出会い
惹かれ合う理由
「こんにちは。」「はじめまして。」
夫と子供を送り出して一通り家事を終えた、お昼近い時間。
今日はランチタイムの配膳のパートもお休みだから、私は慣れた手つきで番号を押す。
フリーダイヤルの番号も暗証番号も、もう指が覚えているから、勝手に動く。
それほどまでに、このテレクラというものに依存して、一体何が生まれるのだろう。
むしろ、消耗しているだけのことはわかっていても、やめられない。
また嫌な人に遭遇すれば懲りるのか。
でも会うつもりで、電話はしていないから、そうそう巻き込まれることもない。
ただただ命綱が少しずつ千切れて、いつかどこかへ落ちていくのをゆっくりと待っているだけのようだった。
緩やかな、心の投身自殺。
何度も言うし、思っている。
私は、別に悲劇のヒロインではない。
適度に仲の良い夫と可愛い子供に恵まれている。
夫に話してみても、暖簾に腕押しな対応の「コンプレックス」を抱え、ほんの少し仕向けてみた「性癖」も夫の混乱をもたらしただけで終わり、私の願いは叶わないものと、ほんの少し諦めていただけだ。
電話が繋がる。
今日は、どんな賞賛を並べてくれるのか、それとも、いきなり「はあはあ」言ってくるから「ばかみたい」と心で唾を吐きながら、無言で切る仕打ちをさせてくれるのか。
いつものように挨拶をする。
声の感じ、口調は合格だ。
しばらく付き合おう。
「年齢は28歳(嘘!!)名前はえり(これも嘘、なぜかいつもこの設定)」
2、3の会話のやりとりのあと、いきなり矢継ぎ早に賞賛の雨。
「なんでそんなに良い声なの」「「どう育てられたら、そんなに品が良くなるの」
強烈に、私に惹かれている感じが手に取るように伝わる。
褒め言葉に丁寧に謙虚を装いながら答えるのは楽しいことだ。
丁寧に謙虚に答えれば、答えるほど男は感動する。
しばらく話したあと、「コレクトコールでかけ直して」と電話番号を伝えられる。
これも合格。
こちらに料金を発生させる人に電話する気なんて、さらさらない。
とにかく、もう少し、この声と口調の人に私に興味を持っていてもらいたくて、私はコレクトコールを使う。
賞賛と共に、性的なことも質問される。
願望や経験、きっかけや好きなこと。
何度も答えてきた言葉を繰り返す。
どれも決して嘘ではないが、たくさんの人に話してきたことだから、なんだか覚えた台詞を言っているように思えていた。
そのうち、あまり聞かれたことのない質問がくる。
「印象に残るオナニーは?」
「自分がおかしいと感じた出来事は?」
珍しく、頭を働かせる。
「お風呂場で、パンツをはいたまま、お漏らしをしてさらにシャワーを当ててしたオナニーです。」
「通勤電車で痴漢に遭って、それ自体は怖いのに、感じてしまって出勤したあと会社のトイレでオナニーをした時に、自分はおかしいのではと思いました。」
恥ずかしいこと、でも、いままで誰にも言わずにいた秘密を興味を持って聞いてくれるのは、なんて気持ちの良いことだ。
賞賛も質問も、この人は独自の感覚を持っているみたい。
そして、それが心地良い。
もっと聞いてほしい、もう少し話していたい。
「えりから、何か聞きたいことはない?」
面倒くさいことを言ってくる人、私に興味さえ持って質問していてくれれば、それで良いのに。
でも、私はまだ切りがたくて、質問を考える。
そしてまた頭を働かせている。
興味を失ってほしくない一心で。
いつのまにか、私の方も電話を長引かせようとしていた。
途中、何度か途切れてはいたものの、その日は合計で5、6時間は話したはずだ。
何を話したか細かいことまでは覚えていない。
ただこの人の声や言葉は、するすると私の心に心地よく染みわたる。
那智さんはこの時点で「感覚が合う」と言い切っていた。
何の根拠があって自信たっぷりに言い切れるのか、わからずにいたけれど、この染みわたる感じは、それの表れかもかもしれない。
まだ私自身気付かずにはいたけれど。
端々で「えり」と呼ぶこの人に、違和感を感じていた。
今日だけじゃなく、もう少し繋がっていたい。
強烈に求めていてほしい。
だから「えり」ではいたくないと思った。
嘘を付いていたら、いつか無理が生じるだろう。
この次、お話しするときには本当の名前を告げよう、年齢も。
それでダメなら仕方がない。
ただ、会わないにしても、もう少し繋がっていたかった。
そして、名前を呼んでほしかった。
もうしばらくの間、気分良くさせていて欲しいと思っていた。
6月の鬱陶しい雨の日。
今日の電話の6時間が、運命なんて陳腐な言葉を使いたくなってしまうような、私の人生を豊かにする出来事だったと知る由もなく。
