はじめての旅2
惹かれ合う理由
20歳近く離れたその男性と何度か伝言でやり取りを重ね、会うことになるにはそれほど時間はかからなかった。
ホテルの部屋に入って、その人はロープを取り出して私に見せた。
これで私を縛るのだ。
よく見聞きしていた「麻縄」ではなく、白い綿のロープで形状が麻縄と同じように捻ってあるものだった。
なんとなく麻縄に憧れを抱いていた私は、ほんの少しがっかりする。
服を脱ぐように指示されて、はじめて会った男性の前で裸になる。
恥ずかしいというよりか、不安だ。
そして、どこか醒めている。
手際良く私の体は縛られていく。
この瞬間「夢が叶った」と感じた。
しかし相変わらずどこか醒めたままだ。
この自分の姿を見たい。
ずっと夢に見ていた姿だ。
鏡の前に連れて行ってくれないだろうか。
そして私を1人にしてほしい。
でも、動かしてはくれないし、側に鏡もない。
辛うじてテレビの黒い画面に映る姿を気付かれぬように見る。
この姿に憧れていたのだ。嬉しい。
しかし、嬉しいのは、ここまでだった。
そのうちに、その人が何か金具を持ってきて、天井の梁の出っ張りに穴を開けはじめた。
勝手にホテルの部屋に金具を取り付けている。
その金具にロープを通して、後ろ手に縛られた私を天井から吊るつもりらしい。
吊るというのは、大げさか、天井から引っ張ってその場から動けないように固定する。
これから、何が始まるのか。
はじめて会った男性に自由を奪われる不安で足がすくむ。
もともと負の感情を表に出せない私は、こんな時も「怖い」とか「嫌だ」とか言えずにいた。
SMという上下関係のようなものが存在していると倒錯している空間で、さらに無抵抗になっていた。
固定するために、テレビの前から移動しなければならない。
そのことが残念で、テレビの画面から消えていく自分の姿をぼんやりと見ていた。
もうそこからは、なにも私に喜びをもたらしてはくれなかった。
鈴がついた洗濯ばさみのようなクリップ(?)がいくつか私の体をつまんでも、腰をふってみろと言われても、痛くもないクリップになんの感慨も湧かず、私はかすかな鈴の音しか響かすことはできなかった。
いつまで続くのだろう。
今度は、あぐらをかいたような姿勢で縛り直された。
相変わらず、手は後ろのままだ。
足首と首を一本のロープが繋いでいる。ベッドの上でごろんと後ろに倒されたら、もう自力で起きあがることができない。
壊れただるまだ。
その状態で写真を撮られる。
そして、その男はそのまま私を抱いたのだ。
SMとはセックスを伴うものなのか。
手が痺れて、もう感覚がない。
助けて、どうか一刻も早く射精をして、終わって。
男は「すばらしい」と私を賞賛する言葉を連呼して果てた。
その瞬間、私は自分の血の気が引いていくのを感じた。
男は避妊をしなかったのだ。
確かに、終わりかけではあるが生理中ではあった。
しかしはじめて抱いたたいして素性も知らない女性の中に出す男に怒りを通り越して、恐怖すら覚えた。
しかも私が余りにもすばらしいから、謀らずもいってしまったと照れ臭そうに言う。
ああ、私は、ここでもまた見下さなければならないのか。
それにしても、痺れた手の感覚が麻痺してまったく動かない、
どうしよう。
「それは、君が頑張った勲章だ」と、男は言う。
勲章なんて思えない。怖いだけだ。どうしよう。
少しして、痺れてはいるけれど、動くようにはなった。
(この手の痺れは、一週間ほどとれなかった)
ようやく落ち着いて、男はビールを注いで乾杯をしようという。
ここでも、なぜ私は演技をするのだろう。
床に正座してみせるのだ。
男はソファに腰掛けて、私は少し離れて正座する。
しおらしい奴隷(男は愛奴と言った、はじめて耳にする単語)の姿に感動した男は、私を足下に引き寄せようとするけれど、私は恥ずかしさを装っていやいやをする。
近くに行く気になれない。
もっと感動している。ばかみたいだ。
男は、しばらくゆっくりしたいようだったが、時間がないと嘘をつく。
残念そうな男は、私の役割だと道具を片づけることを指示する。
「早く帰りたい、早く帰りたい」
僅かな生理のあとの残るロープを洗面所で洗いながらおまじないのように心で唱えた。
車から降りる時に、使い捨てカメラを渡された。
さっき私を撮ったものだ。
「今日は、お互いの魂を見せ合った。その記念にこれを持っていて」という男。
ふざけたことを言う男だ。
私の魂は、そんなに安くない。
家に着いてすぐ、カメラを分解して、フィルムを切り刻んだ。
恐怖と後悔と怒りを拭い去るように。
それから、その男は当然のことながら私に会いたがった。
はぐらかしているうちに、職場に来たりした。
相手も役職の付いた社会人だから、さすがに私に声をかけたりはしないで、遠巻きにみていたらしい。
その話を電話で聞かされて、もうちゃんと断らなければいけないと決心する。
「君のために麻縄を買ったんだ」切なげに話す男の声を遮って、言う。
「避妊してくれなかったから、もう怖くて会えない」
そのあと、男がどんな言葉を発したのか、はっきりと覚えていない。
後悔の念と諦めの言葉を口にしていたような気がする。
「麻縄」という響きに、一瞬心がざわめいたけど、もうそれ以外に、男のどんな言葉も私の心を動かすことはなかった。
はじめて「SM」は、私には恐怖の体験になってしまった。
縛られたときに感じた「夢が叶っている」一瞬の喜びと引き替えに、恐怖と後悔と、やっぱり叶わないのかと諦めを胸に刻むだけだった。
