シャワー
独特な幸福感
那智さんの上に跨がって、腰を振る。
騎乗位っていうのよね?
これはとても気持ちいい。
那智さんに知り合う前は知らなかったこと。
したことはあったけど、してあげているという感覚でしていたから、上手に動かせなかったし、動かすこともためらってできなかった。
だから、気持ち良くない、そうなるとよけい動かせない、これでは快感に進歩はない。
はじめのうちは、「上手に動かせません…」なんて四苦八苦していたのだけど、快感の記憶の積み重ね、そうじゃない体勢で気持ち良くなることを教えてもらううちに、自然と動かすようになっていった。
そしたら、とても気持ち良い。(疲れるけど)
付き合いはじめて数ヶ月、それを覚えたころの私を那智さんは少し嫌っていた。
セックスをして快感に夢中になる女性が好みではないからだ。(そうさせているのは、自分なのにね)
痛かったり恥ずかしかったり依存したり、いつの間にか、那智さんとするセックスは、セックスではなく二人の愛情確認の恍惚するひとつの事柄になっていった。
その那智さんの手を通してから、至るセックスで乱れる私はもう那智さんの嫌いの対象にはならなくなっていったみたい。(『宝物』の『矛盾は嫌い』と『満足と嫌い』に書いてあります)
お口を使っているときに那智さんさんは時々「乗りたかったら乗っても良いよ」と言う。
これは意地悪なのかな、それとも優しさなのかな、はじめの頃はそれで乗ることをはしたないと思って、できなかった。
だけど、最近は、その気持ち良さも得られずに終わってしまう寂しさも知ってしまったから、はしたないからという理由で選択するのは止めにしている。
乗りたいか乗りたくないか。
欲しければ乗る。
このままお口を使っていたければ、乗らない。
恥ずかしがる私がお好みなら、積極的に跨がる私に追い打ちを掛けるように恥ずかしいことをするでしょうから、私は自分の「したいかどうか」で選べば良い。
跨がって上から那智さんを見下ろす。
動いてあげているという見下しも、入れていただいているという遜りもない。
ひとつになりたいな〜という気持ち。
那智さんと目が合う。
声を上げ腰を振る私をじっと見ている。
やっぱり恥ずかしい気持ちもあるから、顔を背けてしまいたくなるけど、ぎりぎりまで見つめ返す。
普通の40半ばのおじさんなのにね。
なんで、この瞳に捕われてしまうのでしょう。
この愛情だか快感だか父性だか、なんだかわからない、全部混ざったようなシャワーを一生浴び続けていたい。
上から見下ろしているけれど、そのシャワーを降り注がれて、安心して私は独りよがりに快感に腰を振る。
上からだったり、下から見上げたり、テーブルを挟んでだったり、お電話でもいい、私はずっと那智さんの敷地の中でそのシャワーを浴びながら生きていきたい。
自立なんて、いつになることやら…^^;
那智さんの上に跨がって、腰を振る。
騎乗位っていうのよね?
これはとても気持ちいい。
那智さんに知り合う前は知らなかったこと。
したことはあったけど、してあげているという感覚でしていたから、上手に動かせなかったし、動かすこともためらってできなかった。
だから、気持ち良くない、そうなるとよけい動かせない、これでは快感に進歩はない。
はじめのうちは、「上手に動かせません…」なんて四苦八苦していたのだけど、快感の記憶の積み重ね、そうじゃない体勢で気持ち良くなることを教えてもらううちに、自然と動かすようになっていった。
そしたら、とても気持ち良い。(疲れるけど)
付き合いはじめて数ヶ月、それを覚えたころの私を那智さんは少し嫌っていた。
セックスをして快感に夢中になる女性が好みではないからだ。(そうさせているのは、自分なのにね)
痛かったり恥ずかしかったり依存したり、いつの間にか、那智さんとするセックスは、セックスではなく二人の愛情確認の恍惚するひとつの事柄になっていった。
その那智さんの手を通してから、至るセックスで乱れる私はもう那智さんの嫌いの対象にはならなくなっていったみたい。(『宝物』の『矛盾は嫌い』と『満足と嫌い』に書いてあります)
お口を使っているときに那智さんさんは時々「乗りたかったら乗っても良いよ」と言う。
これは意地悪なのかな、それとも優しさなのかな、はじめの頃はそれで乗ることをはしたないと思って、できなかった。
だけど、最近は、その気持ち良さも得られずに終わってしまう寂しさも知ってしまったから、はしたないからという理由で選択するのは止めにしている。
乗りたいか乗りたくないか。
欲しければ乗る。
このままお口を使っていたければ、乗らない。
恥ずかしがる私がお好みなら、積極的に跨がる私に追い打ちを掛けるように恥ずかしいことをするでしょうから、私は自分の「したいかどうか」で選べば良い。
跨がって上から那智さんを見下ろす。
動いてあげているという見下しも、入れていただいているという遜りもない。
ひとつになりたいな〜という気持ち。
那智さんと目が合う。
声を上げ腰を振る私をじっと見ている。
やっぱり恥ずかしい気持ちもあるから、顔を背けてしまいたくなるけど、ぎりぎりまで見つめ返す。
普通の40半ばのおじさんなのにね。
なんで、この瞳に捕われてしまうのでしょう。
この愛情だか快感だか父性だか、なんだかわからない、全部混ざったようなシャワーを一生浴び続けていたい。
上から見下ろしているけれど、そのシャワーを降り注がれて、安心して私は独りよがりに快感に腰を振る。
上からだったり、下から見上げたり、テーブルを挟んでだったり、お電話でもいい、私はずっと那智さんの敷地の中でそのシャワーを浴びながら生きていきたい。
自立なんて、いつになることやら…^^;
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