普通のひとで愛し合おう13
そんな中、ひとつ試みたこともあった。
泣くことだ。
わたしは心理カウンターでもなんでもないので、これが正解かどうかはわからない。
だけど、傷ついた心を癒すために涙を流すことはたぶんやったほうがいいことだろう。
そう思って『泣く』計画を勧めた。
でも、たとえば感動してうるっくらいはあったとしても、好きな女の前で泣くなんてあり得ない、まして『傷ついたゆえの涙』なんて、男の子の沽券にかかわりまくりのことを那智さんがすんなり受け入れ、実行してくれるわけもなく、さらに泣く=傷を見つめ直すことだから、よけいにその気になってもらうのは困難だった。
もしかしたら、もう少し冷静に自分の傷を見られるくらいになってからとかのほうが実行しやすかったり、効果もあったかもしれないけど、このときは、わたしも少し焦っている部分もあった。
大好きな那智さんが苦しそうにしていることはツライのはもちろんだけど、あの強くてビクともしなくて安心してよりかかっていられた那智さんに一日も早く戻ってほしい気持ちや、この状態がいつまで続くかわからない不安が、わたしを焦らせたところはあったかもしれない。
ただ、傷ついている人に『がんばれ』は厳禁だとわかっていたから、そういうことはしないでいたつもりだったけど、いま思えば、もっと効果的なタイミングもあったかもしれないとは思う。
オセロがクルッとひっくり返るように泣いたからいつもの那智さんに戻るなんてことないのはわかっていても、どこかでそれを思ってしまうわたしもいたのも確かだ。
それくらい、あのときのわたしはひとり、那智さんを思い観察し思考し支える孤独と戦っていた。
何度か提案をくり返した。
いまから泣きましょうって言われても、なかなか泣けないよ
デートの予定を組むときに提案してもやんわりと断られることが数回。
それでも、まあ泣けなくてもいいから、『そんなような時間』を作ってみましょうということでなんとか納得してくれた。
12月の中旬だった。
那智さんの異変が起きてから一ヶ月半、過ぎていた。
ホテルに入り、お風呂とリンパマッサージ、お昼からアルコールを飲んで多少酔いに任せるように、YouTube大会。
泣けそうな歌に固執するつもりはなかったので、いろいろポツポツと聞いていた。
そんな中、那智さんが好きなアーチストの曲を別の人が歌っているバージョンがヒットした。
『いつまでも君を愛せるか』というこの曲がかかるとこの数年『幸せにできなくてごめん』という贖罪の気持ちになるという歌だった。
別の人は素人さんだった。
それでもとても上手だった。
でも、その少し欠けているような歌声が那智さんの心をつついたのかもしれない。
俺、これ聞くと、こんなふうにできなくてごめんって思うんだよな
ダメだったんだよな
そう言ってから、前かがみになって言葉を発しなくなる那智さん。
部屋の灯りは落していた。
ソファに並んで座るわたしからは那智さんの背中が見える。
すこし屈めば表情も見えるだろう。
でも、わたしは前を向いていた。
息を殺し、那智さんの意識からわたしがいなくなるように、男の子なんて関係なく思い切り泣けるように。
ねえ、那智さん、あなたは傷ついているんだよ。
もっと自分勝手になってもいいのに、自己憐憫の涙を流してもいいのに。
自分の傷のために泣くはずなのに『幸せにできなくてごめん』なんて、あなたらしすぎる。
あなたらしすぎて、わたしまで苦しいよ。
鼻をすする音が聞こえた。
思わず、背中に手を置く。
声を殺して嗚咽が漏れる。
どうか、思い切り泣いてください。
背中に置いた手をゆっくり動かす。
一度、大きくしゃくり上げうっと声を出した。
わたしは那智さんが泣いても、ぜんぜん大丈夫、男の子の沽券なんてクソくらえ、だ(笑)
どうか、ほんの少しでも那智さんの心、軽くなってくれ。
薄暗い灯りの部屋、そんな気持ちで背中を見ていた。
泣くことだ。
