負に巣食う人々
りん子的独り言(生意気)
りん子的独り言はSMや主従関係などについて書きますが『その関係で満たされている人』には向けていません。
特に、今回のエントリーはちょっと毒多め、SMや主従ではなくその周辺の人々のことを書いています。
推測や想像で書いているところが大きいので、もし、日頃『りん子的独り言』をお読みになって快く思われない方はスルーされたほうがよいです。
参考までに『りん子的独り言』はこんな気持ちで書いています。『りん子的独り言って』。
ちょっと今週のわたしは毒りん子です!!
お気をつけください!!
たぶん、わたしのネットお付き合いは広くないほうだと思う。
これもきっと半径50m^^
リンクさせていただいているところ。
訪問履歴を残してくださったところ。
あと、どなたかがリストアップしている『あんてな』をブックマークさせてもらってそこからウロウロしたりしている。
リンクの数もそれほど多くないし訪問履歴を残してくださる方もごく少数だし、リンクのまたリンクを辿ってなんてことはしないので、ホントにいつも同じ景色といえなくもないし、それが満足でもある。
そんな半径50mの狭い世界だけど(だからか?)、見えてくるものがある。
M女さんたちのブログで同じHNのコメントを見かける。
おそらく男性で数人がいるのだけど、彼らの登場するブログに共通するものがあるのだ。
それは、そのM女さんが『負の感情』を抱えている(ように見える)こと。
文面からしかわからないけど、どう見ても良好なお付き合いとは思えないところや、どこかしら不安抱えているような、負の感情が見え隠れしているところに現れる。
その男性たちは一様に、M女さんに共感し励ます。
寂しいですね。
でもきっとご主人様も忙しいのですよ。
奴隷にしてくれていることが気持ちの表れなんじゃないですか。
待つことが奴隷の務めなのでは?
余計なことを考えないほうがいいですよ。
M女さんが『言ってほしい』ような言葉をかけ、ときには『奴隷とは』とありもしない定義を持ちかけ励ます。
そしてM女さんが奴隷であることをほめ讃える。
彼女の苦しみやさみしい気持ちなどなかったことのように、簡単に。
これって何だと思います?
優しさから来るもの?それも否定しない。
でも、わたしはそこに『コントロール』を感じてしまう。
共感の優しげな言葉がM女さん自身の負の感情を見て見ぬふりをすることを手助けして。
奴隷とはと励まし、そこから抜け出すことをまるで『悪』のように感じさせ。
寂しい気持ちに目隠しをして、そこに留まるようにコントロールしているように見えてしまう。
これってね。
不幸な人間を見る優越感。
そして、その不幸に留まらせていることを自分がコントロールしているという優越感。
彼らは、M女さんにコメントすることでコントロールする優越感を味わっているのではないだろうか。
負の感情を抱いているM女さんは事実を見ないようにしたい。
見てしまえば問題と対峙しないといけないわけで、それはひとりになる恐怖と闘いを意味するからだ。
それが怖くて問題から目を逸らしてくれるような言葉にすがる。
それを嗅ぎとる嗅覚を持った男たちが集まっているように見えてしまう。
でね、さらに踏み込んで書くけど、同じようなことが女同士でもあると思っている。
気づいている人いるかな。
負の感情を抱えているM女さんのところには同じような人が共感を寄せ励ます。
『その気持ちわかります』『わたしのほうがもっと会ってもらえないからあなたは幸せ』『いろいろ考えずにご主人様のことだけ思いましょう』
優しい仲間のようだけど、それだけだろうか。
共感しながら『あなたのほうが恵まれている』と当のM女さんの負の感情を贅沢とすり替え、『一緒に頑張ろう』とそこに留まらせようとする。
共感や励ましで足並みを揃えて、イチ抜けされまいと見張り、自分より不幸でいさせるために負に留まらせて安心するような優越感は感じていないだろうか。
そういうコメントをするM女さんのところには、同じようなM女さんが集まる。
共感して励ましてもらって、一時でも問題の本質から目を逸らしてほしいからね。
よくできたもので、そこにはときどき見かける男性たちもいる、まるでハイエナのように。
負に巣食う人々だ。
『さみしいはだれのもの』というエントリーでも書いた。
共感や励ましは力になる、よかっね、楽しいね、こんな共感は幸せを広げてくれる。
だけどあなたの負の感情はあなたにしかわからない。
『さみしい』を解決できるのは本人かお相手の当事者しかいないはずだ。
共感や励ましはとても力になる。
それは否定しないよ、ぜったい。
でもそれが本当に力になっているのか、それとも問題の本質から目を逸らしていないか、客観性を持ちたい。
(一時でも目を逸らすことが必要な場合もあるけどね)
負の感情に巣食う人々のおいしいエサになっちゃいけない。
(エサのお話はまた今度)
半径50mから見た景色。
それがどう映るかはアンテナによって異なるだろう。
責任を負わなくていい見ず知らずのM女さんをコントロールしている『負に巣食う人々』、わたしはそういうふうに映る。
でね、そういうの見かけると『そんな人の餌食になってないで、早くそこから抜け出して!!』って人ごとなのに勝手に『きーーーっ』ってなっちゃう^^;
で、書いてどうなるわけじゃないのに、書いちゃう^^;
<関連エントリー>
『さみしいは誰のもの?』
りん子的独り言はSMや主従関係などについて書きますが『その関係で満たされている人』には向けていません。
特に、今回のエントリーはちょっと毒多め、SMや主従ではなくその周辺の人々のことを書いています。
推測や想像で書いているところが大きいので、もし、日頃『りん子的独り言』をお読みになって快く思われない方はスルーされたほうがよいです。
参考までに『りん子的独り言』はこんな気持ちで書いています。『りん子的独り言って』。
ちょっと今週のわたしは毒りん子です!!
