尊敬
惹かれ合う理由
この時点で、私はまだお姫様だった。
チヤホヤされているお姫様。
まだしばらくの間は、賞賛を浴びていたい。
是が非でも、連絡を取り続けたいという必死な感じが心地よい。
時々、その必死な感じが怖い印象を与えるけれど、会う方向に話を進めなければ良いだろう。
以前怖い思いをしたことを理由に、会うことも電話番号を教えることも、まだ「NO」を続けよう。
次の日も「絶対連絡して」と言われた通りに、コレクトコールで電話する。
「ほだされる」、そんな言葉が頭に浮かぶ。
この人は私を必死に求めている、付き合ってあげるかわりに心地よい言葉を聞かせてもらおう。
この日もトータルで5、6時間は話したはずだ。
随分と色々な話になっていくのは自然な流れ。
でも、なぜこんなにこの人に話すことが、心地よいのかそのこと自体にあまり目を向けてはいなかった。
名前も年齢も早い段階で正直に話した。
このことは問題ではないようだ。
むしろ、若すぎずお互い結婚しているというほうが良かったみたい。
そして、早くに本当のことを言ったことに安堵していたようだ。
ずっと嘘をつかれていたら、それは怒ると言っていた。
穏やかな口調の、でも、しっかりと自分の主張をするこの人が怒ったら怖いかもしれないと、ふと想像した。
過去の遍歴をかいつまんで話す。
「なぜ、りん子みたいなきちんとした頭の良い女が、そんなバカみたいなことを繰り返すの?」
そう言われてもわからない。
「私に見る目がないからじゃないですか?」
すこし曖昧に答える。
私がほしいのは、疑問ではなく、同情なのだ。
同情してもらわないと、告白した意味がない。
「ほら、また自分のことなのに、他人事のように答える。悪い癖だよね。もっと自分の言葉で話して。」
この人は何を言い出すのだろう。
私の声を聞いて「良い声だ」と感嘆のため息をついたかと思えば、私自身が気付いていないようなことを指摘してくる。
心の中で、小さい反発を覚えながら、なぜか私はそれに従い自分の言葉で話してみる。
「やればできるね。そのほうが嬉しい。」
褒められているの?なんだか私も嬉しい。
そして、こんなことも言う。
「その男たちを、バカにしているだろ?その男たちだけじゃない、りん子は良い子の顔してまわりを下に見ているだろ?」
「なぜそんなにいい女なのに、まわりを見下す必要があるの?自分に自信がないから?」
いままで誰も気付かなかった私の見下しを、テレクラで知り合って二日目のまだ顔も知らない那智さんが気付き指摘した。
私のほうこそ聞いてしまう「なぜ、そんなことがわかるのですか?」
「わかるから。」
この根拠のない断定が、なんて気持ち良いのだろう。
そこから私の思いは止めどなく溢れ出す。
他人事な言い方は許してくれないから、自分の言葉で自分の考えを伝えなければならない。
「シスターコンプレックス」「父のこと」「離婚の経緯」「他者を見下し、不安になる」
負の部分をさらけ出すのは、辛い。
傷は、傷と認識した時点から痛さが増す。
見て見ぬふりをしていたことを、白日の下に晒すことは、膿を絞り出すような痛みが伴う。
まして、他者を見下すなんてこと聞かされて那智さんは、私を嫌になってしまわないか。
「俺から聞いていることなんだよ。嫌いになるわけがない。むしろ、愛しさが増す。もっと話して。」
この膿を出す作業は、受け止めてもらうということで、なんて幸せな出来事に変わるのだろう。
そして、嘘偽りなく胸の内を話すことは、なんて心地よいのだろう。
この作業だけで、一日数時間、2、3日は続いたはずだ。
でも、ここでも那智さんがくれる言葉は甘い同情ではない。
おそらく、ただ会うだけを目的にするならば、同情しているほうが聞く方も楽だろう。
そもそもこんな話聞くほうが希少。
那智さんは、同情ではなく、向き合ってくれる。
「まずは、お姉さんから自立しよう。お姉さんに軽い嘘をついたり裏切ったりしてみよう。」
「そんなことできない、もし知られたら姉は怒る、嘘が嫌いな人だもの。姉に嫌われたくない。」
「そんなことでは、嫌わないと思うけど、万が一嫌われても、大丈夫俺がついている。」
「お父さんに対しても、お姉さんの真似をしないことだ。お姉さんと同じようにして、お姉さんと同じ見返りを期待するから、辛くなって余計ギクシャクしてしまうんだ。素直に自然に接してごらん。私はこう!と開き直ればいい。期待しなければ、お思い通りの反応がなくても辛くないだろ?」
この時那智さんの口からでた「自然でいる」という言葉。
意味はわかるけど、いままでずっと姉のようにすることが「自然」と思っていた私には、それ以外の「自然」ができる自信はなかった。
でも、指針を示されると、心が「ぽっ」と温かくなった。
お化け屋敷の出口が遠くに見えたよな、安堵感。
「それに、まだお父さんの愛が必要?俺がこんなに愛しているのに。こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、言わせてね。もしかしたら、もう俺のほうがりん子を愛しているんじゃないかな。」
またしても、突拍子もないことを言う。
「愛してる」なんて、そう簡単に言える言葉ではないでしょう!!
