ながーい独り言
りん子的独り言(生意気)
主従ってなんだろう。
そもそも、この現代の日本に於いて「絶対服従」するなんて関係成立するはずないんだ。
「その場面に於いて、従う立場を選ぶ」というだけのこと。
そして、その立場を選ぶのは、主側ではなくて従側なんだ。
わたしは「あなたのもの」と思いたい。
わたしには、従属願望があって、ずっと圧倒的な存在につき従いたいと漠然と思ってた。
蓋を開けてみたら、それは「父性」とかが根っこにあって、お父さんと同化したい娘というものも含まれていたんだなってわかった。
だからね、わたしはただの「主」に従うという従属願望だけでは無理だったのね。
まして、「その場面」だけのロールプレイングではまったく満たされない、むしろ冷める。
従うだけじゃなくて、あなたの中に入ってしまいたい、あなたの一部になって愛されたい。
それを叶えるためには、従わせるだけの男性ではダメだった、「奴隷」とかいう言葉に胸がきゅっとなるけど、結局わたしを同化(依存)させてくれない男性にどんどん心は離れていった。
あなたの一部になりたい。
自分の一部は愛するでしょ?
ちょっと無茶してしまうかもしれないけど、でも、基本的には大切にするでしょ?
(ほんとは、一部にならなくても大切にされるのかもしれなけど、同化願望があるからね)
わたしの「あなたのもの」になりたい願望は、従わせたい男性では叶わなかった。
一部になりたいのだもの。
いま、わたしは「那智さんのもの」というお伽噺を、すこしでも実感したいと思ってる。
同化願望を叶えたいと思ってる。
だから、時々甘いお菓子をねだるように那智さんに聞く。
「那智さん、わたしは誰のもの?」
そうすると、「はいはい」と言った感じでお菓子をくれる。
「俺の物」と。
でも、那智さんはそれと同じくらいわたしに言う。
「俺がいくら俺の物といっても、それは成立しない。それはりん子が決めること。」
そうなの、わたしが決めることなの。
ただ、「従う」という関係では、わたしはだめだった。
大切に尊重され対等な立場が必要だった。
それが「依存してるけど、対等」という一見矛盾してる言葉になる。
じゃあ、「対等」って何?
辞書に載ってることじゃなくて、わたしたちにとって。
至極当たり前の答えになってしまうけど。
「互いに言いたいことが言えて、自分に非があった場合はそれを認め謝罪できること」
その良好な人間関係の基本中の基本のようなこと。
その上で、依存したい、同化したい、従いたいなのだ。(那智さんが、それらをさせたいと強く思っているかは、ちょっとリサーチ不足です^^)
もし、那智さんとわたしの間に「主従」のようなものがあるとするならば、それはお互いの収まりの良いポジションというだけのこと。(どうやら、主従らしい^^)
もともとある形に当てはめるのではなくて、その収まりの良い形は後から付いてくるもの。
そして、それはどちらか一方が決めることではないのだ。
「俺のもの」は、甘美な言葉だ。
プレイなら、それでいい。
従属したいだけなら、それでもいい。(わたしのイメージでは従属だけってあんまりないと思うけど)
でも、従属=依存を抱えている場合は、「俺のもの」では満たされない。
わたしがどう思うか、わたしが選ばないと満たされないと思うのです。
わたしの場合は、それには「対等」が必要だったのです。
このブログは心に溜まったものを吐き出したいということがきっかけではじめました。
那智さんに、わかってもらうために全部書けと言われて、書いた。
わたしと那智さんのためのものだけど、初期のころ、もうひとつ「理由」があるねと話してた。
生意気だけど、それは、「これもひとつのサンプル」になればいいねということだった。
恋愛もSMも主従もいっぱいある。
その中のひとつに、こんなのがありますよっていうサンプル。
だから、「依存してるくせに対等」とか「依存を客観視」とか言いながら「那智さんのもの」とか言ってるし、なんだかメチャクチャ。
あなたは、何者!?って感じです。
どっち付かずな感じだけど、でも、そういうのもあっていいかなと思ってる。
これもひとつのサンプルだって。
サンプル、けっこう孤独です(笑)
でも、既存の関係に違和感を感じている人がいるなら、いろんな道があるよって思ってほしい。
で、自分で選んだ道を歩いていけば、きっと一時孤独でも、絶対しあわせ。
サンプル仲間はきっといる^^
主従とか、依存とか、あれこれ考えて、そんなふうに思いました。
主従ってなんだろう。
そもそも、この現代の日本に於いて「絶対服従」するなんて関係成立するはずないんだ。
「その場面に於いて、従う立場を選ぶ」というだけのこと。
そして、その立場を選ぶのは、主側ではなくて従側なんだ。
わたしは「あなたのもの」と思いたい。
わたしには、従属願望があって、ずっと圧倒的な存在につき従いたいと漠然と思ってた。
蓋を開けてみたら、それは「父性」とかが根っこにあって、お父さんと同化したい娘というものも含まれていたんだなってわかった。
だからね、わたしはただの「主」に従うという従属願望だけでは無理だったのね。
まして、「その場面」だけのロールプレイングではまったく満たされない、むしろ冷める。
従うだけじゃなくて、あなたの中に入ってしまいたい、あなたの一部になって愛されたい。
それを叶えるためには、従わせるだけの男性ではダメだった、「奴隷」とかいう言葉に胸がきゅっとなるけど、結局わたしを同化(依存)させてくれない男性にどんどん心は離れていった。
あなたの一部になりたい。
自分の一部は愛するでしょ?
