キーパーソンは清掃員4
非日常的な日常
待ち合わせ場所で見つけたわたしの服装を一瞥して、那智さんは少しだけ目を開いた。
きっと、ハーフパンツは覚悟だと受け取ったのだろう。
いや、待って、『りん子の覚悟に応えなきゃ』なんて思わないで〜!!
「違うんです、那智さん。だって、適していない服着てきたら、那智さんよりやる気出ちゃうでしょ!?」
「まあね、でも、まあ、どっちにしても今日はやるからな〜(笑)」
ああ、やっぱりやるのですよね…。
ほんとにやるの?
信じられない。
ううん、今日はやるんだ、もう覚悟決めなきゃ。
百貨店に向かって歩きながらでも、まだ昨日からの行ったり来たりを繰り返している。
「那智さん、早くホテルに入りましょ♪」
「少し冷えてるから、わたしお風呂入れますよ、温まりますよ〜♪♪」
無駄な抵抗とわかっていても、ただ黙ってそのときを迎えるほど根性は座ってない。
もしかしたら、どれかに引っかかってくれるかもしれない。
そう思って、かなり無意味な提案をいろいろする。
そうそう、この日は盛り上がっているWBCの決勝の日、これで釣ってみよう!!
「ね、ね、一緒にWBCの決勝観ましょ^^」
「ああ、観るよ。」
「食べ物買い込んで、ね」
「いいね、でも、わんこしてからね。」
「はじめから観たくありません?WBC。」
「うん、まだ間に合うでしょ。」
「那智さん、WBC〜観ましょ〜。」
「はいはい、全部終わってすっきりしてからね。」
「那智さ〜ん。」
「ん?」
「だぶりゅぅびぃじぃぃぃぃ;;;;」
もはや、なんの説得力もない^^;
一歩進むごとに百貨店が近づいてくる。
ああ、神様。
那智さんのわんこになることはこの上なく幸せで快感を覚える。
わかっているけど、それをするのは物凄く勇気がいる。
葛藤だ。
最初は遠くから見えていた百貨店。
近づくにつれて、上層階から正面玄関のある一階に視界が開けていく。
正面玄関からショウウィンドウへ曲がる角が一望できた。
んん?
角を曲がる、見覚えのある青緑色のつなぎは…?
清掃員さん!!!!!
清掃員さんがいるではありませんか!!!!
一発逆転。
地獄から天国。
思わず、那智さんのスーツの背中をばんばんと叩いてしまう。
ほぼ同時にそれに気づいて大笑いの那智さん。
なぜなんだろう。
清掃時間が変更になったのか、それとも、もともと開店5分前だけ、別の所をする段取りだったのか。
とにかく清掃員さんがいる。
角を曲がっていった、今頃はショウウィンドウの通路を掃除しているんだ。
正面玄関前の交差点の手前で一服をする那智さんに
「清掃員さんがいたらできませんね〜〜^^」と大はしゃぎ。
「なんだよ〜、つまんねーなー(笑)」
「あ、じゃあさ、正面玄関にしようか!?」
信号待ちする人の向かい側の正面玄関を右から左へお散歩。
「それは無理です!!!恥ずかしすぎます!!!」
「いや、そうしよう。」
タバコをもみ消しながら、楽しそうに言うけれど、物凄く目立ちます、那智さん。
首を振って無理を訴える。
「ううん、だって、つまんないもん」
また地獄へ、突き落とされそうになった瞬間。
さっきの清掃員がまた角を曲がって、正面玄関のほうに戻ってきた!!!
あああ、いいところに戻ってきてくださいましたね、清掃員さん。
「あ〜、残念(笑)」
命綱を握りかけて、ふと気づく。
「でも、ってことは、あっち(ショウウィンドウ)にはいなくなったってことだよね〜」
だーーーーー、そうだ。
なんで戻って来ちゃうの。
お願い、清掃員さん、ちょうど角のところにいて。
命綱を握る指を一本一本無理矢理引き剥がされているようだ、那智さんに……ううん、清掃員に。
もはや、誰が主導権を握っているのか、わからない。
「決まりだね〜」
青信号になって歩き始める。
昨日からの妄想ハイに、このジェットコースター。
もうフラフラだ。
ためらいもあって、歩みがゆっくり。
正面玄関にいる清掃員を複雑な気持ちで追いながら、角を曲がる。
数十mのショウウィンドウ。
遠くまで視界が開けた。
否応なくカウントダウンが始まる。
と、視界の先に、青緑…?
