わたしが子供だったころ
りん子的独り言(エラそう)
『帰ってきたら』『ご飯の前に』と一日何度も手洗いするハンドソープのCMを見て、そんなに洗ってばっかりいたら子供の手カサカサになっちゃうよと思ってしまった。
育児書や先輩ママさんたちはみんな自分が正しいと思うことを語るし、CMや雑誌はまるでそれで一生が決まってしまうかのように不安を煽る。
正解はひとつじゃないし、ほとんどのことはそれで一生は決まらない。
だけど、母親たちはその通りにしないと取り返しがつかないことになってしまうような気になって戦々恐々としてしまう。
我が子が生まれたときわたしはあまり育児書の類いを鵜呑みにするのはやめようと思っていた。
出産前に友達がお下がりでくれた育児書2冊、同じことも書いてあるけど、まったく反対のことも書かれてあるのだ。
(内容忘れちゃったけど、たとえば片方には『寒いときは靴下を履かせて』と書いてあって、もう片方には『寒くても履かせないほうがいい』と書いてあるみたいな感じ)
そんなのを見て、これはあまり気にしすぎるのはよくないぞと直感で思ったのだよね、たまたま実家が近かったこともあってその分は助かったけど、それを差し引いても、その育児書を開くことはあまりなかった。
ある程度の月齢による成長の目安くらいは参考にしたけど、それ以上にわたしの育児の指針になったのは内田春菊さんの『私たちは繁殖している』と伊藤比呂美さんの『コドモより親が大事』だった。
どうしても思い通りに子供がいい子になってくれなくて思わず叩いてしまう母親の悩みに伊藤比呂美さんは(原文まま)「子育てはねんどやブロックとはわけが違って思い通りにはいきません。人知の及ばぬ力が作用しているのですね。非力な母親はなすすべないとあきらめて、せめて自分のしたいことをしましょう。あとはコドモらが将来いろいろ悩んで自力で解決します。わたしだっていろいろ悩んでやってきたことだし、コドモらにだってそれくらいできます。」と書いている。
とくにこの一分はすっと心を軽くしてくれた。
子供は大事だ。
自分の分身のようだし、自分以上に大事だ。
だけど、母親ひとりで何とかしようと思うのは歪みが生まれる。
きっと同じように育ててもかけっこ早い子と遅い子はいるし、野菜が苦手な子もいる。
非力なわたしは無理矢理野菜を食べさせるより、我が子と好きなものを「おいしいね〜」と笑い合いながら一緒に食べたい。
ご飯の時間はたのしいって思ってほしかったし、わたしもたのしみたかった。
だから、育児書も雑誌もテレビCMにもちょっと反発するくらいの気持ちでいた(それくらいの気持ちでいないと負けちゃうのだ 笑)
それでも、雑誌やCMの常識や他のママたちの情報はイヤでも耳に入るし、いろいろ迷うことは出てくる。
そんなとき、わたしの基準は『いかにわたし自身がストレスを感じないか』で選ぶようにしていた。
たとえば、子供用の100%ジュース。
小さな可愛らしいパックに小分けされているもの。
最初はなんとなく買っていたけどたかが数百円のこととはいえ、あの微々たる量のものが普通の1リットル入っている100%ジュースより高いことに疑問を持ちはじめてしまった。
ケチ根性ももちろんあるけど(笑)
何かに乗せられているような納得いかない気持ち。
この気持ちのまま買い続けることはわたしにとってストレスだなって思った。
でも、闇雲に普通の100%にしてしまうほど大胆にもなれず、きっと若干の不安が残って、それはそれでストレスだった思った。
だから、メーカーに電話してみた。
普通の100%ジュースと子供用にどんな違いがあるのか。
もし明確な違いがあるなら納得してそれを買おう、もし納得のいく違いがなかったら安心して大人と一緒の100%ジュースにしようと思ったのだ。
返ってきた答えは『明確な違いはない』だった。
(しかし、素材を厳選して…という苦し紛れの説明をしてくれた)
ああ、スッキリ。
