先を変えて差し上げると
ああ、そうか
と理解してくれる。
俺、どうしちゃったんだろう(笑)
とほんの少し気持ちを軽くしてくれる。
こういうことをくり返した。
でも、これはまだ最初の一歩にすぎない。
一旦気持ちが軽くなっても、相変わらず不安や得体の知れない恐怖に苦しめられているのは変わらなかった。
あのときから、わたしは感性のボリュームを絞った。
なぜなら、わたしの心が少しでも揺れると那智さんが途端に不安定になってしまうからだ。
感性のボリュームを絞り、寂しいも悲しいも「その言葉はイヤですよ」もすべて封印し、感情をコントロールして常に一定の良好な機嫌を保つ。
たくさんのことを冷凍保存して、わたしは那智さんを支える一点にのみ感性のボリュームを上げていた。
日常できる限り繋がり、ほぼすべての言葉はそのときの那智さんの様子に合わせて選び、楽しい話題を振り、不安になる那智さんにわたしは離れないと愛の言葉を伝え、負の感情に捉われそうになったときは『傷がそうさせているだけだ』と毎回毎回引き戻す。
いままでいかに自分は那智さんを頼り甘えていたのだと気づく。
それまでもちろん言葉やタイミングを選んでいたけれど、それは『伝える』ためだった。
このときのわたしは『伝えない、表さない』ための感情のコントロールをした。
こんな芸当ができるなんて自分でも驚きだったけど、13年かけて那智さんが言っていた『とことん依存させ、俺が死んだ瞬間からひとりで立てるようにする』わたしになれていたのだろう。
わたしの成長はこのときのためにあったのではないかと思うほどだ。
那智さんは苦しそうにわたしに体重をかけている。
そんな自分はふがいなく、そんな自分からりん子が離れてしまうのではないという不安も感じていた。
大丈夫です、那智さん。
わたし、あなたのおかげで立てるようになっています。
そんなわたしが愛する人を支えるのは当然のことですし、これは那智さんが何年もわたしにしてくれたことと同じことをしているだけですから、安心して受け取ってください。
あのときのわたしは自分の感情なんて二の次だった。
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ひとりで立てるように
補助なし自転車
全身全霊
ある日は『いまの居住空間を快適にする』ことに支配された。
もちろん、住んでいるところを快適にするのは当たり前のことだけど、こちらから見ると過剰な強迫観念に駆られているように見えるのだ。
わたしにインテリアを任せてきた。
わたしが雑貨や家具が好きなことを知っていたし、りん子が作った部屋であることが那智さんのプラスになるという気持ちがあったようだ。
それを『楽しみながら』してほしいのだ。
わたしは楽しみとプレッシャーの両輪でインテリアを選んだ。
組み立て家具が届いて少しでも那智さんが楽しい気分になってほしい、それをわたしに見せてわたしが喜ぶ様子を見て明るい気持ちになってほしい。
すべては那智さんの心を癒すため、わたしは行動した。
またあるときはわたしが習い事に出かけると予定を告げただけで急に恐怖に支配されることもあった。
まるでママがお出かけするのを嫌がる子どものような思考回路になる。
わたしがどこに出かけようと「いってらっしゃーい」と送り出してくれた人が。
そんなときは冷静に判断して伝える
那智さん、それ傷のせいではないですか?
