感情のおしまいを担う
独特な幸福感
『那智さんの焼肉劇場』のとき、こんな1シーンがあった。
片面焼きロースが提供された。
ハガキ2枚分くらいの大きなロースをペラペラに薄切りしているので、文字通り片面だけ焼けばいいもの。
那智さんはこれをほぼ『載せただけ』しか火を通さなかった(それが美味しいのだ)のだけど、ちょっとだけ焼くのに手間取った。
ぺらっと大きな一枚をそのまま載せると大きすぎてささっと焼き網からあげられないの。
一気に引き上げようとするけど、千切れて一枚が3枚くらいになっちゃった。
問題ないといえば問題ないのだけど、適切な焼き頃を考えたら千切れて網に残っているのが焼けすぎてしまう。
だから、那智さん、少し手間取っているな~という感じだった。
わたしとしてはちょっと手間取っているな~程度だったのだけど、焼肉も後半あたりの話題として、那智さんが「さっきのは焦った(笑)」というのだ。
ああ、那智さん、それぜんぜん感じられませんでした。
那智さんって、心の動揺を見せないのだよね。
うわ、千切れた!!
肉焼きすぎちゃう!!
やばい、早くひきあげなきゃ!!
という心の焦りを表に出さない。
だから、わたしは少し手間取っているな~とか急いでいるな~くらいにしか感じていなかった。
昔から那智さんを『感情表現に上下がない』とか『常に一定の良好な機嫌を保っている』とか表現しているけど、こういう場面でもそうなのだよね。
だから、わたしはひやひやしないで安心していられる。
もっと感情を込めて褒めてほしいとか共感してほしいとかいろいろ要求はあるけど、一定でいてくれることのほうがわたしにはありがたいので、清濁(?)併せ呑んで那智さんがいいことはわかっている。
そんな話をしたら
だから、この前みたいなこともよしとしてよ(笑)
と。
遡ること数日前。
わたしが楽しみにしているあることを話題提供として「○○楽しみですね~」と言ったら
でも、○○ってさ、△が問題といえば問題なんだよな~
と言われた。
うーん、たしかに懸案事項かと思うけど、そもそも深刻な話題ではなく楽しみの共感があればいいだけのことで、深刻なことならもっと違う聞き方するし、どうしてマイナスなこと言うのかな~と、ちょっと突っかかった。
那智さんは、その問題点の問題そのものや、なぜそれを口にするか(この場合は『りん子ががっかりしないように』)など話してくれたけど、那智さんの問題意識や思考回路は十分わかっているので、『わかっているけど』マイナスは聞きたくないよ~という気持ちだった。
那智さんの『悪意はない』の思考にずいぶん慣れてきたので、最近は何か引っかかっても悲しくなったりすることはなく上手に収められるようになってきた。
(それでも、疑問に思ったことは聞くけどね)
だけど、たまにこちらの心理状態が良くなかったり似たようなことが続いていると、すっと収められなくなってしまう。
この日はそうだった。
ひとしきりお互いの考えを伝えて、だいたい出尽くしたあたり。
「それでも、やっぱりマイナスは聞きたくなかったよ~」と甘えつつ訴えたのだ。
その日のことを言っているのだ。
そうそう。
『球体』というエントリーを書いたことがあるけど、那智さんの凸凹は両方あって那智さんなのだ。
常に平常でいてくれる代わりに、危機管理ゆえにマイナスを言ったり、テンション高く共感してくれなかったりするのだ。
だからよしとしてよ(笑)って。
そんな1シーン。
で、その日のことには続きがあってね。
お互いの考えや気持ちを伝えあったあと、わたしも思ったの。
