待ち方
りん子的独り言(生意気)
すこし前、那智さんのお仕事で大きなイベントがあり、その準備でお忙しい時期があった。
大詰めを迎えてわたしをかまってくれる分量は当然のように減る。
それでもゼロになるわけではないし、那智さんのできる範囲でかまってくださっているので、ちょっと『つまらないよ〜』くらいで済んでいた。
返事はできなくても送るのは送っていいと言われているのであれこれメールして『報告欲(?)』を満足させていたのだけど、一服のときにくれる電話の声にちょっと慌ただしさが伝わってくるので、まあ、ここはちょっとおとなしくしているほうが賢明かなと思って、こんなことをツイートしてみた。
『那智さんは、この週末大きな仕事を控えているので今日はあまりかまってくれない。それでもまったく音沙汰ないわけではない程度のかまってくれないなので、ここは回路を切り替え、大人しくいい子で待つ。』
我ながらとても殊勝なツイートだ(笑)
でも打ち終わって、あれ?これはちょっと違うぞと思い直して、その後またいくつかツイートしてみた。
ツイートをご覧になった方には重複してしまうけど今日はそのネタを。
それは、こんな思考回路。
仮に『大人しくいい子で待つ』を『メールを送らずに過ごし、かまってくれなくてもご機嫌でいる(=次かまってくれたときにも好きテンションか同じ)』だとするね。
『大人しくいい子で待つ』にはふた通りあるよね。
心の中はかまって欲しくてジタバタしているけど、表面上はメールを送らずご機嫌のふりでいる。
のと
心ごと切り替えてメールを送らずにすんで、機嫌良く過ごす。
前者でいるのはけっこうしんどい。
フライパンの中でポンポン跳ねるポップコーンに蓋をして、どんどん膨れ上がっているのに溢れさせてはいけないのだもの(えっと、実際作るには蓋するのは必要ですよ^^;)
那智さん、大好き、声聞きたーいというポップコーンにぎゅーって蓋をしておかないといけないのだ。
とても健全な精神状態とは言えない。
後者は、たとえば別の楽しみを見つけるとか気がまぎれることをするとか、気持ちを切り替えて過ごすのだよね。
これは確かに待っていられる、ポップコーンも跳ねずにいて気持ちもラクだろう。
でもポップコーンのコンロの火を消すことになるよね。
待つという回路を遮断する(もしくは、とても細くする)ということだものね。
付き合いの形はいろいろあるでしょうけれど、那智さんとわたしの場合。
那智さんはわたしがしんどい思いをすることは本意ではないし、わたしがいつでもポップコーンがポンポン跳ねている状態(尻尾ぶんぶんとかおしっこチビるほど好きとか、いろいろ表現しております^^)がベストな形なのだ。
そうなると『大人しくいい子で待つ』のどちらのパターンもわたしたちには不適切だと思う。
わたしは溢れる気持ちに蓋をし続けても辛くならないような精神力は持っていないし、火を消して待たない回路を作って、大丈夫になった途端にポンポン跳ねる状態になれるほど切り替えの上手な大人でもない。
ということで、ツイートの最後には『大人しくいい子で待つ』はやめる!!と前言撤回している。
わたしがするべき待ち方は『可愛く待つ』だと訂正した。
ポンポン跳ねる気持ちを惜しみなくお伝えする。(こういうときは『素直』に^^)
どれくらいわたしが那智さんを好きで、どれくらい那智さんの声を聞きたいか!!
