那智さんの嫉妬2
独特な幸福感
空港行きのバスターミナル。
オダギリくんと彼のお母さんがいた。
ご挨拶をして、少しふたりでお話しをした。
「一年後に一時帰国する。」
「うん、そのときはみんなで会おうね。」
「りん子さん、俺のこと名前で呼んでくれない?」
「ううん、呼ばないよ、オダギリくんはオダギリくん。」
オダギリくんとわたしは大事なことを言葉にしないで、大事なことを伝え合おうとしていた。
オダギリくんが留学しなかったら、恋人に発展していたかもしれない。
いや、留学が決まってなければ、こんなに急速に引き合わなかったかもしれない。
ふたりとも、この熱病状態が正しいと思えずに、オダギリくんは一歩前に、わたしは一歩後ろに、言葉にせずに伝えようとしていたのだった。
最後にオダギリくんに絵本をプレゼントした。
内容は忘れちゃったけど、タイトルで決めたんだ。
いつまでも友達でいようね、というようなタイトルだった。
異性としての魅力を感じながら、それではない繋がりでわかり合う。
わたしが自分を低くせずにいられる貴重な人。
それには、「友達」という名前でいたほうがいいように思っていた。
他のアルバイトの男性たちとわいわいやりながらも、どこか居心地悪そうな、心底楽しんでなさそうなオダギリくんにわたしは同じ空気を感じていたから、「友達」というより「仲間」や「同志」のような感覚を持っていたかな。
発車の時刻。
バスの窓を見上げて、手を振る。
「元気でね、頑張ってね。」
動き出すバス。
オダギリくんの口が、多分「ありがとう」って言っていた。
バスが見えなくなるまで見送る。
あっけない。
大きな荷物をひとつおろしたような、大きな、でもなんだか軽やかなため息。
紙切れを小さくちぎってターミナルのゴミ箱に捨てた。
オダギリくんの留学先の住所だ。
なぜかお手紙を書く気が起きなかった。
薄情だな、わたし。
でも、わたしから送ればオダギリくんはわたしを恋人にしてしまうかもしれない。
わたしはYさんの彼女になりたかったのだ。
オダギリくんとは「仲間」でいたかった。
だから、わたしからお手紙は出さない、来たらお返事はしよう、留学先で頑張ってる彼を励まそう、そう思って捨ててしまった。
オダギリくんから、手紙は来なかった。
お互い薄情だったのかな?
それとも、いま曖昧な記憶を辿ると、もしかしたら、わたしはわたしの住所を教えていなかった気もする。
それをわかってて捨てたのなら、わたしが薄情なんだね。
ううん、わたしと連絡したければ、誰か共通の友人に聞けばいい。
わたしから、お手紙が来ないからって、それで諦めるなら、それまで。
(ちょ、ちょっと、わたし、なんて女!!男女の関係にはなりたくない、そのくせに、強烈にわたしに惹かれてくれなきゃだめ、この矛盾。いま思い返して、驚いてます。ああ、どうか、皆さんに嫌われませんように;;)
一年後。
わたしはYさんの彼女になっていた。
そして、オダギリくんが一時帰国することを同僚のN子から聞いた。
N子は元々オダギリくんファンで、留学してからずっと文通をしていたそうだ。
もちろん、彼とわたしの濃厚な一日を知ることもないので、文通して親しくなっていく嬉しい様子をわたしに話してくれていた。
わたしと彼の間にはなにもなかったんだ、心の片隅にふたりしか見えない風景はあるかもしれないけど、なにもなかった。
そう思っていたわたしは、もうすぐ会えるというF子の幸せそうな様子を心から祝福していた。
オダギリくんの一時帰国は2週間ほど。
ご家族やF子と過ごす時間がスケジュールでいっぱい。
F子と連れ立って、職場に遊びに来たオダギリくんをみんなもわたしも笑顔で迎え、短い言葉を交わした。
なにか言いたげなオダギリくんを避けるように、その他大勢として接した。
わたしはYさんの彼女になっていたし、F子とオダギリくんは周りも認める恋人同士になったいたから。
冷たいほど、避けてしまった。
出発の日。
F子は見送りにいった。
わたしは、いつも通り仕事をしながら、これで良かったのかなと、ちょっと後悔していた。
オダギリくんに、ちゃんとお話しすれば良かったのかな。
お手紙を書かなかったこと、避けてしまったこと、そして、あなたがわたしにとって「仲間」と感じられるとても貴重な人だってこと。