と、受け止めつつも視線の先を変えて差し上げると
ああ、そうか
と理解してくれる。
俺、どうしちゃったんだろう(笑)
とほんの少し気持ちを軽くしてくれる。
こういうことをくり返した。
でも、これはまだ最初の一歩にすぎない。
一旦気持ちが軽くなっても、相変わらず不安や得体の知れない恐怖に苦しめられているのは変わらなかった。
あのときから、わたしは感性のボリュームを絞った。
なぜなら、わたしの心が少しでも揺れると那智さんが途端に不安定になってしまうからだ。
感性のボリュームを絞り、寂しいも悲しいも「その言葉はイヤですよ」もすべて封印し、感情をコントロールして常に一定の良好な機嫌を保つ。
たくさんのことを冷凍保存して、わたしは那智さんを支える一点にのみ感性のボリュームを上げていた。
日常できる限り繋がり、ほぼすべての言葉はそのときの那智さんの様子に合わせて選び、楽しい話題を振り、不安になる那智さんにわたしは離れないと愛の言葉を伝え、負の感情に捉われそうになったときは『傷がそうさせているだけだ』と毎回毎回引き戻す。
いままでいかに自分は那智さんを頼り甘えていたのだと気づく。
それまでもちろん言葉やタイミングを選んでいたけれど、それは『伝える』ためだった。
このときのわたしは『伝えない、表さない』ための感情のコントロールをした。
こんな芸当ができるなんて自分でも驚きだったけど、13年かけて那智さんが言っていた『とことん依存させ、俺が死んだ瞬間からひとりで立てるようにする』わたしになれていたのだろう。
わたしの成長はこのときのためにあったのではないかと思うほどだ。
那智さんは苦しそうにわたしに体重をかけている。
そんな自分はふがいなく、そんな自分からりん子が離れてしまうのではないという不安も感じていた。
大丈夫です、那智さん。
わたし、あなたのおかげで立てるようになっています。
そんなわたしが愛する人を支えるのは当然のことですし、これは那智さんが何年もわたしにしてくれたことと同じことをしているだけですから、安心して受け取ってください。
あのときのわたしは自分の感情なんて二の次だった。
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ひとりで立てるように
補助なし自転車
全身全霊
普通のひとで愛し合おう11
12月はお仕事が忙しいこともあったので、できるだけお手伝いと称して会うようにもした。
とにかく那智さんの心が少しでも軽くなることならやれることはやろうと思っていた。
こんな提案もした。
なんでもいいから、わたしの代用を作るのだ。
まあ、手っ取り早くぬいぐるみなんていい。
わたしの不在の強迫観念を和らげるためなら、ぬいぐるみだろうがなんだろうがかまわない。
お休みの日にショップを巡る。
やっぱり犬ですかね~
クマも可愛いけど
自分の心のせいでぬいぐるみを選ぶなんて、少し前の那智さんだったら到底あり得ないことだっただろう。
「俺、情けないな」と苦しそうに笑う那智さん。
わたしのフェミはこれですよ(笑)
中年男性がぬいぐるみ買ったっていいじゃないですか!?
心が軽くなるならば。
男も女も大人も子どもも関係ない。
このときほど、わたし自身の感覚に『男のくせに』とか『女なんだから』という感覚が少なくてよかったと感じたことはないし、きっと那智さんもわたしのフェミで救われたはずだ(ね~、那智さん^^)
お休みの日のはしっくりくるのが見つけられなかった。
その週の金曜日にも夜お仕事帰りに会いにいった。
あのころは週末は那智さんにとって鬼門だった。
酒量も増えりん子不在に絶望的に心が塞ぐのだ。
それを前にした金曜日から、すでにその兆候は現れる。
だから、できるだけ金曜日の夜は会うようにしていた。
それでも、別れ際に落ち込む様子に、心が痛い、どうか、この週末も生き延びてと毎週必死な気持ちで会いに行っていた。
お仕事場の近くのショップも覗いてみる。
おお、ちょうどいいわんこのぬいぐるみ!
