乙女の400m
独特な幸福感
お昼から会える日だった。
午前中お仕事をしている那智さんのお仕事場近くまでお迎えにあがる。
なんていうと殊勝な感じだけど、ただ単に早く会いたいってだけともいう(笑)
支度も早く終わったしなんだか落ち着かないから早めに出かけたら40分も早く着いてしまった^^;
でも、ギリギリよりこういう余裕は好き^^近くにいられるし。
いつもこのパターンの合流は那智さんのお仕事場を背に左に進んだ改札に続く交差点あたりで待機するのだけど、早く着いたから反対側、右に200mほど離れたカフェでお茶をして待つことにした。
早めに到着したことと近くのカフェでお茶していることを伝えると
あと、どのくらいで飲み終わる?
こんなふうに聞かれるということは早めに上がれそうなのだろう。
もう、そんなの願ったり叶ったり^^
一気に飲めと言われれば飲める量ですよ(笑)
まだひと口しか口をつけていなかったけど、那智さんが早く上がれるならアイスカフェオレSサイズなんてソッコー飲める!
早く出ようか考え中(笑)
やっぱり!!
那智さんがわたしが喜びそうなことを言葉にするときは、がっかりさせないためほとんど確定しているとき。
ということは、今日は早めに上がれそうなのはかなり確率高いはず。
それなら、わたしも思い切り喜んでいい^^
不確定なことを『思い切り』喜んでしまったら、那智さんプレッシャーになっちゃうといけないものね。
わーい、早く、早く〜^^
アイスカフェオレなんて一気に飲めます〜
時計を見ると通常の待ち合わせ時間の20分前、◯時40分。
いつ確定の連絡が来るかなと、気持ち急ぎ気味にアイスカフェオレをすすりながら待つも、そこからパタッと音沙汰なくなった。
電話がかかってきたか、急な仕事が入ったか。
早めに上がるためにサクサクッと最終処理に取りかかったとしたら、ひと言言ってくれると思うから、たぶん、電話や来客だろう。
そんな想像をめぐらしならが、ふと、ああ、もしかしたらサプライズで迎えにきてくれるのかも!?と思う。
それは、とーーーーってもうれしいなぁ。
ちょっとワクワクそわそわしながらドアに視線を送り、ちょっぴり姿勢を整えて座り直す。
5分、10分と時間が過ぎてもスマホはうんともすんとも言わないし、ドアもビクとしない。
やっぱり忙しくなっちゃったのかなぁ。
まあ、『考え中』ということだったから、那智さんとしてもまだ確定ではなかったのだろう。
断定されなかった分、そこは柔軟に想像できる。
わたしのほうもそろそろ動かないといけないな。
那智さんがお仕事場を出たところで連絡をもらってから移動を開始しても問題ないのだけど、それだと200m分那智さんとお待たせしてしまうし、200m分早く会えない(笑)
早めに出る可能性だってあるのだから尚更行動開始は早めないと。
もしかして、ギリギリになってしまうけど、こちらに来てくれるかもしれないという思いも湧く。
それこそ、お仕事場を出たことを内緒にしてサプライズのお迎えだ。
その可能性も捨てきれないな。
ギリギリまで待っていたい気持ちもなきにしもあらずだな。
お迎えうれしいし、サプライズもうれしい。
だけど、もしそうじゃなかったら、やっぱり『200m分』が残念な気持ちになる。
わたしはできる限り、お待ちしていたいし、早く会いたい。
そして、来てくれるかもしれないと想像できている上で通常とは違う行動(この場合はギリギリまで待つ)をするということは、わたしの中では計算になってしまうのだ。
これは『地雷』の思考回路と似ているのだけど、那智さんに対してできるだけ計算はしてくない気持ちも働く。
結局、連絡はなかったけど待ち合わせ8分前、◯時52分にカフェを出て、53分にはいつもの場所で待っていた。
これなら、仮に5分でも3分でも早めに上がってくれたら、無駄にならずにすぐ会えます^^
果たして、◯時57分、スマホの着信音。
あ、ちょっと早い、やっぱり正解!と思って通話をタップする。
いま、どこ?
いつもの角のところです
なんだ、カフェまで行っちゃったよ(笑)
ああ、やっぱりそうか。
想像はしていたけど、実際そうなると残念な気持ちになってしまう。
電車に乗って移動しながら、ちょっと残念な気持ちが払拭できずに「那智さんにびっくりさせてもらいたかったです」と泣き言を言ったら
いつもびっくりさせてるじゃん(笑)
いえいえ、そういうのじゃなくて、うれしい驚きのほうです^^;
まあ、これが『わたし』なんだけど、気が回り過ぎるのもつまらないな。
何より、200m×2=400m分、早く会えたかもしれないのに、それが一番残念。
恋する乙女にとって400m分は大きな損失なのだ(笑)
<関連エントリー>
地雷
「等式」感想です。相手をお互いにおもいやる思考は楽しい。意見の違いにつながることもあるけれどね。りん子の思いの方が強いときは「お見それしました」私の思いが強いときは、「おそれいったか」時代劇みたいだけれど楽しく、嬉しい。
お昼から会える日だった。
午前中お仕事をしている那智さんのお仕事場近くまでお迎えにあがる。
なんていうと殊勝な感じだけど、ただ単に早く会いたいってだけともいう(笑)
支度も早く終わったしなんだか落ち着かないから早めに出かけたら40分も早く着いてしまった^^;
でも、ギリギリよりこういう余裕は好き^^近くにいられるし。
いつもこのパターンの合流は那智さんのお仕事場を背に左に進んだ改札に続く交差点あたりで待機するのだけど、早く着いたから反対側、右に200mほど離れたカフェでお茶をして待つことにした。
早めに到着したことと近くのカフェでお茶していることを伝えると
あと、どのくらいで飲み終わる?