わたしの中途半端な態度が彼を傷付け戸惑わせてしまったのなら、ちゃんとお話しして謝りたかったと、今更ながら、ちょっと後悔していた。
そして、20年が過ぎ、わたしの記憶からオダギリくんはすっかり消えていた。
物凄く久しぶりに、当時アルバイトだったMくんから連絡がきた。
MくんはKくんともうひとりSくんとは、いまでも連絡を取り合っていたのだ。
そのSくんが癌におかされ闘病しているということだった。
連絡をもらって、わたしは同期の女性たちに「Sくん応援メッセージ」を募ったり、ちょっと奔走した。
でも、もう末期だったSくんはメッセージを見ることなく他界してしまった。
その報告と通夜告別式の案内を連絡の取れる同期にして、その同期の中から、また連絡がいろんな方面にまわり、同期だけじゃなく先輩や後輩や、当時のアルバイトだった男性たちとも繋がりを復活することになったのだ。
Mくんからメールが来た。
「いま、オダギリからメールが来たよ。どうしてるかなって思ってたらOくんがいまでも連絡取り合っていたんだって。十数年ぶりに点と線が繋がったよ〜。りん子に感謝^^」
わたしが送って同期の子がOくんとは繋がっていて、そこからオダギリくんに連絡がいったようだった。
ああ、オダギリくん。
懐かしい。
心の底から笑っていないような目を思い出して、急に懐かしさがこみ上げて来た。
大げさだけど、オダギリくん生き抜いていたのね!!みたいなシンパシー。
もしかしたら、会えるかもしれない。
そしたら、謝れる。
なんでも話せると感じていた彼に、一番大切なことを話せずにいたことを謝ろう。
友人の死は、悲しく、ご家族のことを思うと胸が張り裂けそうだ。
でも、不謹慎だけど、20年前の後悔を払拭できるかもしれないことで、ほんのちょっと心が軽くなってしまった。
寒い夜。
斎場のある最寄り駅の改札を出ると、案内の札を持ってるオダギリくんの姿が目に入った。
目が合って、お互い小さく微笑んだ。
空港行きのバスターミナル。
オダギリくんと彼のお母さんがいた。
ご挨拶をして、少しふたりでお話しをした。
「一年後に一時帰国する。」
「うん、そのときはみんなで会おうね。」
「りん子さん、俺のこと名前で呼んでくれない?」
「ううん、呼ばないよ、オダギリくんはオダギリくん。」
オダギリくんとわたしは大事なことを言葉にしないで、大事なことを伝え合おうとしていた。
オダギリくんが留学しなかったら、恋人に発展していたかもしれない。
いや、留学が決まってなければ、こんなに急速に引き合わなかったかもしれない。
ふたりとも、この熱病状態が正しいと思えずに、オダギリくんは一歩前に、わたしは一歩後ろに、言葉にせずに伝えようとしていたのだった。
最後にオダギリくんに絵本をプレゼントした。
内容は忘れちゃったけど、タイトルで決めたんだ。
いつまでも友達でいようね、というようなタイトルだった。
異性としての魅力を感じながら、それではない繋がりでわかり合う。
わたしが自分を低くせずにいられる貴重な人。
それには、「友達」という名前でいたほうがいいように思っていた。
他のアルバイトの男性たちとわいわいやりながらも、どこか居心地悪そうな、心底楽しんでなさそうなオダギリくんにわたしは同じ空気を感じていたから、「友達」というより「仲間」や「同志」のような感覚を持っていたかな。
発車の時刻。
バスの窓を見上げて、手を振る。
「元気でね、頑張ってね。」
動き出すバス。
オダギリくんの口が、多分「ありがとう」って言っていた。
バスが見えなくなるまで見送る。
あっけない。
大きな荷物をひとつおろしたような、大きな、でもなんだか軽やかなため息。
紙切れを小さくちぎってターミナルのゴミ箱に捨てた。
オダギリくんの留学先の住所だ。
なぜかお手紙を書く気が起きなかった。
薄情だな、わたし。
でも、わたしから送ればオダギリくんはわたしを恋人にしてしまうかもしれない。
わたしはYさんの彼女になりたかったのだ。
オダギリくんとは「仲間」でいたかった。
だから、わたしからお手紙は出さない、来たらお返事はしよう、留学先で頑張ってる彼を励まそう、そう思って捨ててしまった。
オダギリくんから、手紙は来なかった。
お互い薄情だったのかな?