大きすぎず小さすぎず、触り心地も抱き心地もよい。
那智さんも気に入ってくれたので即買い決定^^
もちろんわたしがレジに並ぶ(那智さん、恥ずかしいもんね)
名前は『りん子』だ。
会計を済ませて、そのまま渡そうかと思ったけど、あることを思いついた。
トイレに寄ります
そういって『りん子』を持ってトイレに向かった。
あれは那智さんと出会って半年もしないうちのこと、わたしは子宮に陽性の腫瘍ができて手術することになった。
手術前に会ったときに那智さんが「ちょっと待ってて」とトイレに立ち、自分の下半身の毛をハサミで切って渡してくれた。
そのときは、これはおふざけ?とちょっと訝しくも思ったけれど、あれは那智さんなりの優しさであると時間が経つほど理解できるようになっていった。
わたしたちにとって心も体も両方大事、性はふたりにとって欠かせないことのひとつであることを照れやプライドとは違う次元で素直に認めることができてからは、おちんちんの毛も愛情の証だと思える。
じつは『戦地に赴く夫に自分の髪の毛を切って渡す』みたいな逸話をなぞったものでもあったと後日聞いた。
わたしのできることをすべてやろう。
あのとき、那智さんがしてくれた優しさと同じように。
毛を埋め込むことはできない。
個室に入り、下着を下ろす。
わたしは買ったばかりのぬいぐるみをおまんこに押し当てた。
何をやっているのだろうと思わなくもないけど、そんなことはどうでもよかった。
那智さんの心が少しでも安らげるためなら、なんでもする。
お願い『りん子』、わたしがそばにいられない時間、あなたが那智さんを安心させて
わたしは魂をこめるように、ぬいぐるみを股間に押し当てるというなんとも不謹慎で情けない姿で祈っていた。
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わたしのフェミ(いろいろ書いているけど、今回のことに近いのをひとつ)
ある日の記録6
とにかく那智さんの心が少しでも軽くなることならやれることはやろうと思っていた。
こんな提案もした。
なんでもいいから、わたしの代用を作るのだ。
まあ、手っ取り早くぬいぐるみなんていい。
わたしの不在の強迫観念を和らげるためなら、ぬいぐるみだろうがなんだろうがかまわない。
お休みの日にショップを巡る。
やっぱり犬ですかね~
クマも可愛いけど
自分の心のせいでぬいぐるみを選ぶなんて、少し前の那智さんだったら到底あり得ないことだっただろう。
「俺、情けないな」と苦しそうに笑う那智さん。
わたしのフェミはこれですよ(笑)
中年男性がぬいぐるみ買ったっていいじゃないですか!?
心が軽くなるならば。
男も女も大人も子どもも関係ない。
このときほど、わたし自身の感覚に『男のくせに』とか『女なんだから』という感覚が少なくてよかったと感じたことはないし、きっと那智さんもわたしのフェミで救われたはずだ(ね~、那智さん^^)
お休みの日のはしっくりくるのが見つけられなかった。
その週の金曜日にも夜お仕事帰りに会いにいった。
あのころは週末は那智さんにとって鬼門だった。
酒量も増えりん子不在に絶望的に心が塞ぐのだ。
それを前にした金曜日から、すでにその兆候は現れる。
だから、できるだけ金曜日の夜は会うようにしていた。
それでも、別れ際に落ち込む様子に、心が痛い、どうか、この週末も生き延びてと毎週必死な気持ちで会いに行っていた。
お仕事場の近くのショップも覗いてみる。
おお、ちょうどいいわんこのぬいぐるみ!
大きすぎず小さすぎず、触り心地も抱き心地もよい。
那智さんも気に入ってくれたので即買い決定^^
もちろんわたしがレジに並ぶ(那智さん、恥ずかしいもんね)
名前は『りん子』だ。
会計を済ませて、そのまま渡そうかと思ったけど、あることを思いついた。
トイレに寄ります
そういって『りん子』を持ってトイレに向かった。
あれは那智さんと出会って半年もしないうちのこと、わたしは子宮に陽性の腫瘍ができて手術することになった。
手術前に会ったときに那智さんが「ちょっと待ってて」とトイレに立ち、自分の下半身の毛をハサミで切って渡してくれた。
そのときは、これはおふざけ?とちょっと訝しくも思ったけれど、あれは那智さんなりの優しさであると時間が経つほど理解できるようになっていった。
わたしたちにとって心も体も両方大事、性はふたりにとって欠かせないことのひとつであることを照れやプライドとは違う次元で素直に認めることができてからは、おちんちんの毛も愛情の証だと思える。
じつは『戦地に赴く夫に自分の髪の毛を切って渡す』みたいな逸話をなぞったものでもあったと後日聞いた。
わたしのできることをすべてやろう。
あのとき、那智さんがしてくれた優しさと同じように。
毛を埋め込むことはできない。
個室に入り、下着を下ろす。
わたしは買ったばかりのぬいぐるみをおまんこに押し当てた。
何をやっているのだろうと思わなくもないけど、そんなことはどうでもよかった。
那智さんの心が少しでも安らげるためなら、なんでもする。
お願い『りん子』、わたしがそばにいられない時間、あなたが那智さんを安心させて
わたしは魂をこめるように、ぬいぐるみを股間に押し当てるというなんとも不謹慎で情けない姿で祈っていた。
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わたしのフェミ(いろいろ書いているけど、今回のことに近いのをひとつ)
ある日の記録6