この世界からM女という言葉をなくしたい
りん子的独り言(生意気)
『M女ブログを信じるな』というエントリーにSを名乗る男性からコメントいただいたことがある。
旧ブログのときのコメントなのでいまそのエントリーをご覧いただいてもコメントは表示されていないのだけど、その男性は内容に関して概ね賛同してくださっていた。
『たしかにこのブログはM女ブログとはいえないかもしれないけど…』という前置きがあって。
Sで男性の立場から賛同してくださってとても感謝している。
だけど、この方にとって『M女』ってなんだったのだろう、その方にはわたしは何だと映っていたのだろうと、ときどきこの前置きを思い出して疑問に思うのだ。
(厳密には『M女ブログ』ということだけども)
わたしがはじめて『M女』という文字を見たのは、20年前くらい?たぶんレディコミの出会い系の募集項目だったはず。
『露出願望』とか『縛られたい』などの中に『M女希望』『S男募集』というように書いてあった。
嗜好と性別を示す記号のような扱いで、これは『えむじょ』って読むのかな『えむおんな』って読むのかななんて思いながら、でも、自分の性癖がカテゴライズされていることに、ちょっぴり安心した記憶がある。
その後、また『M女』をしっかり認識したのは『寿司とマヨネーズ』だった。
主人公の女性はマゾで奴隷だったから、その中ではM女=奴隷という形ができあがっているようだった。
被虐願望と支配されたい願望があったわたしがM女と奴隷を混同させてしまうのは、とても簡単なことだった。
まだSM行為が未経験(だったかな、最初の旅くらいはしていたかな)わたしは、お尻でエクスタシーを感じ鞭で飛ぶ彼女を読み、嗜好をうずかせながら、M女を名乗ることは、このめくるめく快感へのチケットのような錯覚に陥っていた。
自分もM女というポジションになればなんでも叶うような気持ちになって、いまそのポジションにないことに焦燥感も芽生えていた。
それからたくさん旅をした。
遅刻の謝罪もされないような『奴隷』はダメだった。
セックスの前戯のSMもダメだった。
たしかにわたしの中にモンスターはいるのに、なぜM女になっても奴隷になっても満たされないのだろう。
チケットを手に入れているはずなのに、なんだか自分は欠陥品のような劣等感を感じてしまいそうだった。
その後、那智さんに出会い『SMを意識するな』と言われた。
それからたくさんのM女さんや奴隷さんや牝犬さんたちのブログに触れて、わたしのマゾと那智さんに『意識するな』と鍛えられた(?)心が、なにか違和感をおぼえていた。
M女ってなに?
嗜好と性別の記号?
幸福へのチケット?
従順な女?
わたしがはじめて目にしたとき、もともとは『マゾの女』というただの記号だったはずだよね。
それが、いまはなんだかいろんな意味を乗っけられて、人によっていいように形を変える暗号になっていないか。
M女と名乗る人たちがブログやいろいろで、幸福や快感や『唯一無二』をこれでもかってほど書いている。
かつて、本を読んで『M女というポジション』になればと焦燥感や劣等感を募らせたわたしを思い出す。
M女なんてただの記号。
コメントくれた男性が思い描くM女と『M女というポジションになれば』と思っていたかつてのわたしの『M女』と鞭で喜ぶわたしは、きっとみんな違う。
M女というポジションになればすべて望みが叶うと思ったら、それは違う。
以前『自分はMになりきれなかった』と書かれていたブログがあった。
M女はなれるものではなくて、なっているもの。
そして、深い闇を抱えているような側面もあるので、一概に『なっている』ことが幸福とは言い難いものだ。
幸せになりたいからM女になるんじゃないし、M女になれば強い絆で結ばれるわけでもない。
わたしが鞭で喜べて安心して委ねられているのはM女になったからじゃなくて、那智さんと作り上げたからだ。
そんなわたしだって縄酔いなんていうのは経験したことないし、いまだにバイブの振動だけでは感じない。
仮にM女だとしても感じないものは感じない。
それでもいまかつて感じた劣等感や焦燥感を感じないのは、『SMを意識するな』と言われ続けてM女なんてただの記号だと思えているからだ。
誰かによって都合よく形を変える『M女』があるとしたならば、それに捕われて、幸福のチケットだと勘違いして、そうなれないことに負の感情を抱いてしまうなら。
この世界から『M女』なんて言葉なくしてしまいたい。
ときどき、かろやかにお友達同士で『M女』と名乗っている人を見ていると、きっとこういう人はそれがひとつの記号だって理解しているんだろうなと思う。