お返事がないのは、いまはその余裕がないからだと信じて。
次かまってくれるときに『わんわん』って飛びつけるような心を維持して待つ。
犬がズボンの裾をはむはむと甘噛みするみたいにじゃれつくように、那智さんが好きで、那智さんにかまってほしくてうずうずしている旨をお伝えする。
わたしは、大人しくいい子で待っていると『大好き』がしぼんでしまう気がするのだ。
溢れる好きを惜しまないことが、わたしにとっていつまでも情熱を失わない秘訣のひとつなんだと思う。
これが成立するのは、那智さんのように『かまえるときはかまうし、かまえないときはかまわないから、それをわかった上でどれだけメールしていい』というスタンスでいてくれることが大前提です^^
(ついでに、ほったらかし期間を明確にしてくれることと、定期連絡は入れてくれることも大事…いや、ぜんぜん待てる環境じゃん、というツッコミはなしでお願いします^^;)
お相手によって待ち方も違ってくるでしょうから、お相手がどんな待たせ方をするのか、そして自分はどういう状態なら幸福に待っていられるかを擦り合わせするといいかもね^^
わたしのような『犬気質』の『依存体質』女は可愛く待つのは幸せな待ち方なんじゃないかな。
それができる環境を作れるといいんじゃないかな〜って思うのです。
だから、わたしは『大人しくいい子』で待たない、ことにする^^
<関連エントリー>
『犬気質』
依存体質
『徒然に「M女の快感」』
『かつてのわたしに』
今朝の「等式」感想です。
待たせる側のスタンスは「待っていて欲しい」と思う、待つ側が「待って」いなければそれは「待たせる」とは言えない。待たせる側も「自覚と覚悟」をもって待たせなければいけないと思う。「待ちこがれていて欲しい」と思う要求に応えるりん子も実は大変なのかもしれない。
すこし前、那智さんのお仕事で大きなイベントがあり、その準備でお忙しい時期があった。
大詰めを迎えてわたしをかまってくれる分量は当然のように減る。
それでもゼロになるわけではないし、那智さんのできる範囲でかまってくださっているので、ちょっと『つまらないよ〜』くらいで済んでいた。
返事はできなくても送るのは送っていいと言われているのであれこれメールして『報告欲(?)』を満足させていたのだけど、一服のときにくれる電話の声にちょっと慌ただしさが伝わってくるので、まあ、ここはちょっとおとなしくしているほうが賢明かなと思って、こんなことをツイートしてみた。
『那智さんは、この週末大きな仕事を控えているので今日はあまりかまってくれない。それでもまったく音沙汰ないわけではない程度のかまってくれないなので、ここは回路を切り替え、大人しくいい子で待つ。』
我ながらとても殊勝なツイートだ(笑)
でも打ち終わって、あれ?これはちょっと違うぞと思い直して、その後またいくつかツイートしてみた。
ツイートをご覧になった方には重複してしまうけど今日はそのネタを。
それは、こんな思考回路。
仮に『大人しくいい子で待つ』を『メールを送らずに過ごし、かまってくれなくてもご機嫌でいる(=次かまってくれたときにも好きテンションか同じ)』だとするね。
『大人しくいい子で待つ』にはふた通りあるよね。
心の中はかまって欲しくてジタバタしているけど、表面上はメールを送らずご機嫌のふりでいる。
のと
心ごと切り替えてメールを送らずにすんで、機嫌良く過ごす。
前者でいるのはけっこうしんどい。
フライパンの中でポンポン跳ねるポップコーンに蓋をして、どんどん膨れ上がっているのに溢れさせてはいけないのだもの(えっと、実際作るには蓋するのは必要ですよ^^;)
那智さん、大好き、声聞きたーいというポップコーンにぎゅーって蓋をしておかないといけないのだ。
とても健全な精神状態とは言えない。
後者は、たとえば別の楽しみを見つけるとか気がまぎれることをするとか、気持ちを切り替えて過ごすのだよね。
これは確かに待っていられる、ポップコーンも跳ねずにいて気持ちもラクだろう。
でもポップコーンのコンロの火を消すことになるよね。
待つという回路を遮断する(もしくは、とても細くする)ということだものね。
付き合いの形はいろいろあるでしょうけれど、那智さんとわたしの場合。
那智さんはわたしがしんどい思いをすることは本意ではないし、わたしがいつでもポップコーンがポンポン跳ねている状態(尻尾ぶんぶんとかおしっこチビるほど好きとか、いろいろ表現しております^^)がベストな形なのだ。
そうなると『大人しくいい子で待つ』のどちらのパターンもわたしたちには不適切だと思う。
わたしは溢れる気持ちに蓋をし続けても辛くならないような精神力は持っていないし、火を消して待たない回路を作って、大丈夫になった途端にポンポン跳ねる状態になれるほど切り替えの上手な大人でもない。
ということで、ツイートの最後には『大人しくいい子で待つ』はやめる!!と前言撤回している。
わたしがするべき待ち方は『可愛く待つ』だと訂正した。
ポンポン跳ねる気持ちを惜しみなくお伝えする。(こういうときは『素直』に^^)
どれくらいわたしが那智さんを好きで、どれくらい那智さんの声を聞きたいか!!
