続・苺
独特な幸福感
何度か書いているけれど、わたしは苺が苦手だ。
味はもちろん食感もダメで、小さい頃は口に入れただけで『おえっ』って涙目になっていた。
お友達のお誕生日にお呼ばれして苺のショートケーキを取り分けてもらっても、乗ってる苺を誰かにあげて周囲からは喜ばれていた。
(加えて、もともと甘いものをほとんど食べたいと思っていなかったので、多くの場合はラップしてもらって持ち帰っていたな)
こういうときは不便を感じたけど果物なんて嗜好品のひとつにすぎないわけで、普通に生活する分には問題なくやっていかれる。
人に話すとたいがい驚いてくれてネタになることもあるから、わたしの苺キライは何十年も『そういうもの』だと静かに肯定していた。
那智さんに出会った。
たくさんの知らなかった世界を見せてもらって、欲しかったものをたくさんもらった。
出会って、まだ数回のとき、ホテルで宅配ピザを頼んだことがあった。
それを咀嚼して食べさせてくれた。
那智さんに咀嚼して口移しで食べさせてもらうのは、このときからはじまったのだ。
噛むことで食べ物の旨味が増したところで口に入れるから、すぐに美味しい頂点に達するのだと那智さんの考えるメカニズムを説明してくれた。
咀嚼の具合によって『2、3口噛んだらすぐ美味しくなる』や『口に入れた瞬間からもう美味しい』など、実演しながら食べさせてもらうのは、カルチャーショックでもあり、幸福でもあった。
その咀嚼して口移しの話題が出ると、だいたい過去の成功例の話になる。
成功例があるのは説得力を持つしね。
以前お付き合いしていた人がお刺身がキライだったのだ(食わず嫌いだったそう)。
その人にお寿司を咀嚼して食べさせたら、お刺身が食べられるようになったということなのだ。
美味しい状態で口に入り、さらに好きな男性からもらうのだから、食べられるようになるよね。
那智さんは自分の行いに信憑性を持たせる意味もあってか、その話を何度かした。
そして、その何度かのうちの中で、たまに
りん子にも苺を食べさせてあげようか
と、笑っていた。
わたしの心は跳ね上がった。
那智さんに咀嚼して食べさせてもらってキライだった苺が好きになる。
那智さんの手で変えられるよろこび、さらに、これをSMというのは憚られるけど、好きなひとにキライなものを『いやいや』しながらさせられることも、わたしにとっては嬉しいことだ。
拒否して、でも拒否権なしでよしよしされながら遂行され、最終的には『あなたのよいように』なるわたし、これは心が跳ね上がるだろう!
だけど、最初に聞いたときのわたしはあまりよい反応ができなかった。
なぜなら、わたしは少し大人になっていた。
子供の頃は口に入れることさえできなかった苺だったけど、否応なく口にせざるをえない状況が稀にある中、大人になるにつれてキライなものでも食べられるくらいの技術を得てしまっていて、『本当に食べられないもの』ではなくなっていたのだ。
たぶん、いま、食べたら『おいしくないよ~』と顔をしかめながら、無理やり飲み込むことができてしまう。
それが想像できるのに『いや、無理です!!』なんて見事なリアクションは、わざとらしくてできない。
それに欠片でも何度か食べている、その味は、どうしたって『美味しい!!』にはならないと予測してしまっていた。
食べたことのないお刺身を『美味しい』と思うより、味を知って知ってしまっているキライなものを『美味しい』と思うほうが明らかに困難だ。
きっと、昔那智さんが経験した成功例ほどよい反応ができないことも想像できた。
『かつてキライだったけど、大人になるにつれてなんとか口にすることはできるようになった味を知っている苦手なもの』という宙ぶらりんな状態を、『拒否しながらも結果的に大好きになる』という夢のストーリーにすることが難しいと思っていた。
だから、おそらくあまりよい反応ができなかった。
それから十数年。
折に触れて、苺の話題は出た。
今度1パック買っていこうか
とか
練乳かけてあげるよ
とか
話してくれるたびに、かつて付き合っていた女性を少し羨ましいと思いつつ、宙ぶらりんな自分の状態を残念に思いながらお返事をしていた。
そういう反応をしていたことや、タイミングやモチベーション(あと忘れちゃう?笑)などなどにより、苺を食べさせてもらう機会はやってこなかった。
自分の状態が宙ぶらりんなんだもの。
わたしから『苺』について匂わすのはやめよう。
那智さんが、こんな反応のわたしでも『食べさせたい』と思ってくれるまで待とう。
諦めるというとネガティブな感じだけど、もっと穏やかに静かに心の奥に仕舞いこむようにしていた。
着物を着てディナーをした夜。
デザートに苺を出された。
苦手なものを伝えていなかったので仕方ないこと。
でも、そこで那智さんの回路がつながったみたい。
苺、食べさせてなかったね!