私なんて、一度も言ったことないのに。
でも、何度も私は、この揺るぎない断定の心地よさを感じてしまうのだ。
そして、言葉と共に、涙も溢れて止まらない。
性的なお遊びの電話で知り合った人に、気付かれ、すくい上げてもらって、誠実に向き合ってもらう。
誰も知らない心をさらけ出し、それでも好きでいてくれて、更に私が幸福になるように心を砕いてくれる人。
決して、楽ではない方法で私に付き合ってくれる人。
あまり泣かないと豪語していたはずなのに(実際全然涙もろくない私)、ずっと涙を流しながら話す私に、那智さんは言う。
「もし、間違っていたらごめんね。りん子、俺のこと尊敬しはじめているだろ。」
尊敬。
蛇口を全開にしたように、更に涙が溢れ出す。
ああ、これが「尊敬」っていうのか。
人それぞれ尊敬のポイントは違うだろう。
お金持ちや職業のステイタスなど、いろいろ、だから他人はわからない。
でも、私にはわかってしまった、私は那智さんを尊敬している。
指摘されて、涙が溢れ出したことが何よりの証拠だ。
個人的なことだ。
私をわかってくれて、感情の上下なく、私に付き合ってくれる。
ダメなものはダメと、きちんと教えてくれる。
私の尊敬は、これだったのか。
私は、はじめて尊敬するという感情を持てたことに驚き、感激した。
この時、まだ二人は会っていない。
そして、そうはいってもまだ、自分の判断に自信のない私は、「愛している」と自覚も言葉にすることもできずにいた。
何かあったら、やめればいい、そんなふうにも思っていた。
プリペイドの携帯電話を買い、会う約束をした。
その会う日は、はじめて話してから、9日後のことだった。
この時点で、私はまだお姫様だった。
チヤホヤされているお姫様。
まだしばらくの間は、賞賛を浴びていたい。
是が非でも、連絡を取り続けたいという必死な感じが心地よい。
時々、その必死な感じが怖い印象を与えるけれど、会う方向に話を進めなければ良いだろう。
以前怖い思いをしたことを理由に、会うことも電話番号を教えることも、まだ「NO」を続けよう。
次の日も「絶対連絡して」と言われた通りに、コレクトコールで電話する。
「ほだされる」、そんな言葉が頭に浮かぶ。
この人は私を必死に求めている、付き合ってあげるかわりに心地よい言葉を聞かせてもらおう。
この日もトータルで5、6時間は話したはずだ。
随分と色々な話になっていくのは自然な流れ。
でも、なぜこんなにこの人に話すことが、心地よいのかそのこと自体にあまり目を向けてはいなかった。
名前も年齢も早い段階で正直に話した。
このことは問題ではないようだ。
むしろ、若すぎずお互い結婚しているというほうが良かったみたい。
そして、早くに本当のことを言ったことに安堵していたようだ。
ずっと嘘をつかれていたら、それは怒ると言っていた。
穏やかな口調の、でも、しっかりと自分の主張をするこの人が怒ったら怖いかもしれないと、ふと想像した。
過去の遍歴をかいつまんで話す。
「なぜ、りん子みたいなきちんとした頭の良い女が、そんなバカみたいなことを繰り返すの?」
そう言われてもわからない。
「私に見る目がないからじゃないですか?」
すこし曖昧に答える。
私がほしいのは、疑問ではなく、同情なのだ。
同情してもらわないと、告白した意味がない。
「ほら、また自分のことなのに、他人事のように答える。悪い癖だよね。もっと自分の言葉で話して。」
この人は何を言い出すのだろう。
私の声を聞いて「良い声だ」と感嘆のため息をついたかと思えば、私自身が気付いていないようなことを指摘してくる。
心の中で、小さい反発を覚えながら、なぜか私はそれに従い自分の言葉で話してみる。
「やればできるね。そのほうが嬉しい。」
褒められているの?なんだか私も嬉しい。
そして、こんなことも言う。
「その男たちを、バカにしているだろ?その男たちだけじゃない、りん子は良い子の顔してまわりを下に見ているだろ?」
「なぜそんなにいい女なのに、まわりを見下す必要があるの?自分に自信がないから?」
いままで誰も気付かなかった私の見下しを、テレクラで知り合って二日目のまだ顔も知らない那智さんが気付き指摘した。
私のほうこそ聞いてしまう「なぜ、そんなことがわかるのですか?」
「わかるから。」
この根拠のない断定が、なんて気持ち良いのだろう。