こんなふうに聞かれるということは早めに上がれそうなのだろう。
もう、そんなの願ったり叶ったり^^
一気に飲めと言われれば飲める量ですよ(笑)
まだひと口しか口をつけていなかったけど、那智さんが早く上がれるならアイスカフェオレSサイズなんてソッコー飲める!
早く出ようか考え中(笑)
やっぱり!!
那智さんがわたしが喜びそうなことを言葉にするときは、がっかりさせないためほとんど確定しているとき。
ということは、今日は早めに上がれそうなのはかなり確率高いはず。
それなら、わたしも思い切り喜んでいい^^
不確定なことを『思い切り』喜んでしまったら、那智さんプレッシャーになっちゃうといけないものね。
わーい、早く、早く〜^^
アイスカフェオレなんて一気に飲めます〜
時計を見ると通常の待ち合わせ時間の20分前、◯時40分。
いつ確定の連絡が来るかなと、気持ち急ぎ気味にアイスカフェオレをすすりながら待つも、そこからパタッと音沙汰なくなった。
電話がかかってきたか、急な仕事が入ったか。
早めに上がるためにサクサクッと最終処理に取りかかったとしたら、ひと言言ってくれると思うから、たぶん、電話や来客だろう。
そんな想像をめぐらしならが、ふと、ああ、もしかしたらサプライズで迎えにきてくれるのかも!?と思う。
それは、とーーーーってもうれしいなぁ。
ちょっとワクワクそわそわしながらドアに視線を送り、ちょっぴり姿勢を整えて座り直す。
5分、10分と時間が過ぎてもスマホはうんともすんとも言わないし、ドアもビクとしない。
やっぱり忙しくなっちゃったのかなぁ。
まあ、『考え中』ということだったから、那智さんとしてもまだ確定ではなかったのだろう。
断定されなかった分、そこは柔軟に想像できる。
わたしのほうもそろそろ動かないといけないな。
那智さんがお仕事場を出たところで連絡をもらってから移動を開始しても問題ないのだけど、それだと200m分那智さんとお待たせしてしまうし、200m分早く会えない(笑)
早めに出る可能性だってあるのだから尚更行動開始は早めないと。
もしかして、ギリギリになってしまうけど、こちらに来てくれるかもしれないという思いも湧く。
それこそ、お仕事場を出たことを内緒にしてサプライズのお迎えだ。
その可能性も捨てきれないな。
ギリギリまで待っていたい気持ちもなきにしもあらずだな。
お迎えうれしいし、サプライズもうれしい。
だけど、もしそうじゃなかったら、やっぱり『200m分』が残念な気持ちになる。
わたしはできる限り、お待ちしていたいし、早く会いたい。
そして、来てくれるかもしれないと想像できている上で通常とは違う行動(この場合はギリギリまで待つ)をするということは、わたしの中では計算になってしまうのだ。
これは『地雷』の思考回路と似ているのだけど、那智さんに対してできるだけ計算はしてくない気持ちも働く。
結局、連絡はなかったけど待ち合わせ8分前、◯時52分にカフェを出て、53分にはいつもの場所で待っていた。
これなら、仮に5分でも3分でも早めに上がってくれたら、無駄にならずにすぐ会えます^^
果たして、◯時57分、スマホの着信音。
あ、ちょっと早い、やっぱり正解!と思って通話をタップする。
いま、どこ?
いつもの角のところです
なんだ、カフェまで行っちゃったよ(笑)
ああ、やっぱりそうか。
想像はしていたけど、実際そうなると残念な気持ちになってしまう。
電車に乗って移動しながら、ちょっと残念な気持ちが払拭できずに「那智さんにびっくりさせてもらいたかったです」と泣き言を言ったら
いつもびっくりさせてるじゃん(笑)
いえいえ、そういうのじゃなくて、うれしい驚きのほうです^^;
まあ、これが『わたし』なんだけど、気が回り過ぎるのもつまらないな。
何より、200m×2=400m分、早く会えたかもしれないのに、それが一番残念。
恋する乙女にとって400m分は大きな損失なのだ(笑)
<関連エントリー>
地雷
「等式」感想です。相手をお互いにおもいやる思考は楽しい。意見の違いにつながることもあるけれどね。りん子の思いの方が強いときは「お見それしました」私の思いが強いときは、「おそれいったか」時代劇みたいだけれど楽しく、嬉しい。
忍び
独特な幸福感
夜の待ち合わせ。
那智さんお気に入りの味噌煮込みうどんをいただきに行く。
駅近くのお店だったけど時間もあったし、すこしでも長く一緒にいたいからお仕事場近くまでお迎えに上がる。
しかも今日はおニューのお洋服を着ているので、それを着たわたしを夕方の街並の中で遠目から見つけてほしいという密かな演出もあったりもした。
簡単な用事を済ませていたら思ったより時間が過ぎてしまって、駅とお仕事場の中間くらいで合流という感じになった。
電話が鳴り
いま、どこ〜?
