従属感
非日常的な日常
はじめは片方の手首だった。
遊園地デートで朝からうきうきとはしゃぐ私の前に、那智さんが見せたオレンジ色のロープは私の左の手首に結ばれた。
目の前に差し出されたロープを見て、動揺とともに深いため息を付く。
これは、「ああ、どうしよう、人前で恥ずかしいことをするんだ」という困惑と、それをしてもらうことの喜びだ。
そして、困らせられることで、こんなにも喜んでしまう私自身へのためらいだ。
なぜ、困るようなことが嬉しいのだろう。
なぜ、ちょっと普通じゃない自分になりたいのだろう。
那智さんにしてもらうことで得られる従属感と、そんなことで満たされる性癖。
ロープの先端を輪にして目の前に出されて、多少のためらいはあるにしても、当然のようにその輪に手を通す。
ぎゅっと締められ私は那智さんに繋がれてしまった。
変な目で見られたくないから、腕を組んで手首のロープの存在を隠すけど、輪から延びている数十センチのロープを那智さんが手に持ってゆらゆらさせるから、すれ違うカップルに「チラッ」と見られてしまう。
繁華街で「市中引き回し」をしたときよりも、人の視線を感じてしまうのは、那智さんも気づいている。
なぜだろう、繁華街ではみんな自分のことで精一杯で人は気にしていない空気があるのかもしれない。
デートスポットでは、他のカップルが気になるのだろうか、たくさんの人に見られている。
それでも、露出をしているわけではないし、一瞬見ただけでは性的なこととさえも気づかないかもしれない。
ただ、すれ違い様に何か変な感じがして「え?」って感じの視線なのだ。
あまり目立ちたくないなと思う。
那智さんのものだと誇示したい気持ちもあるのだけど、それはできればハプニングバーのようなコンセンサスの得られる場所でしたい。
あまり人に引かれるのは、ためらう。
しばらくして、今度はもう一方の先端も輪にして右手首に通す。
手錠のようだ。
輪と輪を繋ぐロープがだらりと垂れてしまって困る。
目立たないように丸めて両手で包み込みそのまま那智さんの肘をつまんで隠す。
両手で肘をつまむ年増のラブラブカップルの出来上がり♪
もう遊園地を楽しむ余裕はない。
とにかく周りに気づかれないように必死。
そこからは、拘束のバリエーション遊び。
両手首から片手首と首。
骨折して首から腕を吊るしているようだ。
しばらくして、手首は外され首だけに紐を通して那智さんが引く。
こうなったら下を向いてるしかない。
タバコを吸いに喫煙所に行く那智さんに付いていって、上着で必死に隠す。
一見普通にデートしているけれど、水面下では沈んでしまわないように足をジタバタさせて必死に持ちこたえているみたいだ。
だんだんと、正常な何かが崩れていく。
もう何時間も半分は普通のデート、半分はそうじゃない何か。
最終的に落ち着いた(?)のはひとつの輪で両手首をまとめる拘束方法だ。
「お縄頂戴」状態。
紐の先は那智さんが握っていたり、私がまとめて持っていたり、とにかく両手首で那智さんの肘を掴んだ年増のラブラブは続く。
それでまた喫煙所になんて行くから、私はしがみついているしかないのだ。
喫煙所の灰皿の側で不自然なほど離れないカップル。
ああ、みんな不審なものを見るような視線。
正常を保ちつつも、正常の一部を崩していく。
私は数時間ずっと紐で拘束されている。
ずっと那智さんのおもちゃだ。
レストランの外の席で、コーラとポップコーンで一休み。
両手首をひとまとめにされたままだ。
おいしそうなポップコーン。
辺りを伺い、親子連れがいないことを確認して両方の手を一緒に動かして、ポップコーンを取り、口に運んでみる。
堂々と口の位置まで拘束された手を持ち上げるのは気が引けるから、少し体を屈めて頭を下げて食べるしかない。
これが思いのほかみっともない動きで、それから先はもうポップコーンに手を伸ばせなくなっていた。
「はい」
那智さんが掌にポップコーンを乗せて私の目の前に差し出す。
これを食べるのは、やっぱり普通の人間じゃない。
それでも、それをさせる那智さんが嬉しくて、それをしてしまう私が幸せで、ためらいつつも掌に顔を近づけて口だけで食べる。
気持ちいい。
普通じゃないことを那智さんがしてくれて、普通じゃない私になることは気持ちいい。
自覚するほど濡れている。
「はーい」
ポップコーンを乗せた掌が、今度はテーブルの位置に下がっていった。
次は「わんこ」のようだ。
少し周りを気にしてみるけど、カップルと男性一人。
変な物見せてごめんなさい、でも、もう止められない。
私は体を折り曲げて、テーブルの位置まで顔を下げて、口と舌を使ってポップコーンを頬張るのだ。
みっともない私。
うつむいてモグモグと咀嚼して飲み込む。
2、3回繰り返す。
どうしよう、次を待っている。
最後は那智さんが咀嚼して掌に出したそれを食べる。
もう私は、那智さんの何か従属物になっている。
那智さんしか見えていない。
ポップコーンと一緒に、幸福や快感をくれる那智さんだけに向いている従属物。
この「那智さんのもの」と思えることが、幸せ。
だけど、このデートは思いのほか疲労を残した。
鞭で酷く打たれたわけでもないし、浣腸して無理矢理排泄に追い込まれるような大変さもないけど、一見普通で実は異常な低空飛行の「人間じゃない」状態が長く続くのは、とても疲れることのようだ。
