普通のひとで愛し合おう27
水曜日の説得がどれくらい功を奏したか、わからない。
ただ具体的な数字を示すことは那智さんの心を動かしやすいのはたしかだし、おそらく、那智さん自身も相当しんどい状態だっただろうから、わたしの提案に乗ってくれていた。
アルコール量を控えてくれてお薬の効果もあり数日間穏やかな日も続くようになった。
一進一退をくり返しながら、今度は弁護士に相談する予定を立てたようだ。
知り合いの弁護士に離婚問題を多く取り扱っている弁護士を紹介してもらったのだった。
*ここから先、わたしは那智さんだけではなく那智さんの家族に関しても深く関わります。
不倫相手の病院や弁護士相談に『支援者』として同席するなど、かなり倫理に反したことをします。(そもそも不倫ってだけで倫理に反しているけどね)
不快な思いをさせるかもしれません。
それでもよければお読みください。
当初は那智さんひとりで行く予定だったのだけど、弁護士に経緯を説明するために過去の出来事や別居に至った経緯などをまとめていると、かなり心に負担がかかり弁護士に上手に伝えられそうにないので、急遽わたしも同行することになった。
このところ、わたしの自由な時間はほとんど那智さんのためにある。
わたしは仕事と家族に使う時間も確保しながら、平日の休みはもちろん、週末を迎える前には那智さんの不安を軽減するために毎週夜に会っていた、支えるために使う時間とそれ以外は心配している時間で、正直ヘトヘトだった。
でも、大好きな那智さんが少しでも健やかになってくれるために、全力だった。
木曜日だった。
おそらく週末を迎えるために明日の夜も会うだろう。
急いで夕飯の下準備を済ませて、那智さんの仕事の最寄り駅に向かう。
弁護士事務所は那智さんの住まいのほうなので、その移動時間でいろいろすり合せたり勇気づけたりするのだ。
2月の真ん中あたり。
真冬にめずらしく南風が強く吹く午後だった。
駅のホームで風に吹かれながらYouTubeで検索した『時代』を聞く。
そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから 今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう
南風が暖かい。
涙がボロボロ溢れ出る。
幸い、半端な午後の駅のホームはひとがまばらだ。
ちょっと疲れちゃったみたい。
悲しいのではない。
不思議なほどに清々しい。
わたしが支えるんだという明確な自負と覚悟の涙だ。
那智さんに会いに行った。
一緒に弁護士のところに行き、那智さんの聞きたいこととわたしも聞いておきたいことを確認して経緯を話す那智さんのフォローをする。
案の定、弁護士はほとんど表情には出さないけど、訝しく感じている空気は伝わる。
申し訳ないような、いたたまれないような気持ちに、少しなる。
でも、もうなりふりかまわない。
わたしが誰かなんて関係ない。
わたしは那智さんを支える覚悟をした女ってだけだ。
普通のひとで愛し合おう28
傷を癒すには事実を客観視することが必要だったし、心療内科や弁護士のところに行くこともあり、ずいぶんと那智さんの結婚生活や家族関係について聞くことになる。
那智さんの鎧は『切り替えてなかったことにする』という方法で傷を見ないようにしてきたようで、過去の経緯を聞いても『憶えていない』ということがずいぶんあった。
(まあ、これも心理学?とかではありがちなことだよね)
その少ない情報だけ見ても、どうやら想像以上に機能不全な家庭だったみたいだ。
Qさんの那智さんに対する危害は男女が逆なら、その一つを取っただけでも『即離婚理由』になりそうなほどのものだった。(警察にお世話になってもいいくらいのものだ)
なんで、そんなに我慢したの!?と思ってしまうけど、それは那智さんの責任感が大きな要因でもあった。
詳しくは書かないけど、Qさんの育成環境や那智さんとの年齢差や『俺がプロポーズした』=何事も俺の責任になっていたのだろう。
さらに感情的なことに対して、それを吸収してくれちゃう人間性(贔屓!!)が一層、被害を拡大させていたのだと思う。
強く優しい故の傷だ。
その傷を自覚してから、那智さんはQさんに関することに触れると『落ちる』感覚になってしまうこともわかってきた。
彼女からのメールはもちろん、思い出し作業、しまいには生活費の入金するというだけでも、あの頃の那智さんには精神と身体に支障をきたすものになっていた。
でも、それはきっとよいことなのだ。
傷を自覚せず違うことで絶望に支配されていた最初のときより、自覚できているほうが、これ以上無用に傷を増やすことはないはずだ。
だから、わたしは那智さんの恐怖を引き受けることにした。