と。
◯◯通りのATMを出たところです
と伝え、そのまま電話をつなげたまま歩く。
那智さんはいまどちらですか?
いま、◯◯のショップの前〜
ショッピングビル沿いに歩いているところのようだ。
ショップが模様替えしたことなんかを話してくれる。
わたしもいまそのビルに向かって歩いているところだけど、那智さんはビルの西側、わたしは東側の通りを歩いているので、『H』字の那智さん左上から降りてきて、わたし右下から上がってくる形^^
このまま行くならビルの正面『H』の横棒部の通りを互いに曲がり合流するか、早いほうが片方の通りまで行くかのどちらかになる。
ビルの◯◯のショップ前だとするといまわたしがいるところ距離はほぼ一緒だ。
『H』の横棒は大通りなので信号を渡らないといけないのだけど、ちょうど反対側の信号が点滅している。
いまわたしが渡れれば、那智さんには信号で待ってもらっている間にそちらまで行かれそうだった。
那智さん、わたし信号渡りますから、那智さんは渡らないでください
信号赤だよ?
そうです、そうです、でも、反対側点滅しているから、もう青になるんですよ
わたしがそちら側に行きますから、渡らないで
渡ったら行き違いになっちゃいますから
はいはい、そういうことね
たぶん、これで大丈夫。
信号を渡り『H』の左側角に視線を送る。
那智さん、そこから曲がってくる。
おニューの服を遠くから見てほしいなという気持ちと万が一入れ違いになってしまっては困るからちょっと集中して角を見据える。
…
おかしいな。
◯◯のショップからの距離を考えたら、もう角を曲がってきてもいいはずなんだけど。
那智さん、いまビルの前ですよ〜
那智さん、どの辺りですか?
もう信号の近く?
さっきまでショップの模様替えのお話なんかをしてくれていたのが、パタリとレスポンスなし。
電波悪いのかな?
ビルの正面玄関通りますよ〜
?!
もしや?!
…チャラチャラ
はたと気づくと同時に、聞き慣れた音!!
背後!!!
思考より本能が先に反応する。
正体、見破ったり!!!
正面玄関を通り過ぎながらくるりと後ろを振り返ると、大きな柱から出てくる那智さん。
やっぱり!!
わかっちゃいましたよ、那智さん。
バレたか〜(笑)
どうやらショッピングビルの中を通り『H』縦棒と横棒を斜めにショートカットしたらしい。
柱に隠れていて後ろから驚かそうとしたのだ。
しかし、一瞬の沈黙と腰に付けている鍵の束の音で、わたしは気づいてしまった。
わたしは忍びか?
殺気を感じてからの反応の素早さの尋常なさに我ながら鼻息荒くなる。
「いやん、わたし、那智さんにびっくりさせていただきたかったですぅ♪」
可愛くまとめて見ようと思っても無理があるよーーー(笑)
那智さんに『うれしい程度』のサプライズをいただく道のりは長く険しいのでした^^
<関連エントリー>
いじめっこ那智さん
攻防
他人が見たらどうでもいい真剣なやり取り
「等式」感想です。この特別でないふつーの出来事と「味噌煮込みうどん」のセンテンスが嬉しい、手羽先の味を思い出す。(笑)
夜の待ち合わせ。
那智さんお気に入りの味噌煮込みうどんをいただきに行く。
駅近くのお店だったけど時間もあったし、すこしでも長く一緒にいたいからお仕事場近くまでお迎えに上がる。
しかも今日はおニューのお洋服を着ているので、それを着たわたしを夕方の街並の中で遠目から見つけてほしいという密かな演出もあったりもした。
簡単な用事を済ませていたら思ったより時間が過ぎてしまって、駅とお仕事場の中間くらいで合流という感じになった。
電話が鳴り
いま、どこ〜?
と。
◯◯通りのATMを出たところです
と伝え、そのまま電話をつなげたまま歩く。
那智さんはいまどちらですか?
いま、◯◯のショップの前〜
ショッピングビル沿いに歩いているところのようだ。
ショップが模様替えしたことなんかを話してくれる。
わたしもいまそのビルに向かって歩いているところだけど、那智さんはビルの西側、わたしは東側の通りを歩いているので、『H』字の那智さん左上から降りてきて、わたし右下から上がってくる形^^
このまま行くならビルの正面『H』の横棒部の通りを互いに曲がり合流するか、早いほうが片方の通りまで行くかのどちらかになる。
ビルの◯◯のショップ前だとするといまわたしがいるところ距離はほぼ一緒だ。
『H』の横棒は大通りなので信号を渡らないといけないのだけど、ちょうど反対側の信号が点滅している。
いまわたしが渡れれば、那智さんには信号で待ってもらっている間にそちらまで行かれそうだった。
那智さん、わたし信号渡りますから、那智さんは渡らないでください
信号赤だよ?