高揚と共に幕を降ろした。
「こんにちは。」「はじめまして。」
夫と子供を送り出して一通り家事を終えた、お昼近い時間。
今日はランチタイムの配膳のパートもお休みだから、私は慣れた手つきで番号を押す。
フリーダイヤルの番号も暗証番号も、もう指が覚えているから、勝手に動く。
それほどまでに、このテレクラというものに依存して、一体何が生まれるのだろう。
むしろ、消耗しているだけのことはわかっていても、やめられない。
また嫌な人に遭遇すれば懲りるのか。
でも会うつもりで、電話はしていないから、そうそう巻き込まれることもない。
ただただ命綱が少しずつ千切れて、いつかどこかへ落ちていくのをゆっくりと待っているだけのようだった。
緩やかな、心の投身自殺。
何度も言うし、思っている。
私は、別に悲劇のヒロインではない。
適度に仲の良い夫と可愛い子供に恵まれている。
夫に話してみても、暖簾に腕押しな対応の「コンプレックス」を抱え、ほんの少し仕向けてみた「性癖」も夫の混乱をもたらしただけで終わり、私の願いは叶わないものと、ほんの少し諦めていただけだ。
電話が繋がる。
今日は、どんな賞賛を並べてくれるのか、それとも、いきなり「はあはあ」言ってくるから「ばかみたい」と心で唾を吐きながら、無言で切る仕打ちをさせてくれるのか。
いつものように挨拶をする。
声の感じ、口調は合格だ。
しばらく付き合おう。
「年齢は28歳(嘘!!)名前はえり(これも嘘、なぜかいつもこの設定)」
2、3の会話のやりとりのあと、いきなり矢継ぎ早に賞賛の雨。
「なんでそんなに良い声なの」「「どう育てられたら、そんなに品が良くなるの」
強烈に、私に惹かれている感じが手に取るように伝わる。
褒め言葉に丁寧に謙虚を装いながら答えるのは楽しいことだ。
丁寧に謙虚に答えれば、答えるほど男は感動する。
しばらく話したあと、「コレクトコールでかけ直して」と電話番号を伝えられる。
これも合格。
こちらに料金を発生させる人に電話する気なんて、さらさらない。
とにかく、もう少し、この声と口調の人に私に興味を持っていてもらいたくて、私はコレクトコールを使う。
賞賛と共に、性的なことも質問される。
願望や経験、きっかけや好きなこと。
何度も答えてきた言葉を繰り返す。
どれも決して嘘ではないが、たくさんの人に話してきたことだから、なんだか覚えた台詞を言っているように思えていた。
そのうち、あまり聞かれたことのない質問がくる。
「印象に残るオナニーは?」
「自分がおかしいと感じた出来事は?」
珍しく、頭を働かせる。
「お風呂場で、パンツをはいたまま、お漏らしをしてさらにシャワーを当ててしたオナニーです。」
「通勤電車で痴漢に遭って、それ自体は怖いのに、感じてしまって出勤したあと会社のトイレでオナニーをした時に、自分はおかしいのではと思いました。」
恥ずかしいこと、でも、いままで誰にも言わずにいた秘密を興味を持って聞いてくれるのは、なんて気持ちの良いことだ。
賞賛も質問も、この人は独自の感覚を持っているみたい。
そして、それが心地良い。
もっと聞いてほしい、もう少し話していたい。
「えりから、何か聞きたいことはない?」
面倒くさいことを言ってくる人、私に興味さえ持って質問していてくれれば、それで良いのに。
でも、私はまだ切りがたくて、質問を考える。
そしてまた頭を働かせている。
興味を失ってほしくない一心で。
いつのまにか、私の方も電話を長引かせようとしていた。
途中、何度か途切れてはいたものの、その日は合計で5、6時間は話したはずだ。
何を話したか細かいことまでは覚えていない。
ただこの人の声や言葉は、するすると私の心に心地よく染みわたる。
那智さんはこの時点で「感覚が合う」と言い切っていた。
何の根拠があって自信たっぷりに言い切れるのか、わからずにいたけれど、この染みわたる感じは、それの表れかもかもしれない。
まだ私自身気付かずにはいたけれど。
端々で「えり」と呼ぶこの人に、違和感を感じていた。
今日だけじゃなく、もう少し繋がっていたい。
強烈に求めていてほしい。
だから「えり」ではいたくないと思った。
嘘を付いていたら、いつか無理が生じるだろう。
この次、お話しするときには本当の名前を告げよう、年齢も。
それでダメなら仕方がない。
ただ、会わないにしても、もう少し繋がっていたかった。
そして、名前を呼んでほしかった。
もうしばらくの間、気分良くさせていて欲しいと思っていた。
6月の鬱陶しい雨の日。
今日の電話の6時間が、運命なんて陳腐な言葉を使いたくなってしまうような、私の人生を豊かにする出来事だったと知る由もなく。
高揚と共に幕を降ろした。