にわかフェミ
140字もどき
その1
痴漢は犯罪です。
という広告がる。
もちろん犯罪だけど。
痴漢って暴力だと思う。
性犯罪は女性にとって激しい暴力。
殴らなくても、手のひらで触るだけでも。
暴力なんだ。
これって、女性にも理解を得られないかな。
でも、痴漢ってね、当然やる人がいけないんだけど、どうしても周囲の『ちょっと触られたくらいで』という認識も被害を大きくさせていると思うんだ。
だから、暴力なんだって女性も男性も認識したら、いいのにね。
この前『痴漢冤罪はなぜなくならないか』って記事があったけど、いやいや、そんなことより痴漢自体がなくなれば、冤罪だってなくなるでしょー。
痴漢ありきが、すでにおかしい。
冤罪を憂う男性たちは、まず同性の痴漢犯罪者を糾弾して『なぜ痴漢はなくならないか』を議論するほうが先決だと思うんだけど、どう?
その2
某女性誌の男性編集者のツイートが一時話題になった。
勝手に要約するけど『自分の胸からミルクを平然と製造する女性』に驚き、変形する乳房を『男を近寄らせないための一時的な「可愛くない」トランスフォーム』だと解釈して、だから『妊婦ヌードは売れないんだ』なんちゃってみたいな雰囲気を醸し出して〆ていた。
そもそも少子化自体が問題なのかそれさえも疑問なのだけど、問題だとして、それを解決したいなら、まずこういう男性の意識改革が必要なんじゃないだろうか。
男から『可愛くない』と公言されて、じゃあ、産みましょうって思う女増えると思えないよ。
若いとかスタイルとか、ある意味の『処女性』(ホントの処女じゃなくてね)、そういうことに女の価値を置く社会が少子化の一因だと思うんだけどなぁ。
その3
碁盤の目のように通路が交差するショッピングモール。
直進するわたしの視界に右の通路からこちらに向かってきている人が見えた。
年配の男性ふたり。
スーツに身を包んだ恰幅のよい男性。
いかにも会社の偉い地位の人。
キャリーバッグを引いているから、出張に行くのか、その帰りか、談笑しながら通路を歩いている。
わたしの視界にその男性が入っているのだから、男性からもわたしが見えているはずだ。
少なくとも右側の男性は左側の男性のほうを向いて会話しているので確実に視界には入っている。
距離と速度で計ると、ほぼ同時、わずかにわたしのほうが先に通路の十字路に差しかかるのは読める。
このままの速度で歩けば、1歩早いわたしのほうが彼らの目の前を塞ぐように横切ることになる。
きっと、ぎりぎりぶつかるかもしれないほどの距離だ。
さあ、どうする。
わたしは速度を緩めずに歩いてみる。
彼らも変わらないペースで十字路に向かう。
ねえ、わたしのほうが1歩早いよ。
たぶん、あなたたちの目の前をぶつかる勢いで横切るよ。
でも、彼らは一瞬たりとも速度を緩める気配を見せない。
十字路に差しかかる。
かなりぎりぎりの距離でわたしは彼らの前を横切った。
ああ、きっと、譲られ慣れているんだろうなって思う。
会社でも飲食店でも家でも、たぶん譲られることが当たり前になっていて、譲るとか譲られるという思考回路がつながっていないんだろうな。
無意識に当然譲られるものという感覚でいるから、横から来る女に対して速度を緩めるなんていう発想生まれないのだろう。
もしかしたら、彼らにはわたしは見えていないのかもしれない、わたしの姿は脳に伝達されていないのかもしれない、視界に入っているのに。
なにを持ってして上下、優劣、が決められるかわからないけど、とにかく、それはある。
で、『女』であるというだけで下や劣だと決められてしまうことが、じつはとても多いのだ。
見えないなんてこともあるほどに。
わたしはちゃんとフェミニズムを勉強しているわけではないので、議論できるほどしっかりした考えは持てていない。
でも、基本的に人間に上下も優劣もないはずなのに、性別などのカテゴリ分けでそれが決められている社会が好きじゃないのだ。
その気持ちがフェミニズムに近いと思っている。
根拠のない上下の上は下になにを言ってもかまわないという意識や、根拠のない上下の下は控えめでいないといけないという認識があるのが好きじゃない。
仮に上下や優劣があるとしても、それは個々の関係性や会社などの中のポジションで決めるものだと思う。
けっこう『女』であるということはそういう場面に出くわすことがあったりするんだよね。
<関連エントリー>
『静かな夜に』
「等式」感想です。その1:痴漢の被害より、痴漢冤罪の方が圧倒的に被害が大きいから。「痴漢冤罪はなぜなくならないか」が話題になる。
その2:好みの問題では?妊婦ヌードを作る人、購入する人がいるのだから。この編集者は公の立場があるので、個人の発言としても通用しないだろうが、その姿勢を批判するのであれば雑誌を購入しないことで意思表示できると思う。
