職業選択4
惹かれ合う理由
M社は披露宴の司会を扱っている。
しかし、ここは人材派遣会社やMC業を専門に扱っているような事務所ではない。
クライアントから依頼を受け、人材、教育、運営など総合的にプロデュースする会社だ。
だから事務所が人材を確保して研那智させるというよりは、私の友人のようにキャリアと実績のあるフリーの人材と、クライアントを繋ぐパイプ役として、存在している。
ブライダルにおいても同じで、すでに実績を積んだ付き合いのあるMCを式場に紹介する役割。
いちから新人を育て抱え込む人材派遣会社とは、一線を画している。
F社は、いわゆる人材派遣会社だ。
様々な分野に人材を派遣している。
イベントコンパニオン、オペレーター、営業事務、グラビアなどなど。
教育が必要な人には、研那智も行う、いわゆる派遣会社だ。
しかし、ここには「ブライダル」はない。
友人の目算はこうだ
M社が本命だけどキャリアがほとんどないから、いまの段階では難しいだろう。
だけど面接して顔だけ繋いでおく。
そしてF社でMCの研那智を受けて、ブライダル以外でキャリアを多少積んで、もう一度M社に掛け合う。
厳しいとは思うけど、いま私が提案できるのはそれくらいだ。
幸い、M社の取締役の高橋さん(仮)は、私(友人)りん子(私)が同じ時期MCでお世話になった人だ。(当時は主任クラスだったけど、偉くなったのね)
お話しだけでも損はないだろう。
「両方に、連絡を入れておいてあげるね。」
M社の電話番号とF社の電話番号、担当の杉本さん(仮)という名前をメモして、電話を切る。
受話器をオフにした私は、口元を緩ませて笑みを浮かべていた。
嬉しいんじゃない。
途方に暮れてしまったのだ。
かなり不可能に近いことを目の前にすると、苦笑なのだろうか、ため息と共に笑いが出る。
まったく不可能なことではない。
ロジックとしては、不可能ではないだろう。
しかし、あまりにも無謀すぎる。
「無理です。」と烙印を押されに行くようなものではないか。
この段階で友人に「無理」と言ってもらえた方が、どんなにか自尊心を傷つけに済むか。
でも、断る労力を友人に負担させるのも忍びない、まして彼女は一生懸命答えてくれたのだ。
感謝しなければならない。
那智さんに、一生懸命お話しできて、一生懸命答えてもらったと報告できることが、救いだ。
そして僅かに望みが繋がって、那智さんが喜んでくれるかもしれないと、(自分の仕事のことなのに)まったく本質からはずれたところで喜んでいた。
すぐに報告をする。
那智さんは、少しだけ喜んでくれた。
まだ、始まったばかりだ。
そんなに簡単に、大袈裟に喜んで褒めてくれるほど甘い人ではない。
ただ道が開けたことを喜んでくれた。(私は開けたなんて思っていない)
「無理って言われにいくだけのことです。」
「驚かれて、引かれておしまいです。」
まったく自信のない私に、相変わらず根気強く付き合ってくれる。
どういうふうにアプローチしたらよいか、電話の内容まで事細かにレクチャーしてくれる。
私が電話をできない理由がなくなるくらい丁寧に、向き合ってくれる。
「電話をして、そこでダメと言われたら諦めよう。でも、電話をしないで諦めるのはよくない。それこそ友達の顔に泥を塗ることになる。大丈夫、りん子ならできる。俺がついている。」
揺るぎない。
やって結果が出るまでは、終わらせてもらえないようだ。
「りん子が使い物になるか計るいいチャンスじゃないか!」
使い物にならないことを知らしめられるだけなのに。
どうあがいても電話をかけるまでは、許してもらえそうにない。
「かわりに那智さんが電話してください。」
もう、メチャクチャなことを言っている。
結局、電話の台詞までレクチャーされ(誰も頼んでいないんですけど)、その日の電話は終わる。
確かに、友人に迷惑は掛けられない。
しばらくして、勇気を振り絞ってM社の高橋さんに電話をしてみる。
子機を持ったまま部屋をウロウロして、なんとか落ち着こうと必死だ。
「不在」
一気に私の勇気が萎えていく。
もうダメ、二度と電話できない。
友人のこともあるし、一度電話して名乗ったのだから本当は再度電話しなければならないことは重々承知している。
でも、もうダメ、勇気出ない。
このまま、放っておいて、なかったことにしてしまえないだろうか。
それこそ無理とわかっていても、一日一日と再度かけるのを引き延ばす。
「いませんでした。」
「そう、残念だね。諦めようか!」