ずーっと『共感してほしい』と訴え続けてきて、那智さんは昔よりずいぶん理解して実行してくれている。
那智さんの危機管理意識やりん子をがっかりさせたくない優しさに、わたしはたくさん助けてもらってきた。
だから、ここも含めて『那智さん』であることをわたしも許容しなくちゃと思ったので、それを伝えた。
ごめんなさい
そこも含めて『那智さん』だってわかっているんだから、わたしが自分で気持ちを納めたらよかったのですけど、今日はできなかったです
できるだけ、そういうふうに思えるようにしていきたです
と。
そしたら、那智さん
ううん、そう思ったら言って
俺はりん子が言うのを諦めてしまうことのほうが怖い
って。
ああ、これが那智さんだ。
どこまで行ってもわたしに我慢させないようにする。
ちょっと無理しないといけないことは自覚して無理を要求するけど、基本的に我慢させない。
(SM的行為では我慢させることはあるけど 笑)
那智さんの言葉で悲しくなる→悲しいと伝える(受け止めるのは那智さん)
那智さんの言葉で悲しくなる→我慢して言わない(受け止めるのはわたし)
那智さんは前者を望んでいる。
これってね、感情のおしまいをどちらが担うかってことなんだよね。
で、那智さんは基本、自分が担おうとしてくれているのだ。
もう主従とか上下とか、そういう議論からも降りたけど(ちょっと前に似たような言い回ししたね 笑)
『卵が先か鶏が先か』なんてエントリーにも書いたけど。
この感情のおしまいを担ってくれる人こそ、尊敬に値するし、主とか上とかってこういうこというんじゃないかな~と思ったりするんだよね。
でね、この時那智さんは『怖い』といったんだ。
「諦めてしまうのはイヤだ」でも「諦めてほしくない」でもなく、「怖い」と。
うまく言えないけど、この言葉選びにも那智さんらしさが感じられて、ちょっとわたしを切なくさせるんだな。
<関連エントリー>
球体 人は凸凹あって、その人なんだよね~
共感してほしいのよ~
那智さんに足りないもの
心と事実
わたしもだいぶできるようになったけどね
大人1 2
主従とはみたいなエントリーいっぱいあって探すのやめます(笑)
卵が先か、鶏が先か
「等式」「感情のおしまいを担う」感想です。りん子の「感情の担い手」になりたいと思うのは何故か。 まれにある、私からの改善点の話し合いなどを除き「私が担いたい」からだ、「受けとめたい」からだ。
性格診断によると私は「スルー能力」が卓越しているそうです。(笑)
『那智さんの焼肉劇場』のとき、こんな1シーンがあった。
片面焼きロースが提供された。
ハガキ2枚分くらいの大きなロースをペラペラに薄切りしているので、文字通り片面だけ焼けばいいもの。
那智さんはこれをほぼ『載せただけ』しか火を通さなかった(それが美味しいのだ)のだけど、ちょっとだけ焼くのに手間取った。
ぺらっと大きな一枚をそのまま載せると大きすぎてささっと焼き網からあげられないの。
一気に引き上げようとするけど、千切れて一枚が3枚くらいになっちゃった。
問題ないといえば問題ないのだけど、適切な焼き頃を考えたら千切れて網に残っているのが焼けすぎてしまう。
だから、那智さん、少し手間取っているな~という感じだった。
わたしとしてはちょっと手間取っているな~程度だったのだけど、焼肉も後半あたりの話題として、那智さんが「さっきのは焦った(笑)」というのだ。
ああ、那智さん、それぜんぜん感じられませんでした。
那智さんって、心の動揺を見せないのだよね。
うわ、千切れた!!
肉焼きすぎちゃう!!
やばい、早くひきあげなきゃ!!