せ、せ、清掃員さん!!!!
ショウウィンドウのちょうど真ん中辺りで丁寧にガラスを磨いている。
まさかのもうひとり!!!
なに?なんなの?何人いるの?
もう、喜んでいいんだか、なんだかわからずだた『ひゃーひゃー』なわたし。
那智さんも笑ってる。
角を数歩進んだところで立ち止まり『ひゃーひゃー』なってるわたしに、様子を伺っていた那智さんが楽しそうにいう。
「あのさ、清掃員がいたらやっちゃいけないなんて決まりないよな?別にやってもいいよな。」
いや、それあなたが決めたの!!
男に二言はないでしょ!!
那智さん、そこ、急にポリシー変えちゃいけません。
ぶんぶんと首を振るしかできないでいると。
今度はわたしたちの背後から、また青緑色。
うっわあ。
また、あなた!?
さっきの人がこちらに来たんだ。
意味もなく怯えるわたし。
青緑がバイオハザードのゾンビに見えてくる。
もう、敵か味方か清掃員。
わたしたちを追い抜かし、ガラスを磨く人と同じ辺りで掃き掃除をはじめた。
さすがに、2人いたらね〜。
早く安堵したいわたし。
なかなか諦めない那智さん。
「じゃあ、ここからあの手前までする?」
清掃員の手前まで提案。
「無理です、見えちゃいますよ〜、那智さんのルールに反します。」
そういいながら、じりじりと進む。
ちょっとでも清掃員さんに近づいて、諦めてもらおうと。
このショウウィンドウは、ずら〜っと数十mショウウィンドウが並んでいるわけじゃないんだ。
途中に店内に入る扉があって、そこはガクッと凹んでいる。
じりじりと進み、角と清掃員の真ん中辺りまできた、そこに凹みがある。
4畳半ほどの広い凹みにスッと那智さんは入った。
両脇はショウウィンドウの側面でガラス。
奥は本来は店内へのガラス扉があるけど、いまはシャッターが閉まっている。
凹みとショウウィンドウの通路の境目くらいに2人で立つ。
怖い予感。
「じゃあ、ここでわんこ。」
ああ、やっぱり。
ただでは『なし』にしてくれない。
那智さん自身が、自分の気を済ませるには、まったく『なし』ではダメなんだろう。
なんとなく、清掃員に翻弄された感じもして、自分主導にして区切りをつけたいのかもしれない。
とにかく、那智さんなりの納得のしかただ。
ショウウィンドウをお散歩に比べたら、凹んだところでの『どこでもわんこ』は、大変とはいえまだ楽だ。
だから、一瞬ためらった後にすぐ遂行できるはずだった。
それでもやっぱる勇気が必要だ。
あわあわしながら、とにかく一歩、奥に入る。
そのあわあわしている時間が無駄な時間になってしまった。
なぜなら、那智さんの背中越しにちょうど信号は青になるのが見えたのだ。
それと同時に少ないながらも人の流れがこちらに向かう。
わたしの位置から、まるでわたしに向かって来ているような人の流れが見える。
このままでは、ちょうどその一団がこちらに向かうときにしゃがむという大きなアクションを起こさないといけないことになるからだ。
それは目立つ。
あわあわしないで、その前に四つん這いになってしまえばよかった。
タイミングをずらしたい。
あと少し経てば、波が落ち着いて朝の人通りに戻る。
「那智さん、待ってください、信号青になるから。」
慌ててお願いする。
「ううん。」
那智さんは人の流れなんて見ていない、首を振られる。
横断歩道を渡る先頭の若い女性が見える。
「やりますから、でも、ちょっと待ってください。」
「10。」
え?
