心の問題
独特な幸福感
ただいま8/25(金)夜。
週末は更新できないことが多いから、少しは書きためておこうかなと思ってパソコンへ向かっています。
でもこらえ性ないから、書きためるなんて我慢できず「えい!」って、投稿をクリックしてしまいそうです。
果たして、明日(8/26)まで待てるかな。
何について書こうかな。
那智さんがお仕事で使っていた工場に遊びに行った。
ここへは何度か来ている。
私の住んでいる所から、片道2時間。
いまは、そこでお仕事をする機会はほとんどないけど、一時期そこに通うしか会う方法がない時期があって、往復4時間ランチタイムの1時間弱だけのためだけに、会いに行ったりもしていた。
待ち合わせのファミレスにわざと早く着くようにする。
万が一、お仕事を早く切り上げられて早く到着できるなんてことになっても、大丈夫なように。
それと大好きな人を待つ時間を楽しみたくて。
ファミレスの店員さんに「お客様、お一人様ですか?」と聞かれ、「いいえ、あとから連れが来ます。」と答える嬉しさ。
席に案内されて、コーヒーを注文する。
「ご飯は揃ってから頼みます。」と伝える、これも嬉しい。
那智さんはまだ来ていないけど、もう一緒にいる気分だ。(物理的にも近いし♪)
読みかけの本を取り出して、ゆっくりと続きを読んでいる時間。
これら全部の時間が、もう那智さんとのデートの時間だ。
だから、できる限り早く来て、その時間を味わう楽しみ。
随分昔に読んだエッセイで(ああ、誰だか忘れてしまった)、「待ち合わせは絶対先に行くべき」という内容のものがあった。
礼儀で言っているんじゃなく、健気さアピールとも違う。
きれいでいる秘訣を言っているの。
遅れて慌て気味にキョロキョロしながら、彼を探す姿を先に彼に発見されるのは、不細工。
先に到着して、後から来た彼が、どこからあなたを見ても大丈夫な待ち姿で待つのだ。
遅れても堂々と美しく彼の元へ歩いて行かれる人は、ある意味もっときれいかも!?
こんなことも頭の片隅にあるから、尚更早く行く(舞台裏暴露!!)
ほとんどが、一緒にいる喜びを感じながら、会話を楽しむだけで、ランチタイムは終わる。
でも、突然那智さんが私をかまいたくなったりするときもある。
「まこ、片足だけパンプスを脱いでごらん。」
いきなり言われて、戸惑いながらも従い、テーブルの下でストッキングの足をさらす。
誰かが気付いて不思議に思わないかしら、不安になる。
ストッキングの足に那智さんのワークブーツを履いた足が乗せられる。
踏んでいるんだ。
私は、那智さんに踏まれているんだ。
ファミレスのテーブルの下で、私は那智さんに意図的に足を踏まれているんだ。
足に、力が入っていく。
ワークブーツはゴツゴツして痛い。
テーブルの上では、那智さんが何食わぬ顔で煙草を吸っている。
痛くて、でも、嬉しくて、私は普通にしていられないから、下を向いてしまう。
どうか誰も気付かないでください。
気付いた人が不快に思いませんように。
願ってはいるが、幸福と喜びと痛さと快感で、願う心はどんどん彼方へ消えていく。
いつもそう、誰かに見られて何かが起こっても、那智さんがなんとかしてくれると、委ねた瞬間心の解放と共に快感が訪れるのだ。
それにしても、足を踏まれて感じる私の体は、なんなのだろう。
この快感は心がもたらすことが大きいと思う。
那智さん以外の人に、意図的に足を踏まれたら、頭にくるもの。
愛している、委ねている、所有されている、その感覚を強く感じることは「SM的行為」を用いた酷いことばかりじゃない。
酷いことをすればするほど、受け入れれば受け入れられるほど、愛し合っているわけじゃない。
それも、私たちの間では重要ではあるけれど。
僅かな行為だけで、とんでもなく喜び感じることができることも、心の繋がりが必要だ。
だから、重要な意味を持つ。
鞭で酷く打つことも、うんこを体に塗られることも、足を踏まれることも、どれも快感で、どれも「あなたのもの」とうい刹那の証だ。
最近の那智さんは痛いことばかりに拍車がかかっているから、こんな心の快感も提示してみました!