はじめは片方の手首だった。
遊園地デートで朝からうきうきとはしゃぐ私の前に、那智さんが見せたオレンジ色のロープは私の左の手首に結ばれた。
目の前に差し出されたロープを見て、動揺とともに深いため息を付く。
これは、「ああ、どうしよう、人前で恥ずかしいことをするんだ」という困惑と、それをしてもらうことの喜びだ。
そして、困らせられることで、こんなにも喜んでしまう私自身へのためらいだ。
なぜ、困るようなことが嬉しいのだろう。
なぜ、ちょっと普通じゃない自分になりたいのだろう。
那智さんにしてもらうことで得られる従属感と、そんなことで満たされる性癖。
ロープの先端を輪にして目の前に出されて、多少のためらいはあるにしても、当然のようにその輪に手を通す。
ぎゅっと締められ私は那智さんに繋がれてしまった。
変な目で見られたくないから、腕を組んで手首のロープの存在を隠すけど、輪から延びている数十センチのロープを那智さんが手に持ってゆらゆらさせるから、すれ違うカップルに「チラッ」と見られてしまう。
繁華街で「市中引き回し」をしたときよりも、人の視線を感じてしまうのは、那智さんも気づいている。
なぜだろう、繁華街ではみんな自分のことで精一杯で人は気にしていない空気があるのかもしれない。
デートスポットでは、他のカップルが気になるのだろうか、たくさんの人に見られている。
それでも、露出をしているわけではないし、一瞬見ただけでは性的なこととさえも気づかないかもしれない。
ただ、すれ違い様に何か変な感じがして「え?」って感じの視線なのだ。
あまり目立ちたくないなと思う。
那智さんのものだと誇示したい気持ちもあるのだけど、それはできればハプニングバーのようなコンセンサスの得られる場所でしたい。
あまり人に引かれるのは、ためらう。
しばらくして、今度はもう一方の先端も輪にして右手首に通す。
手錠のようだ。
輪と輪を繋ぐロープがだらりと垂れてしまって困る。
目立たないように丸めて両手で包み込みそのまま那智さんの肘をつまんで隠す。
両手で肘をつまむ年増のラブラブカップルの出来上がり♪
もう遊園地を楽しむ余裕はない。
とにかく周りに気づかれないように必死。
そこからは、拘束のバリエーション遊び。
両手首から片手首と首。
骨折して首から腕を吊るしているようだ。
しばらくして、手首は外され首だけに紐を通して那智さんが引く。
こうなったら下を向いてるしかない。
タバコを吸いに喫煙所に行く那智さんに付いていって、上着で必死に隠す。
一見普通にデートしているけれど、水面下では沈んでしまわないように足をジタバタさせて必死に持ちこたえているみたいだ。
だんだんと、正常な何かが崩れていく。
もう何時間も半分は普通のデート、半分はそうじゃない何か。
最終的に落ち着いた(?)のはひとつの輪で両手首をまとめる拘束方法だ。
「お縄頂戴」状態。
紐の先は那智さんが握っていたり、私がまとめて持っていたり、とにかく両手首で那智さんの肘を掴んだ年増のラブラブは続く。
それでまた喫煙所になんて行くから、私はしがみついているしかないのだ。
喫煙所の灰皿の側で不自然なほど離れないカップル。
ああ、みんな不審なものを見るような視線。
正常を保ちつつも、正常の一部を崩していく。
私は数時間ずっと紐で拘束されている。
ずっと那智さんのおもちゃだ。
レストランの外の席で、コーラとポップコーンで一休み。
両手首をひとまとめにされたままだ。
おいしそうなポップコーン。
辺りを伺い、親子連れがいないことを確認して両方の手を一緒に動かして、ポップコーンを取り、口に運んでみる。
堂々と口の位置まで拘束された手を持ち上げるのは気が引けるから、少し体を屈めて頭を下げて食べるしかない。
これが思いのほかみっともない動きで、それから先はもうポップコーンに手を伸ばせなくなっていた。
「はい」
那智さんが掌にポップコーンを乗せて私の目の前に差し出す。
これを食べるのは、やっぱり普通の人間じゃない。
それでも、それをさせる那智さんが嬉しくて、それをしてしまう私が幸せで、ためらいつつも掌に顔を近づけて口だけで食べる。
気持ちいい。
普通じゃないことを那智さんがしてくれて、普通じゃない私になることは気持ちいい。
自覚するほど濡れている。
「はーい」
ポップコーンを乗せた掌が、今度はテーブルの位置に下がっていった。
次は「わんこ」のようだ。
少し周りを気にしてみるけど、カップルと男性一人。
変な物見せてごめんなさい、でも、もう止められない。
私は体を折り曲げて、テーブルの位置まで顔を下げて、口と舌を使ってポップコーンを頬張るのだ。
みっともない私。
うつむいてモグモグと咀嚼して飲み込む。
2、3回繰り返す。
どうしよう、次を待っている。
最後は那智さんが咀嚼して掌に出したそれを食べる。
もう私は、那智さんの何か従属物になっている。
那智さんしか見えていない。
ポップコーンと一緒に、幸福や快感をくれる那智さんだけに向いている従属物。
この「那智さんのもの」と思えることが、幸せ。
だけど、このデートは思いのほか疲労を残した。
鞭で酷く打たれたわけでもないし、浣腸して無理矢理排泄に追い込まれるような大変さもないけど、一見普通で実は異常な低空飛行の「人間じゃない」状態が長く続くのは、とても疲れることのようだ。