そうです、そうです、でも、反対側点滅しているから、もう青になるんですよ
わたしがそちら側に行きますから、渡らないで
渡ったら行き違いになっちゃいますから
はいはい、そういうことね
たぶん、これで大丈夫。
信号を渡り『H』の左側角に視線を送る。
那智さん、そこから曲がってくる。
おニューの服を遠くから見てほしいなという気持ちと万が一入れ違いになってしまっては困るからちょっと集中して角を見据える。
…
おかしいな。
◯◯のショップからの距離を考えたら、もう角を曲がってきてもいいはずなんだけど。
那智さん、いまビルの前ですよ〜
那智さん、どの辺りですか?
もう信号の近く?
さっきまでショップの模様替えのお話なんかをしてくれていたのが、パタリとレスポンスなし。
電波悪いのかな?
ビルの正面玄関通りますよ〜
?!
もしや?!
…チャラチャラ
はたと気づくと同時に、聞き慣れた音!!
背後!!!
思考より本能が先に反応する。
正体、見破ったり!!!
正面玄関を通り過ぎながらくるりと後ろを振り返ると、大きな柱から出てくる那智さん。
やっぱり!!
わかっちゃいましたよ、那智さん。
バレたか〜(笑)
どうやらショッピングビルの中を通り『H』縦棒と横棒を斜めにショートカットしたらしい。
柱に隠れていて後ろから驚かそうとしたのだ。
しかし、一瞬の沈黙と腰に付けている鍵の束の音で、わたしは気づいてしまった。
わたしは忍びか?
殺気を感じてからの反応の素早さの尋常なさに我ながら鼻息荒くなる。
「いやん、わたし、那智さんにびっくりさせていただきたかったですぅ♪」
可愛くまとめて見ようと思っても無理があるよーーー(笑)
那智さんに『うれしい程度』のサプライズをいただく道のりは長く険しいのでした^^
<関連エントリー>
いじめっこ那智さん
攻防
他人が見たらどうでもいい真剣なやり取り
「等式」感想です。この特別でないふつーの出来事と「味噌煮込みうどん」のセンテンスが嬉しい、手羽先の味を思い出す。(笑)
人生相談
りん子的独り言(エラそう)
契約期間が終了したのを機に長年取っていた大手新聞を解約した。
最近のわたしは大手メディアだけに頼るのはやめようと思っているのでぜんぜん未練はないのだけど、ひとつだけ、人生相談が読めなくなることだけがちょっと残念^^
この人生相談は一般の読者が送ってきたものに哲学者や精神科医や作家などの有識者(?)が回答するもの。
相談者も相談事も多岐に渡り、回答者にも特徴があったりしてなかなか読み応えがあったのだ。
わたし自身救われる思いになるものもあったしエントリーのヒントになるものもあった。
長年読んでいると、人の感情なんて案外シンプルなものなのではないかと感じられるようになってきて、『感情のスタート』という思考に辿りつくとっかかりにもなったと思う。
たとえばね。
(創作 笑)
夫のタバコの煙がイヤだ。
なんて相談があったとする。
服に臭いがつくし、健康にもよくないからやめてと何度言ってもやめてくれない。
換気扇の下で吸うことだけは守ってくれているけど、最近は台所までタバコ臭くて本当にやめてほしい。
離婚まで考えてしまいそうだけど、真面目で優しい人なのでタバコだけやめてくれたらいいと思う。
どんなに言っても、休日はテレビを見てゴロゴロしているだけで全然話にならない。
どうしたらタバコをやめてくれるのでしょう。
とかね
近所に住む義母が過干渉過ぎる。
なんていうのもね。
夫の両親と歩いて数分のところに住んでいて一週間の半分は我が家に来る。
いただきものや作ったものを届けてくれるのだけど、小さい子どもがいる我が家では食べないようなものばかりで余らせてしまう。
夫は真面目に働いてくれて休日は子どもの相手もしてくれるけど、義母のこと言っても「おふくろはそういう人だから」とまともに取り合ってくれない。
夫がいない平日に義母が監視していると思うと息苦しくなる。
と長々創作してみたけど、ほぼこんな感じなんだよ。
相談の手紙の全文を載せているわけではないから編集側の意図がゼロではないと思うけど、それでもこの手の相談には一定のパターンがあるの。
相談の主旨が書かれるのは当然だけど、文章のどこかに必ず『夫とのコミュニケーション不足』がチラッと書かれているんだよね。
じつはね、問題の本質はここなんだろうなと思うわけです^^
タバコや義母は症状として表れただけで問題の本質は夫との関係そのもの。
たとえば初期の段階で、タバコの煙がイヤだと訴える妻と充分話し合いができていたらどうだろう。
面倒臭がらず、どうしたら双方が快適にいられるか妻の話を聞き、夫の要望を伝え「じゃあ、換気扇の下で吸うね」と導き出されていたら。
きっと妻はここまで嫌悪することなくタバコを受け入れていたのではないかな。
義母の場合も。
夫が妻の話を聞き、労い、その上で義母に対する対処方法を一緒に考えてくれていたら、ここまで大ごとにならなかったのではないだろうか。
