普通のひとで愛し合おう12
12月も中旬になり、次に襲ってきたのは『年末年始の不安』だった。
週末の2日間だけでも辛いのに数日間もわたしと離れていることに対する絶望的な気持ち。
ううん、日頃だって毎日会えるわけではないし、お仕事中には繋がれないこともあし、何より毎年それなりに過ごせていたのだから、本来ならちょっと寂しいな程度のものなのだ。
ところが、それが過剰な不安や強迫観念に駆られるのは心に異常を来しているから。
慰めならがも、それは傷のせいだと思考回路を繋げる。
何度も何度も同じことをくり返す。
ああ、そうかもな
と一旦落ち着いても、それで心が晴れるわけではなく、静かに不安と戦っている様子はこちらの胸を締め付ける。
この頃から、やはりアルコールは何らかの影響を及ぼしているのではないかと想像できてきた。
休みの日などは早朝から焼酎をストレートで飲みはじめるような状態。
あるときは深夜に飲んだアルコールが醒め切らないうちに出勤して1時間もしないうちに早退した。
こんな那智さんは初めてだった。
なんとかアルコールを控えてほしかったけど、ダメと言ってもやめる人ではないし、このときはわたしが少し強い口調で注意のようなものをするだけで不安定になってしまっていたので、それもできなかった。
適正なアルコール量の資料を見せたりしてやんわりと控えてもらえるように促してみたけど、まあ、そう簡単にはいかない。
どうしてもになったら立ちはだかってでもやめてもらおうと思うけど、傷ついているいまは心を穏やかにしていたほうがいいし、逃げ道(アルコール)があったほうがいいかと思い、様子を見ていた。
アルコール量を抑えてもらうことも含めて、このとき掲げていたテーマは『自分の優しい方法』だった。
もともと『男の子』で『ハリネズミさん』だった那智さんは基本優しい人ではあるけれど、棘を向けられれば途端に戦闘モードになるし、なにしろ、なんでも根性でなんとかなると生きてきた人だから、ぜんぜん自分に優しくない(笑)
さらに、心の傷があの手この手で不安や恐怖を送りつけるものだから、どんどん自暴自棄になっていく。
だから、ご自分に優しい方法を選んでくださいと呪文のように唱えていた。
お酒も飲むなとは言いません。
適量なら気分をよくするし、いいでしょう。
だけど、大量に摂取するのは自分の体に優しくないです。
自分の体を撫でてくださいね。
ストレッチもいいですよ。
ときにはダラ~ッとするのもいいのでは?
ダイエットを兼ねていたとはいえ、あまりに偏った食事内容にも、できるだけいろいろな食材を摂るようにススメたり、簡単に野菜が摂取できるように豚汁とか作って渡したりもした。
『自分に優しい方法』なんて思考回路が存在していなかった那智さんには、その言葉だけではイマイチ実感が持てないようだった。
さらに、このときの那智さんの脳は最大の傷をごまかしす方法ばかり取ろうとしていたので、わたしのこういうアドバイスも耳で聞いても脳に伝わらないような状態だった。
それでも根気良く伝えていた。
普通のひとで愛し合おう13
そんな中、ひとつ試みたこともあった。
泣くことだ。
わたしは心理カウンターでもなんでもないので、これが正解かどうかはわからない。
だけど、傷ついた心を癒すために涙を流すことはたぶんやったほうがいいことだろう。
そう思って『泣く』計画を勧めた。
でも、たとえば感動してうるっくらいはあったとしても、好きな女の前で泣くなんてあり得ない、まして『傷ついたゆえの涙』なんて、男の子の沽券にかかわりまくりのことを那智さんがすんなり受け入れ、実行してくれるわけもなく、さらに泣く=傷を見つめ直すことだから、よけいにその気になってもらうのは困難だった。
もしかしたら、もう少し冷静に自分の傷を見られるくらいになってからとかのほうが実行しやすかったり、効果もあったかもしれないけど、このときは、わたしも少し焦っている部分もあった。
大好きな那智さんが苦しそうにしていることはツライのはもちろんだけど、あの強くてビクともしなくて安心してよりかかっていられた那智さんに一日も早く戻ってほしい気持ちや、この状態がいつまで続くかわからない不安が、わたしを焦らせたところはあったかもしれない。