その3:通勤時に日常的にある光景だよね、女性にぶつかった事はないが、(女性・子供・老人はよける)年に1~2回肩が対面してぶつかる時がある、つい3日前にもあった「ゴン」と大きな音がして一瞬注目が集った。
あれはきっとチキンレースをしているんだよ。そして、「どけ」のオーラを発する人には対抗する 、急いでいますのオーラには避けてあげる。(笑)
同じような話しで、私は身長が低いので隙があるように見えるらしい、大きな人の流れがありそこを横切ろうとする人は空間を狙う、身長が低いと入りやすいのだと思う。不愉快なので、スピードを緩めないので、私の前を横切る人は、まれに蹴飛ばされる人がいる。
その1
痴漢は犯罪です。
という広告がる。
もちろん犯罪だけど。
痴漢って暴力だと思う。
性犯罪は女性にとって激しい暴力。
殴らなくても、手のひらで触るだけでも。
暴力なんだ。
これって、女性にも理解を得られないかな。
でも、痴漢ってね、当然やる人がいけないんだけど、どうしても周囲の『ちょっと触られたくらいで』という認識も被害を大きくさせていると思うんだ。
だから、暴力なんだって女性も男性も認識したら、いいのにね。
この前『痴漢冤罪はなぜなくならないか』って記事があったけど、いやいや、そんなことより痴漢自体がなくなれば、冤罪だってなくなるでしょー。
痴漢ありきが、すでにおかしい。
冤罪を憂う男性たちは、まず同性の痴漢犯罪者を糾弾して『なぜ痴漢はなくならないか』を議論するほうが先決だと思うんだけど、どう?
その2
某女性誌の男性編集者のツイートが一時話題になった。
勝手に要約するけど『自分の胸からミルクを平然と製造する女性』に驚き、変形する乳房を『男を近寄らせないための一時的な「可愛くない」トランスフォーム』だと解釈して、だから『妊婦ヌードは売れないんだ』なんちゃってみたいな雰囲気を醸し出して〆ていた。
そもそも少子化自体が問題なのかそれさえも疑問なのだけど、問題だとして、それを解決したいなら、まずこういう男性の意識改革が必要なんじゃないだろうか。
男から『可愛くない』と公言されて、じゃあ、産みましょうって思う女増えると思えないよ。
若いとかスタイルとか、ある意味の『処女性』(ホントの処女じゃなくてね)、そういうことに女の価値を置く社会が少子化の一因だと思うんだけどなぁ。
その3
碁盤の目のように通路が交差するショッピングモール。
直進するわたしの視界に右の通路からこちらに向かってきている人が見えた。
年配の男性ふたり。
スーツに身を包んだ恰幅のよい男性。
いかにも会社の偉い地位の人。
キャリーバッグを引いているから、出張に行くのか、その帰りか、談笑しながら通路を歩いている。
わたしの視界にその男性が入っているのだから、男性からもわたしが見えているはずだ。
少なくとも右側の男性は左側の男性のほうを向いて会話しているので確実に視界には入っている。
距離と速度で計ると、ほぼ同時、わずかにわたしのほうが先に通路の十字路に差しかかるのは読める。
このままの速度で歩けば、1歩早いわたしのほうが彼らの目の前を塞ぐように横切ることになる。
きっと、ぎりぎりぶつかるかもしれないほどの距離だ。
さあ、どうする。
わたしは速度を緩めずに歩いてみる。
彼らも変わらないペースで十字路に向かう。
ねえ、わたしのほうが1歩早いよ。
たぶん、あなたたちの目の前をぶつかる勢いで横切るよ。
でも、彼らは一瞬たりとも速度を緩める気配を見せない。
十字路に差しかかる。
かなりぎりぎりの距離でわたしは彼らの前を横切った。
ああ、きっと、譲られ慣れているんだろうなって思う。
会社でも飲食店でも家でも、たぶん譲られることが当たり前になっていて、譲るとか譲られるという思考回路がつながっていないんだろうな。
無意識に当然譲られるものという感覚でいるから、横から来る女に対して速度を緩めるなんていう発想生まれないのだろう。
もしかしたら、彼らにはわたしは見えていないのかもしれない、わたしの姿は脳に伝達されていないのかもしれない、視界に入っているのに。
なにを持ってして上下、優劣、が決められるかわからないけど、とにかく、それはある。
で、『女』であるというだけで下や劣だと決められてしまうことが、じつはとても多いのだ。
見えないなんてこともあるほどに。
わたしはちゃんとフェミニズムを勉強しているわけではないので、議論できるほどしっかりした考えは持てていない。
でも、基本的に人間に上下も優劣もないはずなのに、性別などのカテゴリ分けでそれが決められている社会が好きじゃないのだ。
その気持ちがフェミニズムに近いと思っている。
根拠のない上下の上は下になにを言ってもかまわないという意識や、根拠のない上下の下は控えめでいないといけないという認識があるのが好きじゃない。
