お泊まり外伝1
独特な幸福感
とんでもない予告をされてどんなに困っても、痛いことをされてどんなに泣いても、「りん子、嬉しそうだよ」とか「そんなにしてほしかったんだ」とか言われてしまう。
そんなことない!!こんなに困ってるのに!!とぶんぶん首を横に振るけど、結果的に幸せになっているんだから、那智さんの読みが正解なのは、否定できない^^;
私自身はわからないのだけど、なにか「嬉しいオーラ」を発してしまっているみたい。
だけど、この前、「嬉しいオーラ」のキーワードがあることをひとつ発見した。
那智さんはそれを目安にしてないと思うのですが、ああわたし、このセリフが出るときはそれを喜んでいるんだな〜と自覚したのです。
「それを他の子にもしたことがありますか?」
「それは、いままでにやったことがありますか?」
那智さんが、なにか予告をしたとき。
いままでやったことないことをはじめてした後。
わたしは時々この質問をする。
だれよりも一番になりたい。
だから、はじめてだったら、「いままではしたいと思わなかったけど、りん子でしたいと思ってくれた」と思えて嬉しいし、経験済みのことなら「わたしでやった ら楽しかった?」と比較する。(那智さん曰く、この比較は無意味。しかも那智さんの答え如何では逆に悲しくなったりもする 笑)
わたしは一番だって思いたいから、この質問をしているのだと思ってた。
それも、もちろんあるんだけど、それだけじゃなくて、この言葉は「それ嬉しかったです」の表れだったみたいなのです。
自分で気付いて、ちょっと情けない…。
で、そこから感じたことは、後に書きますが、今回のお泊まりでわたしはそのキーワードを2回発動したのです。
まずはそのお話から…。
今度は、お泊まり外伝^^
朝、コーヒーを煎れた那智さんがベッドサイドに腰掛けてわたしの手を引く。
那智さんの前に来るように促されて、下に向けてくっと引く。
四つん這い。
ベッドサイドに腰掛けた那智さんの前に、裸のわたしが四つん這いになった。
何が起こるんだろう。
不安が横切る。
熱くて硬い感触が背中にあたる。
コーヒーカップだ。
わたし「テーブル」になってるんだ。
カップが倒れないように、背中の平らな場所を慎重に探ってる様子から、那智さんがわたしをテーブルにしようとして、四つん這いにさせたことを理解した。
だから、わたしもなるべく置きやすいように背中をまっすぐにする。
肩甲骨の辺りに置かれた。
じわっと熱さが滲みてくる。
じっとしていないと…。
不安定な状態で置かれているコーヒーカップ。
ちょっとバランスを崩したら、簡単に倒れてしまうだろう。
煎れたての熱いコーヒーが、背中や首、髪に頬を痛めつける。
ホテルの絨毯を汚してしまう。
それは避けたい。
だから、慎重に慎重に、じっとしてなくちゃ。
テレビから朝の番組の音が流れてる。
コンタクトを外しているから、視線の先の絨毯に伸びてる自分の手がぼやけて見える。
絶対に動いたらいけない。
背中に神経を集中させて、ほんとうのテーブルのように動かずにいる。
カップが倒れたら、大変なことになるもの。
…嬉しい。
すごくすごく嬉しい。
動いちゃいけない。
だけど、わたしは心の中でスキップしてるみたい。
絨毯に付いてる不安気な両手が、小刻みに揺れる背中が、全身で喜んでる。
テーブルになっていることが、こんなに嬉しいなんて、どうかしてる。
那智さんのお役に立てて嬉しい、こんな献身の気持ちはない。
物扱いされて屈辱を味わって、その被虐感で感じてるというのも違う。
那智さんに人間じゃない「なにか」にされることが、嬉しい。
犬だったり、芋虫だったり。
でも、物として扱われたのははじめてかもしれない。
いままでおしっこやうんこを手や口で受けたことはあるけど、那智さんはあれを「便器」とは思ってない。
「はい、あげるね」という気持ちからだ。
う〜ん、これも「テーブルにしてあげるね」という感覚かもしれないけど、性的もなにもない、普通にテーブルだから、はじめてのことに思う。
コーヒーを飲み、またカップを背中に戻す。
カップを置いたままタバコに火を着けて、何食わぬ様子でテレビを観ている。
その、当然のようにテーブルにされていることが嬉しい。
こぼしたら大変なこのとになる。
緊張して、でも、喜びでいっぱいのテーブルになる。
性的に興奮して意識が朦朧とするというよりは、犬が大喜びでキャンキャンと尻尾振ってる感じかな。(あっ、でも、きっと濡れてる^^;)
カップが離れた。
今回は那智さんもはじめての思いつきで、お試し感覚だったのだろう、テーブルでいる時間は短かった。
残念…。
まだ、じっとしてる。
いきなり熱い刺激が背中を痛めつけた。
熱い!!