という心の焦りを表に出さない。
だから、わたしは少し手間取っているな~とか急いでいるな~くらいにしか感じていなかった。
昔から那智さんを『感情表現に上下がない』とか『常に一定の良好な機嫌を保っている』とか表現しているけど、こういう場面でもそうなのだよね。
だから、わたしはひやひやしないで安心していられる。
もっと感情を込めて褒めてほしいとか共感してほしいとかいろいろ要求はあるけど、一定でいてくれることのほうがわたしにはありがたいので、清濁(?)併せ呑んで那智さんがいいことはわかっている。
そんな話をしたら
だから、この前みたいなこともよしとしてよ(笑)
と。
遡ること数日前。
わたしが楽しみにしているあることを話題提供として「○○楽しみですね~」と言ったら
でも、○○ってさ、△が問題といえば問題なんだよな~
と言われた。
うーん、たしかに懸案事項かと思うけど、そもそも深刻な話題ではなく楽しみの共感があればいいだけのことで、深刻なことならもっと違う聞き方するし、どうしてマイナスなこと言うのかな~と、ちょっと突っかかった。
那智さんは、その問題点の問題そのものや、なぜそれを口にするか(この場合は『りん子ががっかりしないように』)など話してくれたけど、那智さんの問題意識や思考回路は十分わかっているので、『わかっているけど』マイナスは聞きたくないよ~という気持ちだった。
那智さんの『悪意はない』の思考にずいぶん慣れてきたので、最近は何か引っかかっても悲しくなったりすることはなく上手に収められるようになってきた。
(それでも、疑問に思ったことは聞くけどね)
だけど、たまにこちらの心理状態が良くなかったり似たようなことが続いていると、すっと収められなくなってしまう。
この日はそうだった。
ひとしきりお互いの考えを伝えて、だいたい出尽くしたあたり。
「それでも、やっぱりマイナスは聞きたくなかったよ~」と甘えつつ訴えたのだ。
その日のことを言っているのだ。
そうそう。
『球体』というエントリーを書いたことがあるけど、那智さんの凸凹は両方あって那智さんなのだ。
常に平常でいてくれる代わりに、危機管理ゆえにマイナスを言ったり、テンション高く共感してくれなかったりするのだ。
だからよしとしてよ(笑)って。
そんな1シーン。
で、その日のことには続きがあってね。
お互いの考えや気持ちを伝えあったあと、わたしも思ったの。
ずーっと『共感してほしい』と訴え続けてきて、那智さんは昔よりずいぶん理解して実行してくれている。
那智さんの危機管理意識やりん子をがっかりさせたくない優しさに、わたしはたくさん助けてもらってきた。
だから、ここも含めて『那智さん』であることをわたしも許容しなくちゃと思ったので、それを伝えた。
ごめんなさい
そこも含めて『那智さん』だってわかっているんだから、わたしが自分で気持ちを納めたらよかったのですけど、今日はできなかったです
できるだけ、そういうふうに思えるようにしていきたです
と。
そしたら、那智さん
ううん、そう思ったら言って
俺はりん子が言うのを諦めてしまうことのほうが怖い
って。
ああ、これが那智さんだ。
どこまで行ってもわたしに我慢させないようにする。
ちょっと無理しないといけないことは自覚して無理を要求するけど、基本的に我慢させない。
(SM的行為では我慢させることはあるけど 笑)
那智さんの言葉で悲しくなる→悲しいと伝える(受け止めるのは那智さん)
那智さんの言葉で悲しくなる→我慢して言わない(受け止めるのはわたし)
那智さんは前者を望んでいる。
これってね、感情のおしまいをどちらが担うかってことなんだよね。
で、那智さんは基本、自分が担おうとしてくれているのだ。
もう主従とか上下とか、そういう議論からも降りたけど(ちょっと前に似たような言い回ししたね 笑)
『卵が先か鶏が先か』なんてエントリーにも書いたけど。
この感情のおしまいを担ってくれる人こそ、尊敬に値するし、主とか上とかってこういうこというんじゃないかな~と思ったりするんだよね。
でね、この時那智さんは『怖い』といったんだ。
「諦めてしまうのはイヤだ」でも「諦めてほしくない」でもなく、「怖い」と。
うまく言えないけど、この言葉選びにも那智さんらしさが感じられて、ちょっとわたしを切なくさせるんだな。
<関連エントリー>
球体 人は凸凹あって、その人なんだよね~
共感してほしいのよ~
那智さんに足りないもの
心と事実
わたしもだいぶできるようになったけどね
大人1 2
主従とはみたいなエントリーいっぱいあって探すのやめます(笑)
卵が先か、鶏が先か
「等式」「感情のおしまいを担う」感想です。りん子の「感情の担い手」になりたいと思うのは何故か。 まれにある、私からの改善点の話し合いなどを除き「私が担いたい」からだ、「受けとめたい」からだ。
性格診断によると私は「スルー能力」が卓越しているそうです。(笑)