これからはなんのストレスを感じることなくわたしたちが飲んでいる100%リンゴジュースを飲ませてあげられる。
こんなハッキリした行動に出たのはそんなにないけど、基本的には『わたしがストレスがすくないほう』で選んできた。
もちろん、たくさん迷うし不本意なことだってよかれと思ってすることだってあるけど、ただ迷ったときひとつの基準があった。
それは『わたしが子供の頃』を思い出すこと。
あるいは姉の子供の頃、あるいはもっと以前の親戚のお姉さんが子供の頃。
ハッキリした記憶ばかりではないし、生まれる前のことなんていちいち裏を取っているわけではないけど、想像してみる。
わたしが子供の頃。
ヤ◯ルトとかマ◯ーとかあったけど、それは別に子供用じゃなかった。
風呂釜だって時々放水して洗っているだけだったし、便座をいちいち除菌なんてしてなかった。
でも、わたしは元気だ。
そんなふうに考えるとだいたいのことはなんとかなるような気がしてくる。
そして、複雑で詳細で繊細な情報のウィンドウを閉じる。
でもって、勉強できないし人見知りだし、いろいろちょっと変わっているけど、我が子は元気だ^^
だから、わたしから言わせると、あのCMは一見正しい常識のように見せかけて不安を煽り消費させようとしていると見えるので、NG(笑)
実際、我が子はそんなに手洗いさせてないけど、元気^^
子供用のジュースは飲んでいないけど、元気^^
けっこう人間って子供ってたくましいものだと思う。
<関連エントリー>
『我が子』
「等式」感想です。りん子の言う通りだと思います。学校の校則が改定の度に追加されて荒唐無稽になるように、育児書もおなじは、どうなのでしょう。単純に考えて、丈夫な 子もいれば弱い子もいる、それを一冊の育児書で済まそうとしたら弱い子に合わせると思われます。自分の常識と感覚も頼りにしたいですね。
『帰ってきたら』『ご飯の前に』と一日何度も手洗いするハンドソープのCMを見て、そんなに洗ってばっかりいたら子供の手カサカサになっちゃうよと思ってしまった。
育児書や先輩ママさんたちはみんな自分が正しいと思うことを語るし、CMや雑誌はまるでそれで一生が決まってしまうかのように不安を煽る。
正解はひとつじゃないし、ほとんどのことはそれで一生は決まらない。
だけど、母親たちはその通りにしないと取り返しがつかないことになってしまうような気になって戦々恐々としてしまう。
我が子が生まれたときわたしはあまり育児書の類いを鵜呑みにするのはやめようと思っていた。
出産前に友達がお下がりでくれた育児書2冊、同じことも書いてあるけど、まったく反対のことも書かれてあるのだ。
(内容忘れちゃったけど、たとえば片方には『寒いときは靴下を履かせて』と書いてあって、もう片方には『寒くても履かせないほうがいい』と書いてあるみたいな感じ)
そんなのを見て、これはあまり気にしすぎるのはよくないぞと直感で思ったのだよね、たまたま実家が近かったこともあってその分は助かったけど、それを差し引いても、その育児書を開くことはあまりなかった。
ある程度の月齢による成長の目安くらいは参考にしたけど、それ以上にわたしの育児の指針になったのは内田春菊さんの『私たちは繁殖している』と伊藤比呂美さんの『コドモより親が大事』だった。
どうしても思い通りに子供がいい子になってくれなくて思わず叩いてしまう母親の悩みに伊藤比呂美さんは(原文まま)「子育てはねんどやブロックとはわけが違って思い通りにはいきません。人知の及ばぬ力が作用しているのですね。非力な母親はなすすべないとあきらめて、せめて自分のしたいことをしましょう。あとはコドモらが将来いろいろ悩んで自力で解決します。わたしだっていろいろ悩んでやってきたことだし、コドモらにだってそれくらいできます。」と書いている。
とくにこの一分はすっと心を軽くしてくれた。
子供は大事だ。
自分の分身のようだし、自分以上に大事だ。
だけど、母親ひとりで何とかしようと思うのは歪みが生まれる。
