マイ フェア レディ(横道)
モカ
那智さんはモカを加えるにあたり、たぶんはじめて会ったときか、その後の初期のメールの段階でひとつのキーワードを掲げた。
それは『正直と素直』。
憧れの(^^;)那智とりん子と付き合うことを夢物語ではなくリアルなものとして彼女の実になってほしい。
夢物語のままだとわたしたちも楽しめないしね。
そして会話がなんだか噛み合ず、いまひとつ雲を掴むような印象のモカ。
その何重にも覆った薄皮を剥いでいくには『正直と素直』が必要だろうと考えたのだ。
じゃあ、正直と素直ってなに?
今日はその解説を^^
これは国語のお勉強ではないので日本語としては正しい解釈ではないでしょう。
そして薬指の中でだけ通用する価値観だと思うので、人としての正しいではないかもしれないです。
しかも『マイ フェア レディ』からまったく横道に外れたお話。
どうか、『ふ〜ん』と思って読んでください。
那智さんは『正直と素直』と掲げはしたけど、それについて詳しい解釈を一度もしていなかった。
直感や感覚からキーワードを作りモカに示しているだけ。
基本的にはその言葉から想像できることで正解なんだけど、あまりにも漠然としているからことあるごとにわたしが『素直ってね』と補足説明をする。
那智さんとその言葉のコンセンサスを得ることなく付き合いも二ヶ月になるころ、はじめて『正直と素直』の解釈をわたしなりに言語化してふたりに披露してみたのです。
それをここに記したいと思うのです。
素直。
これはわたしが散々薬指で書いていること。
那智さんとわたしの付き合いに於いてとても重要なこと。
ふたりの間で素直とは『いいたいことを言う』ことではない。
二次的な感情を挟まずに伝えることをいう。
悲しいからいじけたこと言ってしまえとか、傷ついたから傷つけてやれというような二次的な感情。
これを挟まず、最初の感情だけを伝えるのだ。
『お電話がなくて(寂しかった)、わたしのことなんてどうでもいいんでしょ!?』
こんな感じが二次的な感情。
『お電話がなくて寂しかった』これは最初の感情。
こんなふうにできるだけ最初の感情を伝えることが素直ね。
これはたくさん書いてきた。
で、『正直』は。
心に浮かんだ感情をそのまま表現すること。
実は、わたしは那智さんに対して『正直』ではない。
これは正直を実践しているモカを見ていて改めて知ることだった。
モカはお父さんのおしっこを飲んだ後、とてもまずそうな顔をして『お父さん、まずい;;』と見上げる。
お父さんは、その顔を見て嬉しそうに笑う。
これが『正直』。
こんなやり取りを見ていて、ああ、わたしは那智さんに対して『正直』ではないなぁと思うのだ。
そして改めて『素直と正直』の違いを言語化できるのだ。
モカは『二次的な感情を挟まない』ことと『心に浮かんだ感情をそのまま表現する』ことがキーワードになる。
これは『マイ フェア レディ』で書いていくけど。
ここは少し横道に逸れて。
なぜわたしは那智さんに対して『正直』ではないか、というお話。
那智さんとわたしの間に於いての正直が『心に浮かんだ感情をそのまま表現する』だとすると。
実はわたしは那智さんに対して『心に浮かんだ感情をそのまま』は表現していないのだ。
表現していないのは。
したくないし、できない。
これはわたしが。
『肯定女』だからか。
『同化願望』があるからか。
『犬気質』だからなのか。
好きな人の意に沿いたい、好きな人を否定したくにないという思いが強い女だからだ。
これは那智さんだからというのではなくて、そういう女なのだ。
だから那智さんに嫌われたくないから『意に沿いたい』とか『否定したくない』のではない。
わたしはそういう女で、そういう自分でしかいられないのだ。
だから、過去の恋愛では、意に沿いたいあまり相手を増長させ、言いたいことも言えず、自分で自分の首を絞めるようなことをしてきた。
同じように那智さんにも『意に沿いたい』『否定したくない』とわたしの特性のままで付き合っているけれど、那智さんは決してそれに増長もしないし甘んじないし変わらないでいてくれる。
思う存分意に沿わせてくれる、肯定させ続けてくれる。
わたしは安心してわたしの特性のままでいられるのだ。
じゃあ、この『意に沿いたい』『否定したくない』ってどんなことだろう。
さっきモカはお父さんのおしっこを『まずい〜』と言うと書いた。
わたしはこれができない。
しない、のではなく、できないのだ。
(モカは正直を掲げられているから、まずいはOKなのだよ)
那智さんのおしっこを『まずい』と感じたとき。
おしっこをおいしいと思わせたいという那智さんの意と『まずい』という否定の気持ちを表現したくない気持ちから、いくつかある選択肢の中からそれに合った言葉を選ぶのです。
まずい
飲みにくかった
苦手な味
もし『まずい』が一番ピッタリな表現だったとしても、僅差で『飲みにくかった』で表現できるなら、そちらを選ぶ。
だから、ホントにホントにピッタリの表現ではない場合もあるのです。