自分でその看板を掲げて、自分でおろすことができるのだよね。
『M女』って、そういうために使えばいい言葉だと思うのだ。
那智さんは最初の頃『SMを意識するな』とわたしに忠告をした。
何度も登場しているこのセリフだけど、これを聞いたときはやっぱりショックだった。
ずっと求めていたSMができるのに意識するなと言われたら、まるでマゾのわたしを否定されているみたいに感じたから。
いま、那智さんはいう。
あれはりん子のMを否定したのではなくて、一旦意識の外に出すようにしたんだ。
それでも、なお、マゾだと思うならそれでいい。
その言葉に囚われてほしくなかったからいったんだよ。
って。
M女という言葉をなくしたいなんて突飛なこと書いちゃったけど(こういうエントリーにセンセーショナルな言葉を使うの好きなので^^;)、ようは、その言葉に囚われないでと思うのです。
M女と名乗ったからすごい快感が待っているわけでもないし、M女と付き合ったら自分の思うようになるわけでもない。
同じように、ご主人様はなんでも叶えてくれるものではないし、ご主人様を自称したらなんでも叶うものでもない。
M女なんて、ただの性癖と性別の記号。
男にとって都合のいいものでもないし、幸福のチケットでも憧れの女像でもない。
ということで、わたしはマゾで犬気質で『女の子』を持っている依存体質の女。
たくさん記号があって、そのほうがずっと自由だ^^
今朝の「等式」感想です。中学生の頃、SMと言う言葉をしり、幼い疼きがこれに当てはまるのを知った時の安心感と、少しの希望と絶望を懐かしく思う。「SM」にカテゴライズされた範疇の中で話としておしっこ飲んで 欲しいと言っても引かれることはないと思う。
私の趣向と違いますと言われるだけで済むだろう。 だから、この趣向を進めてくれた先人の変態さんに感謝するし ありがたいと思う、でもそれは単に現在は記号でそこに 「○○は○○でなければならない」と言う縛りをつけるまで進化した 考え方ではないのだと思う
自分の都合で「ねばならない」と言うのは否定しないけれど、 「○○は○○ねばならない」は借り物の主張でしょう。
『M女ブログを信じるな』というエントリーにSを名乗る男性からコメントいただいたことがある。
旧ブログのときのコメントなのでいまそのエントリーをご覧いただいてもコメントは表示されていないのだけど、その男性は内容に関して概ね賛同してくださっていた。
『たしかにこのブログはM女ブログとはいえないかもしれないけど…』という前置きがあって。
Sで男性の立場から賛同してくださってとても感謝している。
だけど、この方にとって『M女』ってなんだったのだろう、その方にはわたしは何だと映っていたのだろうと、ときどきこの前置きを思い出して疑問に思うのだ。
(厳密には『M女ブログ』ということだけども)
わたしがはじめて『M女』という文字を見たのは、20年前くらい?たぶんレディコミの出会い系の募集項目だったはず。
『露出願望』とか『縛られたい』などの中に『M女希望』『S男募集』というように書いてあった。
嗜好と性別を示す記号のような扱いで、これは『えむじょ』って読むのかな『えむおんな』って読むのかななんて思いながら、でも、自分の性癖がカテゴライズされていることに、ちょっぴり安心した記憶がある。
その後、また『M女』をしっかり認識したのは『寿司とマヨネーズ』だった。
主人公の女性はマゾで奴隷だったから、その中ではM女=奴隷という形ができあがっているようだった。
被虐願望と支配されたい願望があったわたしがM女と奴隷を混同させてしまうのは、とても簡単なことだった。
まだSM行為が未経験(だったかな、最初の旅くらいはしていたかな)わたしは、お尻でエクスタシーを感じ鞭で飛ぶ彼女を読み、嗜好をうずかせながら、M女を名乗ることは、このめくるめく快感へのチケットのような錯覚に陥っていた。
自分もM女というポジションになればなんでも叶うような気持ちになって、いまそのポジションにないことに焦燥感も芽生えていた。
それからたくさん旅をした。
遅刻の謝罪もされないような『奴隷』はダメだった。
セックスの前戯のSMもダメだった。
たしかにわたしの中にモンスターはいるのに、なぜM女になっても奴隷になっても満たされないのだろう。
チケットを手に入れているはずなのに、なんだか自分は欠陥品のような劣等感を感じてしまいそうだった。
その後、那智さんに出会い『SMを意識するな』と言われた。
それからたくさんのM女さんや奴隷さんや牝犬さんたちのブログに触れて、わたしのマゾと那智さんに『意識するな』と鍛えられた(?)心が、なにか違和感をおぼえていた。
M女ってなに?