弁護士に相談する際の資料をまとめて、一緒に経緯説明に同席し、生活費を入金するときはわたしも同行した。
そして、Qさんからメールが来たら、どう返信をするかを一緒に考える役割も担った。
那智さんもQさんからのアクションが相当支障をきたすことを理解してきたから、あるときから来たメールはほとんど読まずにわたしに転送してきて、そこから内容を理解していくという方法を取るようになっていった。
他者のメールを無断で(しかも不倫相手が)見るなんていうことは、わたしの常識ではありえないことだ。
どんな親しい仲でも、どんな軽い話題だとしても、わたしはしない。
でも、このときはした。
弁護士に説明するために過去のこともまとめないといけないから、那智さんとQさんの過去のメールのやり取りまで遡った。
非常識に心がヒリヒリする。
でも、そんな感傷はこの際捨てる。
わたしは那智さんを支える一点にのみ集中した。
ああ、でもね、好きな男の過去のメールを遡って表面上は『普通の夫婦』のやり取りを解析したり、Qさんの罵倒メールや『あのとき◯◯といった』なんてプロポーズの言葉を引用して非難するのを読むのはいろんな意味でヘビーだったな。
普通のひとで愛し合おう29
那智さんの精神と離婚のため医者や弁護士と関わりながらもいまひとつしっくり来なかった。
たしかに相当な危害を加えられ傷つけられたのだから、その人物に触れることで『落ちる』ことはわかるけど、夫婦のことだ、売り言葉に買い言葉なこともあるかもしれないし、那智さんの冷静さや折れない様子がQさんを過剰にさせてしまっていないのかな、それでもこんなに傷になることに、いまひとつ合点がいかない気持ちもあった。
那智さんが弱いからとか、大げさだとかはまったく思ってないのよ。
その傷つく決定的なカラクリが見えていない感じ。
ある日、たまたまつけたテレビでモラハラについて特集をしていた。
それはほとんどテレビをつけない時間帯でほとんど見ない類いの番組、お昼前にやっている主婦向けの情報番組だった。
主婦向けということもあり夫からのモラハラという形式で解説していたのだけど、わたしのアンテナに引っかかるものがあった。
それまで言葉は聞いたことあったけどちゃんと知識を持っていなかった『モラル ハラスメント』、これはもしかしたら、那智さんに当てはまるかもしれない。
急いでネットを検索する。
ネットで検索できる範囲で目を通していると、なるほど『モラハラ』というものはただ機嫌が悪いとか感情的とは違うものであると少しずつ理解できてくる。
でも、多くは夫から妻へ、上司から部下へという強者から弱者の構図が書かれていて、年上で男(夫)である那智さんに当てはめる整合性が見つけられなかった。
そんな中、ひとつのサイトに辿り着いた。
ワークショップが運営しているサイトで、そこには丁寧なモラハラについての解説と解決方法が書かれてあった。
『被害者の側に立った』姿勢が文章全体から感じられて、とても力になりそうなものだった。
他の解説は被害者に『逃げる強さ』を求める感じが多かったんだよね、ここに強さを求めたらいけないのよ。
『強さ』を求めることは裏返せば『弱い』というレッテルを貼り自責の方向に行くからね。
食い入るように読んだ。
読めば読むほど、これは那智さんだと思った。
全部を知っているわけではないし那智さんからの情報しかないけれど、そこに書かれているタイプの人間が存在していて、Qさんもそういうタイプの人なのだろうということは容易に想像できた。
特徴はいくつかある(今回、読み直していないので不確かです)
・密室(もしくは1対1の関係)である
・何かしらの上下関係がある(上司部下、親子、夫婦)
加害者は
・曖昧な内容の要求をする
・ため息や不機嫌など曖昧な態度で要求する
・そのくせに正解が一貫していない(ゆえに、何をしても否定する)
・自分が正しくて、対象人物が間違っているから矯正しているつもり
・最終的に人格否定になる
・ギブアップするまで続ける
上下のある閉ざされた空間の中で、やっても否定され、やらなくても否定され、最終的には人格否定にまで及び、こちらが『悪かった』とギブアップするまで続ける。
たとえば(ざっくりと)
上司と部下の関係で部下がミスをしたとして。
上司:この前言ってたことやってくれた?
部下:あ、まだです
上司:(はあ、ため息、沈黙)
部下:すみません、いますぐやります(取りかかろうとパソコンに向かう)
上司:人が話しをしてるのが聞けないのか
部下:あ、すみません(手を止める)
上司:そうやって君はいつも人の話しを聞かないんだな
部下:いえ、そんなつもりは
上司:じゃあ、どう思ってるんだ
部下:キチンとやろうと思ってます
上司:やってないじゃないか
部下:え、いま上司がちゃんと聞けっていったから(手を止めた)
上司:誰が作業を休んでいいなんて言った?