仮に上下や優劣があるとしても、それは個々の関係性や会社などの中のポジションで決めるものだと思う。
けっこう『女』であるということはそういう場面に出くわすことがあったりするんだよね。
<関連エントリー>
『静かな夜に』
「等式」感想です。その1:痴漢の被害より、痴漢冤罪の方が圧倒的に被害が大きいから。「痴漢冤罪はなぜなくならないか」が話題になる。
その2:好みの問題では?妊婦ヌードを作る人、購入する人がいるのだから。この編集者は公の立場があるので、個人の発言としても通用しないだろうが、その姿勢を批判するのであれば雑誌を購入しないことで意思表示できると思う。
その3:通勤時に日常的にある光景だよね、女性にぶつかった事はないが、(女性・子供・老人はよける)年に1~2回肩が対面してぶつかる時がある、つい3日前にもあった「ゴン」と大きな音がして一瞬注目が集った。
あれはきっとチキンレースをしているんだよ。そして、「どけ」のオーラを発する人には対抗する 、急いでいますのオーラには避けてあげる。(笑)
同じような話しで、私は身長が低いので隙があるように見えるらしい、大きな人の流れがありそこを横切ろうとする人は空間を狙う、身長が低いと入りやすいのだと思う。不愉快なので、スピードを緩めないので、私の前を横切る人は、まれに蹴飛ばされる人がいる。
COMMENT
りん子さんもそうだと思うけど、私は男女雇用機会均等法が大きく改正された頃に学生時代を送り社会人になった世代で、世間的にもそういう議論が花盛りでした。
で、私もご多分に漏れず(?)男と同等に扱われたい気マンマンな闘志むき出しオンナに成長しまして、同期の男の子より出世してやる!ぐらい息巻いて就職しました。
今じゃ見る影もありませんが(^_^;)
今ならお茶くみだってコピー取りだって喜んでやります!自分が一番大切にしたいこと、何を重要視していきたい(生きたい)かってことが明確になったら、周りがどう見ているか、どう評価しているかが気にならなくなりました。お茶くみだって、その先に自分の信念が見えてれば意味があるって思える。自分なりの価値基準を持てるようになったからかな。
要はどういう立場に置かれているかよりも、自分はどう生きたいか?にしか興味なくなったっていうのかな。
まぁ、それも先人たちが今の女性の権利を勝ち取ってくれたから言えることなんだとは思いますけど。
って、またりん子さんの問題視してることとズレてますね。スミマセンf^_^;
たぶん私が同じ場面に遭遇してもなんら疑問も感じない気がするな~って思ったんです。無意識に道譲っちゃう(笑)
きっとりん子さんのほうが常に女性であることの意識が高いから余計にアンテナが敏感なのかもしれないです。それがまた魅力なんですよね(^-^)
で、私もご多分に漏れず(?)男と同等に扱われたい気マンマンな闘志むき出しオンナに成長しまして、同期の男の子より出世してやる!ぐらい息巻いて就職しました。
今じゃ見る影もありませんが(^_^;)
今ならお茶くみだってコピー取りだって喜んでやります!自分が一番大切にしたいこと、何を重要視していきたい(生きたい)かってことが明確になったら、周りがどう見ているか、どう評価しているかが気にならなくなりました。お茶くみだって、その先に自分の信念が見えてれば意味があるって思える。自分なりの価値基準を持てるようになったからかな。
要はどういう立場に置かれているかよりも、自分はどう生きたいか?にしか興味なくなったっていうのかな。
まぁ、それも先人たちが今の女性の権利を勝ち取ってくれたから言えることなんだとは思いますけど。
って、またりん子さんの問題視してることとズレてますね。スミマセンf^_^;
たぶん私が同じ場面に遭遇してもなんら疑問も感じない気がするな~って思ったんです。無意識に道譲っちゃう(笑)
きっとりん子さんのほうが常に女性であることの意識が高いから余計にアンテナが敏感なのかもしれないです。それがまた魅力なんですよね(^-^)
Hさん
わたしの就職した職場は女性が多くて、ちょっと特殊だったから幸か不幸か男性と張り合ってみたいな感じはなかったんだよね。
どちらかというと、当時のわたしのほうがずっとそういうことに疎いというか無知というか、『女ってこういうもの』と疑問に思うことがあまりなかったんだ。
でも、なんか生きにくい、なんか腹立たしい、そんな気持ちはあって、それを理解したのはずいぶん後になってからなんだな〜とコメントをいただいて認識しました。
だから、遅れてフェミ(笑)
でも、Hさんのおっしゃるような『自分がどう生きたいか?』がとても大事で、もしかしたら、世の競争を植え付けられている男性たちもそう思えたら肩の力が抜けて幸せになれそうなのにね^^
ああ、でも、いまどきの若い男の子はこういう傾向の子多くなっているかも?
