刺青
独特な幸福感
左手の薬指に刺青を入れる(彫るっていうのかしら)日。
はじめて降り立つ駅だ。
いつも利用している繁華街の駅から、一駅離れただけなのに、なんだか雰囲気が違う。
繁華街の雑多な空気はどこかへ消えて、ごく普通の昔からの住宅街といった趣。
刺青。
たくさんの人が経験していること。
だから、耐えられない痛みではないはずだ。
私は普通に一般人として仕事もしているし、ご近所付き合いもしている。
ファッションで彫るほど、若くもない。
まして私の仕事はどちらかといえば格式を重んじる接客業だ。
明らかに刺青とわかるものを薬指に入れるわけにはいかないから怖がるほどの量は彫らない。
本当にホクロのように、ちょっと大きめのホクロのように彫るだけだ。
一瞬で終わるはず、だから、大丈夫。大丈夫。
一生懸命自分に言い聞かせる。
那智さんについて行って、マンションの一室を訪れる。
こざっぱりと整理された部屋は、その一室ですべて事足りるように事務所兼施行場所となっているようだ。
フレームが籐でできたソファに座り、クッションを抱え込んで、成り行きを見守る。
いろいろ説明されながら、サインを書いたり、ホクロの大きさや色を決めたり。
ほとんど那智さんと彫り師の人で話が進む中、合いの手のように「痛いですよね?」「泣く人いますか?」などと、質問を繰り返す私。
怖いよお。
いまさら、やっぱりいやとも言えないし。
でも、私たちの愛し合う印は、甘美で、幸福な想像だ。
そうそう、同じ場所に那智さんも入れてくれるのです。
よくある「ご主人様」と「奴隷」のような関係と少し違うところは、こんなところに現れるのかもしれない。
同じ印がある安心を与えてくれるのだ。
そして、おそらく那智さんも同じ場所にほしいのだ(と思う)。
妙な合いの手を入れる私には選択肢を与えてくれる。
「最初か後か、選んでいいよ」
即座に「後がいいです」と答える。
だって、様子がわかるもの。
歯医者さんで座るような椅子が施行場所のようだ。
衛生的な処理をして那智さんが座る。
ここで彫り師の人が、機材と仕組みを説明してくれるから、恐る恐る覗きこむ。
「ペンの先がギザギザになっていて、それがドリルのように回転して色を付けます。」
いやあああ、そんな説明聞かなきゃよっかった!怖さが増す。
でも、聞かずにはいられない!!
さくさくと作業は終了。
作業中はなんのリアクションもしなかった那智さん。
大して痛くないのかな、と思いながら、椅子に座らされて待つ私。
ここで、私は選択を誤ったことに気付くのだ。
彫り師の人が準備をしている間「痛かったですか?」と聞く私に、嬉しそうにうなずいてみせる。
そうよね、負けず嫌いな那智さんが痛そうなリアクションするはずないよね。
だから、痛かったんだ・・。
そして那智さんは私を怖がらせて楽しむ人だ、大げさかもと予測はできても痛みの感想は充分に私を震え上がらせる。
それにしても、なぜ椅子の正面に大きな姿見があるのだろう。
怖がる自分の姿を鏡を通して見る、不思議な感じ。
鏡に映る女性は、まな板の上の鯉。
恐がりな私は、これから起きる未知の痛みを想像して冷や汗をかき。
しかし、なんとも幸せそうだ。
那智さんの意志で、一生消えない印を入れる。
その事実と、その状況を楽しむ那智さんの姿。
だから私はとても幸せそうだ。
痛くても、怖くても那智さんの満足げな表情が私を幸せにしてくれる。
結局、痛いといえば痛いし、我慢できるといえばできる痛みを数十秒。
人間なんてけっこうな痛みに耐えられるものだ。
私は恐がりだけど、割と痛みには強いのだ。(じゃあ、もっと痛いことしようと、思われませんように)
だから、私には印がある。
愛する人といつでも繋がっているという印。
所有されている印。
1人でいるとき、何気ない瞬間、ちょっと頑張れっていうとき、私は薬指の印にキスをする。
それをタイトルにしました。
ちなみに、同じ印を持っている那智さんの感想は「意味のあることだけど、ロマンチックすぎてつまらない」だそうです。
ロマンチックじゃないのは、やっぱり私にだけ新たに彫る・・・ってことになってしまうのかしら。
左手の薬指に刺青を入れる(彫るっていうのかしら)日。
