あなたを好きでいるために
りん子的独り言(生意気)
『りん子的独り言』はご主人様や奴隷さんなど主従関係『男は、女は』と特定の人を指して書いていますが、それ自体を否定しているものではありません。
『それで満たされている方たち』にはよかったねと祝福の気持ちです。
何かのヒントになればと思って書いていますので、ご理解ください。
ひとり女性を加える。
これは、わたしの立場の女性に想像以上の精神的負担をかける。
那智さんとの関係が危ういと思うほどだった。
それでも、決定的なダメージにならずいま現在好きを回復させることができているのは、いくつかの要因があると思う。
それはモカちゃんが那智さんと同じくらいわたしを好きでいてくれたことや、那智さんが女性同士競うような関係を作らずにいてくれたことなど、来てくれる女性の資質によるところが大きい。
それ以外にも、決定的な傷にならず予想以上に回復が早いと感じる理由がふたつある。
それはわたしからスタートしたことだということと那智さんがとことん話し合いに応じてくれていたということ。
まずひとつめの『わたしからスタートしたこと』、那智さんが望んだことではないということはとても重要だと感じている。
恐らくこれが那智さんの願望でスタートしていたら、もっと深く傷つき、時間が経ってもその傷は治らないのではないかと思う。
根本的な不信感に繋がる可能性がある。
好きな人が自分以外の女性を見つめるなんてこと、胸を掴まれるような苦しさだ。
(うう、わたしの場合、この痛みを望んでしまったのだけどね^^;)
その苦しさはいつまでも消えず湧き上がり、また苦しくなる。
だけどいま、それが甘い傷になろうとしているのは、やっぱり『最初は那智さんじゃない』だったというところは大きい。
この差は大きい。
そして、もうひとつは、たくさんお話しできたこと。
残念ながら、わたしの悲しいは一滴ずつしか救ってもらえなかったけど(笑)
那智さんは、常に聞く耳を持ち、一方的に話し合いをおしまいにしないでいてくれた。(時間的制約や堂々巡りによるストップはあったけどね)
この姿勢を取ってくれなければ、たくさんのことを諦める気持ちになる。
『ぐずぐずをいうな』などと言われたら、途方に暮れてしまう。
信頼していた人に対して諦める行為は、好きでいることさえも諦めていくものだ。
『モカ』の最初の頃、これがもうひとり加えることを勧めていることにならないか危惧した。
いま、はっきり言えるよ。
好きな人の間にもうひとり加えることは『好きな人を好きじゃなくなる』可能性がとてもとても高いこと。
嫉妬に苦しむどころじゃない。
相手への不信感や様々な諦めが、相手への『好き』も減らす。
好きな人が好きじゃなくなってしまうことは、物凄く怖いことだ。
だからお相手が望むからということで、それを行うことはやめたほうがいい。
奴隷だから従者だから従うことが当然と言われた時点で、従うべきじゃない。
あなたがご主人様を慕い続けたいなら、断固拒否するべきだ。
あなたのことが好きじゃなくなってしまう可能性があるから、イヤだと。
複数を楽しむことは反対しない。
それは、それぞれ合意の上であれば。
だけど。
お相手が望むから。
棄てられたくないから。
奴隷さんはみんなそういうものだ。
そんなことで、するものじゃない。
これは合意とは言わないと思う。
『モカ』ではたくさんの楽しいと苦しいを書いた。
今回、わたしの『苦しい』を昇華させたくて書いたけど、どんな結末になったとしても最後にはこの苦しい側面も書こうと決めていた。
キレイごとばかりじゃない。
生々しい感情を書くことが、ご主人様と呼ばれる人が思いとどまってくれるように、奴隷さんやペットさんが拒否できるように、これもひとりの女性に参加してもらいそれを書くことの責任だと思っている。
『薬指』で女性のM女さんの立場からたくさん訴えてきた責任だと思っている。
感情は生ものだ。
好きも愛しているも冷凍保存できない。
常に変化する。
変化するものだけど、いつも新鮮でいられることに価値があるんだ。
大好きでいつづける適温を保つために、ひとり加えることはとても危険な行為だ。
あなたへいつでも新鮮な『好き』をお届けしたから、多頭はイヤです、ということをおススメします。
好きの冷凍保存なんてできないし、しないでいたい、よね。
補足。
わたしの立場からしか発言できていないけど、参加する側にも様々な心の負担がかかるはずだ。
そこも踏まえて、どちらにしても慎重であるべきですよね。