嗜好と性別の記号?
幸福へのチケット?
従順な女?
わたしがはじめて目にしたとき、もともとは『マゾの女』というただの記号だったはずだよね。
それが、いまはなんだかいろんな意味を乗っけられて、人によっていいように形を変える暗号になっていないか。
M女と名乗る人たちがブログやいろいろで、幸福や快感や『唯一無二』をこれでもかってほど書いている。
かつて、本を読んで『M女というポジション』になればと焦燥感や劣等感を募らせたわたしを思い出す。
M女なんてただの記号。
コメントくれた男性が思い描くM女と『M女というポジションになれば』と思っていたかつてのわたしの『M女』と鞭で喜ぶわたしは、きっとみんな違う。
M女というポジションになればすべて望みが叶うと思ったら、それは違う。
以前『自分はMになりきれなかった』と書かれていたブログがあった。
M女はなれるものではなくて、なっているもの。
そして、深い闇を抱えているような側面もあるので、一概に『なっている』ことが幸福とは言い難いものだ。
幸せになりたいからM女になるんじゃないし、M女になれば強い絆で結ばれるわけでもない。
わたしが鞭で喜べて安心して委ねられているのはM女になったからじゃなくて、那智さんと作り上げたからだ。
そんなわたしだって縄酔いなんていうのは経験したことないし、いまだにバイブの振動だけでは感じない。
仮にM女だとしても感じないものは感じない。
それでもいまかつて感じた劣等感や焦燥感を感じないのは、『SMを意識するな』と言われ続けてM女なんてただの記号だと思えているからだ。
誰かによって都合よく形を変える『M女』があるとしたならば、それに捕われて、幸福のチケットだと勘違いして、そうなれないことに負の感情を抱いてしまうなら。
この世界から『M女』なんて言葉なくしてしまいたい。
ときどき、かろやかにお友達同士で『M女』と名乗っている人を見ていると、きっとこういう人はそれがひとつの記号だって理解しているんだろうなと思う。
自分でその看板を掲げて、自分でおろすことができるのだよね。
『M女』って、そういうために使えばいい言葉だと思うのだ。
那智さんは最初の頃『SMを意識するな』とわたしに忠告をした。
何度も登場しているこのセリフだけど、これを聞いたときはやっぱりショックだった。
ずっと求めていたSMができるのに意識するなと言われたら、まるでマゾのわたしを否定されているみたいに感じたから。
いま、那智さんはいう。
あれはりん子のMを否定したのではなくて、一旦意識の外に出すようにしたんだ。
それでも、なお、マゾだと思うならそれでいい。
その言葉に囚われてほしくなかったからいったんだよ。
って。
M女という言葉をなくしたいなんて突飛なこと書いちゃったけど(こういうエントリーにセンセーショナルな言葉を使うの好きなので^^;)、ようは、その言葉に囚われないでと思うのです。
M女と名乗ったからすごい快感が待っているわけでもないし、M女と付き合ったら自分の思うようになるわけでもない。
同じように、ご主人様はなんでも叶えてくれるものではないし、ご主人様を自称したらなんでも叶うものでもない。
M女なんて、ただの性癖と性別の記号。
男にとって都合のいいものでもないし、幸福のチケットでも憧れの女像でもない。
ということで、わたしはマゾで犬気質で『女の子』を持っている依存体質の女。
たくさん記号があって、そのほうがずっと自由だ^^
今朝の「等式」感想です。中学生の頃、SMと言う言葉をしり、幼い疼きがこれに当てはまるのを知った時の安心感と、少しの希望と絶望を懐かしく思う。「SM」にカテゴライズされた範疇の中で話としておしっこ飲んで 欲しいと言っても引かれることはないと思う。
私の趣向と違いますと言われるだけで済むだろう。 だから、この趣向を進めてくれた先人の変態さんに感謝するし ありがたいと思う、でもそれは単に現在は記号でそこに 「○○は○○でなければならない」と言う縛りをつけるまで進化した 考え方ではないのだと思う
自分の都合で「ねばならない」と言うのは否定しないけれど、 「○○は○○ねばならない」は借り物の主張でしょう。
- 関連記事
-
- タイミング(Twitterより追記あり) 2013/02/23
- 『心と事実』2 2010/02/08
- スイッチのないSM 2013/04/04
COMMENT