お返事がないのは、いまはその余裕がないからだと信じて。
次かまってくれるときに『わんわん』って飛びつけるような心を維持して待つ。
犬がズボンの裾をはむはむと甘噛みするみたいにじゃれつくように、那智さんが好きで、那智さんにかまってほしくてうずうずしている旨をお伝えする。
わたしは、大人しくいい子で待っていると『大好き』がしぼんでしまう気がするのだ。
溢れる好きを惜しまないことが、わたしにとっていつまでも情熱を失わない秘訣のひとつなんだと思う。
これが成立するのは、那智さんのように『かまえるときはかまうし、かまえないときはかまわないから、それをわかった上でどれだけメールしていい』というスタンスでいてくれることが大前提です^^
(ついでに、ほったらかし期間を明確にしてくれることと、定期連絡は入れてくれることも大事…いや、ぜんぜん待てる環境じゃん、というツッコミはなしでお願いします^^;)
お相手によって待ち方も違ってくるでしょうから、お相手がどんな待たせ方をするのか、そして自分はどういう状態なら幸福に待っていられるかを擦り合わせするといいかもね^^
わたしのような『犬気質』の『依存体質』女は可愛く待つのは幸せな待ち方なんじゃないかな。
それができる環境を作れるといいんじゃないかな〜って思うのです。
だから、わたしは『大人しくいい子』で待たない、ことにする^^
<関連エントリー>
『犬気質』
依存体質
『徒然に「M女の快感」』
『かつてのわたしに』
今朝の「等式」感想です。
待たせる側のスタンスは「待っていて欲しい」と思う、待つ側が「待って」いなければそれは「待たせる」とは言えない。待たせる側も「自覚と覚悟」をもって待たせなければいけないと思う。「待ちこがれていて欲しい」と思う要求に応えるりん子も実は大変なのかもしれない。
COMMENT
うちの場合は
りん子さんが例える
大人しく待つは喜びませんし
私もりん子さんと同じ
大人しく待つと
好きが減ります(笑)
それが一番怖い
構ってもらいたい気持ちや
大好きを伝えながら待てるのって
本当にありがたいし
幸せだなと思います
自分の想いを委ねる幸せも
感じられますもんね(^-^)
りん子さんが例える
大人しく待つは喜びませんし
私もりん子さんと同じ
大人しく待つと
好きが減ります(笑)
それが一番怖い
構ってもらいたい気持ちや
大好きを伝えながら待てるのって
本当にありがたいし
幸せだなと思います
自分の想いを委ねる幸せも
感じられますもんね(^-^)
双方がどれほど相手を大切に思い、逢えない時間を穏やかに過ごしたい。過ごさせたい。と思ってもすれ違ってしまうことはある。
それでも相手が好きなら相手と自分の気持ちを繋いでいく方法を探し続けないといけないんだね〜
双方同じ気持ちでもすれ違うなら、片方だけの気持ちじゃどうにもならない。
そこを見極める心の強さも持っていたいね…
そして双方同じ気持ちならどんなに心が辛くても離れない強さもね…
それでも相手が好きなら相手と自分の気持ちを繋いでいく方法を探し続けないといけないんだね〜
双方同じ気持ちでもすれ違うなら、片方だけの気持ちじゃどうにもならない。
そこを見極める心の強さも持っていたいね…
そして双方同じ気持ちならどんなに心が辛くても離れない強さもね…
りんさん
わたしたちが似ているとするならば、やっぱりその待ち方は減りますよね?(笑)
で、好きが減るのはとても怖いこと。
こちらの思いを受け取り続けてくれる器に感謝ですね。
それにも『悪意はない』という理解が根底にあるからこそ、いまかまってもらえなくても伝え続けて良いと思えるのだと思います。
以前も書きましたけど、『良かれと思っている』『悪意はない』この感覚を肌で感じていらっしゃるのだろうな〜と感じられる言葉は読んでいても安心できるし心地よいです。
わたしたちが似ているとするならば、やっぱりその待ち方は減りますよね?(笑)
で、好きが減るのはとても怖いこと。
こちらの思いを受け取り続けてくれる器に感謝ですね。
それにも『悪意はない』という理解が根底にあるからこそ、いまかまってもらえなくても伝え続けて良いと思えるのだと思います。
以前も書きましたけど、『良かれと思っている』『悪意はない』この感覚を肌で感じていらっしゃるのだろうな〜と感じられる言葉は読んでいても安心できるし心地よいです。
mineさん
互いの手に込めた力が同じなら違う方向に引っ張られても離さない。
もし自分だけがしがみついているなら見極めて必要ならば手を離す。
手を握る力をいつも見極めないとね。
事実さんでも握力は強いかもしれないものね^^
歩み寄れることは最良だけど、歩み寄ろうと思っていることを知っていることもまず大事だよね。
互いの手に込めた力が同じなら違う方向に引っ張られても離さない。
もし自分だけがしがみついているなら見極めて必要ならば手を離す。
手を握る力をいつも見極めないとね。
事実さんでも握力は強いかもしれないものね^^
歩み寄れることは最良だけど、歩み寄ろうと思っていることを知っていることもまず大事だよね。