コーヒー?
それともお湯?
背中に垂らされた。
下を向いているから様子がわからない。
少なくない量の熱いお湯が背中を襲う。
あああ、熱い、でも、嬉しくて、幸せ。
幸い、それほどの熱湯ではなかったようで、熱さ自体では身を捩るほどではなかった。
いつくるかという怖さだけだ。
でも、それだけなら、もう那智さんに委ねてしまっているこの状態では、怖さではなくなってる。
酷いことをして可愛がってもらってる喜びだけ。
背中に刺激が当たるたびに、ビクッとして、体を伝うお湯のようにじわっと幸福を味わう。
「だいぶ冷めちゃってるね。(笑)いいよ、座りな。」
じっと耐えられているわたしを見て、これもおしまい。
ジェットコースターのような翻弄される時間ではなかったけど、この「テーブルになる」ことが思いの外嬉しくて、しばらく絨毯に座り込んでいた。
それにしても、なんでこんなことがいいのだろう?
およそ、好きな女性に対してすることではないこと、ビンタや鞭、足蹴にしたり、物扱い、それを那智さんにしてもらうことが、なんでこんなにいいのだろう?
不思議。
あ、でも、それが「SM」ってやつか!?
ただただ、可愛がってもらってる、そう思う、それがSMかどうかはわからないけど。
後日、「はじめてでしたか?」と質問して、ああわたし嬉しいときにこう聞くんだなと気付くのでした。
その話はまた後ほど。
あとひとつ「したことあります?」と聞いた「ノロケ」を次回に^^(もうノロケって宣言しときます!!)
とんでもない予告をされてどんなに困っても、痛いことをされてどんなに泣いても、「りん子、嬉しそうだよ」とか「そんなにしてほしかったんだ」とか言われてしまう。
そんなことない!!こんなに困ってるのに!!とぶんぶん首を横に振るけど、結果的に幸せになっているんだから、那智さんの読みが正解なのは、否定できない^^;
私自身はわからないのだけど、なにか「嬉しいオーラ」を発してしまっているみたい。
だけど、この前、「嬉しいオーラ」のキーワードがあることをひとつ発見した。
那智さんはそれを目安にしてないと思うのですが、ああわたし、このセリフが出るときはそれを喜んでいるんだな〜と自覚したのです。
「それを他の子にもしたことがありますか?」
「それは、いままでにやったことがありますか?」
那智さんが、なにか予告をしたとき。
いままでやったことないことをはじめてした後。
わたしは時々この質問をする。
だれよりも一番になりたい。
だから、はじめてだったら、「いままではしたいと思わなかったけど、りん子でしたいと思ってくれた」と思えて嬉しいし、経験済みのことなら「わたしでやった ら楽しかった?」と比較する。(那智さん曰く、この比較は無意味。しかも那智さんの答え如何では逆に悲しくなったりもする 笑)
わたしは一番だって思いたいから、この質問をしているのだと思ってた。
それも、もちろんあるんだけど、それだけじゃなくて、この言葉は「それ嬉しかったです」の表れだったみたいなのです。
自分で気付いて、ちょっと情けない…。
で、そこから感じたことは、後に書きますが、今回のお泊まりでわたしはそのキーワードを2回発動したのです。
まずはそのお話から…。
今度は、お泊まり外伝^^
朝、コーヒーを煎れた那智さんがベッドサイドに腰掛けてわたしの手を引く。
那智さんの前に来るように促されて、下に向けてくっと引く。
四つん這い。
ベッドサイドに腰掛けた那智さんの前に、裸のわたしが四つん這いになった。
何が起こるんだろう。
不安が横切る。
熱くて硬い感触が背中にあたる。
コーヒーカップだ。
わたし「テーブル」になってるんだ。
カップが倒れないように、背中の平らな場所を慎重に探ってる様子から、那智さんがわたしをテーブルにしようとして、四つん這いにさせたことを理解した。