きっと一事が万事、こうなのだろう。
もっというと、そもそも日常の様々な出来事を面倒がらずコミュニケーションを取れていたら、タバコの煙なんて気にならないかもしれないし、義母のこともある程度容認できるんじゃないかな。(ある程度ね^^;)
だって、ちゃんと話を聞いてくれる人には優しくしたいと思うものだ。
タバコや義母も許容しようと思うよね。
と、こういう相談を読むと問題の本質は『そこ』だよね〜って思うわけです^^
きっと、この手の相談をする妻の感情のスタートは夫とコミュニケーションが取りたいってだけなんだと思うのです^^
この経験も『感情のスタート』という思考に辿りつく役に立ったんだ。
で、さらに気づくのは。
この手の相談で必ずあるのは、コミュニケーション不足をチラッと書く手前で夫のいい点も上げていることだったりする。
むしろ、いい点のほうがたくさん上げてあって『タバコ(や義母)』だけがマイナスだと書いている。
いい点もあって、相談事よりもずっと取るに足らないテンションでコミュニケーション不足が書かれていて、『相談事と(取るに足らない程度の)コミュニケーション不足以外は、すばらしい人なのに』という感じなのだ。
タバコや義母に問題の本質を置き換えて、さらに、夫のいい点を上げ無意識のうちに問題の本質を見ないようにしているんだよね。
夫はこんなにいい人なんだから不満に思うはずないって。
じつは、この取るに足らないテンションで書かれていることがけっこう重要だったりする。
タバコは一大事だけど、問題の本質は些細なことにしておきたいのだ。
問題の本質を見据えると解決の困難さも認めないといけないし、夫を選んだ自分のミスも認めないといけないからね。
だから、別の一大事な問題を作りいい点をあげ、本質から目を逸らしているんだなって読んでしまうのです。
もちろん完璧な人間なんていないのだから不満や直してほしいところがあるのは当然のことだよね。
だから、問題は無意識に自分自身見ないようにしてしまうこと。
そこを見ないでいたら、目先の不満、タバコ屋や義母を解消していっても結局心の安定は得られないと思うんだよね。
問題の本質を見極めるようにしたいです。
でもね、人を変えることはとてもとても難しいことだから、根本解決が難しいとしても、本質を理解しながら『受け入れて流す』という方法もありだと思っている。
問題の本質を理解して『受け入れて流す』ことと、見ないようにして別な不満を抱えてごまかすことでは前者のほうがずっと心は安定すると思います。
ついでに、コミュニケーション下手とコミュニケーションを面倒がる人は違いますよね。
下手なりにコミュニケーション取る気持ちがあれば、けっこうなんとかなるとも思っています。
本人が問題だと思っている事。
相手の素晴らしいところ。
取るに足らない、ちょっとのマイナス。
そういう目で人や文章を見ると、こういう構図のもとは3番目が一番の問題のような気がするんだ。
問題の本質を見つける訓練を積みましょう^^
人生相談は人生の機微を教えてくれました^^
<関連エントリー>
役立ちました^^
球体
「等式」感想です。朝イチで読むのは難しい話題がやさしく書いてあるのがりん子らしい。問題の本質と直面する意志と覚悟があるかどうかなんだろうね。しかし、どちらにも利があるような苦汁の決断を迫られることもある。立場によって見方が違ったり、しかし、基本は「感情のスタート」でしょ!
契約期間が終了したのを機に長年取っていた大手新聞を解約した。
最近のわたしは大手メディアだけに頼るのはやめようと思っているのでぜんぜん未練はないのだけど、ひとつだけ、人生相談が読めなくなることだけがちょっと残念^^
この人生相談は一般の読者が送ってきたものに哲学者や精神科医や作家などの有識者(?)が回答するもの。
相談者も相談事も多岐に渡り、回答者にも特徴があったりしてなかなか読み応えがあったのだ。
わたし自身救われる思いになるものもあったしエントリーのヒントになるものもあった。
長年読んでいると、人の感情なんて案外シンプルなものなのではないかと感じられるようになってきて、『感情のスタート』という思考に辿りつくとっかかりにもなったと思う。
たとえばね。
(創作 笑)
夫のタバコの煙がイヤだ。
なんて相談があったとする。
服に臭いがつくし、健康にもよくないからやめてと何度言ってもやめてくれない。
換気扇の下で吸うことだけは守ってくれているけど、最近は台所までタバコ臭くて本当にやめてほしい。
離婚まで考えてしまいそうだけど、真面目で優しい人なのでタバコだけやめてくれたらいいと思う。
どんなに言っても、休日はテレビを見てゴロゴロしているだけで全然話にならない。
どうしたらタバコをやめてくれるのでしょう。
とかね
近所に住む義母が過干渉過ぎる。
なんていうのもね。