『M女』って、私にとってはもともとただの名称?記号?です。
なのでM女仲間(?)とも、「一言でM女って言っても、色々なタイプがいて、でもS男性だって同じように色々なタイプがいるんだから、それぞれ違ってていいんだよ。」とか言ってました。
M女歴(笑)が短いので、逆に色々な知識や先入観を持たなくてすんだのかも。
今も出来るだけ、マニア本やAVは見ないようにしています。
先入観でこうしなければってならないで、自分らしくいられるように。
ある程度年齢を経てからのSMデビューが、逆に功を奏したかな?
なのでM女仲間(?)とも、「一言でM女って言っても、色々なタイプがいて、でもS男性だって同じように色々なタイプがいるんだから、それぞれ違ってていいんだよ。」とか言ってました。
M女歴(笑)が短いので、逆に色々な知識や先入観を持たなくてすんだのかも。
今も出来るだけ、マニア本やAVは見ないようにしています。
先入観でこうしなければってならないで、自分らしくいられるように。
ある程度年齢を経てからのSMデビューが、逆に功を奏したかな?
今回のエントリー、心にすとんと落ちました(´∀`)
そういえば、ご主人様と出会ったときほどには
「M女」であることを意識だったりアピールだったり
しなくなったなーと、思いました。
いつの間にか、自分の中で、記号に変化していったんだろうな。
がつがつと焦るんじゃなくって、すごくゆったりと
気持ちを持てていると思います。超自然体(笑)
そういえば、ご主人様と出会ったときほどには
「M女」であることを意識だったりアピールだったり
しなくなったなーと、思いました。
いつの間にか、自分の中で、記号に変化していったんだろうな。
がつがつと焦るんじゃなくって、すごくゆったりと
気持ちを持てていると思います。超自然体(笑)
こんばんは。
M女・・・
いちげんさんで、
もし、私のブログを目にしたなら、
うわあ、M女だあ、と、思うかもしれませんが、
本人にその自覚がないのは不思議なことですね。
私は、ご主人様のおしっこを飲んだり、
みじめなオナニーを命じられても、
余り、M女だから・・・と思うことはありません。
“Mなら思い通りになるだろう”
“Mって言ったら構ってもらえるかな”的に、
やはり、使いたい人が使う記号なのだと思います。
相互利益があるうちは、なかなか消えないものだと思いますが・・、
そして、それで双方が良ければ、
それでいいものなのかもしれない。
センセーショナルなタイトルを使いたいという
りん子さんの気持ち、すごいなあ、わかるなあ、
勇気あるなあ、と
いつも思います。
りん子さんの書くもの、
勇気があっていつも大好きです。
「思ったことを言う!!!」って、
才能のひとつに計上すべきです。大好き。
M女・・・
いちげんさんで、
もし、私のブログを目にしたなら、
うわあ、M女だあ、と、思うかもしれませんが、
本人にその自覚がないのは不思議なことですね。
私は、ご主人様のおしっこを飲んだり、
みじめなオナニーを命じられても、
余り、M女だから・・・と思うことはありません。
“Mなら思い通りになるだろう”
“Mって言ったら構ってもらえるかな”的に、
やはり、使いたい人が使う記号なのだと思います。
相互利益があるうちは、なかなか消えないものだと思いますが・・、
そして、それで双方が良ければ、
それでいいものなのかもしれない。
センセーショナルなタイトルを使いたいという
りん子さんの気持ち、すごいなあ、わかるなあ、
勇気あるなあ、と
いつも思います。
りん子さんの書くもの、
勇気があっていつも大好きです。
「思ったことを言う!!!」って、
才能のひとつに計上すべきです。大好き。
「ご主人様」も一種の記号ですね。ロールプレイゲーム上の「魔法使い」とか「吟遊詩人」とか「ゴブリン」みたいな。
まるでゼウスのような全知全能の神のように表記されることが多いですが、大概は新橋辺りで酔ってくだまいてるくたびれたオッサン風だったり。
鰯の頭もなんとやらですから「ゴブリン」…じゃなかった「ご主人様」と言う冠つけて「あぁー…あれはご主人様、メタボで冴えないオッサンに見えるけど…いやいやいやいや、ご主人様、ご主人様。素敵なご主人様!」と唱えていれば「ご主人様」に見えてくる…ものかも☆( ̄▽ ̄;)
まるでゼウスのような全知全能の神のように表記されることが多いですが、大概は新橋辺りで酔ってくだまいてるくたびれたオッサン風だったり。
