薄める1
独特な幸福感
テレビで『つらい過去を克服する』ためには、というものをやっていた。
番組の中では試合に負けたアスリートが負けた悔しさから抜け出すことができず練習に身が入らないということだった。
そこにいた心理学と脳科学の学者は揃って同じことをいっていた。
つらい出来事を思い出すのだそうだ。
つらい記憶はどうしても目を背けてなかったことにしてしまいがちだけど、あえて負けた試合のビデオを見たりして思い出すようにするのだ。
思い出すことで『記憶を薄める』といっていた。
以前見つけたトラウマの克服方法も同じようなことが書かれてあった。
過去のつらい出来事を思い出しそうになったら、蓋をしないであえて思い出すようにする。
思い出すことで、つらかったこと、怖かったことに慣れていくのだそうだ。
トラウマの克服は『その状態に慣れる』こと。
慣れていくと、だんだん『大したことではない』と感じられるようになるのだそうだ。
つらい記憶を薄めるのと同じだ。
思い出すことで、記憶は薄まっていく。
おそらく、タイミングがあるだろう。
つらい経験をした直後に何度も思い出すのは精神衛生上よくないと思うけど、時間の経過や自分の環境や精神状態の変化により『いまなら大丈夫』というときが訪れる。
そのタイミングを逃さないでつらい記憶を薄める作業をする。
わたしにとってあの夢は、まさにそのタイミングだった。
父の夢を見た。
とてもイヤな夢で、どうしてわたしはいつまでたっても父に翻弄されるのだろうとやるせない気持ちになった。
エントリーにしながら、父に殺意を抱く嫌悪感や生前の父に重なる性的なことを、那智さんに聞いてもらおうと思った。
生前の父の愚行を、詳しくは書かないけど、誰にも話したことのない父の恥部と、それでも父を守ろうとしたわたしのことを。
そう思い那智さんには『夢のエントリーの補足を次に会ったときに聞いてください』とお願いしていた。
それにしてもなんであんな夢を見るのだろう。
那智さんに話す日までの間、自問自答する。
たまたま話す機会が会った姉に聞いたら、父が病気のときの夢はたまに見るけど、そんな夢は見ないという。
そうか、姉は父の怖い夢は見ないのか…。
那智さんに愛してもらってから、もう父に愛されたかったという思い残しはない。
看病もやれることはやったから悔いはない。
それなのにどうしてわたしだけ父の怖い夢を見るのだろう。
ふと、思う。
ああ、そうか、わたしは父が怖かったんだ。
夢の後半に殺意を抱くストーリーの中の父はある意味生前の父のそのままだったけど、前半の悪霊も父だったのだ。
悪霊の存在に怯える。
突然豹変することに怯える。
それに恐怖する気持ち。
あれは、父に対する感情そのものだ。
父は酒乱だった。
普段の父はただの子どものような手のかかる大人というだけだったけど(それだってかなりダメなレベルだったけど)、酔うと暴力を振るうことがあった。
だいたいは、ただの酔っ払いで、ゴキブリを見せて脅かしたり電車降りないって駄々こねたりするだけだったのだけど、たまに暴力になることがあった。
ほとんどは母に向かうものだったけど、わたしも馬乗りになって殴られたこともあったし、何より目の前で母が殴られたり、大きな大人がテーブルをひっくり返して物を壁や母に投げつけて暴れたりしているのを見るだけで、暴力と同等の被害だ。
そして、恐ろしいことは、それがいつ何をきっかけに始まるかわからないということ。
(多くの虐待は、そうなんだけどね)
さっきまで普通の酔っ払いだっったのに、以前はこの言葉をいっても大丈夫だったのに、母のひと言で、ボクシングの結果で、もっというと『何が理由かもわからず』、父の怒りが湧き上がり暴力になる。
あの『なに?』と気に食わない言葉を発した人物に向かって放つ口調、見る見るうちに座っていく目。
ああ、はじまってしまったと恐怖と絶望は夢の悪霊に感じたもの、そのものだった。
わたしは怖かったんだ。
悪霊に置き換えていたけど、ずっと怖かったんだ。
それまでも、姉や那智さんに話すことはよくあった。
エントリーにもなっている。
でも、いつも『子どもみたいな父に困らされた』『感情的になるひとだったからいつもヒヤヒヤしていた』みたいに表現していた。
もちろん、これも本当の気持ち。
だけど、『怖い』と表現したことはなかったんだ。
そう、おそらく『困らされた』『ヒヤヒヤしていた』程度にしておきたかったのだ。
『怖い』と表現してしまうことは、ことをより深刻にするし、何より怖さに直面しないといけなくなる。
相手を『怖い』と思うことは、その相手との関係を決定的に決裂させる種類の感情だ。
わたしは、それを父に抱きたくなかったんだ。
でも、その感情を思い出さないと薄まらない。
最初は夢の後半の父の恥部を聞いてもらおうとしていたのだけど、わたしが薄めないといけないことは『お父さんが怖かった』とことだ。
姿を変えて蘇る悪霊の方だ。
そこに気づいた。
おそらく、いまが、わたしにとってそのタイミングだったんだ。
那智さんに『お父さんが怖かった』と聞いてもらおう。
次に会う日に聞いてもらおうと決めて会えない日を過ごした。
テレビで『つらい過去を克服する』ためには、というものをやっていた。