なんて許してくれるわけない。
なぜ、「いつならいるのか、いつなら電話して良いのか聞かない」と問われる。
私だって、社会経験はある。
本当に連絡が取りたければ、そう聞くだろう。
あわよくば立ち消えを願ってしまったから、ちゃんと処理できなかったのだ。
対応のまずさを叱責されて、再度連絡を取る。
十数年ぶりに、連絡をした私を高橋さんは覚えていてくれて、快く応対してくれた。
取締役だから、直接ブライダルはやっていないけど、ブライダル部門の人と引き合わせてくれると約束してくれた。
厳しいとは思うけど、「披露宴の司会業」についてなんらかのアドバイスくらいはできるだろう。
事務所の住所を教えてもらい、伺う日時を決める。
F社にも連絡を入れて、同じ日にF社の登録日を設定する。
また、首の皮一枚で繋がってしまった。
私の手の及ばないところで、私自身が動き、ことが進んでいる。
再起不能、GAME OVERになるまでは、もう私に試合放棄の権利はないようだ。
これと平行して、家族への陳情を進んでいる。
夫や母や姉は「何を言い出すんだ。」と苦笑している。
確かに、昔は似たようなことを仕事にしていたけど「まあ、多分無理だろう。」と思っているのだろう。
私自身もそう思っているのだから、無理もない。
那智さんは、面接用に新しいスーツを新調してくれる。
経歴書の書き方や、心構えを考えてくれる。
大丈夫、でも、ダメなら他を考えようと、真剣に言ってくれる。
他の誰もが、私自身さえ信じていないことを信じてくれている。
「過大評価しすぎです。」
でも評価してもらえることは、やっぱり嬉しい。
そして、最終的に「無理」と烙印を押されて、万が一私が傷ついてしまったとしても、きっと那智さんが包んでくれるはずだ。
優しくか強くか厳しくか、方法はわからないけど私の傷を一緒に背負って癒してくれるはずだ。
那智さんを頼っていれば、それで幸せなんだ。
たとえ傷ついたとしても、那智さんがなんとかしてくれる。
この信頼が、まったく自信のない私の唯一の原動力だ。
用意してくれたスーツに身を包み、プレゼントしてくれたネックレスを付け、M社に向かうためにはじめての駅に降り立つ。
不安と、開き直りと、那智さんがついていると誇りを胸に。
M社は披露宴の司会を扱っている。
しかし、ここは人材派遣会社やMC業を専門に扱っているような事務所ではない。
クライアントから依頼を受け、人材、教育、運営など総合的にプロデュースする会社だ。
だから事務所が人材を確保して研那智させるというよりは、私の友人のようにキャリアと実績のあるフリーの人材と、クライアントを繋ぐパイプ役として、存在している。
ブライダルにおいても同じで、すでに実績を積んだ付き合いのあるMCを式場に紹介する役割。
いちから新人を育て抱え込む人材派遣会社とは、一線を画している。
F社は、いわゆる人材派遣会社だ。
様々な分野に人材を派遣している。
イベントコンパニオン、オペレーター、営業事務、グラビアなどなど。
教育が必要な人には、研那智も行う、いわゆる派遣会社だ。
しかし、ここには「ブライダル」はない。
友人の目算はこうだ
M社が本命だけどキャリアがほとんどないから、いまの段階では難しいだろう。
だけど面接して顔だけ繋いでおく。
そしてF社でMCの研那智を受けて、ブライダル以外でキャリアを多少積んで、もう一度M社に掛け合う。
厳しいとは思うけど、いま私が提案できるのはそれくらいだ。
幸い、M社の取締役の高橋さん(仮)は、私(友人)りん子(私)が同じ時期MCでお世話になった人だ。(当時は主任クラスだったけど、偉くなったのね)
お話しだけでも損はないだろう。
「両方に、連絡を入れておいてあげるね。」
M社の電話番号とF社の電話番号、担当の杉本さん(仮)という名前をメモして、電話を切る。
受話器をオフにした私は、口元を緩ませて笑みを浮かべていた。
嬉しいんじゃない。
途方に暮れてしまったのだ。
かなり不可能に近いことを目の前にすると、苦笑なのだろうか、ため息と共に笑いが出る。
まったく不可能なことではない。
ロジックとしては、不可能ではないだろう。
しかし、あまりにも無謀すぎる。
「無理です。」と烙印を押されに行くようなものではないか。
この段階で友人に「無理」と言ってもらえた方が、どんなにか自尊心を傷つけに済むか。
でも、断る労力を友人に負担させるのも忍びない、まして彼女は一生懸命答えてくれたのだ。
感謝しなければならない。