お気をつけください!!
たぶん、わたしのネットお付き合いは広くないほうだと思う。
これもきっと半径50m^^
リンクさせていただいているところ。
訪問履歴を残してくださったところ。
あと、どなたかがリストアップしている『あんてな』をブックマークさせてもらってそこからウロウロしたりしている。
リンクの数もそれほど多くないし訪問履歴を残してくださる方もごく少数だし、リンクのまたリンクを辿ってなんてことはしないので、ホントにいつも同じ景色といえなくもないし、それが満足でもある。
そんな半径50mの狭い世界だけど(だからか?)、見えてくるものがある。
M女さんたちのブログで同じHNのコメントを見かける。
おそらく男性で数人がいるのだけど、彼らの登場するブログに共通するものがあるのだ。
それは、そのM女さんが『負の感情』を抱えている(ように見える)こと。
文面からしかわからないけど、どう見ても良好なお付き合いとは思えないところや、どこかしら不安抱えているような、負の感情が見え隠れしているところに現れる。
その男性たちは一様に、M女さんに共感し励ます。
寂しいですね。
でもきっとご主人様も忙しいのですよ。
奴隷にしてくれていることが気持ちの表れなんじゃないですか。
待つことが奴隷の務めなのでは?
余計なことを考えないほうがいいですよ。
M女さんが『言ってほしい』ような言葉をかけ、ときには『奴隷とは』とありもしない定義を持ちかけ励ます。
そしてM女さんが奴隷であることをほめ讃える。
彼女の苦しみやさみしい気持ちなどなかったことのように、簡単に。
これって何だと思います?
優しさから来るもの?それも否定しない。
でも、わたしはそこに『コントロール』を感じてしまう。
共感の優しげな言葉がM女さん自身の負の感情を見て見ぬふりをすることを手助けして。
奴隷とはと励まし、そこから抜け出すことをまるで『悪』のように感じさせ。
寂しい気持ちに目隠しをして、そこに留まるようにコントロールしているように見えてしまう。
これってね。
不幸な人間を見る優越感。
そして、その不幸に留まらせていることを自分がコントロールしているという優越感。
彼らは、M女さんにコメントすることでコントロールする優越感を味わっているのではないだろうか。
負の感情を抱いているM女さんは事実を見ないようにしたい。
見てしまえば問題と対峙しないといけないわけで、それはひとりになる恐怖と闘いを意味するからだ。
それが怖くて問題から目を逸らしてくれるような言葉にすがる。
それを嗅ぎとる嗅覚を持った男たちが集まっているように見えてしまう。
でね、さらに踏み込んで書くけど、同じようなことが女同士でもあると思っている。
気づいている人いるかな。
負の感情を抱えているM女さんのところには同じような人が共感を寄せ励ます。
『その気持ちわかります』『わたしのほうがもっと会ってもらえないからあなたは幸せ』『いろいろ考えずにご主人様のことだけ思いましょう』
優しい仲間のようだけど、それだけだろうか。
共感しながら『あなたのほうが恵まれている』と当のM女さんの負の感情を贅沢とすり替え、『一緒に頑張ろう』とそこに留まらせようとする。
共感や励ましで足並みを揃えて、イチ抜けされまいと見張り、自分より不幸でいさせるために負に留まらせて安心するような優越感は感じていないだろうか。
そういうコメントをするM女さんのところには、同じようなM女さんが集まる。
共感して励ましてもらって、一時でも問題の本質から目を逸らしてほしいからね。
よくできたもので、そこにはときどき見かける男性たちもいる、まるでハイエナのように。
負に巣食う人々だ。
『さみしいはだれのもの』というエントリーでも書いた。
共感や励ましは力になる、よかっね、楽しいね、こんな共感は幸せを広げてくれる。
だけどあなたの負の感情はあなたにしかわからない。
『さみしい』を解決できるのは本人かお相手の当事者しかいないはずだ。
共感や励ましはとても力になる。
それは否定しないよ、ぜったい。
でもそれが本当に力になっているのか、それとも問題の本質から目を逸らしていないか、客観性を持ちたい。
(一時でも目を逸らすことが必要な場合もあるけどね)
負の感情に巣食う人々のおいしいエサになっちゃいけない。
(エサのお話はまた今度)
半径50mから見た景色。
それがどう映るかはアンテナによって異なるだろう。
責任を負わなくていい見ず知らずのM女さんをコントロールしている『負に巣食う人々』、わたしはそういうふうに映る。
でね、そういうの見かけると『そんな人の餌食になってないで、早くそこから抜け出して!!』って人ごとなのに勝手に『きーーーっ』ってなっちゃう^^;
で、書いてどうなるわけじゃないのに、書いちゃう^^;
<関連エントリー>
『さみしいは誰のもの?』
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今日は、リンクしていただいてる、『薬指の刺青』さんの毒ならぬ良薬のエントリを読んで(仕事しろとか言わないでねw)書きたいなーって思ったから書いてみる。負って連鎖するって昔から思ってた。何...