部下:すみません(急いでパソコンに向かう)
上司:これだから君はダメなんだよ、この前もミスしただろ
部下:すみません
上司:謝ればいいと思ってるだろ
部下:いえ…
上司:ったく、ホントにダメな人間だな、だから、俺が教えてやってるんだ
こんな感じ。
一見、上司に言われたことができていなかったから注意されているように見えるけど、ぜんぜん違うんだよね。
これは極端に書いたけど、たとえば、上司の指示の中に『いつまでに』が入っていなかったというようなケースが多い。
これは『どうとでも取れる』曖昧な要求をするという1例ね。
で、ため息をついたり『どう思っているんだ』とハッキリした要求をしないで、相手に自発的に行動させたり相手に答えを出させようとする。
そして、その答えを否定していく。
ため息ついたからすぐ取りかかろうとする→話しを聞いてないと否定
手を止める→誰が休んでいいと言った?と否定
こんなふうに。
何をしても、何もしなくても『否定』され続けると八方塞がりになり、被害者は逃げ出すことができず自分が悪いのではないかと思ってしまいます。
きっと、責任感の強い那智さんは自分がプロポーズしたこともあり、おそらく初期の頃に危害を加えられても、ひとりで背負いなんとか改善していこうと逃げなかったのだと思う。
さっさと責任放棄して逃げちゃえば、そんなに傷が深くならなかったとも思うので、ある意味モラハラ被害者は責任感が強かったり、いい人だったりする場合が多いそうです。
で、そもそものミス(ミスかどうかさえ疑わしい)についてのことから、過去のミスや人格否定に話しが広がっていくわけ。
ああ、これを閉ざされた空間で四六時中やられたら、そりゃあ傷つくわ。
傷どころじゃないわ。
(しかもそこに精神以外の暴力もあればなおさらね)
で、この上下関係というのの中に弱者と強者が逆転するパターンもある。
弱者を盾に取ったモラハラもあることがサイトにも書かれてあった。
那智さんの場合は、これだろう。
実際、Qさんからのメールでも那智さんに対して『責任』を取る立場は那智さんにあるというように誘導しているものもあった。
モラハラの仕組みと強弱逆転を知り、わたしの中で整合性が取れた。
あらためて、那智さんの年末からの状態が、ただ傷ついていたんだ程度ではない深刻な人権侵害であったことを理解できた。
喧嘩両成敗も『夫婦のことは外からはわからない』も『那智さんにもよくないところがあったのでは?』の、どれもない。
胸を張って、那智さんは悪くないと言える。
これによりわたしの向かうべき方向も見えた。
普通のひとで愛し合おう30
たまたまテレビを見て急いでモラハラについて調べた翌日にQさんから那智さんへ長いメールが届いた。
いつものように転送されたそれを読むと、それは、まったくもってモラハラだった。
生活費に関するやり取りのはずが、過去の那智さんのミスを引っぱり出したり、プロポーズした側の責任を匂わせ、人格を否定するようなことを言ってくる。
いままでも『どうかと思う』ではあったけど、モラハラの概念を知ってから読むと明らかに違う、理解できる。
知識は人を助ける。
那智さんは被害者で人権を侵害されてきた。
それはこういう構図で侵害してきている。
そうハッキリと言えるわたしは少し強い。
長文の何箇所かを引用しながら『モラハラ』についてざっと説明する。
那智さんは悪くない。
とにかく、まず自分は被害者なのだと知ってもらい、自分を責めることから解放してもらうために。
メールを引用したり、『たとえば、こんな会話ありませんでしたか?』と上記の上司と部下の会話を夫婦に変えてみて披露すると、那智さんも驚くほど当てはまっていたようで、モラハラの概念は比較的スムーズに受け取ってもらえた。
これもね、タイミングによっては素直に受け取れないこともあるんだよね。
脳が傷から目を逸らすためにわたしを遠ざけるように、問題に直面しそうなことを那智さんは無意識に回避しようとするから、快くきちんと伝えるにはタイミングが大事だった。
このときは、たまたま長文メールが来たからざっくり説明することができたけど、あまりに当てはまりすぎて少ししんどくなりそうだったので、ここではざっくりとでおしまいにする。
わたし自身、もっと理論武装したいとも思ったということもある。
矛盾なく説明できるように、那智さん、整合性が取れないことは受け取ってくれなさそうだし(笑)、今後Qさん対策にもまず知識を貯え、どの方向からも守れるようにする必要があった。
図書館から何冊か借り、サイトにあったワークショップが発行している冊子を取り寄せる。
サイトに載っている内容と同じものだけど、これが本当に役に立った。
モラハラ被害者用に2種類、支援者用に1冊、計3冊をそれぞれ3回は読んだ。
一度読んで『ここは』と思うところにラインを引き、自分の考えも余白に書く。
二度目は別の色のえんぴつで、同じようにラインを引く。
そうすると、前回見落としたものを見つけることができるし、2色のラインが引かれているところは、きっと大事なところということになるだろう。
(学校の勉強もこんなに熱心にやらなかったよ!!)