ただ、傷ついている人に『がんばれ』は厳禁だとわかっていたから、そういうことはしないでいたつもりだったけど、いま思えば、もっと効果的なタイミングもあったかもしれないとは思う。
オセロがクルッとひっくり返るように泣いたからいつもの那智さんに戻るなんてことないのはわかっていても、どこかでそれを思ってしまうわたしもいたのも確かだ。
それくらい、あのときのわたしはひとり、那智さんを思い観察し思考し支える孤独と戦っていた。
何度か提案をくり返した。
いまから泣きましょうって言われても、なかなか泣けないよ
デートの予定を組むときに提案してもやんわりと断られることが数回。
それでも、まあ泣けなくてもいいから、『そんなような時間』を作ってみましょうということでなんとか納得してくれた。
12月の中旬だった。
那智さんの異変が起きてから一ヶ月半、過ぎていた。
ホテルに入り、お風呂とリンパマッサージ、お昼からアルコールを飲んで多少酔いに任せるように、YouTube大会。
泣けそうな歌に固執するつもりはなかったので、いろいろポツポツと聞いていた。
そんな中、那智さんが好きなアーチストの曲を別の人が歌っているバージョンがヒットした。
『いつまでも君を愛せるか』というこの曲がかかるとこの数年『幸せにできなくてごめん』という贖罪の気持ちになるという歌だった。
別の人は素人さんだった。
それでもとても上手だった。
でも、その少し欠けているような歌声が那智さんの心をつついたのかもしれない。
俺、これ聞くと、こんなふうにできなくてごめんって思うんだよな
ダメだったんだよな
そう言ってから、前かがみになって言葉を発しなくなる那智さん。
部屋の灯りは落していた。
ソファに並んで座るわたしからは那智さんの背中が見える。
すこし屈めば表情も見えるだろう。
でも、わたしは前を向いていた。
息を殺し、那智さんの意識からわたしがいなくなるように、男の子なんて関係なく思い切り泣けるように。
ねえ、那智さん、あなたは傷ついているんだよ。
もっと自分勝手になってもいいのに、自己憐憫の涙を流してもいいのに。
自分の傷のために泣くはずなのに『幸せにできなくてごめん』なんて、あなたらしすぎる。
あなたらしすぎて、わたしまで苦しいよ。
鼻をすする音が聞こえた。
思わず、背中に手を置く。
声を殺して嗚咽が漏れる。
どうか、思い切り泣いてください。
背中に置いた手をゆっくり動かす。
一度、大きくしゃくり上げうっと声を出した。
わたしは那智さんが泣いても、ぜんぜん大丈夫、男の子の沽券なんてクソくらえ、だ(笑)
どうか、ほんの少しでも那智さんの心、軽くなってくれ。
薄暗い灯りの部屋、そんな気持ちで背中を見ていた。
泣くことだ。
わたしは心理カウンターでもなんでもないので、これが正解かどうかはわからない。
だけど、傷ついた心を癒すために涙を流すことはたぶんやったほうがいいことだろう。
そう思って『泣く』計画を勧めた。
でも、たとえば感動してうるっくらいはあったとしても、好きな女の前で泣くなんてあり得ない、まして『傷ついたゆえの涙』なんて、男の子の沽券にかかわりまくりのことを那智さんがすんなり受け入れ、実行してくれるわけもなく、さらに泣く=傷を見つめ直すことだから、よけいにその気になってもらうのは困難だった。
もしかしたら、もう少し冷静に自分の傷を見られるくらいになってからとかのほうが実行しやすかったり、効果もあったかもしれないけど、このときは、わたしも少し焦っている部分もあった。
大好きな那智さんが苦しそうにしていることはツライのはもちろんだけど、あの強くてビクともしなくて安心してよりかかっていられた那智さんに一日も早く戻ってほしい気持ちや、この状態がいつまで続くかわからない不安が、わたしを焦らせたところはあったかもしれない。
ただ、傷ついている人に『がんばれ』は厳禁だとわかっていたから、そういうことはしないでいたつもりだったけど、いま思えば、もっと効果的なタイミングもあったかもしれないとは思う。