だから、わたしもなるべく置きやすいように背中をまっすぐにする。
肩甲骨の辺りに置かれた。
じわっと熱さが滲みてくる。
じっとしていないと…。
不安定な状態で置かれているコーヒーカップ。
ちょっとバランスを崩したら、簡単に倒れてしまうだろう。
煎れたての熱いコーヒーが、背中や首、髪に頬を痛めつける。
ホテルの絨毯を汚してしまう。
それは避けたい。
だから、慎重に慎重に、じっとしてなくちゃ。
テレビから朝の番組の音が流れてる。
コンタクトを外しているから、視線の先の絨毯に伸びてる自分の手がぼやけて見える。
絶対に動いたらいけない。
背中に神経を集中させて、ほんとうのテーブルのように動かずにいる。
カップが倒れたら、大変なことになるもの。
…嬉しい。
すごくすごく嬉しい。
動いちゃいけない。
だけど、わたしは心の中でスキップしてるみたい。
絨毯に付いてる不安気な両手が、小刻みに揺れる背中が、全身で喜んでる。
テーブルになっていることが、こんなに嬉しいなんて、どうかしてる。
那智さんのお役に立てて嬉しい、こんな献身の気持ちはない。
物扱いされて屈辱を味わって、その被虐感で感じてるというのも違う。
那智さんに人間じゃない「なにか」にされることが、嬉しい。
犬だったり、芋虫だったり。
でも、物として扱われたのははじめてかもしれない。
いままでおしっこやうんこを手や口で受けたことはあるけど、那智さんはあれを「便器」とは思ってない。
「はい、あげるね」という気持ちからだ。
う〜ん、これも「テーブルにしてあげるね」という感覚かもしれないけど、性的もなにもない、普通にテーブルだから、はじめてのことに思う。
コーヒーを飲み、またカップを背中に戻す。
カップを置いたままタバコに火を着けて、何食わぬ様子でテレビを観ている。
その、当然のようにテーブルにされていることが嬉しい。
こぼしたら大変なこのとになる。
緊張して、でも、喜びでいっぱいのテーブルになる。
性的に興奮して意識が朦朧とするというよりは、犬が大喜びでキャンキャンと尻尾振ってる感じかな。(あっ、でも、きっと濡れてる^^;)
カップが離れた。
今回は那智さんもはじめての思いつきで、お試し感覚だったのだろう、テーブルでいる時間は短かった。
残念…。
まだ、じっとしてる。
いきなり熱い刺激が背中を痛めつけた。
熱い!!
コーヒー?
それともお湯?
背中に垂らされた。
下を向いているから様子がわからない。
少なくない量の熱いお湯が背中を襲う。
あああ、熱い、でも、嬉しくて、幸せ。
幸い、それほどの熱湯ではなかったようで、熱さ自体では身を捩るほどではなかった。
いつくるかという怖さだけだ。
でも、それだけなら、もう那智さんに委ねてしまっているこの状態では、怖さではなくなってる。
酷いことをして可愛がってもらってる喜びだけ。
背中に刺激が当たるたびに、ビクッとして、体を伝うお湯のようにじわっと幸福を味わう。
「だいぶ冷めちゃってるね。(笑)いいよ、座りな。」
じっと耐えられているわたしを見て、これもおしまい。
ジェットコースターのような翻弄される時間ではなかったけど、この「テーブルになる」ことが思いの外嬉しくて、しばらく絨毯に座り込んでいた。
それにしても、なんでこんなことがいいのだろう?
およそ、好きな女性に対してすることではないこと、ビンタや鞭、足蹴にしたり、物扱い、それを那智さんにしてもらうことが、なんでこんなにいいのだろう?
不思議。
あ、でも、それが「SM」ってやつか!?
ただただ、可愛がってもらってる、そう思う、それがSMかどうかはわからないけど。
後日、「はじめてでしたか?」と質問して、ああわたし嬉しいときにこう聞くんだなと気付くのでした。
その話はまた後ほど。
あとひとつ「したことあります?」と聞いた「ノロケ」を次回に^^(もうノロケって宣言しときます!!)