「9、8。」
カウントされた。
うう、まだ続きます^^
待ち合わせ場所で見つけたわたしの服装を一瞥して、那智さんは少しだけ目を開いた。
きっと、ハーフパンツは覚悟だと受け取ったのだろう。
いや、待って、『りん子の覚悟に応えなきゃ』なんて思わないで〜!!
「違うんです、那智さん。だって、適していない服着てきたら、那智さんよりやる気出ちゃうでしょ!?」
「まあね、でも、まあ、どっちにしても今日はやるからな〜(笑)」
ああ、やっぱりやるのですよね…。
ほんとにやるの?
信じられない。
ううん、今日はやるんだ、もう覚悟決めなきゃ。
百貨店に向かって歩きながらでも、まだ昨日からの行ったり来たりを繰り返している。
「那智さん、早くホテルに入りましょ♪」
「少し冷えてるから、わたしお風呂入れますよ、温まりますよ〜♪♪」
無駄な抵抗とわかっていても、ただ黙ってそのときを迎えるほど根性は座ってない。
もしかしたら、どれかに引っかかってくれるかもしれない。
そう思って、かなり無意味な提案をいろいろする。
そうそう、この日は盛り上がっているWBCの決勝の日、これで釣ってみよう!!
「ね、ね、一緒にWBCの決勝観ましょ^^」
「ああ、観るよ。」
「食べ物買い込んで、ね」
「いいね、でも、わんこしてからね。」
「はじめから観たくありません?WBC。」
「うん、まだ間に合うでしょ。」
「那智さん、WBC〜観ましょ〜。」
「はいはい、全部終わってすっきりしてからね。」
「那智さ〜ん。」
「ん?」
「だぶりゅぅびぃじぃぃぃぃ;;;;」
もはや、なんの説得力もない^^;
一歩進むごとに百貨店が近づいてくる。
ああ、神様。
那智さんのわんこになることはこの上なく幸せで快感を覚える。
わかっているけど、それをするのは物凄く勇気がいる。
葛藤だ。
最初は遠くから見えていた百貨店。
近づくにつれて、上層階から正面玄関のある一階に視界が開けていく。
正面玄関からショウウィンドウへ曲がる角が一望できた。
んん?
角を曲がる、見覚えのある青緑色のつなぎは…?
清掃員さん!!!!!
清掃員さんがいるではありませんか!!!!
一発逆転。
地獄から天国。
思わず、那智さんのスーツの背中をばんばんと叩いてしまう。
ほぼ同時にそれに気づいて大笑いの那智さん。
なぜなんだろう。
清掃時間が変更になったのか、それとも、もともと開店5分前だけ、別の所をする段取りだったのか。
とにかく清掃員さんがいる。
角を曲がっていった、今頃はショウウィンドウの通路を掃除しているんだ。
正面玄関前の交差点の手前で一服をする那智さんに
「清掃員さんがいたらできませんね〜〜^^」と大はしゃぎ。
「なんだよ〜、つまんねーなー(笑)」
「あ、じゃあさ、正面玄関にしようか!?」
信号待ちする人の向かい側の正面玄関を右から左へお散歩。
「それは無理です!!!恥ずかしすぎます!!!」
「いや、そうしよう。」
タバコをもみ消しながら、楽しそうに言うけれど、物凄く目立ちます、那智さん。
首を振って無理を訴える。
「ううん、だって、つまんないもん」
また地獄へ、突き落とされそうになった瞬間。
さっきの清掃員がまた角を曲がって、正面玄関のほうに戻ってきた!!!
あああ、いいところに戻ってきてくださいましたね、清掃員さん。
「あ〜、残念(笑)」
命綱を握りかけて、ふと気づく。
「でも、ってことは、あっち(ショウウィンドウ)にはいなくなったってことだよね〜」
だーーーーー、そうだ。
なんで戻って来ちゃうの。
お願い、清掃員さん、ちょうど角のところにいて。
命綱を握る指を一本一本無理矢理引き剥がされているようだ、那智さんに……ううん、清掃員に。
もはや、誰が主導権を握っているのか、わからない。
「決まりだね〜」
青信号になって歩き始める。
昨日からの妄想ハイに、このジェットコースター。
もうフラフラだ。
ためらいもあって、歩みがゆっくり。
正面玄関にいる清掃員を複雑な気持ちで追いながら、角を曲がる。
数十mのショウウィンドウ。
遠くまで視界が開けた。
否応なくカウントダウンが始まる。
と、視界の先に、青緑…?