きっと同じように育ててもかけっこ早い子と遅い子はいるし、野菜が苦手な子もいる。
非力なわたしは無理矢理野菜を食べさせるより、我が子と好きなものを「おいしいね〜」と笑い合いながら一緒に食べたい。
ご飯の時間はたのしいって思ってほしかったし、わたしもたのしみたかった。
だから、育児書も雑誌もテレビCMにもちょっと反発するくらいの気持ちでいた(それくらいの気持ちでいないと負けちゃうのだ 笑)
それでも、雑誌やCMの常識や他のママたちの情報はイヤでも耳に入るし、いろいろ迷うことは出てくる。
そんなとき、わたしの基準は『いかにわたし自身がストレスを感じないか』で選ぶようにしていた。
たとえば、子供用の100%ジュース。
小さな可愛らしいパックに小分けされているもの。
最初はなんとなく買っていたけどたかが数百円のこととはいえ、あの微々たる量のものが普通の1リットル入っている100%ジュースより高いことに疑問を持ちはじめてしまった。
ケチ根性ももちろんあるけど(笑)
何かに乗せられているような納得いかない気持ち。
この気持ちのまま買い続けることはわたしにとってストレスだなって思った。
でも、闇雲に普通の100%にしてしまうほど大胆にもなれず、きっと若干の不安が残って、それはそれでストレスだった思った。
だから、メーカーに電話してみた。
普通の100%ジュースと子供用にどんな違いがあるのか。
もし明確な違いがあるなら納得してそれを買おう、もし納得のいく違いがなかったら安心して大人と一緒の100%ジュースにしようと思ったのだ。
返ってきた答えは『明確な違いはない』だった。
(しかし、素材を厳選して…という苦し紛れの説明をしてくれた)
ああ、スッキリ。
これからはなんのストレスを感じることなくわたしたちが飲んでいる100%リンゴジュースを飲ませてあげられる。
こんなハッキリした行動に出たのはそんなにないけど、基本的には『わたしがストレスがすくないほう』で選んできた。
もちろん、たくさん迷うし不本意なことだってよかれと思ってすることだってあるけど、ただ迷ったときひとつの基準があった。
それは『わたしが子供の頃』を思い出すこと。
あるいは姉の子供の頃、あるいはもっと以前の親戚のお姉さんが子供の頃。
ハッキリした記憶ばかりではないし、生まれる前のことなんていちいち裏を取っているわけではないけど、想像してみる。
わたしが子供の頃。
ヤ◯ルトとかマ◯ーとかあったけど、それは別に子供用じゃなかった。
風呂釜だって時々放水して洗っているだけだったし、便座をいちいち除菌なんてしてなかった。
でも、わたしは元気だ。
そんなふうに考えるとだいたいのことはなんとかなるような気がしてくる。
そして、複雑で詳細で繊細な情報のウィンドウを閉じる。
でもって、勉強できないし人見知りだし、いろいろちょっと変わっているけど、我が子は元気だ^^
だから、わたしから言わせると、あのCMは一見正しい常識のように見せかけて不安を煽り消費させようとしていると見えるので、NG(笑)
実際、我が子はそんなに手洗いさせてないけど、元気^^
子供用のジュースは飲んでいないけど、元気^^
けっこう人間って子供ってたくましいものだと思う。
<関連エントリー>
『我が子』
「等式」感想です。りん子の言う通りだと思います。学校の校則が改定の度に追加されて荒唐無稽になるように、育児書もおなじは、どうなのでしょう。単純に考えて、丈夫な 子もいれば弱い子もいる、それを一冊の育児書で済まそうとしたら弱い子に合わせると思われます。自分の常識と感覚も頼りにしたいですね。
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COMMENT
りん子さん
私も育児書には目を向けない育児をやって
きました。
生まれもっての個性もあるし。
みんな違うし。
うちの子は男子だし(^^;