と
だから、素直に答えた。
はい、ずっと待ってました
ホントに待っていた。
とても静かに。
ほとんど素振りを見せず待っていたことに那智さんは驚いていた。
だから、きっと目の前の苺を食べさせたい気持ちになってくれているだろう。
やっと、その気持ちになってくれた。
でも、知り合いのお店だったから咀嚼して口移しはできない。
その代わり
明日、食べさせてあげるね
と、翌日のお花見デートで約束してくれた。
翌日はお花見。
ここ数年恒例の川沿いのベストポジション。
今年は桜の進みが遅くて、全然満開じゃなかったけど、おでんをコンロで温めて、フードコンテナに入れてアツアツをいただくイベントを楽しんだ。
そして、いよいよ。
あのあと、スーパーによって買っちゃったよ
あまおう!!
聞いたことはある苺の銘柄。
練乳も一緒だ。
大粒の真っ赤な苺がパックの中にずらっと並んでいる。
練乳をつけてかじり咀嚼して、口移し。
あ、苺の味だ。
唾液で練乳が薄まると判断したのか、次は苺をある程度噛んでから練乳をチュッと口に含んで口移し。
ああ、こっちのほうが美味しい!!
知っている味だ。
ぜんぜん美味しいと思ったことがない、あの味。
だけど、練乳の甘さと旨み成分がでかかった酸っぱさが混ざると、違うものに変わるようだ。
残念ながら、すでに知っている苦手な味のものを『すごーーく美味しい!!』に変えることは、やっぱり難しい。
食べられる、もっというと普通に美味しい。
だけど、そのくらい止まりであることは否めない。
だけど、わたし、これをずっと待っていた。
那智さんが食べさせたいと思ってくれることを待っていた。
だから、すごく幸せで、その幸福感は味を凌駕する。
酔っ払っているから、人目なんて気にしない。
十数年も待っていたんだもの、ずっとずっと食べさせていてほしい。
背後に人の流れを感じながら、お腹を空かせたひな鳥のように口から口に苺を食べさせてもらっていた。
『大好物!!』にはなれなかったのは少し残念だなと思っていたけど、今回これを書きながら、これからは苺が出されても、ためらいなく食べられる。
残したり人にあげたりしないで、ちゃんと普通に美味しいと思って食べられると、気づいた。
那智さんは、やっぱりわたしを生きやすくしてくれるひと、だな^^
<関連エントリー>
苺
味覚障害 2
食わず嫌い
着物の日のこと
夜桜サプライズ
「等式」感想です。切ないエントリーだね。10年お待たせしました、大変御待ちどう様でした。
何度か書いているけれど、わたしは苺が苦手だ。
味はもちろん食感もダメで、小さい頃は口に入れただけで『おえっ』って涙目になっていた。
お友達のお誕生日にお呼ばれして苺のショートケーキを取り分けてもらっても、乗ってる苺を誰かにあげて周囲からは喜ばれていた。
(加えて、もともと甘いものをほとんど食べたいと思っていなかったので、多くの場合はラップしてもらって持ち帰っていたな)
こういうときは不便を感じたけど果物なんて嗜好品のひとつにすぎないわけで、普通に生活する分には問題なくやっていかれる。
人に話すとたいがい驚いてくれてネタになることもあるから、わたしの苺キライは何十年も『そういうもの』だと静かに肯定していた。
那智さんに出会った。
たくさんの知らなかった世界を見せてもらって、欲しかったものをたくさんもらった。
出会って、まだ数回のとき、ホテルで宅配ピザを頼んだことがあった。
それを咀嚼して食べさせてくれた。
那智さんに咀嚼して口移しで食べさせてもらうのは、このときからはじまったのだ。
噛むことで食べ物の旨味が増したところで口に入れるから、すぐに美味しい頂点に達するのだと那智さんの考えるメカニズムを説明してくれた。
咀嚼の具合によって『2、3口噛んだらすぐ美味しくなる』や『口に入れた瞬間からもう美味しい』など、実演しながら食べさせてもらうのは、カルチャーショックでもあり、幸福でもあった。
その咀嚼して口移しの話題が出ると、だいたい過去の成功例の話になる。
成功例があるのは説得力を持つしね。
以前お付き合いしていた人がお刺身がキライだったのだ(食わず嫌いだったそう)。
その人にお寿司を咀嚼して食べさせたら、お刺身が食べられるようになったということなのだ。
美味しい状態で口に入り、さらに好きな男性からもらうのだから、食べられるようになるよね。
那智さんは自分の行いに信憑性を持たせる意味もあってか、その話を何度かした。
そして、その何度かのうちの中で、たまに
りん子にも苺を食べさせてあげようか
と、笑っていた。
わたしの心は跳ね上がった。
那智さんに咀嚼して食べさせてもらってキライだった苺が好きになる。
那智さんの手で変えられるよろこび、さらに、これをSMというのは憚られるけど、好きなひとにキライなものを『いやいや』しながらさせられることも、わたしにとっては嬉しいことだ。
拒否して、でも拒否権なしでよしよしされながら遂行され、最終的には『あなたのよいように』なるわたし、これは心が跳ね上がるだろう!