本当は那智さんに全部読んでもらいたかったけど、きっといまの那智さんには難しいだろうから、2色のラインが引かれている項目を中心に読んでもらえばいいとも思った。
これ以降、Qさんから来るメールの返信はいままでと違うものになっていく。
Qさんから来るメールは、案の定『税金の支払い』や『お嬢さんの結婚支援』などの名目のメールの中で、話はどんどん逸れ、過去を持ち出したり関係ないことを追求してきたり、人格否定をしてきている。
転送されるそれを分析して、返信案を送る。
モラハラの加害者への対応で大事なことは相手のペースに乗らないことなので、まずメールが来ても即返信はしない(もちろん無視して長引かせる必要はないけど)、こちらのペースで返事を送る。
それも数時間とか日を跨ぐとか一環させない。
また過去のことなどの無関係な内容には『いまの話では関係ないことなので答えません』とだけ伝えて、その内容に対して是も非も表明しない。
それ以外はどんなに挑発的な内容でも一切触れない。
おそらく、普通だったら、誤解を解こうとしたり説明しようとするけど、そうすることは『何をしても否定』するモラハラ加害者の格好の餌食になってしまう。
だから、触れないのだ。
ただ、何を言っても無駄だと全部無視してしまうと、今度は『何をしなくても否定』してくるので、まったく触れないのはダメ。
相手がいかに無意味なことを言ってきているかを示して、以後スルーが正解なのだ。
だから、『いまはあなたからの支払いの話に応じているので、それ以外の話には答えません』と送る。
おそらく、相手の負には付き合い、解消していきたい性質の那智さんはQさんの論点のズレた攻撃にずっと応えようとしてきたのだろう。
だから、余計に『何をしても否定』され続け、諦めてスルーして『何をしなくても否定』され続けてきたのだ。
モラハラの構図が理解できたので、こんなふうに対応は変わっていった。
春のある日。
小冊子を那智さんにざっとでも読んでもらうことにした。
がんばって読んでくれたけど、たぶん、ほとんど頭に入っていなかっただろうな^^;
それでも、『あなたは被害者だ』とすこしでも知ってくれるとうれしいと思った。
モラハラの構図を理解し、Qさんへの対応の指針もできた頃、もうひとつとても重要な案件を抱えていた。
それはお嬢さんとのこと。
普通のひとで愛し合おう31
那智さんんはある時期からお嬢さんとの関係もあまり良くかなった。
そんなことは夫婦関係が悪ければ当然のことといえるけど、わたしと出会ったころはちょうどお嬢さんが高校に入学したあたりで『バイク通学のための駐輪場確保の方法』などを伝授したなんて聞いていたので、そのころはそれなりだったようだ。
どうやら、あるときにQさんから『今後一切子育てには関わるな』といわれたらしい。
那智さんのことだから、『一切』なんていわれれば、本当に一切関わらなくなるだろうから、なかなか良好な関係を作ることは難しいかったはずだ。
それでも子供のことだけは手放してはいけないと思うけど、ここにモラハラ妻(母)の存在があると、その最後の気力も奪われてしまうものだ。
例えば、お嬢さんが合宿から帰ってくる日、Qさんがいられないことがあり、那智さんに早めに帰宅してくれと頼むとする。
高校?大学?の子が合宿から帰って来たときに誰もいないと『かわいそうだから』という理由で。
那智さんの教育方針としては、親がおらず片付けを含め自分でできるようになるほうが子供のためになるわけで当然拒否する。
わたしも過保護なので(笑)自分がQさんの立場だったら家にいてあげたいと思ってしまうかもしれないけど、自分の意見と異なる場合はすり合わせをするか、譲歩するか、判断するよね。
特に、わたしは自分の過保護を自覚しているので、『これは我が子を思っての行動か、自分の感情か』を見極めて、都度『やるかやらないか』を判断しています。
(自分の感情で行うときは、自覚してやってます 笑)
モラハラの特徴のひとつに『対象者を孤立させる』というものがあります。
『密室で』というのはその意味もあります。
だから、モラハラな人の場合は、おそらく、こうします。
子供が帰って来たときに早く退社して家にいてあげて