夫の両親と歩いて数分のところに住んでいて一週間の半分は我が家に来る。
いただきものや作ったものを届けてくれるのだけど、小さい子どもがいる我が家では食べないようなものばかりで余らせてしまう。
夫は真面目に働いてくれて休日は子どもの相手もしてくれるけど、義母のこと言っても「おふくろはそういう人だから」とまともに取り合ってくれない。
夫がいない平日に義母が監視していると思うと息苦しくなる。
と長々創作してみたけど、ほぼこんな感じなんだよ。
相談の手紙の全文を載せているわけではないから編集側の意図がゼロではないと思うけど、それでもこの手の相談には一定のパターンがあるの。
相談の主旨が書かれるのは当然だけど、文章のどこかに必ず『夫とのコミュニケーション不足』がチラッと書かれているんだよね。
じつはね、問題の本質はここなんだろうなと思うわけです^^
タバコや義母は症状として表れただけで問題の本質は夫との関係そのもの。
たとえば初期の段階で、タバコの煙がイヤだと訴える妻と充分話し合いができていたらどうだろう。
面倒臭がらず、どうしたら双方が快適にいられるか妻の話を聞き、夫の要望を伝え「じゃあ、換気扇の下で吸うね」と導き出されていたら。
きっと妻はここまで嫌悪することなくタバコを受け入れていたのではないかな。
義母の場合も。
夫が妻の話を聞き、労い、その上で義母に対する対処方法を一緒に考えてくれていたら、ここまで大ごとにならなかったのではないだろうか。
きっと一事が万事、こうなのだろう。
もっというと、そもそも日常の様々な出来事を面倒がらずコミュニケーションを取れていたら、タバコの煙なんて気にならないかもしれないし、義母のこともある程度容認できるんじゃないかな。(ある程度ね^^;)
だって、ちゃんと話を聞いてくれる人には優しくしたいと思うものだ。
タバコや義母も許容しようと思うよね。
と、こういう相談を読むと問題の本質は『そこ』だよね〜って思うわけです^^
きっと、この手の相談をする妻の感情のスタートは夫とコミュニケーションが取りたいってだけなんだと思うのです^^
この経験も『感情のスタート』という思考に辿りつく役に立ったんだ。
で、さらに気づくのは。
この手の相談で必ずあるのは、コミュニケーション不足をチラッと書く手前で夫のいい点も上げていることだったりする。
むしろ、いい点のほうがたくさん上げてあって『タバコ(や義母)』だけがマイナスだと書いている。
いい点もあって、相談事よりもずっと取るに足らないテンションでコミュニケーション不足が書かれていて、『相談事と(取るに足らない程度の)コミュニケーション不足以外は、すばらしい人なのに』という感じなのだ。
タバコや義母に問題の本質を置き換えて、さらに、夫のいい点を上げ無意識のうちに問題の本質を見ないようにしているんだよね。
夫はこんなにいい人なんだから不満に思うはずないって。
じつは、この取るに足らないテンションで書かれていることがけっこう重要だったりする。
タバコは一大事だけど、問題の本質は些細なことにしておきたいのだ。
問題の本質を見据えると解決の困難さも認めないといけないし、夫を選んだ自分のミスも認めないといけないからね。
だから、別の一大事な問題を作りいい点をあげ、本質から目を逸らしているんだなって読んでしまうのです。
もちろん完璧な人間なんていないのだから不満や直してほしいところがあるのは当然のことだよね。
だから、問題は無意識に自分自身見ないようにしてしまうこと。
そこを見ないでいたら、目先の不満、タバコ屋や義母を解消していっても結局心の安定は得られないと思うんだよね。
問題の本質を見極めるようにしたいです。
でもね、人を変えることはとてもとても難しいことだから、根本解決が難しいとしても、本質を理解しながら『受け入れて流す』という方法もありだと思っている。
問題の本質を理解して『受け入れて流す』ことと、見ないようにして別な不満を抱えてごまかすことでは前者のほうがずっと心は安定すると思います。
ついでに、コミュニケーション下手とコミュニケーションを面倒がる人は違いますよね。
下手なりにコミュニケーション取る気持ちがあれば、けっこうなんとかなるとも思っています。
本人が問題だと思っている事。
相手の素晴らしいところ。
取るに足らない、ちょっとのマイナス。
そういう目で人や文章を見ると、こういう構図のもとは3番目が一番の問題のような気がするんだ。
問題の本質を見つける訓練を積みましょう^^
人生相談は人生の機微を教えてくれました^^
<関連エントリー>
役立ちました^^
球体
「等式」感想です。朝イチで読むのは難しい話題がやさしく書いてあるのがりん子らしい。問題の本質と直面する意志と覚悟があるかどうかなんだろうね。しかし、どちらにも利があるような苦汁の決断を迫られることもある。立場によって見方が違ったり、しかし、基本は「感情のスタート」でしょ!