そこから私の思いは止めどなく溢れ出す。
他人事な言い方は許してくれないから、自分の言葉で自分の考えを伝えなければならない。
「シスターコンプレックス」「父のこと」「離婚の経緯」「他者を見下し、不安になる」
負の部分をさらけ出すのは、辛い。
傷は、傷と認識した時点から痛さが増す。
見て見ぬふりをしていたことを、白日の下に晒すことは、膿を絞り出すような痛みが伴う。
まして、他者を見下すなんてこと聞かされて那智さんは、私を嫌になってしまわないか。
「俺から聞いていることなんだよ。嫌いになるわけがない。むしろ、愛しさが増す。もっと話して。」
この膿を出す作業は、受け止めてもらうということで、なんて幸せな出来事に変わるのだろう。
そして、嘘偽りなく胸の内を話すことは、なんて心地よいのだろう。
この作業だけで、一日数時間、2、3日は続いたはずだ。
でも、ここでも那智さんがくれる言葉は甘い同情ではない。
おそらく、ただ会うだけを目的にするならば、同情しているほうが聞く方も楽だろう。
そもそもこんな話聞くほうが希少。
那智さんは、同情ではなく、向き合ってくれる。
「まずは、お姉さんから自立しよう。お姉さんに軽い嘘をついたり裏切ったりしてみよう。」
「そんなことできない、もし知られたら姉は怒る、嘘が嫌いな人だもの。姉に嫌われたくない。」
「そんなことでは、嫌わないと思うけど、万が一嫌われても、大丈夫俺がついている。」
「お父さんに対しても、お姉さんの真似をしないことだ。お姉さんと同じようにして、お姉さんと同じ見返りを期待するから、辛くなって余計ギクシャクしてしまうんだ。素直に自然に接してごらん。私はこう!と開き直ればいい。期待しなければ、お思い通りの反応がなくても辛くないだろ?」
この時那智さんの口からでた「自然でいる」という言葉。
意味はわかるけど、いままでずっと姉のようにすることが「自然」と思っていた私には、それ以外の「自然」ができる自信はなかった。
でも、指針を示されると、心が「ぽっ」と温かくなった。
お化け屋敷の出口が遠くに見えたよな、安堵感。
「それに、まだお父さんの愛が必要?俺がこんなに愛しているのに。こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、言わせてね。もしかしたら、もう俺のほうがりん子を愛しているんじゃないかな。」
またしても、突拍子もないことを言う。
「愛してる」なんて、そう簡単に言える言葉ではないでしょう!!
私なんて、一度も言ったことないのに。
でも、何度も私は、この揺るぎない断定の心地よさを感じてしまうのだ。
そして、言葉と共に、涙も溢れて止まらない。
性的なお遊びの電話で知り合った人に、気付かれ、すくい上げてもらって、誠実に向き合ってもらう。
誰も知らない心をさらけ出し、それでも好きでいてくれて、更に私が幸福になるように心を砕いてくれる人。
決して、楽ではない方法で私に付き合ってくれる人。
あまり泣かないと豪語していたはずなのに(実際全然涙もろくない私)、ずっと涙を流しながら話す私に、那智さんは言う。
「もし、間違っていたらごめんね。りん子、俺のこと尊敬しはじめているだろ。」
尊敬。
蛇口を全開にしたように、更に涙が溢れ出す。
ああ、これが「尊敬」っていうのか。
人それぞれ尊敬のポイントは違うだろう。
お金持ちや職業のステイタスなど、いろいろ、だから他人はわからない。
でも、私にはわかってしまった、私は那智さんを尊敬している。
指摘されて、涙が溢れ出したことが何よりの証拠だ。
個人的なことだ。
私をわかってくれて、感情の上下なく、私に付き合ってくれる。
ダメなものはダメと、きちんと教えてくれる。
私の尊敬は、これだったのか。
私は、はじめて尊敬するという感情を持てたことに驚き、感激した。
この時、まだ二人は会っていない。
そして、そうはいってもまだ、自分の判断に自信のない私は、「愛している」と自覚も言葉にすることもできずにいた。
何かあったら、やめればいい、そんなふうにも思っていた。
プリペイドの携帯電話を買い、会う約束をした。
その会う日は、はじめて話してから、9日後のことだった。
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