オセロがクルッとひっくり返るように泣いたからいつもの那智さんに戻るなんてことないのはわかっていても、どこかでそれを思ってしまうわたしもいたのも確かだ。
それくらい、あのときのわたしはひとり、那智さんを思い観察し思考し支える孤独と戦っていた。
何度か提案をくり返した。
いまから泣きましょうって言われても、なかなか泣けないよ
デートの予定を組むときに提案してもやんわりと断られることが数回。
それでも、まあ泣けなくてもいいから、『そんなような時間』を作ってみましょうということでなんとか納得してくれた。
12月の中旬だった。
那智さんの異変が起きてから一ヶ月半、過ぎていた。
ホテルに入り、お風呂とリンパマッサージ、お昼からアルコールを飲んで多少酔いに任せるように、YouTube大会。
泣けそうな歌に固執するつもりはなかったので、いろいろポツポツと聞いていた。
そんな中、那智さんが好きなアーチストの曲を別の人が歌っているバージョンがヒットした。
『いつまでも君を愛せるか』というこの曲がかかるとこの数年『幸せにできなくてごめん』という贖罪の気持ちになるという歌だった。
別の人は素人さんだった。
それでもとても上手だった。
でも、その少し欠けているような歌声が那智さんの心をつついたのかもしれない。
俺、これ聞くと、こんなふうにできなくてごめんって思うんだよな
ダメだったんだよな
そう言ってから、前かがみになって言葉を発しなくなる那智さん。
部屋の灯りは落していた。
ソファに並んで座るわたしからは那智さんの背中が見える。
すこし屈めば表情も見えるだろう。
でも、わたしは前を向いていた。
息を殺し、那智さんの意識からわたしがいなくなるように、男の子なんて関係なく思い切り泣けるように。
ねえ、那智さん、あなたは傷ついているんだよ。
もっと自分勝手になってもいいのに、自己憐憫の涙を流してもいいのに。
自分の傷のために泣くはずなのに『幸せにできなくてごめん』なんて、あなたらしすぎる。
あなたらしすぎて、わたしまで苦しいよ。
鼻をすする音が聞こえた。
思わず、背中に手を置く。
声を殺して嗚咽が漏れる。
どうか、思い切り泣いてください。
背中に置いた手をゆっくり動かす。
一度、大きくしゃくり上げうっと声を出した。
わたしは那智さんが泣いても、ぜんぜん大丈夫、男の子の沽券なんてクソくらえ、だ(笑)
どうか、ほんの少しでも那智さんの心、軽くなってくれ。
薄暗い灯りの部屋、そんな気持ちで背中を見ていた。
普通のひとで愛し合おう14
もちろん、一回しゃくり上げて泣いただけで傷がきれいさっぱりなくなるわけもなく、それ以前と以後にたいした違いはなかった。
相変わらず、沈みがちで何かあると正体不明の切迫感に襲われる。
すでに書いているけれど、あらためてこのときの那智さんの状態をどう説明したらいいんだろう。
とにかく、言いようのない不安や恐怖に気持ちが落ち込む。
『落ちる』という表現をしていたけれど、その不安や恐怖や絶望感に那智さんの全部が支配されているような感じだった。
まあ、誰しも落ち込むなんてことはあるけれど、そういう通常の範囲内ではない精神状態であることは、ハッキリとした区別があるわけではないけれど、気というかオーラというか醸し出すもので感じ取れるもの。
『離婚に対する恐怖』や『りん子がそばにいなければと思い詰める』様子は、ただ凹んでいるとはまったく違うものだった。
全身から負のオーラを発し、何かに追い立てられているようなピリピリした感じ。
そして、これも特徴的なのだけど、ごくわずかな一時だけ、手のひらを返したように陽気になるのだ。
たとえば『りん子』をプレゼントした後に「あれはホントにいいよ!!」とまるで何もかも解決したような口ぶりでテンションが上がる。
『そう思い込みたい』気持ちが無理やりそうさせている部分もあるし、おそらく躁鬱の躁状態だったのではないかとも思う。
那智さんが苦しそうであることはもちろんツラいけど、この躁状態のようなときも、わたしはツラかった。