ということは、これは『心に浮かんだ感情をそのまま表現する』正直ではないのですね。
那智さんのおしっこがまずいと思ったとき。
わたしはうつむいて目をぎゅっと瞑ってコクッと飲み込み、顔を上げてニッコリ微笑む。
『今日のはどうだった?』と聞かれたら『今日は飲みにくかったです』と答える。
『まずい』が一番ピッタリだったとしても。
お父さんのおしっこをまずそうな顔をして『まずいよぉ』というモカを、少し羨ましいと思う。
ただ、それは那智さんがモカの特性を見極めて掲げたキーワードだから、モカも伸び伸びとできるのだ。
そして、那智さんはわたしのその特性をわかってくれているから、敢えて『正直』を掲げていないのだ。
『正直』は、意に沿いたいわたしにはつらいことだからね。
那智さんに強いられたわけではない。
わたしがそういう女というだけ。
その人の特性によって道筋を変える那智さん。
だからモカが少し羨ましいと思っても、それはわたしの本意ではないこともわかっているから、わたしに合った『素直』だけでいられる。
だから、わたしは那智さんに正直ではないのだ。
と、那智さんの『正直と素直』のキーワードでここまで自分なりに解釈を付けて、それをお父さんとモカの前で披露する、居酒屋で生ビール片手に(笑)
モカは『さすが〜』という目で深く頷き、お父さんは『エラいね〜』と頭を撫でてくれる。
この以心伝心がモカちゃん攻略の話をするときの『ふたりだけの言語の高度な会話』になるのです。
で、なんでこんな個人的な解釈のお話を書いたかというとね。
ただ単に
『ふたりだけの言語の高度な会話』の一面、キーワードを聞いただけで那智さんの意志をここまで理解できるんだぞ〜というノロケなのでした^^;
といことで、本題の『マイ フェア レディ』は、また後ほど^^
追伸:
実は、わたしはモカちゃんのこと関してのみ、はじめて那智さんに『正直』な一面を見せているかもしれない。
それは『那智とりん子』の『りん子』の部分に於いて。
3人が幸せな着地ができるように、わたしは不慣れな『正直』を那智さんにしていると思う。
ちょっと、いや、かなり頑張って,長い付き合いの中ではじめて『正直』な一面を出している(あくまでも、一面 笑)なと思う。
慣れないことだし、那智さんの意に沿いたいわたしにとっては『正直』であることは物凄く勇気やパワーが必要なんだけどね^^;
でも、みんなのためにはそうするべきだと思って『思ったことをそのまま表現する』努力をしているのでした。
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『疑うことなく身を任せ、素直に伝えるということ』
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那智さんはモカを加えるにあたり、たぶんはじめて会ったときか、その後の初期のメールの段階でひとつのキーワードを掲げた。
それは『正直と素直』。
憧れの(^^;)那智とりん子と付き合うことを夢物語ではなくリアルなものとして彼女の実になってほしい。
夢物語のままだとわたしたちも楽しめないしね。
そして会話がなんだか噛み合ず、いまひとつ雲を掴むような印象のモカ。
その何重にも覆った薄皮を剥いでいくには『正直と素直』が必要だろうと考えたのだ。
じゃあ、正直と素直ってなに?
今日はその解説を^^
これは国語のお勉強ではないので日本語としては正しい解釈ではないでしょう。
そして薬指の中でだけ通用する価値観だと思うので、人としての正しいではないかもしれないです。
しかも『マイ フェア レディ』からまったく横道に外れたお話。
どうか、『ふ〜ん』と思って読んでください。
那智さんは『正直と素直』と掲げはしたけど、それについて詳しい解釈を一度もしていなかった。
直感や感覚からキーワードを作りモカに示しているだけ。
基本的にはその言葉から想像できることで正解なんだけど、あまりにも漠然としているからことあるごとにわたしが『素直ってね』と補足説明をする。
那智さんとその言葉のコンセンサスを得ることなく付き合いも二ヶ月になるころ、はじめて『正直と素直』の解釈をわたしなりに言語化してふたりに披露してみたのです。
それをここに記したいと思うのです。
素直。
これはわたしが散々薬指で書いていること。
那智さんとわたしの付き合いに於いてとても重要なこと。
ふたりの間で素直とは『いいたいことを言う』ことではない。
二次的な感情を挟まずに伝えることをいう。
悲しいからいじけたこと言ってしまえとか、傷ついたから傷つけてやれというような二次的な感情。
これを挟まず、最初の感情だけを伝えるのだ。
『お電話がなくて(寂しかった)、わたしのことなんてどうでもいいんでしょ!?』
こんな感じが二次的な感情。
『お電話がなくて寂しかった』これは最初の感情。
こんなふうにできるだけ最初の感情を伝えることが素直ね。
これはたくさん書いてきた。
で、『正直』は。
心に浮かんだ感情をそのまま表現すること。
実は、わたしは那智さんに対して『正直』ではない。