番組の中では試合に負けたアスリートが負けた悔しさから抜け出すことができず練習に身が入らないということだった。
そこにいた心理学と脳科学の学者は揃って同じことをいっていた。
つらい出来事を思い出すのだそうだ。
つらい記憶はどうしても目を背けてなかったことにしてしまいがちだけど、あえて負けた試合のビデオを見たりして思い出すようにするのだ。
思い出すことで『記憶を薄める』といっていた。
以前見つけたトラウマの克服方法も同じようなことが書かれてあった。
過去のつらい出来事を思い出しそうになったら、蓋をしないであえて思い出すようにする。
思い出すことで、つらかったこと、怖かったことに慣れていくのだそうだ。
トラウマの克服は『その状態に慣れる』こと。
慣れていくと、だんだん『大したことではない』と感じられるようになるのだそうだ。
つらい記憶を薄めるのと同じだ。
思い出すことで、記憶は薄まっていく。
おそらく、タイミングがあるだろう。
つらい経験をした直後に何度も思い出すのは精神衛生上よくないと思うけど、時間の経過や自分の環境や精神状態の変化により『いまなら大丈夫』というときが訪れる。
そのタイミングを逃さないでつらい記憶を薄める作業をする。
わたしにとってあの夢は、まさにそのタイミングだった。
父の夢を見た。
とてもイヤな夢で、どうしてわたしはいつまでたっても父に翻弄されるのだろうとやるせない気持ちになった。
エントリーにしながら、父に殺意を抱く嫌悪感や生前の父に重なる性的なことを、那智さんに聞いてもらおうと思った。
生前の父の愚行を、詳しくは書かないけど、誰にも話したことのない父の恥部と、それでも父を守ろうとしたわたしのことを。
そう思い那智さんには『夢のエントリーの補足を次に会ったときに聞いてください』とお願いしていた。
それにしてもなんであんな夢を見るのだろう。
那智さんに話す日までの間、自問自答する。
たまたま話す機会が会った姉に聞いたら、父が病気のときの夢はたまに見るけど、そんな夢は見ないという。
そうか、姉は父の怖い夢は見ないのか…。
那智さんに愛してもらってから、もう父に愛されたかったという思い残しはない。
看病もやれることはやったから悔いはない。
それなのにどうしてわたしだけ父の怖い夢を見るのだろう。
ふと、思う。
ああ、そうか、わたしは父が怖かったんだ。
夢の後半に殺意を抱くストーリーの中の父はある意味生前の父のそのままだったけど、前半の悪霊も父だったのだ。
悪霊の存在に怯える。
突然豹変することに怯える。
それに恐怖する気持ち。
あれは、父に対する感情そのものだ。
父は酒乱だった。
普段の父はただの子どものような手のかかる大人というだけだったけど(それだってかなりダメなレベルだったけど)、酔うと暴力を振るうことがあった。
だいたいは、ただの酔っ払いで、ゴキブリを見せて脅かしたり電車降りないって駄々こねたりするだけだったのだけど、たまに暴力になることがあった。
ほとんどは母に向かうものだったけど、わたしも馬乗りになって殴られたこともあったし、何より目の前で母が殴られたり、大きな大人がテーブルをひっくり返して物を壁や母に投げつけて暴れたりしているのを見るだけで、暴力と同等の被害だ。
そして、恐ろしいことは、それがいつ何をきっかけに始まるかわからないということ。
(多くの虐待は、そうなんだけどね)
さっきまで普通の酔っ払いだっったのに、以前はこの言葉をいっても大丈夫だったのに、母のひと言で、ボクシングの結果で、もっというと『何が理由かもわからず』、父の怒りが湧き上がり暴力になる。
あの『なに?』と気に食わない言葉を発した人物に向かって放つ口調、見る見るうちに座っていく目。
ああ、はじまってしまったと恐怖と絶望は夢の悪霊に感じたもの、そのものだった。
わたしは怖かったんだ。
悪霊に置き換えていたけど、ずっと怖かったんだ。
それまでも、姉や那智さんに話すことはよくあった。
エントリーにもなっている。
でも、いつも『子どもみたいな父に困らされた』『感情的になるひとだったからいつもヒヤヒヤしていた』みたいに表現していた。
もちろん、これも本当の気持ち。
だけど、『怖い』と表現したことはなかったんだ。
そう、おそらく『困らされた』『ヒヤヒヤしていた』程度にしておきたかったのだ。
『怖い』と表現してしまうことは、ことをより深刻にするし、何より怖さに直面しないといけなくなる。
相手を『怖い』と思うことは、その相手との関係を決定的に決裂させる種類の感情だ。
わたしは、それを父に抱きたくなかったんだ。
でも、その感情を思い出さないと薄まらない。
最初は夢の後半の父の恥部を聞いてもらおうとしていたのだけど、わたしが薄めないといけないことは『お父さんが怖かった』とことだ。
姿を変えて蘇る悪霊の方だ。
そこに気づいた。
おそらく、いまが、わたしにとってそのタイミングだったんだ。
那智さんに『お父さんが怖かった』と聞いてもらおう。
次に会う日に聞いてもらおうと決めて会えない日を過ごした。
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