わたしは心理カウンターでもなんでもないので、これが正解かどうかはわからない。
だけど、傷ついた心を癒すために涙を流すことはたぶんやったほうがいいことだろう。
そう思って『泣く』計画を勧めた。
でも、たとえば感動してうるっくらいはあったとしても、好きな女の前で泣くなんてあり得ない、まして『傷ついたゆえの涙』なんて、男の子の沽券にかかわりまくりのことを那智さんがすんなり受け入れ、実行してくれるわけもなく、さらに泣く=傷を見つめ直すことだから、よけいにその気になってもらうのは困難だった。
もしかしたら、もう少し冷静に自分の傷を見られるくらいになってからとかのほうが実行しやすかったり、効果もあったかもしれないけど、このときは、わたしも少し焦っている部分もあった。
大好きな那智さんが苦しそうにしていることはツライのはもちろんだけど、あの強くてビクともしなくて安心してよりかかっていられた那智さんに一日も早く戻ってほしい気持ちや、この状態がいつまで続くかわからない不安が、わたしを焦らせたところはあったかもしれない。
ただ、傷ついている人に『がんばれ』は厳禁だとわかっていたから、そういうことはしないでいたつもりだったけど、いま思えば、もっと効果的なタイミングもあったかもしれないとは思う。
オセロがクルッとひっくり返るように泣いたからいつもの那智さんに戻るなんてことないのはわかっていても、どこかでそれを思ってしまうわたしもいたのも確かだ。
それくらい、あのときのわたしはひとり、那智さんを思い観察し思考し支える孤独と戦っていた。
何度か提案をくり返した。
いまから泣きましょうって言われても、なかなか泣けないよ
デートの予定を組むときに提案してもやんわりと断られることが数回。
それでも、まあ泣けなくてもいいから、『そんなような時間』を作ってみましょうということでなんとか納得してくれた。
12月の中旬だった。
那智さんの異変が起きてから一ヶ月半、過ぎていた。
ホテルに入り、お風呂とリンパマッサージ、お昼からアルコールを飲んで多少酔いに任せるように、YouTube大会。
泣けそうな歌に固執するつもりはなかったので、いろいろポツポツと聞いていた。
そんな中、那智さんが好きなアーチストの曲を別の人が歌っているバージョンがヒットした。
『いつまでも君を愛せるか』というこの曲がかかるとこの数年『幸せにできなくてごめん』という贖罪の気持ちになるという歌だった。
別の人は素人さんだった。
それでもとても上手だった。
でも、その少し欠けているような歌声が那智さんの心をつついたのかもしれない。
俺、これ聞くと、こんなふうにできなくてごめんって思うんだよな
ダメだったんだよな
そう言ってから、前かがみになって言葉を発しなくなる那智さん。
部屋の灯りは落していた。
ソファに並んで座るわたしからは那智さんの背中が見える。
すこし屈めば表情も見えるだろう。
でも、わたしは前を向いていた。
息を殺し、那智さんの意識からわたしがいなくなるように、男の子なんて関係なく思い切り泣けるように。
ねえ、那智さん、あなたは傷ついているんだよ。
もっと自分勝手になってもいいのに、自己憐憫の涙を流してもいいのに。
自分の傷のために泣くはずなのに『幸せにできなくてごめん』なんて、あなたらしすぎる。
あなたらしすぎて、わたしまで苦しいよ。
鼻をすする音が聞こえた。
思わず、背中に手を置く。
声を殺して嗚咽が漏れる。
どうか、思い切り泣いてください。
背中に置いた手をゆっくり動かす。
一度、大きくしゃくり上げうっと声を出した。
わたしは那智さんが泣いても、ぜんぜん大丈夫、男の子の沽券なんてクソくらえ、だ(笑)
どうか、ほんの少しでも那智さんの心、軽くなってくれ。
薄暗い灯りの部屋、そんな気持ちで背中を見ていた。
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