鰯の頭もなんとやらですから「ゴブリン」…じゃなかった「ご主人様」と言う冠つけて「あぁー…あれはご主人様、メタボで冴えないオッサンに見えるけど…いやいやいやいや、ご主人様、ご主人様。素敵なご主人様!」と唱えていれば「ご主人様」に見えてくる…ものかも☆( ̄▽ ̄;)
ご無沙汰してます♪
久しぶりにブログ拝見したら、りん子さんらしいエントリー(この生意気カテゴリー好きなんです♪)ですね♪
ご主人様、奴隷、M女…様々な言葉に惑わされてしまいがちですが…
どんな立ち位置であろうと、男と女…人と人なんですよねぇ。
私の場合、不思議とそういう言葉がどちらからも出ませんでした。
私もいろんな記号をもっているし、相手もいろんな記号をもっている。
その記号発見していくのが面白い、笑。
久しぶりにブログ拝見したら、りん子さんらしいエントリー(この生意気カテゴリー好きなんです♪)ですね♪
ご主人様、奴隷、M女…様々な言葉に惑わされてしまいがちですが…
どんな立ち位置であろうと、男と女…人と人なんですよねぇ。
私の場合、不思議とそういう言葉がどちらからも出ませんでした。
私もいろんな記号をもっているし、相手もいろんな記号をもっている。
その記号発見していくのが面白い、笑。
めいさんが自覚されてどのくらい経っているのかわかりませんが、たしかにある程度大人(?)になってから自覚するのは『自分』がよくわかっていて客観視できる良さがあるかもしれませんね。
わたしは、自分の求める世界ってなに!?と、一般的に入手できる本を漁り旅をしまくってしまったので、いろんな情報で頭でっかちになってしまったような気がします。
あまり先入観を持つのもおススメしませんので、めいさんのお考えが正解かも^^;
どうしても欲しいものは否応なく心にわき上がるものだと思うので、本やブログは参考書や娯楽程度に思っていたらいいですよね^^
わたしは、自分の求める世界ってなに!?と、一般的に入手できる本を漁り旅をしまくってしまったので、いろんな情報で頭でっかちになってしまったような気がします。
あまり先入観を持つのもおススメしませんので、めいさんのお考えが正解かも^^;
どうしても欲しいものは否応なく心にわき上がるものだと思うので、本やブログは参考書や娯楽程度に思っていたらいいですよね^^
自然体!!いい言葉ですよね^^
『○○とは』と形を重視する良さもあると思うのですが、その関係やポジションが生活に張りが出るようなお付き合いが望ましいですよね。
きっとご主人様にはご主人様なりの思い描く形があるのでしょうけど、自然体でいられるということは、きっとご主人様とまなさんにとってちょうど良い塩梅なお付き合いが進んでいるのかなって思いました^^
そこに『M女』という言葉の意味はあんまり関係ないですよね^^
『○○とは』と形を重視する良さもあると思うのですが、その関係やポジションが生活に張りが出るようなお付き合いが望ましいですよね。
きっとご主人様にはご主人様なりの思い描く形があるのでしょうけど、自然体でいられるということは、きっとご主人様とまなさんにとってちょうど良い塩梅なお付き合いが進んでいるのかなって思いました^^
そこに『M女』という言葉の意味はあんまり関係ないですよね^^
うん、智薫さんのブログ、いちげんさんは『M女ブログ』だって思うはず^^;
これだけ『M女』が氾濫していて、ある意味ステイタス(?)みたいな扱いになっている中で、自分はM女の自覚はないと思えるのは智薫さんのしっかりされているところなんじゃないかなって思います。
『M女だから何をしても』と言えるのは、唯一、その約束を交わしたお相手だけ。
わたしも『性的な場面で拒否権はない』のですが、それは那智さんとその約束を交わしたからで、周囲が『M女だから』と言えるものではないですよね。
おっしゃる通り、相互利益がある関係でのみ発揮されるものだと思います^^
『思ったことを言う』!!言ってますね^^;これも那智さんの訓練の賜物です(笑)
かなり角の立つようなことを書いているので、ヒヤヒヤです。
この世界は矛盾に満ちています、だけど、それも嗜好、矛盾は矛盾でもいいの、ただもし傷ついたら、すぐ気づいて修正してほしいと思って書いてます。
言いたい事をいう、わたし自身が課しているのは立場の弱い人の目線でいることかな^^;
ありがとうございます!!