これは正直を実践しているモカを見ていて改めて知ることだった。
モカはお父さんのおしっこを飲んだ後、とてもまずそうな顔をして『お父さん、まずい;;』と見上げる。
お父さんは、その顔を見て嬉しそうに笑う。
これが『正直』。
こんなやり取りを見ていて、ああ、わたしは那智さんに対して『正直』ではないなぁと思うのだ。
そして改めて『素直と正直』の違いを言語化できるのだ。
モカは『二次的な感情を挟まない』ことと『心に浮かんだ感情をそのまま表現する』ことがキーワードになる。
これは『マイ フェア レディ』で書いていくけど。
ここは少し横道に逸れて。
なぜわたしは那智さんに対して『正直』ではないか、というお話。
那智さんとわたしの間に於いての正直が『心に浮かんだ感情をそのまま表現する』だとすると。
実はわたしは那智さんに対して『心に浮かんだ感情をそのまま』は表現していないのだ。
表現していないのは。
したくないし、できない。
これはわたしが。
『肯定女』だからか。
『同化願望』があるからか。
『犬気質』だからなのか。
好きな人の意に沿いたい、好きな人を否定したくにないという思いが強い女だからだ。
これは那智さんだからというのではなくて、そういう女なのだ。
だから那智さんに嫌われたくないから『意に沿いたい』とか『否定したくない』のではない。
わたしはそういう女で、そういう自分でしかいられないのだ。
だから、過去の恋愛では、意に沿いたいあまり相手を増長させ、言いたいことも言えず、自分で自分の首を絞めるようなことをしてきた。
同じように那智さんにも『意に沿いたい』『否定したくない』とわたしの特性のままで付き合っているけれど、那智さんは決してそれに増長もしないし甘んじないし変わらないでいてくれる。
思う存分意に沿わせてくれる、肯定させ続けてくれる。
わたしは安心してわたしの特性のままでいられるのだ。
じゃあ、この『意に沿いたい』『否定したくない』ってどんなことだろう。
さっきモカはお父さんのおしっこを『まずい〜』と言うと書いた。
わたしはこれができない。
しない、のではなく、できないのだ。
(モカは正直を掲げられているから、まずいはOKなのだよ)
那智さんのおしっこを『まずい』と感じたとき。
おしっこをおいしいと思わせたいという那智さんの意と『まずい』という否定の気持ちを表現したくない気持ちから、いくつかある選択肢の中からそれに合った言葉を選ぶのです。
まずい
飲みにくかった
苦手な味
もし『まずい』が一番ピッタリな表現だったとしても、僅差で『飲みにくかった』で表現できるなら、そちらを選ぶ。
だから、ホントにホントにピッタリの表現ではない場合もあるのです。
ということは、これは『心に浮かんだ感情をそのまま表現する』正直ではないのですね。
那智さんのおしっこがまずいと思ったとき。
わたしはうつむいて目をぎゅっと瞑ってコクッと飲み込み、顔を上げてニッコリ微笑む。
『今日のはどうだった?』と聞かれたら『今日は飲みにくかったです』と答える。
『まずい』が一番ピッタリだったとしても。
お父さんのおしっこをまずそうな顔をして『まずいよぉ』というモカを、少し羨ましいと思う。
ただ、それは那智さんがモカの特性を見極めて掲げたキーワードだから、モカも伸び伸びとできるのだ。
そして、那智さんはわたしのその特性をわかってくれているから、敢えて『正直』を掲げていないのだ。
『正直』は、意に沿いたいわたしにはつらいことだからね。
那智さんに強いられたわけではない。
わたしがそういう女というだけ。
その人の特性によって道筋を変える那智さん。
だからモカが少し羨ましいと思っても、それはわたしの本意ではないこともわかっているから、わたしに合った『素直』だけでいられる。
だから、わたしは那智さんに正直ではないのだ。
と、那智さんの『正直と素直』のキーワードでここまで自分なりに解釈を付けて、それをお父さんとモカの前で披露する、居酒屋で生ビール片手に(笑)
モカは『さすが〜』という目で深く頷き、お父さんは『エラいね〜』と頭を撫でてくれる。
この以心伝心がモカちゃん攻略の話をするときの『ふたりだけの言語の高度な会話』になるのです。
で、なんでこんな個人的な解釈のお話を書いたかというとね。
ただ単に
『ふたりだけの言語の高度な会話』の一面、キーワードを聞いただけで那智さんの意志をここまで理解できるんだぞ〜というノロケなのでした^^;
といことで、本題の『マイ フェア レディ』は、また後ほど^^
追伸:
実は、わたしはモカちゃんのこと関してのみ、はじめて那智さんに『正直』な一面を見せているかもしれない。
それは『那智とりん子』の『りん子』の部分に於いて。
3人が幸せな着地ができるように、わたしは不慣れな『正直』を那智さんにしていると思う。
ちょっと、いや、かなり頑張って,長い付き合いの中ではじめて『正直』な一面を出している(あくまでも、一面 笑)なと思う。
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