私がわからない事もたくさんありました。
だけど、そのつどそのつど、
正面で向き合う事だけは注意してたかも
うちの子もなんでも1番が好きで
幼稚園の事から注意されてましたよ。
主様に相談する事もあります。
私達は最高の2番であり続ける事を
約束してますから。(1番は子)
子供の事りん子さんと話せるのも
なんだか嬉しいです。
私も育児書には目を向けない育児をやって
きました。
生まれもっての個性もあるし。
みんな違うし。
うちの子は男子だし(^^;
私がわからない事もたくさんありました。
だけど、そのつどそのつど、
正面で向き合う事だけは注意してたかも
うちの子もなんでも1番が好きで
幼稚園の事から注意されてましたよ。
主様に相談する事もあります。
私達は最高の2番であり続ける事を
約束してますから。(1番は子)
子供の事りん子さんと話せるのも
なんだか嬉しいです。
ここさん
ああ、ここさんも育児書を見なかったのですね。
でも、幼稚園で注意されたりするとけっこう気にしちゃいそうだけど、それはがんばったね^^
周囲の雑音をできるだけ排除して我が子と向き合うのって、かなりパワーがいるもんね。
主様は相談に乗ってくれるのですね。
互いのしあわせを願うもの同士、互いの家族にも幸福でいてほしいという思いは自然と生まれるものなのかもしれませんね。
なんでもアリのブログなので、子どものお話もアリですよ〜^^
ああ、ここさんも育児書を見なかったのですね。
でも、幼稚園で注意されたりするとけっこう気にしちゃいそうだけど、それはがんばったね^^
周囲の雑音をできるだけ排除して我が子と向き合うのって、かなりパワーがいるもんね。
主様は相談に乗ってくれるのですね。
互いのしあわせを願うもの同士、互いの家族にも幸福でいてほしいという思いは自然と生まれるものなのかもしれませんね。
なんでもアリのブログなので、子どものお話もアリですよ〜^^
こんにちは~
わたしも見てない方ですね。
情報として、うんちの状態はとても参考にしましたが…
離乳食だって、周りが『そろそろじゃない?』
と言ってきても、あまり気にせず。
うちの子に主に係わるのは、わたしなのだから
わたしのペースで始めたことも、覚えています。
子育ては楽しく!そうでないときはもちろんあるのだから
せめてね、楽しい方を選べる状況である場合は
自分が、子どもが楽しい方を選んでほしいですね。
わたしも見てない方ですね。
情報として、うんちの状態はとても参考にしましたが…
離乳食だって、周りが『そろそろじゃない?』
と言ってきても、あまり気にせず。
うちの子に主に係わるのは、わたしなのだから
わたしのペースで始めたことも、覚えています。
子育ては楽しく!そうでないときはもちろんあるのだから
せめてね、楽しい方を選べる状況である場合は
自分が、子どもが楽しい方を選んでほしいですね。
あこさん
あこさんも見ない派でしたか!!
なんか、いろいろ気を使いそうで、でも、そういうのはちょっと反発するような気持ちがあるって似たようなパターンが『等式』らしいかも^^
でも、周りの発言に左右されないでいられる、コメントからあこさんの芯の強さが伝わるようです。
育児に正解があるとしたら、常軌を逸しない範囲で育児に主に関わる人が気楽に楽しく負担にならない方法を選ぶことが、一番大事なことなのでしょうね^^
子どもって案外たくましいものですよね^^
あこさんも見ない派でしたか!!
なんか、いろいろ気を使いそうで、でも、そういうのはちょっと反発するような気持ちがあるって似たようなパターンが『等式』らしいかも^^
でも、周りの発言に左右されないでいられる、コメントからあこさんの芯の強さが伝わるようです。
育児に正解があるとしたら、常軌を逸しない範囲で育児に主に関わる人が気楽に楽しく負担にならない方法を選ぶことが、一番大事なことなのでしょうね^^
子どもって案外たくましいものですよね^^