『りん子的独り言』はご主人様や奴隷さんなど主従関係『男は、女は』と特定の人を指して書いていますが、それ自体を否定しているものではありません。
『それで満たされている方たち』にはよかったねと祝福の気持ちです。
何かのヒントになればと思って書いていますので、ご理解ください。
ひとり女性を加える。
これは、わたしの立場の女性に想像以上の精神的負担をかける。
那智さんとの関係が危ういと思うほどだった。
それでも、決定的なダメージにならずいま現在好きを回復させることができているのは、いくつかの要因があると思う。
それはモカちゃんが那智さんと同じくらいわたしを好きでいてくれたことや、那智さんが女性同士競うような関係を作らずにいてくれたことなど、来てくれる女性の資質によるところが大きい。
それ以外にも、決定的な傷にならず予想以上に回復が早いと感じる理由がふたつある。
それはわたしからスタートしたことだということと那智さんがとことん話し合いに応じてくれていたということ。
まずひとつめの『わたしからスタートしたこと』、那智さんが望んだことではないということはとても重要だと感じている。
恐らくこれが那智さんの願望でスタートしていたら、もっと深く傷つき、時間が経ってもその傷は治らないのではないかと思う。
根本的な不信感に繋がる可能性がある。
好きな人が自分以外の女性を見つめるなんてこと、胸を掴まれるような苦しさだ。
(うう、わたしの場合、この痛みを望んでしまったのだけどね^^;)
その苦しさはいつまでも消えず湧き上がり、また苦しくなる。
だけどいま、それが甘い傷になろうとしているのは、やっぱり『最初は那智さんじゃない』だったというところは大きい。
この差は大きい。
そして、もうひとつは、たくさんお話しできたこと。
残念ながら、わたしの悲しいは一滴ずつしか救ってもらえなかったけど(笑)
那智さんは、常に聞く耳を持ち、一方的に話し合いをおしまいにしないでいてくれた。(時間的制約や堂々巡りによるストップはあったけどね)
この姿勢を取ってくれなければ、たくさんのことを諦める気持ちになる。
『ぐずぐずをいうな』などと言われたら、途方に暮れてしまう。
信頼していた人に対して諦める行為は、好きでいることさえも諦めていくものだ。
『モカ』の最初の頃、これがもうひとり加えることを勧めていることにならないか危惧した。
いま、はっきり言えるよ。
好きな人の間にもうひとり加えることは『好きな人を好きじゃなくなる』可能性がとてもとても高いこと。
嫉妬に苦しむどころじゃない。
相手への不信感や様々な諦めが、相手への『好き』も減らす。
好きな人が好きじゃなくなってしまうことは、物凄く怖いことだ。
だからお相手が望むからということで、それを行うことはやめたほうがいい。
奴隷だから従者だから従うことが当然と言われた時点で、従うべきじゃない。
あなたがご主人様を慕い続けたいなら、断固拒否するべきだ。
あなたのことが好きじゃなくなってしまう可能性があるから、イヤだと。
複数を楽しむことは反対しない。
それは、それぞれ合意の上であれば。
だけど。
お相手が望むから。
棄てられたくないから。
奴隷さんはみんなそういうものだ。
そんなことで、するものじゃない。
これは合意とは言わないと思う。
『モカ』ではたくさんの楽しいと苦しいを書いた。
今回、わたしの『苦しい』を昇華させたくて書いたけど、どんな結末になったとしても最後にはこの苦しい側面も書こうと決めていた。
キレイごとばかりじゃない。
生々しい感情を書くことが、ご主人様と呼ばれる人が思いとどまってくれるように、奴隷さんやペットさんが拒否できるように、これもひとりの女性に参加してもらいそれを書くことの責任だと思っている。
『薬指』で女性のM女さんの立場からたくさん訴えてきた責任だと思っている。
感情は生ものだ。
好きも愛しているも冷凍保存できない。
常に変化する。
変化するものだけど、いつも新鮮でいられることに価値があるんだ。
大好きでいつづける適温を保つために、ひとり加えることはとても危険な行為だ。
あなたへいつでも新鮮な『好き』をお届けしたから、多頭はイヤです、ということをおススメします。
好きの冷凍保存なんてできないし、しないでいたい、よね。
補足。
わたしの立場からしか発言できていないけど、参加する側にも様々な心の負担がかかるはずだ。
そこも踏まえて、どちらにしても慎重であるべきですよね。