これだけ『M女』が氾濫していて、ある意味ステイタス(?)みたいな扱いになっている中で、自分はM女の自覚はないと思えるのは智薫さんのしっかりされているところなんじゃないかなって思います。
『M女だから何をしても』と言えるのは、唯一、その約束を交わしたお相手だけ。
わたしも『性的な場面で拒否権はない』のですが、それは那智さんとその約束を交わしたからで、周囲が『M女だから』と言えるものではないですよね。
おっしゃる通り、相互利益がある関係でのみ発揮されるものだと思います^^
『思ったことを言う』!!言ってますね^^;これも那智さんの訓練の賜物です(笑)
かなり角の立つようなことを書いているので、ヒヤヒヤです。
この世界は矛盾に満ちています、だけど、それも嗜好、矛盾は矛盾でもいいの、ただもし傷ついたら、すぐ気づいて修正してほしいと思って書いてます。
言いたい事をいう、わたし自身が課しているのは立場の弱い人の目線でいることかな^^;
ありがとうございます!!
あはは〜、ゴブリン〜^^
ものごとを円滑に進め適切なものを手に入れるためには鰯の頭もゴブリンもアリですよね^^
ただ、当の本人が『俺、鰯の頭にされてるー^^;』と自覚しているメタボな人のほうがずっと魅力あるような気がします。
そこを自覚してくれていたら、思いっきり崇めるのも楽しいかも♪
ものごとを円滑に進め適切なものを手に入れるためには鰯の頭もゴブリンもアリですよね^^
ただ、当の本人が『俺、鰯の頭にされてるー^^;』と自覚しているメタボな人のほうがずっと魅力あるような気がします。
そこを自覚してくれていたら、思いっきり崇めるのも楽しいかも♪
おひさしぶりです^^
何かに固定化しちゃうと、それ以外に対応できなくなってしまいますよね。
M女だって、恋心抱くことだってあるし、付き合いが長くなれば関係が変化することだってある。
そのときに何の名前もついていないと変化に対応できる、ようは『その人と一緒にいたいか、その人としたいか』という唯一最大の拘りを持つことができる。
おっしゃる通りで、互いの記号を知ることは、とーっても楽しい!!
で、それも結局記号なだけで、大事なのは人間同士の付き合いなんですよね♪
何かに固定化しちゃうと、それ以外に対応できなくなってしまいますよね。
M女だって、恋心抱くことだってあるし、付き合いが長くなれば関係が変化することだってある。
そのときに何の名前もついていないと変化に対応できる、ようは『その人と一緒にいたいか、その人としたいか』という唯一最大の拘りを持つことができる。
おっしゃる通りで、互いの記号を知ることは、とーっても楽しい!!
で、それも結局記号なだけで、大事なのは人間同士の付き合いなんですよね♪
COMMENT FORM
TRACK BACK
りん子的独り言(生意気)『M女ブログを信じるな』というエントリーにSを名乗る男性からコメントいただいたことがある。旧ブログのときのコメントなのでいまそのエントリーをご覧い