那智さんに、一生懸命お話しできて、一生懸命答えてもらったと報告できることが、救いだ。
そして僅かに望みが繋がって、那智さんが喜んでくれるかもしれないと、(自分の仕事のことなのに)まったく本質からはずれたところで喜んでいた。
すぐに報告をする。
那智さんは、少しだけ喜んでくれた。
まだ、始まったばかりだ。
そんなに簡単に、大袈裟に喜んで褒めてくれるほど甘い人ではない。
ただ道が開けたことを喜んでくれた。(私は開けたなんて思っていない)
「無理って言われにいくだけのことです。」
「驚かれて、引かれておしまいです。」
まったく自信のない私に、相変わらず根気強く付き合ってくれる。
どういうふうにアプローチしたらよいか、電話の内容まで事細かにレクチャーしてくれる。
私が電話をできない理由がなくなるくらい丁寧に、向き合ってくれる。
「電話をして、そこでダメと言われたら諦めよう。でも、電話をしないで諦めるのはよくない。それこそ友達の顔に泥を塗ることになる。大丈夫、りん子ならできる。俺がついている。」
揺るぎない。
やって結果が出るまでは、終わらせてもらえないようだ。
「りん子が使い物になるか計るいいチャンスじゃないか!」
使い物にならないことを知らしめられるだけなのに。
どうあがいても電話をかけるまでは、許してもらえそうにない。
「かわりに那智さんが電話してください。」
もう、メチャクチャなことを言っている。
結局、電話の台詞までレクチャーされ(誰も頼んでいないんですけど)、その日の電話は終わる。
確かに、友人に迷惑は掛けられない。
しばらくして、勇気を振り絞ってM社の高橋さんに電話をしてみる。
子機を持ったまま部屋をウロウロして、なんとか落ち着こうと必死だ。
「不在」
一気に私の勇気が萎えていく。
もうダメ、二度と電話できない。
友人のこともあるし、一度電話して名乗ったのだから本当は再度電話しなければならないことは重々承知している。
でも、もうダメ、勇気出ない。
このまま、放っておいて、なかったことにしてしまえないだろうか。
それこそ無理とわかっていても、一日一日と再度かけるのを引き延ばす。
「いませんでした。」
「そう、残念だね。諦めようか!」
なんて許してくれるわけない。
なぜ、「いつならいるのか、いつなら電話して良いのか聞かない」と問われる。
私だって、社会経験はある。
本当に連絡が取りたければ、そう聞くだろう。
あわよくば立ち消えを願ってしまったから、ちゃんと処理できなかったのだ。
対応のまずさを叱責されて、再度連絡を取る。
十数年ぶりに、連絡をした私を高橋さんは覚えていてくれて、快く応対してくれた。
取締役だから、直接ブライダルはやっていないけど、ブライダル部門の人と引き合わせてくれると約束してくれた。
厳しいとは思うけど、「披露宴の司会業」についてなんらかのアドバイスくらいはできるだろう。
事務所の住所を教えてもらい、伺う日時を決める。
F社にも連絡を入れて、同じ日にF社の登録日を設定する。
また、首の皮一枚で繋がってしまった。
私の手の及ばないところで、私自身が動き、ことが進んでいる。
再起不能、GAME OVERになるまでは、もう私に試合放棄の権利はないようだ。
これと平行して、家族への陳情を進んでいる。
夫や母や姉は「何を言い出すんだ。」と苦笑している。
確かに、昔は似たようなことを仕事にしていたけど「まあ、多分無理だろう。」と思っているのだろう。
私自身もそう思っているのだから、無理もない。
那智さんは、面接用に新しいスーツを新調してくれる。
経歴書の書き方や、心構えを考えてくれる。
大丈夫、でも、ダメなら他を考えようと、真剣に言ってくれる。
他の誰もが、私自身さえ信じていないことを信じてくれている。
「過大評価しすぎです。」
でも評価してもらえることは、やっぱり嬉しい。
そして、最終的に「無理」と烙印を押されて、万が一私が傷ついてしまったとしても、きっと那智さんが包んでくれるはずだ。
優しくか強くか厳しくか、方法はわからないけど私の傷を一緒に背負って癒してくれるはずだ。
那智さんを頼っていれば、それで幸せなんだ。
たとえ傷ついたとしても、那智さんがなんとかしてくれる。
この信頼が、まったく自信のない私の唯一の原動力だ。
用意してくれたスーツに身を包み、プレゼントしてくれたネックレスを付け、M社に向かうためにはじめての駅に降り立つ。
不安と、開き直りと、那智さんがついていると誇りを胸に。