お外で四つん這い1
非日常的な日常
もう今日はお外でわんこは決まっている。
私は、あの坂道をリードを引かれて四つん這いで歩くんだ。
「角を曲がる前の、ラーメン屋の辺りからにする?」なんて脅かしてくる。
「あそこは歩道が狭いから、人の迷惑になります。」
ただ拒否するんじゃだめだから、正当な理由を探してしどろもどろ。
それでも、なお「したいことをしてほしい」という思いがあるから、何度も確認する「無理にしないでいいのですからね…。」
どちらかというと、「ためらうことはしないでほしい」という感じ。
物凄く困ることで、物凄く感じて幸せになれてしまう私、それには那智さんの純粋に「したい」という後押しが重要不可欠。
もしかしたら、そのための確認なのかもしれない。
少しずつ、その時が近付いている。
ファーストフード店を通り過ぎるときに、「コーヒー飲みます?」と先延ばし作戦に出てしまった。
吉と出るか、凶と出るか。
いいえ、私は回避したいんじゃない。
那智さんの手によって、物凄く困ることをして、感じて気持ち良くなって、あなたのものと思いたいんだ。
だけど、とっても勇気のいることだから、気持ちを温める時間が欲しいんだ。
もう少し、コーヒーを飲みながらお話しして、狂気のステップを一段一段上がっていきたいんだ。
コーヒーを頼んで二階の喫煙席に向かう。
幸か不幸か、やけに不自然な死角にある3席だけのカウンター席が空いていて、そこに腰掛ける。
座ったらすぐに、バッグからわんこの尻尾を手にしてチラッと見せながら「トイレで自分で入れる?それともここで入れてあげようか?」と、カウンターの背後にある、二階から三階に行く階段を顎で指す。
「…自分で入れます。」
この尻尾は、丸い真珠のような玉が数珠つなぎになっているアナルパールというものにフォックスのファーを結び付けたもの。
いくつものパールをお尻にしまえば、尻尾が生えているようになる。
黒いコートの中に無理矢理しまい込んで、トイレに行く。
とにかく、急いで入れてしまわなくちゃ。
誰かが入ってきたらいけないもの。
尻尾と一緒に渡されたローションをパールに塗り、お尻に入れていく。
急がなきゃ、気持ちばかりが焦ってしまって、なかなか進まない。
誰かが来て順番を待たれたら、大変。
心臓が張り裂けそうなほど、バクバクしている。
でも、焦れば焦るほど、うまくいかない。
更に、ローションを足して、お尻に入れる。
ローションで手が滑ってしまうから、落ち着かなくては。
ひとつ、もうひとつ。
早く終わって、どうか誰も来ないでください。
怖いよお、とても怖い、でも、嬉しくて、お尻の違和感が気持ちいい。
あと、ひとつ。
やっと、全部入った。
ワンピースを直して、コートの裾を見る。
すそから15cmくらい尻尾が出ている。
ああ、神様。
どんなにコートを引っ張っても、全然隠れてくれない。
トイレから出るのをためらうけれど、しかたがないとにかく那智さんの所に戻らなきゃ。
できるだけ目立たないように歩こう。
トイレのドアから、那智さんのいる隅のカウンター席まで直線の通路。
片側は壁で通路を挟んで縦に4つテーブルが並んでいる。
そこには女性が一人いるだけで、あとは空席。
でも、トイレのドアの左側の別なテーブルには男性が2人座っていたはずだ。
その人たちには後ろ姿を晒すことになる。
気付かれないように、なるべく目立たないようにしないといけない。
心の支えは、人の目線は意外と目の高さにしかないということ。
だから、コートの裾から覗いている15cmの尻尾は視界に入らないだろうということ。
ドアを開けて、目の前の景色にため息をつく。
そうだ、みんな座っていたんだ。
立っていたら視界には入らないけど、座っている高さから他人のコートの裾が視界内になる可能性は高くなるよね。
とにかく、少し壁に背を向け気味に、でも、自然な感じで、急いで元の席に戻る。
「後ろ向いてごらん。」
尻尾の出具合を確認している。
「可愛いね。」
あっ、嬉しい、褒めてもらっちゃった。
心が踊る。
「はい、○○買ってきて。」
お金を渡されて追加の食べ物を頼まれる。
遊ばれてる(泣)意地悪。
トイレからの通路とは別な通路を通って、階下に注文に行く。