それとも、いま曖昧な記憶を辿ると、もしかしたら、わたしはわたしの住所を教えていなかった気もする。
それをわかってて捨てたのなら、わたしが薄情なんだね。
ううん、わたしと連絡したければ、誰か共通の友人に聞けばいい。
わたしから、お手紙が来ないからって、それで諦めるなら、それまで。
(ちょ、ちょっと、わたし、なんて女!!男女の関係にはなりたくない、そのくせに、強烈にわたしに惹かれてくれなきゃだめ、この矛盾。いま思い返して、驚いてます。ああ、どうか、皆さんに嫌われませんように;;)
一年後。
わたしはYさんの彼女になっていた。
そして、オダギリくんが一時帰国することを同僚のN子から聞いた。
N子は元々オダギリくんファンで、留学してからずっと文通をしていたそうだ。
もちろん、彼とわたしの濃厚な一日を知ることもないので、文通して親しくなっていく嬉しい様子をわたしに話してくれていた。
わたしと彼の間にはなにもなかったんだ、心の片隅にふたりしか見えない風景はあるかもしれないけど、なにもなかった。
そう思っていたわたしは、もうすぐ会えるというF子の幸せそうな様子を心から祝福していた。
オダギリくんの一時帰国は2週間ほど。
ご家族やF子と過ごす時間がスケジュールでいっぱい。
F子と連れ立って、職場に遊びに来たオダギリくんをみんなもわたしも笑顔で迎え、短い言葉を交わした。
なにか言いたげなオダギリくんを避けるように、その他大勢として接した。
わたしはYさんの彼女になっていたし、F子とオダギリくんは周りも認める恋人同士になったいたから。
冷たいほど、避けてしまった。
出発の日。
F子は見送りにいった。
わたしは、いつも通り仕事をしながら、これで良かったのかなと、ちょっと後悔していた。
オダギリくんに、ちゃんとお話しすれば良かったのかな。
お手紙を書かなかったこと、避けてしまったこと、そして、あなたがわたしにとって「仲間」と感じられるとても貴重な人だってこと。
わたしの中途半端な態度が彼を傷付け戸惑わせてしまったのなら、ちゃんとお話しして謝りたかったと、今更ながら、ちょっと後悔していた。
そして、20年が過ぎ、わたしの記憶からオダギリくんはすっかり消えていた。
物凄く久しぶりに、当時アルバイトだったMくんから連絡がきた。
MくんはKくんともうひとりSくんとは、いまでも連絡を取り合っていたのだ。
そのSくんが癌におかされ闘病しているということだった。
連絡をもらって、わたしは同期の女性たちに「Sくん応援メッセージ」を募ったり、ちょっと奔走した。
でも、もう末期だったSくんはメッセージを見ることなく他界してしまった。
その報告と通夜告別式の案内を連絡の取れる同期にして、その同期の中から、また連絡がいろんな方面にまわり、同期だけじゃなく先輩や後輩や、当時のアルバイトだった男性たちとも繋がりを復活することになったのだ。
Mくんからメールが来た。
「いま、オダギリからメールが来たよ。どうしてるかなって思ってたらOくんがいまでも連絡取り合っていたんだって。十数年ぶりに点と線が繋がったよ〜。りん子に感謝^^」
わたしが送って同期の子がOくんとは繋がっていて、そこからオダギリくんに連絡がいったようだった。
ああ、オダギリくん。
懐かしい。
心の底から笑っていないような目を思い出して、急に懐かしさがこみ上げて来た。
大げさだけど、オダギリくん生き抜いていたのね!!みたいなシンパシー。
もしかしたら、会えるかもしれない。
そしたら、謝れる。
なんでも話せると感じていた彼に、一番大切なことを話せずにいたことを謝ろう。
友人の死は、悲しく、ご家族のことを思うと胸が張り裂けそうだ。
でも、不謹慎だけど、20年前の後悔を払拭できるかもしれないことで、ほんのちょっと心が軽くなってしまった。
寒い夜。
斎場のある最寄り駅の改札を出ると、案内の札を持ってるオダギリくんの姿が目に入った。
目が合って、お互い小さく微笑んだ。