怒濤の幸福 麻縄編
非日常的な日常
はじめて芽生えた憧れは「縛られる」だった。
しかも「麻縄」は特殊な世界の象徴のように思えて、特別な憧れだった。
いままでも何度か縛られることはあったが幸か不幸か麻縄は未体験。
那智さんも綿ロープしか持っていなかった。
那智さんが麻縄を用意したのは付き合って随分たってからだった。
私が憧れていることも知っていたけど、自分がその気になるまでは行動に起こさない人だ。
渡されて、手入れ方法を教えてもらって、一生懸命手入れをする。
いつ使う気になっても良いように。
でもあんまり「おねだり」みたいなことはできないから、心の中でもじもじしながら、使ってもらえる時を待つ。
購入して少ししてから、その時は訪れた。
首に縄を掛け、器用に体を縛っていく。
腕は後ろ手に組んでいる。
なぜか、二本の足だけでバランスを保つというのは心許ない。
上半身と下半身、二本の麻縄は、那智さんの施す通りお行儀良く私の体を拘束していく。
体だけではない、心も那智さんに拘束されて、動けない。
うつむいているだけだ。
すべての作業を終え、鏡の前に連れて行かれる。
目の前の鏡には、かつて私が見ていた女性がいた。
幼い頃、盗み見した大人が読む本の中にいた女性。
両親と観ていた時代劇で拘束されている女性。
レディスコミックの中の女性。
そして、それらをずっと目の当たりにしつづけていた私。
鏡を見るのが怖かった。
ずっと憧れていたことが叶う瞬間、人は少し臆病になるのかもしれない。
願いが強いほど、蓄積された想いが多く溢れ出し、それによって何かが変わってしまうことへの躊躇。
そして、麻縄の感触が想像以上にグロテスクで、それを纏った自分の姿は、いつものオレンジ色の綿ロープより遥かに生々しく、かわいらしいものから遠ざかっているようで、見るのが怖かった。
それでも、恐る恐る見ると、そこには、かつて私が嫌悪と憧れを持って目にしていた、様々な女性がいた。
しかし、それは紛れもなく私だ。
いや、恥ずかしい。
下半身まで縄で拘束されたはしたない姿だ。
那智さんは気付いたかしら、麻縄の色が肌の色に溶け込んで、一瞬「剃毛」した状態が思い描けてしまったことを。
まだ未経験の恥ずかしい行為だ。
余計に恥ずかしい。
でも、嬉しい。
私はずっとこれを待っていたの。
だけど、可愛くない。
グロテスクだ。
正直に申し上げると、私の妄想に「グロテスクな私」というのがある。
嫌悪感が上回るのは分かっているくせに堕ちる私。
でも、那智さんは多分可愛い私がお好きなはずだ。
感じてはしたなくなる私は許せても、グロテスクな私は好きじゃないはずだ。
そんな考えが頭をよぎりブレーキをかける。
でも、麻縄のちくちくする不快感や、きしむ音に私は恍惚としてしまう。
さらに、鏡越しに見る那智さんの満足気な瞳が、私の心を鷲掴みにしてなぎ倒す。
那智さんに心も体も揺さぶられ、手が不自由な私はバランスを崩しひざまずく。
よろめく私はみっともないみじめな姿だろう。
可愛くない私を、次々積み重ねなければならない。
恍惚と嫌悪の行ったり来たりを繰り返した後、那智さんの足にもたれ掛かるように座らされ、更に不安定な角度で縄を後ろに引かれてしまう。
上を向かざるを得ない私の顔を被いかぶさるように覗き込む。
私を好きなように扱えて、私がこんな風にはしたなくなれる、世界で唯一の人。
なんて素敵な人なのでしょう。
そして、なんてこわい人なのでしょう。
麻縄の感触と那智さんの存在だけで、感じてしまう。
手も拘束されているから、支えられない体を那智さんの足に委ねる。
縄を引かれ仰け反らされ、だらしなく開いた口は、私の意志で閉じることはできない、言葉にならない呻き声を上げることが、唯一私に許されたことだ。
世界で一番可愛いと思ってほしい相手に、この上なく下品な姿を晒す。
この下品な姿を晒すことは、いつも私を少し傷つけるのだ。
だから、縄を解かれて赤くなった痕を見ながら、かつて私にそっと話しかけてみる。
「那智さんに見てもらえてよかったね!」心の中で小さく祝福して、恥ずかしい私をほんの少し許してみる。
願わくば、那智さんも「はしたない私」をほんの少し許してくださいますように。
はじめて芽生えた憧れは「縛られる」だった。