階段の途中では、店員さんがモップ掛けをしている。
あまり早く私に気付かないでね、下から見上げないでね、尻尾があるから。
「ありがとうございました〜」
降りてくる私に満面の笑みで声を掛ける店員さん。
私はまた壁に背を向け気味にして、頭を下げてお尻を引いて、お辞儀して通り過ぎる、馬鹿丁寧なお客だ。
今度は、下で並んでいる人に足下から見せて下りてくる形になる。
普通は、足、洋服…顔の順番で登場するけど、私は足、尻尾、洋服…だ。
急いで下りて皆さんと同じ視線の高さまで行かなきゃ。
また、けっこう人が並んでいるんだ。
階段に近い列に並ぶ。
なんとか隠すことができないか、足の間に挟んでみようと少し腰を揺らして尻尾を動かしてみる。
「パフッ」と足に挟んで隠す目論見だ。
でも、実際やってみようとすると、尻尾は思いのほか太くて丸々挟むには、膝をかなりがに股に開かないと無理ということがわかって、揺らしただけで断念する。
なんとか注文して、足早に戻る。
もういっぱいいっぱいの私に那智さんは楽しそう。
スツールに腰掛けるのに尻尾が邪魔で、それを良い位置に収めながら座る手間がなんだか嬉しい。
軽く誇らしいくらい。
必死になって脳みそが疲労してくるけど、これはきっと次に起こるもっと凄いことへの準備には大切なことなの。
少しづつ何かを麻痺させていかないと、できないもの。
この疲労と誇らしい感覚が、心地よくもある。
さあ、出ようと階下に向かう。
たくさんの人が行き交う歩道を腕を組んで歩いていく。
大丈夫、そんなに誰も見ていない。
誰も尻尾なんて気付かないはず。
もし、気付いても、ほら若い子とか、そんなの腰に付けてる子いそうだし。
ただ、若くない女性が足の間から、それを垂らしているというだけのこと。
一生懸命言い聞かせて自分を落ち着かせるけれど、もっと凄いことが待っている。
確実にあの坂でわんこになる時は近付いている。
私はあと少ししたら、アスファルトの上を白昼堂々四つん這いで歩くのだ。
首輪にリードを付けて、那智さんに引かれて普通の道を四つん這いで歩くのだ。
もう今日はお外でわんこは決まっている。
私は、あの坂道をリードを引かれて四つん這いで歩くんだ。
「角を曲がる前の、ラーメン屋の辺りからにする?」なんて脅かしてくる。
「あそこは歩道が狭いから、人の迷惑になります。」
ただ拒否するんじゃだめだから、正当な理由を探してしどろもどろ。
それでも、なお「したいことをしてほしい」という思いがあるから、何度も確認する「無理にしないでいいのですからね…。」
どちらかというと、「ためらうことはしないでほしい」という感じ。
物凄く困ることで、物凄く感じて幸せになれてしまう私、それには那智さんの純粋に「したい」という後押しが重要不可欠。
もしかしたら、そのための確認なのかもしれない。
少しずつ、その時が近付いている。
ファーストフード店を通り過ぎるときに、「コーヒー飲みます?」と先延ばし作戦に出てしまった。
吉と出るか、凶と出るか。
いいえ、私は回避したいんじゃない。
那智さんの手によって、物凄く困ることをして、感じて気持ち良くなって、あなたのものと思いたいんだ。
だけど、とっても勇気のいることだから、気持ちを温める時間が欲しいんだ。
もう少し、コーヒーを飲みながらお話しして、狂気のステップを一段一段上がっていきたいんだ。
コーヒーを頼んで二階の喫煙席に向かう。
幸か不幸か、やけに不自然な死角にある3席だけのカウンター席が空いていて、そこに腰掛ける。
座ったらすぐに、バッグからわんこの尻尾を手にしてチラッと見せながら「トイレで自分で入れる?それともここで入れてあげようか?」と、カウンターの背後にある、二階から三階に行く階段を顎で指す。
「…自分で入れます。」
この尻尾は、丸い真珠のような玉が数珠つなぎになっているアナルパールというものにフォックスのファーを結び付けたもの。
いくつものパールをお尻にしまえば、尻尾が生えているようになる。
黒いコートの中に無理矢理しまい込んで、トイレに行く。
とにかく、急いで入れてしまわなくちゃ。
誰かが入ってきたらいけないもの。