↓
仕事で無理だし、教育上いないほうがいいと拒否
↓
後日、Qさんがお嬢さんに
わたしがいてあげてっていったのにお父さんは仕事で帰ってこなかった。
きっとあなたより仕事のほうが大事なんだよね。
いつもそう、○○のときだって仕事が忙しいってやってくれなかった。
そんな風にQさんからの一方的な情報で那智さんを『お嬢さんの敵』に仕立て上げるわけ。
おそらく小さい頃から、このような孤立のための構図はくり返されていたはずで、お嬢さんとしては鵜呑みにするのは仕方がないこと。
さらに、『関わるな』といわれてしまい、関わればミスを見つけ人格否定まで待っていき、関わらなければ敵認定される中、那智さんがお嬢さんに弁明する余地も気力もなくなるだろう。
おそらく、こういう経緯で蓄積されたものが露呈してきて『ある時期から』あまり良好な関係ではなくなっていたようだ。
そのお嬢さんが数ヶ月後に結婚をする。
余談だけど、那智さんが最初に別居をした時期がお嬢さんが結婚を決めた時期と重なる。
那智さん、お嬢さんが結婚することでひとつ責任から解放されて、初めてQさんに対する『恐怖』の感情や傷ついていることを心が感じることができたんじゃないかなと思っています。
きっとずっとギリギリだったんだよね。
それまでにお嬢さんとの関係を少しでも良好なものにしておきたい。
那智さんは『俺は結婚式に出ないほうがいいのではないか』と思ってしまっていた。
(お嬢さんに拒絶っぽいこと言われたから←拒絶苦手^^;)
それだけは絶対避けたかった。
どんな事情があろうとも、その時どんなに気まずい状態だろうとも、祝福しないといけない。
それがお嬢さんのこの先の幸福になるし、何十年経っても『出席しなかった父』のレッテルを貼られたままになる。
それは那智さんにもお嬢さんにとっても不幸だ。
『お嬢さんを祝福』することにのみ集中して出席しないといけない。
これについては、わたしは引かなかった。
アルコールの量より、お嬢さんとの関係が取り返しのつかないものになるほうが、ずっと避けなければならないと思ったからだ。
何度も説得した。
そして、お嬢さんにどう伝えたらいいか、一緒に考えた。
Qさんのモラハラにより体調を崩したこと、だから、しばらく連絡が取れなかったこと。
お嬢さんへの気持ちやこれからどんな家庭を築いてほしいか。
ホテルにノートパソコンを持ち込み、那智さんに思いを書いてもらう。
そして、言い訳が苦手な那智さんに変わり、気持ちが伝わるように、そして、お嬢さんが『父親とうまくいかない不幸』を味わわせないように原案をもとに加筆修正する作業をした。
今度、お嬢さんとふたりで話す約束はできている。
そこで長年のわだかまりを解いてほしい。
(約束を取り付けるメールのやり取りも手伝った^^;)
話し合いの夜。
当然、わたしはその場にいないので、話しが終わったら連絡をくれるであろうことを信じて待つしかなかった。
これがなかなか連絡来なくて(笑)
こじれた関係は一回の話し合いで即仲良しになるとは思えない。
想像以上に時間がかかっているということは、話し合いが決裂して自暴自棄になって飲んじゃっているのではないか。
那智さん、傷ついているんじゃないか。
心配で心配でしかたなかった。
長い時間が経って、連絡が来た。
どうやら、思った以上に良い雰囲気で話し合いができたようだ。
お嬢さんの結婚をちゃんと祝福して、ちゃんとそれを受け取ってくれるような状態にはなったみたい、安心して胸をなでおろした。
結婚式当日。
まあ、Qさんもいるし、なかなかしんどい状態だったとは思うけど、なんとか無事お開きになった。
終わったら、待ち合わせをしていた。(このときのわたしは那智さんのお薬みたいな存在だったからね)
『お疲れさまでした』と乾杯する。
Qさんと会ったから少し辛そうだったけど、肩の荷が下りたようでもある。
ほとんど自分のことは話さない人だけど、新婦手紙でいいこと言われたみたいで、それを話してくれた。
こみ上げるものがあったのでろう、下を向き一度『うっ』と嗚咽を漏らしていた。
那智さんの『一度だけの嗚咽』はこれで二度目だ。
『お疲れさまでした』の気持ちを込めて背中をさすっていた。