本当は、工場でちょっぴり露出のお話にしようとしたのに、話は逸れてしまいました。
次回は、それにしようかな。(計画性ないから書きためる気は、あんまりない 笑)
ただいま8/25(金)夜。
週末は更新できないことが多いから、少しは書きためておこうかなと思ってパソコンへ向かっています。
でもこらえ性ないから、書きためるなんて我慢できず「えい!」って、投稿をクリックしてしまいそうです。
果たして、明日(8/26)まで待てるかな。
何について書こうかな。
那智さんがお仕事で使っていた工場に遊びに行った。
ここへは何度か来ている。
私の住んでいる所から、片道2時間。
いまは、そこでお仕事をする機会はほとんどないけど、一時期そこに通うしか会う方法がない時期があって、往復4時間ランチタイムの1時間弱だけのためだけに、会いに行ったりもしていた。
待ち合わせのファミレスにわざと早く着くようにする。
万が一、お仕事を早く切り上げられて早く到着できるなんてことになっても、大丈夫なように。
それと大好きな人を待つ時間を楽しみたくて。
ファミレスの店員さんに「お客様、お一人様ですか?」と聞かれ、「いいえ、あとから連れが来ます。」と答える嬉しさ。
席に案内されて、コーヒーを注文する。
「ご飯は揃ってから頼みます。」と伝える、これも嬉しい。
那智さんはまだ来ていないけど、もう一緒にいる気分だ。(物理的にも近いし♪)
読みかけの本を取り出して、ゆっくりと続きを読んでいる時間。
これら全部の時間が、もう那智さんとのデートの時間だ。
だから、できる限り早く来て、その時間を味わう楽しみ。
随分昔に読んだエッセイで(ああ、誰だか忘れてしまった)、「待ち合わせは絶対先に行くべき」という内容のものがあった。
礼儀で言っているんじゃなく、健気さアピールとも違う。
きれいでいる秘訣を言っているの。
遅れて慌て気味にキョロキョロしながら、彼を探す姿を先に彼に発見されるのは、不細工。
先に到着して、後から来た彼が、どこからあなたを見ても大丈夫な待ち姿で待つのだ。
遅れても堂々と美しく彼の元へ歩いて行かれる人は、ある意味もっときれいかも!?
こんなことも頭の片隅にあるから、尚更早く行く(舞台裏暴露!!)
ほとんどが、一緒にいる喜びを感じながら、会話を楽しむだけで、ランチタイムは終わる。
でも、突然那智さんが私をかまいたくなったりするときもある。
「まこ、片足だけパンプスを脱いでごらん。」
いきなり言われて、戸惑いながらも従い、テーブルの下でストッキングの足をさらす。
誰かが気付いて不思議に思わないかしら、不安になる。
ストッキングの足に那智さんのワークブーツを履いた足が乗せられる。
踏んでいるんだ。
私は、那智さんに踏まれているんだ。
ファミレスのテーブルの下で、私は那智さんに意図的に足を踏まれているんだ。
足に、力が入っていく。
ワークブーツはゴツゴツして痛い。
テーブルの上では、那智さんが何食わぬ顔で煙草を吸っている。
痛くて、でも、嬉しくて、私は普通にしていられないから、下を向いてしまう。
どうか誰も気付かないでください。
気付いた人が不快に思いませんように。
願ってはいるが、幸福と喜びと痛さと快感で、願う心はどんどん彼方へ消えていく。
いつもそう、誰かに見られて何かが起こっても、那智さんがなんとかしてくれると、委ねた瞬間心の解放と共に快感が訪れるのだ。
それにしても、足を踏まれて感じる私の体は、なんなのだろう。
この快感は心がもたらすことが大きいと思う。
那智さん以外の人に、意図的に足を踏まれたら、頭にくるもの。
愛している、委ねている、所有されている、その感覚を強く感じることは「SM的行為」を用いた酷いことばかりじゃない。
酷いことをすればするほど、受け入れれば受け入れられるほど、愛し合っているわけじゃない。
それも、私たちの間では重要ではあるけれど。
僅かな行為だけで、とんでもなく喜び感じることができることも、心の繋がりが必要だ。
だから、重要な意味を持つ。
鞭で酷く打つことも、うんこを体に塗られることも、足を踏まれることも、どれも快感で、どれも「あなたのもの」とうい刹那の証だ。
最近の那智さんは痛いことばかりに拍車がかかっているから、こんな心の快感も提示してみました!
本当は、工場でちょっぴり露出のお話にしようとしたのに、話は逸れてしまいました。
次回は、それにしようかな。(計画性ないから書きためる気は、あんまりない 笑)
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