尻尾と一緒に渡されたローションをパールに塗り、お尻に入れていく。
急がなきゃ、気持ちばかりが焦ってしまって、なかなか進まない。
誰かが来て順番を待たれたら、大変。
心臓が張り裂けそうなほど、バクバクしている。
でも、焦れば焦るほど、うまくいかない。
更に、ローションを足して、お尻に入れる。
ローションで手が滑ってしまうから、落ち着かなくては。
ひとつ、もうひとつ。
早く終わって、どうか誰も来ないでください。
怖いよお、とても怖い、でも、嬉しくて、お尻の違和感が気持ちいい。
あと、ひとつ。
やっと、全部入った。
ワンピースを直して、コートの裾を見る。
すそから15cmくらい尻尾が出ている。
ああ、神様。
どんなにコートを引っ張っても、全然隠れてくれない。
トイレから出るのをためらうけれど、しかたがないとにかく那智さんの所に戻らなきゃ。
できるだけ目立たないように歩こう。
トイレのドアから、那智さんのいる隅のカウンター席まで直線の通路。
片側は壁で通路を挟んで縦に4つテーブルが並んでいる。
そこには女性が一人いるだけで、あとは空席。
でも、トイレのドアの左側の別なテーブルには男性が2人座っていたはずだ。
その人たちには後ろ姿を晒すことになる。
気付かれないように、なるべく目立たないようにしないといけない。
心の支えは、人の目線は意外と目の高さにしかないということ。
だから、コートの裾から覗いている15cmの尻尾は視界に入らないだろうということ。
ドアを開けて、目の前の景色にため息をつく。
そうだ、みんな座っていたんだ。
立っていたら視界には入らないけど、座っている高さから他人のコートの裾が視界内になる可能性は高くなるよね。
とにかく、少し壁に背を向け気味に、でも、自然な感じで、急いで元の席に戻る。
「後ろ向いてごらん。」
尻尾の出具合を確認している。
「可愛いね。」
あっ、嬉しい、褒めてもらっちゃった。
心が踊る。
「はい、○○買ってきて。」
お金を渡されて追加の食べ物を頼まれる。
遊ばれてる(泣)意地悪。
トイレからの通路とは別な通路を通って、階下に注文に行く。
階段の途中では、店員さんがモップ掛けをしている。
あまり早く私に気付かないでね、下から見上げないでね、尻尾があるから。
「ありがとうございました〜」
降りてくる私に満面の笑みで声を掛ける店員さん。
私はまた壁に背を向け気味にして、頭を下げてお尻を引いて、お辞儀して通り過ぎる、馬鹿丁寧なお客だ。
今度は、下で並んでいる人に足下から見せて下りてくる形になる。
普通は、足、洋服…顔の順番で登場するけど、私は足、尻尾、洋服…だ。
急いで下りて皆さんと同じ視線の高さまで行かなきゃ。
また、けっこう人が並んでいるんだ。
階段に近い列に並ぶ。
なんとか隠すことができないか、足の間に挟んでみようと少し腰を揺らして尻尾を動かしてみる。
「パフッ」と足に挟んで隠す目論見だ。
でも、実際やってみようとすると、尻尾は思いのほか太くて丸々挟むには、膝をかなりがに股に開かないと無理ということがわかって、揺らしただけで断念する。
なんとか注文して、足早に戻る。
もういっぱいいっぱいの私に那智さんは楽しそう。
スツールに腰掛けるのに尻尾が邪魔で、それを良い位置に収めながら座る手間がなんだか嬉しい。
軽く誇らしいくらい。
必死になって脳みそが疲労してくるけど、これはきっと次に起こるもっと凄いことへの準備には大切なことなの。
少しづつ何かを麻痺させていかないと、できないもの。
この疲労と誇らしい感覚が、心地よくもある。
さあ、出ようと階下に向かう。
たくさんの人が行き交う歩道を腕を組んで歩いていく。
大丈夫、そんなに誰も見ていない。
誰も尻尾なんて気付かないはず。
もし、気付いても、ほら若い子とか、そんなの腰に付けてる子いそうだし。
ただ、若くない女性が足の間から、それを垂らしているというだけのこと。
一生懸命言い聞かせて自分を落ち着かせるけれど、もっと凄いことが待っている。
確実にあの坂でわんこになる時は近付いている。
私はあと少ししたら、アスファルトの上を白昼堂々四つん這いで歩くのだ。
首輪にリードを付けて、那智さんに引かれて普通の道を四つん這いで歩くのだ。