徒然に『人生相談』
独り言
ところで、この人生相談。
相談者からいろいろ読み取ることができるけど、回答者にも特徴があっておもしろかった。
これもりん子的思考なのでちょっと偏見ありかと思うけど、回答者の傾向があってね。
前々エントリーに書いたような、たとえば『夫のタバコをやめさせたい』なんて相談だったとすると
アスリート系の人は
旦那さんに健康被害を話し、タバコ以外で楽しめる共通の趣味を作ったらどうか
なんて回答。
前向きでわりと具体的なアドバイスをしているの。
けっこう真面目に『健全な精神は健全な肉体に宿る』を地でいってるのよ。
男性作家の場合は
ボクもそうだけど男なんて単純なものだから、心配したりおだてたりして上手にコントロールしてあげて
こういうのが多い。
妻はお母さんじゃない(笑)
で、わたし的に一番しっくり来たのは、女性評論家と呼ばれる人や女性ライターなどの人
こういう人は元アスリートや男性作家と同じようなその事柄に対する対処を書きながらも
でも、本当に問題なことはあなたが旦那さんと、その話しをちゃんとできないことではありませんか
と、最後に指摘しているのだ。
こういう回答を見ると「そーだよね、そーだよね!!」と思っていたものです^^
まあ、どの回答が正解かはわからないけど、それぞれ傾向があって好みもあるのでした。
ところで、いままででわたしが一番感銘を受けたのは『球体』に書いた『弱さを貫く強さ』の回答だった。
それだけで人生を変えてしまう力を感じる秀逸なものだと思うけど、あともうひとつ別な意味で秀逸な回答があった。
『やりたいことが見つからない』という若者からの相談に、数学者の男性が出した回答
やりたいことが見つけられないのなら、やらなければいけないことをやりましょう。
普遍的にやらなければいけないことは親孝行です。
だから、やりたいことが見つからないなら、とにかく親孝行をしてください。
(概要^^)
いいね〜、この言い切り。
なんて偏って、なんてまっとうなんだろう。
この一刀両断な回答にはいろいろな意味で震えた(笑)
と、いろいろ楽しめた人生相談。
読めなくなってしまったのは残念だけど、大手新聞は読むのやめたから、しょうがない。
ところで、みんながみんなそうとは言えないけど、女ってさ、わたしも含めて単純なんだよね。
ちょっと褒めて、ちょっと労って、ついでに「よしよし」していたら、基本ご機嫌でいるのにね。
女操縦がヘタな男が多いよな〜って思うのです(笑)
「等式」感想です。最後にある「親孝行」の下りは大新聞の回答者と言う権威だけで説得力があるのか、お坊さんなのか儒教学者なのかわからないが、言い切る強さと心地よさがある。あっ、読み返したら数学者との記述(笑)これも妙に納得させられる。
ところで、この人生相談。
相談者からいろいろ読み取ることができるけど、回答者にも特徴があっておもしろかった。
これもりん子的思考なのでちょっと偏見ありかと思うけど、回答者の傾向があってね。
前々エントリーに書いたような、たとえば『夫のタバコをやめさせたい』なんて相談だったとすると
アスリート系の人は
旦那さんに健康被害を話し、タバコ以外で楽しめる共通の趣味を作ったらどうか
なんて回答。
前向きでわりと具体的なアドバイスをしているの。
けっこう真面目に『健全な精神は健全な肉体に宿る』を地でいってるのよ。
男性作家の場合は
ボクもそうだけど男なんて単純なものだから、心配したりおだてたりして上手にコントロールしてあげて
こういうのが多い。
妻はお母さんじゃない(笑)
で、わたし的に一番しっくり来たのは、女性評論家と呼ばれる人や女性ライターなどの人
こういう人は元アスリートや男性作家と同じようなその事柄に対する対処を書きながらも
でも、本当に問題なことはあなたが旦那さんと、その話しをちゃんとできないことではありませんか
と、最後に指摘しているのだ。
こういう回答を見ると「そーだよね、そーだよね!!」と思っていたものです^^
まあ、どの回答が正解かはわからないけど、それぞれ傾向があって好みもあるのでした。
ところで、いままででわたしが一番感銘を受けたのは『球体』に書いた『弱さを貫く強さ』の回答だった。
それだけで人生を変えてしまう力を感じる秀逸なものだと思うけど、あともうひとつ別な意味で秀逸な回答があった。
『やりたいことが見つからない』という若者からの相談に、数学者の男性が出した回答
やりたいことが見つけられないのなら、やらなければいけないことをやりましょう。
普遍的にやらなければいけないことは親孝行です。
だから、やりたいことが見つからないなら、とにかく親孝行をしてください。
(概要^^)
いいね〜、この言い切り。
なんて偏って、なんてまっとうなんだろう。
この一刀両断な回答にはいろいろな意味で震えた(笑)
と、いろいろ楽しめた人生相談。
読めなくなってしまったのは残念だけど、大手新聞は読むのやめたから、しょうがない。
ところで、みんながみんなそうとは言えないけど、女ってさ、わたしも含めて単純なんだよね。
ちょっと褒めて、ちょっと労って、ついでに「よしよし」していたら、基本ご機嫌でいるのにね。
女操縦がヘタな男が多いよな〜って思うのです(笑)
「等式」感想です。最後にある「親孝行」の下りは大新聞の回答者と言う権威だけで説得力があるのか、お坊さんなのか儒教学者なのかわからないが、言い切る強さと心地よさがある。あっ、読み返したら数学者との記述(笑)これも妙に納得させられる。
「せーの」
独特な幸福感
明日は那智さんと会える日。
桜の時期だったので、お花見の予定。
どこに行くかイマイチ決まらず。
といってもいつも、行くか行かないか、どこに行くのか、最終的には那智さんが決めるのでわたしはお弁当どうしようかな〜とか、場所によって服装どうしようかな〜とかそんなことを気にしているのだけど^^
朝イチのお電話でなかなか決まらず、どうしようかね〜と話しつつ
あ、あれは?
と那智さん。
あれ?
那智さんと同化していたいわたしはこういう指示代名詞もわかるようになっていたいから、けっこう必死。
お花見の話題で『あれ』、場所を指しているはず。
あれってことは、いままで行ったことありますよね?
うん
いままで行ったことがある場所、うーん、いっぱいある、お花見限定でも、それなりだ。
いろいろなデータを駆使して『あれ』を探る。
ひとつ浮かぶ。
でも、そこはお花見では行ったことはない。
でも、あそこ、桜ありましたっけ?
たしかある
見た記憶ありますか?
