惚気てます
独特な幸福感
自慢していいですか?
那智さんは、私じゃなきゃいかない。
風俗や○○式マッサージで「抜く」(きゃーこの表現はじめて使います!!)ことはあっても、セックスをしていくことはもうずっとなかった、らしい。
私と付き合う前に付き合っていた看護婦さんとは、SMを通して辛うじていくときがある程度だったそうだ。
SM関係にない相手とのSMを伴わないセックスにおいては、「たつ」ことさえままならず、たったとしても「中折れ(ああ、なんて言葉!!那智さんの言葉通りお伝えします~)」してしまう。
私を抱いてセックスでいくことも、何度かいくこともできることにも、ちょっと感激したくらいだったそうだ。
私と付き合いはじめて、一度水商売のおねえちゃんを抱く機会に恵まれたことがあったのだが、
ダメだったそうだ。(うふふ、私の怨念!?)
いくことを那智さんの愛情のバロメーターにすることは危険だけど、「俺がいくのは、りん子の愛情の深さを測ることになる。」という。
私がたくさん那智さんを愛すれば、那智さんはいくのだろうか。
ここのところいくまでの時間が短いときが数回あった。
もともといきにくいのだろう、嬉しいくらい「いっぱい」抱いていただける。
でも最近いままでにないくらい、早く終わりになることがある。
それはそれで、私でいってくれて嬉しいことなのだが、なぜ変わったのかなと思っていた。
「とても締まるようになった」そうだ。
そう言えば、最近「遠くに行く」と表現している、那智さんによって快感の波にもみくちゃにされて、わけわからなくなることが増えた。
いままでだって、わけわからなくなっていたけど、最近は「遠くに行きやすく」なっていて、さらに「距離が長く(比喩ですよ)」なっているのだ。
そのときに、自分が「ぎゅー」って収縮するのがわかるのだ。
内側の肉が、おちんちんの存在をしっかりと捉えて、凹凸さえもわかるんじゃないかってくらい、締め付けるのだ。
真空パックみたい!?
「遠くに行く」と那智さんがいくは比例しているのだ。
私の体を変えたのは那智さんだ。
私の心を解放してくれるのも、那智さんだ。
那智さんが、私を愛してくれる。
だから、私は那智さんを深く愛し続ける。
いくことで、何かを計ることはいいことじゃないかもしれない。
でも、良循環(なんて言葉ないですけどね、悪循環の反対の意味)が存在していることは、確かです。
いくことで、何かを計るものじゃないかもしれない。
でも、現時点、今日の私には、これは自慢で誇りなのだ!
自慢していいですか?
那智さんは、私じゃなきゃいかない。
風俗や○○式マッサージで「抜く」(きゃーこの表現はじめて使います!!)ことはあっても、セックスをしていくことはもうずっとなかった、らしい。
私と付き合う前に付き合っていた看護婦さんとは、SMを通して辛うじていくときがある程度だったそうだ。
SM関係にない相手とのSMを伴わないセックスにおいては、「たつ」ことさえままならず、たったとしても「中折れ(ああ、なんて言葉!!那智さんの言葉通りお伝えします~)」してしまう。
私を抱いてセックスでいくことも、何度かいくこともできることにも、ちょっと感激したくらいだったそうだ。
私と付き合いはじめて、一度水商売のおねえちゃんを抱く機会に恵まれたことがあったのだが、
ダメだったそうだ。(うふふ、私の怨念!?)
いくことを那智さんの愛情のバロメーターにすることは危険だけど、「俺がいくのは、りん子の愛情の深さを測ることになる。」という。
私がたくさん那智さんを愛すれば、那智さんはいくのだろうか。
ここのところいくまでの時間が短いときが数回あった。
もともといきにくいのだろう、嬉しいくらい「いっぱい」抱いていただける。
でも最近いままでにないくらい、早く終わりになることがある。
それはそれで、私でいってくれて嬉しいことなのだが、なぜ変わったのかなと思っていた。
「とても締まるようになった」そうだ。
そう言えば、最近「遠くに行く」と表現している、那智さんによって快感の波にもみくちゃにされて、わけわからなくなることが増えた。
いままでだって、わけわからなくなっていたけど、最近は「遠くに行きやすく」なっていて、さらに「距離が長く(比喩ですよ)」なっているのだ。
そのときに、自分が「ぎゅー」って収縮するのがわかるのだ。
内側の肉が、おちんちんの存在をしっかりと捉えて、凹凸さえもわかるんじゃないかってくらい、締め付けるのだ。
真空パックみたい!?
「遠くに行く」と那智さんがいくは比例しているのだ。
私の体を変えたのは那智さんだ。
私の心を解放してくれるのも、那智さんだ。
那智さんが、私を愛してくれる。
だから、私は那智さんを深く愛し続ける。
いくことで、何かを計ることはいいことじゃないかもしれない。
でも、良循環(なんて言葉ないですけどね、悪循環の反対の意味)が存在していることは、確かです。
いくことで、何かを計るものじゃないかもしれない。
でも、現時点、今日の私には、これは自慢で誇りなのだ!