20歳近く離れたその男性と何度か伝言でやり取りを重ね、会うことになるにはそれほど時間はかからなかった。
ホテルの部屋に入って、その人はロープを取り出して私に見せた。
これで私を縛るのだ。
よく見聞きしていた「麻縄」ではなく、白い綿のロープで形状が麻縄と同じように捻ってあるものだった。
なんとなく麻縄に憧れを抱いていた私は、ほんの少しがっかりする。
服を脱ぐように指示されて、はじめて会った男性の前で裸になる。
恥ずかしいというよりか、不安だ。
そして、どこか醒めている。
手際良く私の体は縛られていく。
この瞬間「夢が叶った」と感じた。
しかし相変わらずどこか醒めたままだ。
この自分の姿を見たい。
ずっと夢に見ていた姿だ。
鏡の前に連れて行ってくれないだろうか。
そして私を1人にしてほしい。
でも、動かしてはくれないし、側に鏡もない。
辛うじてテレビの黒い画面に映る姿を気付かれぬように見る。
この姿に憧れていたのだ。嬉しい。
しかし、嬉しいのは、ここまでだった。
そのうちに、その人が何か金具を持ってきて、天井の梁の出っ張りに穴を開けはじめた。
勝手にホテルの部屋に金具を取り付けている。
その金具にロープを通して、後ろ手に縛られた私を天井から吊るつもりらしい。
吊るというのは、大げさか、天井から引っ張ってその場から動けないように固定する。
これから、何が始まるのか。
はじめて会った男性に自由を奪われる不安で足がすくむ。
もともと負の感情を表に出せない私は、こんな時も「怖い」とか「嫌だ」とか言えずにいた。
SMという上下関係のようなものが存在していると倒錯している空間で、さらに無抵抗になっていた。
固定するために、テレビの前から移動しなければならない。
そのことが残念で、テレビの画面から消えていく自分の姿をぼんやりと見ていた。
もうそこからは、なにも私に喜びをもたらしてはくれなかった。
鈴がついた洗濯ばさみのようなクリップ(?)がいくつか私の体をつまんでも、腰をふってみろと言われても、痛くもないクリップになんの感慨も湧かず、私はかすかな鈴の音しか響かすことはできなかった。
いつまで続くのだろう。
今度は、あぐらをかいたような姿勢で縛り直された。
相変わらず、手は後ろのままだ。
足首と首を一本のロープが繋いでいる。ベッドの上でごろんと後ろに倒されたら、もう自力で起きあがることができない。
壊れただるまだ。
その状態で写真を撮られる。
そして、その男はそのまま私を抱いたのだ。
SMとはセックスを伴うものなのか。
手が痺れて、もう感覚がない。
助けて、どうか一刻も早く射精をして、終わって。
男は「すばらしい」と私を賞賛する言葉を連呼して果てた。
その瞬間、私は自分の血の気が引いていくのを感じた。
男は避妊をしなかったのだ。
確かに、終わりかけではあるが生理中ではあった。
しかしはじめて抱いたたいして素性も知らない女性の中に出す男に怒りを通り越して、恐怖すら覚えた。
しかも私が余りにもすばらしいから、謀らずもいってしまったと照れ臭そうに言う。
ああ、私は、ここでもまた見下さなければならないのか。
それにしても、痺れた手の感覚が麻痺してまったく動かない、
どうしよう。
「それは、君が頑張った勲章だ」と、男は言う。
勲章なんて思えない。怖いだけだ。どうしよう。
少しして、痺れてはいるけれど、動くようにはなった。
(この手の痺れは、一週間ほどとれなかった)
ようやく落ち着いて、男はビールを注いで乾杯をしようという。
ここでも、なぜ私は演技をするのだろう。
床に正座してみせるのだ。
男はソファに腰掛けて、私は少し離れて正座する。
しおらしい奴隷(男は愛奴と言った、はじめて耳にする単語)の姿に感動した男は、私を足下に引き寄せようとするけれど、私は恥ずかしさを装っていやいやをする。
近くに行く気になれない。
もっと感動している。ばかみたいだ。
男は、しばらくゆっくりしたいようだったが、時間がないと嘘をつく。
残念そうな男は、私の役割だと道具を片づけることを指示する。
「早く帰りたい、早く帰りたい」
僅かな生理のあとの残るロープを洗面所で洗いながらおまじないのように心で唱えた。
車から降りる時に、使い捨てカメラを渡された。
さっき私を撮ったものだ。
「今日は、お互いの魂を見せ合った。その記念にこれを持っていて」という男。
ふざけたことを言う男だ。
私の魂は、そんなに安くない。
家に着いてすぐ、カメラを分解して、フィルムを切り刻んだ。
恐怖と後悔と怒りを拭い去るように。
それから、その男は当然のことながら私に会いたがった。
はぐらかしているうちに、職場に来たりした。
相手も役職の付いた社会人だから、さすがに私に声をかけたりはしないで、遠巻きにみていたらしい。
その話を電話で聞かされて、もうちゃんと断らなければいけないと決心する。
「君のために麻縄を買ったんだ」切なげに話す男の声を遮って、言う。
「避妊してくれなかったから、もう怖くて会えない」
そのあと、男がどんな言葉を発したのか、はっきりと覚えていない。
後悔の念と諦めの言葉を口にしていたような気がする。
「麻縄」という響きに、一瞬心がざわめいたけど、もうそれ以外に、男のどんな言葉も私の心を動かすことはなかった。
はじめて「SM」は、私には恐怖の体験になってしまった。
縛られたときに感じた「夢が叶っている」一瞬の喜びと引き替えに、恐怖と後悔と、やっぱり叶わないのかと諦めを胸に刻むだけだった。