だけど、最初に聞いたときのわたしはあまりよい反応ができなかった。
なぜなら、わたしは少し大人になっていた。
子供の頃は口に入れることさえできなかった苺だったけど、否応なく口にせざるをえない状況が稀にある中、大人になるにつれてキライなものでも食べられるくらいの技術を得てしまっていて、『本当に食べられないもの』ではなくなっていたのだ。
たぶん、いま、食べたら『おいしくないよ~』と顔をしかめながら、無理やり飲み込むことができてしまう。
それが想像できるのに『いや、無理です!!』なんて見事なリアクションは、わざとらしくてできない。
それに欠片でも何度か食べている、その味は、どうしたって『美味しい!!』にはならないと予測してしまっていた。
食べたことのないお刺身を『美味しい』と思うより、味を知って知ってしまっているキライなものを『美味しい』と思うほうが明らかに困難だ。
きっと、昔那智さんが経験した成功例ほどよい反応ができないことも想像できた。
『かつてキライだったけど、大人になるにつれてなんとか口にすることはできるようになった味を知っている苦手なもの』という宙ぶらりんな状態を、『拒否しながらも結果的に大好きになる』という夢のストーリーにすることが難しいと思っていた。
だから、おそらくあまりよい反応ができなかった。
それから十数年。
折に触れて、苺の話題は出た。
今度1パック買っていこうか
とか
練乳かけてあげるよ
とか
話してくれるたびに、かつて付き合っていた女性を少し羨ましいと思いつつ、宙ぶらりんな自分の状態を残念に思いながらお返事をしていた。
そういう反応をしていたことや、タイミングやモチベーション(あと忘れちゃう?笑)などなどにより、苺を食べさせてもらう機会はやってこなかった。
自分の状態が宙ぶらりんなんだもの。
わたしから『苺』について匂わすのはやめよう。
那智さんが、こんな反応のわたしでも『食べさせたい』と思ってくれるまで待とう。
諦めるというとネガティブな感じだけど、もっと穏やかに静かに心の奥に仕舞いこむようにしていた。
着物を着てディナーをした夜。
デザートに苺を出された。
苦手なものを伝えていなかったので仕方ないこと。
でも、そこで那智さんの回路がつながったみたい。
苺、食べさせてなかったね!
と
だから、素直に答えた。
はい、ずっと待ってました
ホントに待っていた。
とても静かに。
ほとんど素振りを見せず待っていたことに那智さんは驚いていた。
だから、きっと目の前の苺を食べさせたい気持ちになってくれているだろう。
やっと、その気持ちになってくれた。
でも、知り合いのお店だったから咀嚼して口移しはできない。
その代わり
明日、食べさせてあげるね
と、翌日のお花見デートで約束してくれた。
翌日はお花見。
ここ数年恒例の川沿いのベストポジション。
今年は桜の進みが遅くて、全然満開じゃなかったけど、おでんをコンロで温めて、フードコンテナに入れてアツアツをいただくイベントを楽しんだ。
そして、いよいよ。
あのあと、スーパーによって買っちゃったよ
あまおう!!
聞いたことはある苺の銘柄。
練乳も一緒だ。
大粒の真っ赤な苺がパックの中にずらっと並んでいる。
練乳をつけてかじり咀嚼して、口移し。
あ、苺の味だ。
唾液で練乳が薄まると判断したのか、次は苺をある程度噛んでから練乳をチュッと口に含んで口移し。
ああ、こっちのほうが美味しい!!
知っている味だ。
ぜんぜん美味しいと思ったことがない、あの味。
だけど、練乳の甘さと旨み成分がでかかった酸っぱさが混ざると、違うものに変わるようだ。
残念ながら、すでに知っている苦手な味のものを『すごーーく美味しい!!』に変えることは、やっぱり難しい。
食べられる、もっというと普通に美味しい。
だけど、そのくらい止まりであることは否めない。
だけど、わたし、これをずっと待っていた。
那智さんが食べさせたいと思ってくれることを待っていた。
だから、すごく幸せで、その幸福感は味を凌駕する。
酔っ払っているから、人目なんて気にしない。
十数年も待っていたんだもの、ずっとずっと食べさせていてほしい。
背後に人の流れを感じながら、お腹を空かせたひな鳥のように口から口に苺を食べさせてもらっていた。
『大好物!!』にはなれなかったのは少し残念だなと思っていたけど、今回これを書きながら、これからは苺が出されても、ためらいなく食べられる。
残したり人にあげたりしないで、ちゃんと普通に美味しいと思って食べられると、気づいた。
那智さんは、やっぱりわたしを生きやすくしてくれるひと、だな^^
<関連エントリー>
苺
味覚障害 2
食わず嫌い
着物の日のこと
夜桜サプライズ
「等式」感想です。切ないエントリーだね。10年お待たせしました、大変御待ちどう様でした。
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