なんだか、那智さんが自分の傷を笑いながら抉っているように感じられていたからだ。
痛々しくて見ていられなかった。
落ち込んでくれていたほうが落ち込みの原因や心の傷を理解する(=癒す)ようにお話ししていくことができたけど、無理やりの躁状態の人に『無理している』と指摘するのは酷だからできないし、とにかく、わたしは良好なテンションを保ち肯定していくしかできず、これはこれでけっこう大変だった。
那智さんと同じように上げすぎもいけないし(まして『励ます』なんていうのもダメ)、でも、せっかく落ち込んでいないのだから、こちらが低空でもよくないからね。
案の定、ちょっと躁状態になった後は『落ちる』みたいで、とにかくわたしは感情をコントロールして慎重に対応していた。
というような状態の中、わたしは可能な限り会いにいった。
年始の大きなイベントに向けた仕事の手伝いもあったからちょうどよかった。
そばにいるこちらまでヒリヒリするような暗澹たるさまの中、とにかくお昼の休憩くらいは外に出て気晴らししましょうと連れ出すと、理由もなく追い立てられるようにひたすら早歩きをはじめる。
那智さん、もう少しのんびり歩きましょう?
というと、はじめて自分がマイナスに支配されていることに気づく。
そんな恐怖の中の視野狭窄状態というような状態だった。
また間違えてる!?
140字もどき
あれ?
日付とエントリーの番号がごっちゃになってて、『13』のあとに『14』と『15』が同時に更新していたり、『15』だけ公開になったりしてしまっていた??
紛らわしくてごめんね〜〜〜。
本日(5月14日)に『14』公開が正解です!!
あまりいないはずだけど、順番間違って読んじゃったひととか、ふたつ読んじゃったひととかいたらなかったことにしてください(笑)
リアルタイムでした^^
あれ?
日付とエントリーの番号がごっちゃになってて、『13』のあとに『14』と『15』が同時に更新していたり、『15』だけ公開になったりしてしまっていた??
紛らわしくてごめんね〜〜〜。
本日(5月14日)に『14』公開が正解です!!
あまりいないはずだけど、順番間違って読んじゃったひととか、ふたつ読んじゃったひととかいたらなかったことにしてください(笑)
リアルタイムでした^^
普通のひとで愛し合おう15
そんな中、那智さんはある人とコミュニケーションを取りはじめた(以後Sさんとします)
はじめは簡単なやり取りでおしまいになるはずだったのだけど、いろいろな思惑が重なり一時かなり濃密なコミュニケーションを取るほどになっていった。
Sさんとのやり取りは、ずっと絶望感ばかりだった那智さんには久々に充実感を感じることができるものだった。
当初は簡単なやり取りでおしまいになるとわたしとも約束をしていたのだけど、このときの那智さんにとって充実感や楽しみがあることはいいことかと思ったし、何より、それが那智さんを元気にさせてくれるならと、気がつけば容認するような形になっていった。
(もともと、那智さんが他者とコミュニケーションを取っているのを見てるの萌えな部分もアリで^^;)
このときのわたしは、那智さんに対する一言一句、一挙手一投足、をコントロールしていた。
わたしが少しでもマイナスな言動をすると、見放される恐怖に支配され。
わたしが少しでも那智さんを頼る言動をすると、『りん子が支えてくれなくなる』恐怖に支配されてしまう。
少しだけ労ってほしいと思い、『那智さん、こんな状態でしたよ』などと大変さをアピールすると、絶望を直視してしまうようで、余計に辛くなってしまっていた。
いまはどう声をかければ絶望感から浮上できるか。
『あなたがいてくれてしあわせ』と自己肯定感を感じてもらおう。
それが過ぎると今度は『プレッシャー』に感じられてしまうから、今度はすこし引いて『どんな那智さんも好き』と許容を表現しておこう。
こんなふうだ。
マイナス感情はもちろん、プラスの言葉でさえ、かけどきを計らないといけなかった。
そんな状態の中での多少前向きになれる他者とのコミュニケーションを、わたしはこの年末から年明けまでの2か月間容認した。