わたしもね、普段は普通に譲るんだ、意識無意識両方で。
とにかく、そういう人の行動に『気づく』とけっこういろいろ見えてくるよ^^(いらぬクセをHさんをつけさせてしまうか?)
概ね、年配の男性は譲らない(笑)
で、興味深いのは、いまどきの若い男の子は譲る、しかも、譲るというより『よける』とか『避ける』とか、そういう感じなんだよ。
そういう世相を反映しているようなものも見えたりします(あ、わたしの勝手な分析だけど^^;)
けして、わたしだからよけられている、わけではないと思うけど…(笑)
わたしの就職した職場は女性が多くて、ちょっと特殊だったから幸か不幸か男性と張り合ってみたいな感じはなかったんだよね。
どちらかというと、当時のわたしのほうがずっとそういうことに疎いというか無知というか、『女ってこういうもの』と疑問に思うことがあまりなかったんだ。
でも、なんか生きにくい、なんか腹立たしい、そんな気持ちはあって、それを理解したのはずいぶん後になってからなんだな〜とコメントをいただいて認識しました。
だから、遅れてフェミ(笑)
でも、Hさんのおっしゃるような『自分がどう生きたいか?』がとても大事で、もしかしたら、世の競争を植え付けられている男性たちもそう思えたら肩の力が抜けて幸せになれそうなのにね^^
ああ、でも、いまどきの若い男の子はこういう傾向の子多くなっているかも?
わたしもね、普段は普通に譲るんだ、意識無意識両方で。
とにかく、そういう人の行動に『気づく』とけっこういろいろ見えてくるよ^^(いらぬクセをHさんをつけさせてしまうか?)
概ね、年配の男性は譲らない(笑)
で、興味深いのは、いまどきの若い男の子は譲る、しかも、譲るというより『よける』とか『避ける』とか、そういう感じなんだよ。
そういう世相を反映しているようなものも見えたりします(あ、わたしの勝手な分析だけど^^;)
けして、わたしだからよけられている、わけではないと思うけど…(笑)
ご無沙汰しています。
痴漢犯罪は、女性の一言で簡単に男を犯罪者にすることができ、警察も女性の言い分を優先し検証がおろそかになる傾向があって、だから痴漢犯罪は犯罪の中でも冤罪問題が深刻化していているとの認識です。ただ、冤罪をうまないということは痴漢犯罪に限らずすべての犯罪も同じですので、りん子さんの理屈では、冤罪を世の中から無くすよりも犯罪を糾弾して無くすことが先決ということになります。でも、価値観が多様で善悪の判断の境目の異なる人間が存在する社会では、それは非現実的なような気がします。悲しいことですが、犯罪は起きるものだと考えて、それをできる限り防ぐ方法と、冤罪をうまない方法を両輪でしっかりと考えていくことが重要だと思います。
生物的に男のDNAには、安全に優秀な子孫を残そうとする本能が埋め込まれています。それが、お尻の大きな安産型の女性を好むとか、子供の授乳に問題のない乳房の大きな女性を好むとかだったりします。もちろん、女性にも自分や子供の安全を守るために、強い男や優しい男を好むDNAがあると思います。そういう本能の部分で、危険のある高齢女性を避けるとか、お腹の中の子供を守るために妊婦には一時的に避けるという部分もあるのだと思います。たぶん、その人はそういうことを言いたかったのではと思います。少子化は、高齢者を若い働き手で支えていくという健全な社会維持のためには大きな問題というのは言うまでもありませんが、その原因は、男のそういう意識ではなくて、女性の自立化や社会進出に対して社会の子育て環境がまったく追いついていないというのが一番だと思います。昔から女性に対する男の本能に近い部分は不変で、あまり少子化には関係ないのではないでしょうか。
横柄な態度や周りを意に介さない行動をとる人は、性別や年齢や社会的地位とは関係なく遭遇します。さまざまな人のさまざまな自分勝手な行動が街にはあふれています。そしてその行動の違いは、男だの女だの上から目線だのということよりも、その人が回りにどれだけ気遣いができるかという個性や育ちの違いの方が大きいのではと思います。男からみれば、我が物顔で街を歩く若い女性や年配の女性にけっこう遭遇します。このような感覚は人それぞれの主観ですので、男の女性に対する意識に結びつけるのは無理があるような気がします。