せ、せ、清掃員さん!!!!
ショウウィンドウのちょうど真ん中辺りで丁寧にガラスを磨いている。
まさかのもうひとり!!!
なに?なんなの?何人いるの?
もう、喜んでいいんだか、なんだかわからずだた『ひゃーひゃー』なわたし。
那智さんも笑ってる。
角を数歩進んだところで立ち止まり『ひゃーひゃー』なってるわたしに、様子を伺っていた那智さんが楽しそうにいう。
「あのさ、清掃員がいたらやっちゃいけないなんて決まりないよな?別にやってもいいよな。」
いや、それあなたが決めたの!!
男に二言はないでしょ!!
那智さん、そこ、急にポリシー変えちゃいけません。
ぶんぶんと首を振るしかできないでいると。
今度はわたしたちの背後から、また青緑色。
うっわあ。
また、あなた!?
さっきの人がこちらに来たんだ。
意味もなく怯えるわたし。
青緑がバイオハザードのゾンビに見えてくる。
もう、敵か味方か清掃員。
わたしたちを追い抜かし、ガラスを磨く人と同じ辺りで掃き掃除をはじめた。
さすがに、2人いたらね〜。
早く安堵したいわたし。
なかなか諦めない那智さん。
「じゃあ、ここからあの手前までする?」
清掃員の手前まで提案。
「無理です、見えちゃいますよ〜、那智さんのルールに反します。」
そういいながら、じりじりと進む。
ちょっとでも清掃員さんに近づいて、諦めてもらおうと。
このショウウィンドウは、ずら〜っと数十mショウウィンドウが並んでいるわけじゃないんだ。
途中に店内に入る扉があって、そこはガクッと凹んでいる。
じりじりと進み、角と清掃員の真ん中辺りまできた、そこに凹みがある。
4畳半ほどの広い凹みにスッと那智さんは入った。
両脇はショウウィンドウの側面でガラス。
奥は本来は店内へのガラス扉があるけど、いまはシャッターが閉まっている。
凹みとショウウィンドウの通路の境目くらいに2人で立つ。
怖い予感。
「じゃあ、ここでわんこ。」
ああ、やっぱり。
ただでは『なし』にしてくれない。
那智さん自身が、自分の気を済ませるには、まったく『なし』ではダメなんだろう。
なんとなく、清掃員に翻弄された感じもして、自分主導にして区切りをつけたいのかもしれない。
とにかく、那智さんなりの納得のしかただ。
ショウウィンドウをお散歩に比べたら、凹んだところでの『どこでもわんこ』は、大変とはいえまだ楽だ。
だから、一瞬ためらった後にすぐ遂行できるはずだった。
それでもやっぱる勇気が必要だ。
あわあわしながら、とにかく一歩、奥に入る。
そのあわあわしている時間が無駄な時間になってしまった。
なぜなら、那智さんの背中越しにちょうど信号は青になるのが見えたのだ。
それと同時に少ないながらも人の流れがこちらに向かう。
わたしの位置から、まるでわたしに向かって来ているような人の流れが見える。
このままでは、ちょうどその一団がこちらに向かうときにしゃがむという大きなアクションを起こさないといけないことになるからだ。
それは目立つ。
あわあわしないで、その前に四つん這いになってしまえばよかった。
タイミングをずらしたい。
あと少し経てば、波が落ち着いて朝の人通りに戻る。
「那智さん、待ってください、信号青になるから。」
慌ててお願いする。
「ううん。」
那智さんは人の流れなんて見ていない、首を振られる。
横断歩道を渡る先頭の若い女性が見える。
「やりますから、でも、ちょっと待ってください。」
「10。」
え?
「9、8。」
カウントされた。
うう、まだ続きます^^