はじめて降り立つ駅だ。
いつも利用している繁華街の駅から、一駅離れただけなのに、なんだか雰囲気が違う。
繁華街の雑多な空気はどこかへ消えて、ごく普通の昔からの住宅街といった趣。
刺青。
たくさんの人が経験していること。
だから、耐えられない痛みではないはずだ。
私は普通に一般人として仕事もしているし、ご近所付き合いもしている。
ファッションで彫るほど、若くもない。
まして私の仕事はどちらかといえば格式を重んじる接客業だ。
明らかに刺青とわかるものを薬指に入れるわけにはいかないから怖がるほどの量は彫らない。
本当にホクロのように、ちょっと大きめのホクロのように彫るだけだ。
一瞬で終わるはず、だから、大丈夫。大丈夫。
一生懸命自分に言い聞かせる。
那智さんについて行って、マンションの一室を訪れる。
こざっぱりと整理された部屋は、その一室ですべて事足りるように事務所兼施行場所となっているようだ。
フレームが籐でできたソファに座り、クッションを抱え込んで、成り行きを見守る。
いろいろ説明されながら、サインを書いたり、ホクロの大きさや色を決めたり。
ほとんど那智さんと彫り師の人で話が進む中、合いの手のように「痛いですよね?」「泣く人いますか?」などと、質問を繰り返す私。
怖いよお。
いまさら、やっぱりいやとも言えないし。
でも、私たちの愛し合う印は、甘美で、幸福な想像だ。
そうそう、同じ場所に那智さんも入れてくれるのです。
よくある「ご主人様」と「奴隷」のような関係と少し違うところは、こんなところに現れるのかもしれない。
同じ印がある安心を与えてくれるのだ。
そして、おそらく那智さんも同じ場所にほしいのだ(と思う)。
妙な合いの手を入れる私には選択肢を与えてくれる。
「最初か後か、選んでいいよ」
即座に「後がいいです」と答える。
だって、様子がわかるもの。
歯医者さんで座るような椅子が施行場所のようだ。
衛生的な処理をして那智さんが座る。
ここで彫り師の人が、機材と仕組みを説明してくれるから、恐る恐る覗きこむ。
「ペンの先がギザギザになっていて、それがドリルのように回転して色を付けます。」
いやあああ、そんな説明聞かなきゃよっかった!怖さが増す。
でも、聞かずにはいられない!!
さくさくと作業は終了。
作業中はなんのリアクションもしなかった那智さん。
大して痛くないのかな、と思いながら、椅子に座らされて待つ私。
ここで、私は選択を誤ったことに気付くのだ。
彫り師の人が準備をしている間「痛かったですか?」と聞く私に、嬉しそうにうなずいてみせる。
そうよね、負けず嫌いな那智さんが痛そうなリアクションするはずないよね。
だから、痛かったんだ・・。
そして那智さんは私を怖がらせて楽しむ人だ、大げさかもと予測はできても痛みの感想は充分に私を震え上がらせる。
それにしても、なぜ椅子の正面に大きな姿見があるのだろう。
怖がる自分の姿を鏡を通して見る、不思議な感じ。
鏡に映る女性は、まな板の上の鯉。
恐がりな私は、これから起きる未知の痛みを想像して冷や汗をかき。
しかし、なんとも幸せそうだ。
那智さんの意志で、一生消えない印を入れる。
その事実と、その状況を楽しむ那智さんの姿。
だから私はとても幸せそうだ。
痛くても、怖くても那智さんの満足げな表情が私を幸せにしてくれる。
結局、痛いといえば痛いし、我慢できるといえばできる痛みを数十秒。
人間なんてけっこうな痛みに耐えられるものだ。
私は恐がりだけど、割と痛みには強いのだ。(じゃあ、もっと痛いことしようと、思われませんように)
だから、私には印がある。
愛する人といつでも繋がっているという印。
所有されている印。
1人でいるとき、何気ない瞬間、ちょっと頑張れっていうとき、私は薬指の印にキスをする。
それをタイトルにしました。
ちなみに、同じ印を持っている那智さんの感想は「意味のあることだけど、ロマンチックすぎてつまらない」だそうです。
ロマンチックじゃないのは、やっぱり私にだけ新たに彫る・・・ってことになってしまうのかしら。
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