たぶん、ある
この時点で『どこか』は明確になっていない。
ぼやかしたまま、その会話であうんの呼吸を味わっているのだ(わたしは必死だけど^^;)
うーん、その場所の桜の記憶がないから、イマイチ確信が持てないけど、おそらく、あそこだろう。
たぶん、正解だと思うけど、結局時間切れでそのときはおしまいになった。
すこしして、またお電話できるチャンスがあったとき
で、さっきのわかった?
と聞かれたので
たぶん
那智さんの想像したことをわたしも想像していたい。
那智さんの意思はわたしの意志でありたい。
はやる気持ちを押さえて、でも、会ってなかったら落ち込みそうだなと思いつつ、ちょっと楽しく危険なお遊びを思いついてしまった。
(合わないと落ち込むのです^^;)
那智さん、せーのでいいます?(笑)
あー、これピッタリだったらすごくうれしいけど、違っていたらさみしいな。
いいよ(笑)
笑って乗ってくれた。
じゃあ、せーの
◯◯
◯◯
おっかなびっくり言葉にしたものは那智さんの声と同じだった。
ああ、うれしい!!
答えが同じだったことも、声を揃えて言えたことも。
すぐおしまいにしないといけない電話だったので、それで切ったけど、とてもうれしい気持ちで切ることができた^^
それにしてもこういう感覚は他の人にもあるんだろうか。
好きな人と同じことを感じていたいというのは、至極当たり前の感情だとは思うけど、もしかしたら、わたしはそれがとても強いような気がする。
那智さんの気持ちを察しないといけないとか、そういうものではない。
那智さんと一緒であることが、幸せ過ぎて、ものすごく求めてしまうのだ。
この同化していたい気持ちは、父性を求める気持ちとイコールなのだろうか。
ずっとそういうものとしていままで書いてきたけれど、些細なこういう出来事に触れるとあらためて、どうなんだろうなって思って、今日は結論なしのエントリーにしておきます^^
<関連エントリー>
「せーの」好き
中2男子
「等式」感想です。(笑)あのサー答えが相違したときの責任と事後処理は私の責任です、それを承知で勝負しているわたしを評価してください。(笑)
通常の会話でも指示代名詞でいけるのは私にとって幸せなのかダメなのか?(笑)
明日は那智さんと会える日。
桜の時期だったので、お花見の予定。
どこに行くかイマイチ決まらず。
といってもいつも、行くか行かないか、どこに行くのか、最終的には那智さんが決めるのでわたしはお弁当どうしようかな〜とか、場所によって服装どうしようかな〜とかそんなことを気にしているのだけど^^
朝イチのお電話でなかなか決まらず、どうしようかね〜と話しつつ
あ、あれは?
と那智さん。
あれ?
那智さんと同化していたいわたしはこういう指示代名詞もわかるようになっていたいから、けっこう必死。
お花見の話題で『あれ』、場所を指しているはず。
あれってことは、いままで行ったことありますよね?
うん
いままで行ったことがある場所、うーん、いっぱいある、お花見限定でも、それなりだ。
いろいろなデータを駆使して『あれ』を探る。
ひとつ浮かぶ。
でも、そこはお花見では行ったことはない。
でも、あそこ、桜ありましたっけ?
たしかある
見た記憶ありますか?
たぶん、ある
この時点で『どこか』は明確になっていない。
ぼやかしたまま、その会話であうんの呼吸を味わっているのだ(わたしは必死だけど^^;)
うーん、その場所の桜の記憶がないから、イマイチ確信が持てないけど、おそらく、あそこだろう。
たぶん、正解だと思うけど、結局時間切れでそのときはおしまいになった。
すこしして、またお電話できるチャンスがあったとき
で、さっきのわかった?
と聞かれたので
たぶん
那智さんの想像したことをわたしも想像していたい。
那智さんの意思はわたしの意志でありたい。
はやる気持ちを押さえて、でも、会ってなかったら落ち込みそうだなと思いつつ、ちょっと楽しく危険なお遊びを思いついてしまった。
(合わないと落ち込むのです^^;)
那智さん、せーのでいいます?(笑)
あー、これピッタリだったらすごくうれしいけど、違っていたらさみしいな。
いいよ(笑)
笑って乗ってくれた。
じゃあ、せーの
◯◯
◯◯
おっかなびっくり言葉にしたものは那智さんの声と同じだった。
ああ、うれしい!!
答えが同じだったことも、声を揃えて言えたことも。
すぐおしまいにしないといけない電話だったので、それで切ったけど、とてもうれしい気持ちで切ることができた^^
それにしてもこういう感覚は他の人にもあるんだろうか。
好きな人と同じことを感じていたいというのは、至極当たり前の感情だとは思うけど、もしかしたら、わたしはそれがとても強いような気がする。
那智さんの気持ちを察しないといけないとか、そういうものではない。
那智さんと一緒であることが、幸せ過ぎて、ものすごく求めてしまうのだ。
この同化していたい気持ちは、父性を求める気持ちとイコールなのだろうか。
ずっとそういうものとしていままで書いてきたけれど、些細なこういう出来事に触れるとあらためて、どうなんだろうなって思って、今日は結論なしのエントリーにしておきます^^
<関連エントリー>
「せーの」好き
中2男子
「等式」感想です。(笑)あのサー答えが相違したときの責任と事後処理は私の責任です、それを承知で勝負しているわたしを評価してください。(笑)
通常の会話でも指示代名詞でいけるのは私にとって幸せなのかダメなのか?(笑)