ちょっと無茶してしまうかもしれないけど、でも、基本的には大切にするでしょ?
(ほんとは、一部にならなくても大切にされるのかもしれなけど、同化願望があるからね)
わたしの「あなたのもの」になりたい願望は、従わせたい男性では叶わなかった。
一部になりたいのだもの。
いま、わたしは「那智さんのもの」というお伽噺を、すこしでも実感したいと思ってる。
同化願望を叶えたいと思ってる。
だから、時々甘いお菓子をねだるように那智さんに聞く。
「那智さん、わたしは誰のもの?」
そうすると、「はいはい」と言った感じでお菓子をくれる。
「俺の物」と。
でも、那智さんはそれと同じくらいわたしに言う。
「俺がいくら俺の物といっても、それは成立しない。それはりん子が決めること。」
そうなの、わたしが決めることなの。
ただ、「従う」という関係では、わたしはだめだった。
大切に尊重され対等な立場が必要だった。
それが「依存してるけど、対等」という一見矛盾してる言葉になる。
じゃあ、「対等」って何?
辞書に載ってることじゃなくて、わたしたちにとって。
至極当たり前の答えになってしまうけど。
「互いに言いたいことが言えて、自分に非があった場合はそれを認め謝罪できること」
その良好な人間関係の基本中の基本のようなこと。
その上で、依存したい、同化したい、従いたいなのだ。(那智さんが、それらをさせたいと強く思っているかは、ちょっとリサーチ不足です^^)
もし、那智さんとわたしの間に「主従」のようなものがあるとするならば、それはお互いの収まりの良いポジションというだけのこと。(どうやら、主従らしい^^)
もともとある形に当てはめるのではなくて、その収まりの良い形は後から付いてくるもの。
そして、それはどちらか一方が決めることではないのだ。
「俺のもの」は、甘美な言葉だ。
プレイなら、それでいい。
従属したいだけなら、それでもいい。(わたしのイメージでは従属だけってあんまりないと思うけど)
でも、従属=依存を抱えている場合は、「俺のもの」では満たされない。
わたしがどう思うか、わたしが選ばないと満たされないと思うのです。
わたしの場合は、それには「対等」が必要だったのです。
このブログは心に溜まったものを吐き出したいということがきっかけではじめました。
那智さんに、わかってもらうために全部書けと言われて、書いた。
わたしと那智さんのためのものだけど、初期のころ、もうひとつ「理由」があるねと話してた。
生意気だけど、それは、「これもひとつのサンプル」になればいいねということだった。
恋愛もSMも主従もいっぱいある。
その中のひとつに、こんなのがありますよっていうサンプル。
だから、「依存してるくせに対等」とか「依存を客観視」とか言いながら「那智さんのもの」とか言ってるし、なんだかメチャクチャ。
あなたは、何者!?って感じです。
どっち付かずな感じだけど、でも、そういうのもあっていいかなと思ってる。
これもひとつのサンプルだって。
サンプル、けっこう孤独です(笑)
でも、既存の関係に違和感を感じている人がいるなら、いろんな道があるよって思ってほしい。
で、自分で選んだ道を歩いていけば、きっと一時孤独でも、絶対しあわせ。
サンプル仲間はきっといる^^
主従とか、依存とか、あれこれ考えて、そんなふうに思いました。