しかも「麻縄」は特殊な世界の象徴のように思えて、特別な憧れだった。
いままでも何度か縛られることはあったが幸か不幸か麻縄は未体験。
那智さんも綿ロープしか持っていなかった。
那智さんが麻縄を用意したのは付き合って随分たってからだった。
私が憧れていることも知っていたけど、自分がその気になるまでは行動に起こさない人だ。
渡されて、手入れ方法を教えてもらって、一生懸命手入れをする。
いつ使う気になっても良いように。
でもあんまり「おねだり」みたいなことはできないから、心の中でもじもじしながら、使ってもらえる時を待つ。
購入して少ししてから、その時は訪れた。
首に縄を掛け、器用に体を縛っていく。
腕は後ろ手に組んでいる。
なぜか、二本の足だけでバランスを保つというのは心許ない。
上半身と下半身、二本の麻縄は、那智さんの施す通りお行儀良く私の体を拘束していく。
体だけではない、心も那智さんに拘束されて、動けない。
うつむいているだけだ。
すべての作業を終え、鏡の前に連れて行かれる。
目の前の鏡には、かつて私が見ていた女性がいた。
幼い頃、盗み見した大人が読む本の中にいた女性。
両親と観ていた時代劇で拘束されている女性。
レディスコミックの中の女性。
そして、それらをずっと目の当たりにしつづけていた私。
鏡を見るのが怖かった。
ずっと憧れていたことが叶う瞬間、人は少し臆病になるのかもしれない。
願いが強いほど、蓄積された想いが多く溢れ出し、それによって何かが変わってしまうことへの躊躇。
そして、麻縄の感触が想像以上にグロテスクで、それを纏った自分の姿は、いつものオレンジ色の綿ロープより遥かに生々しく、かわいらしいものから遠ざかっているようで、見るのが怖かった。
それでも、恐る恐る見ると、そこには、かつて私が嫌悪と憧れを持って目にしていた、様々な女性がいた。
しかし、それは紛れもなく私だ。
いや、恥ずかしい。
下半身まで縄で拘束されたはしたない姿だ。
那智さんは気付いたかしら、麻縄の色が肌の色に溶け込んで、一瞬「剃毛」した状態が思い描けてしまったことを。
まだ未経験の恥ずかしい行為だ。
余計に恥ずかしい。
でも、嬉しい。
私はずっとこれを待っていたの。
だけど、可愛くない。
グロテスクだ。
正直に申し上げると、私の妄想に「グロテスクな私」というのがある。
嫌悪感が上回るのは分かっているくせに堕ちる私。
でも、那智さんは多分可愛い私がお好きなはずだ。
感じてはしたなくなる私は許せても、グロテスクな私は好きじゃないはずだ。
そんな考えが頭をよぎりブレーキをかける。
でも、麻縄のちくちくする不快感や、きしむ音に私は恍惚としてしまう。
さらに、鏡越しに見る那智さんの満足気な瞳が、私の心を鷲掴みにしてなぎ倒す。
那智さんに心も体も揺さぶられ、手が不自由な私はバランスを崩しひざまずく。
よろめく私はみっともないみじめな姿だろう。
可愛くない私を、次々積み重ねなければならない。
恍惚と嫌悪の行ったり来たりを繰り返した後、那智さんの足にもたれ掛かるように座らされ、更に不安定な角度で縄を後ろに引かれてしまう。
上を向かざるを得ない私の顔を被いかぶさるように覗き込む。
私を好きなように扱えて、私がこんな風にはしたなくなれる、世界で唯一の人。
なんて素敵な人なのでしょう。
そして、なんてこわい人なのでしょう。
麻縄の感触と那智さんの存在だけで、感じてしまう。
手も拘束されているから、支えられない体を那智さんの足に委ねる。
縄を引かれ仰け反らされ、だらしなく開いた口は、私の意志で閉じることはできない、言葉にならない呻き声を上げることが、唯一私に許されたことだ。
世界で一番可愛いと思ってほしい相手に、この上なく下品な姿を晒す。
この下品な姿を晒すことは、いつも私を少し傷つけるのだ。
だから、縄を解かれて赤くなった痕を見ながら、かつて私にそっと話しかけてみる。
「那智さんに見てもらえてよかったね!」心の中で小さく祝福して、恥ずかしい私をほんの少し許してみる。
願わくば、那智さんも「はしたない私」をほんの少し許してくださいますように。
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