りん子さんがおっしゃりたいことは、普段の言動でよく理解できますが、今回の事例に限っては男女やその上下に対する意識に起因する問題ではないように感じました。逆に、今回の事例にそれを結びつけること自体が、偏見の心があるように感じましたが、いかがでしょうか。
思いのまま書いてしまいました。ご無礼お許しください。
痴漢犯罪は、女性の一言で簡単に男を犯罪者にすることができ、警察も女性の言い分を優先し検証がおろそかになる傾向があって、だから痴漢犯罪は犯罪の中でも冤罪問題が深刻化していているとの認識です。ただ、冤罪をうまないということは痴漢犯罪に限らずすべての犯罪も同じですので、りん子さんの理屈では、冤罪を世の中から無くすよりも犯罪を糾弾して無くすことが先決ということになります。でも、価値観が多様で善悪の判断の境目の異なる人間が存在する社会では、それは非現実的なような気がします。悲しいことですが、犯罪は起きるものだと考えて、それをできる限り防ぐ方法と、冤罪をうまない方法を両輪でしっかりと考えていくことが重要だと思います。
生物的に男のDNAには、安全に優秀な子孫を残そうとする本能が埋め込まれています。それが、お尻の大きな安産型の女性を好むとか、子供の授乳に問題のない乳房の大きな女性を好むとかだったりします。もちろん、女性にも自分や子供の安全を守るために、強い男や優しい男を好むDNAがあると思います。そういう本能の部分で、危険のある高齢女性を避けるとか、お腹の中の子供を守るために妊婦には一時的に避けるという部分もあるのだと思います。たぶん、その人はそういうことを言いたかったのではと思います。少子化は、高齢者を若い働き手で支えていくという健全な社会維持のためには大きな問題というのは言うまでもありませんが、その原因は、男のそういう意識ではなくて、女性の自立化や社会進出に対して社会の子育て環境がまったく追いついていないというのが一番だと思います。昔から女性に対する男の本能に近い部分は不変で、あまり少子化には関係ないのではないでしょうか。
横柄な態度や周りを意に介さない行動をとる人は、性別や年齢や社会的地位とは関係なく遭遇します。さまざまな人のさまざまな自分勝手な行動が街にはあふれています。そしてその行動の違いは、男だの女だの上から目線だのということよりも、その人が回りにどれだけ気遣いができるかという個性や育ちの違いの方が大きいのではと思います。男からみれば、我が物顔で街を歩く若い女性や年配の女性にけっこう遭遇します。このような感覚は人それぞれの主観ですので、男の女性に対する意識に結びつけるのは無理があるような気がします。
りん子さんがおっしゃりたいことは、普段の言動でよく理解できますが、今回の事例に限っては男女やその上下に対する意識に起因する問題ではないように感じました。逆に、今回の事例にそれを結びつけること自体が、偏見の心があるように感じましたが、いかがでしょうか。
思いのまま書いてしまいました。ご無礼お許しください。
かげまるさん
かげまるさ〜ん、コメントありがとうございます^^
いただいたコメントを読んで、わたしなりの鍵を見つけることができました。
それはかげまるさんだけではなく、できれば他の方にも読んでいただけると今後『等式』を読むときの助けになると思いましたので、ぜひ、エントリーにさせてください。
今日、ちょっとバタバタしていますが、もし今日書ければ明日緊急でアップしますし、今日ダメなら追って必ず。
ですから、こちらにはこのようなレスになることをご了承くださいませ^^
かげまるさ〜ん、コメントありがとうございます^^
いただいたコメントを読んで、わたしなりの鍵を見つけることができました。
それはかげまるさんだけではなく、できれば他の方にも読んでいただけると今後『等式』を読むときの助けになると思いましたので、ぜひ、エントリーにさせてください。
今日、ちょっとバタバタしていますが、もし今日書ければ明日緊急でアップしますし、今日ダメなら追って必ず。
ですから、こちらにはこのようなレスになることをご了承くださいませ^^