蛇口
独特な幸福感
一日のはじまりの「おはよう」メールがなかった。
厳密にいうと、だいたいメールをいただける時間になかった。
いつでも送って良いフリーメールはあるけれど、直接携帯同士のやり取りは基本的に那智さんからの「おはよう」メールではじまって「おやすみ」が終了の合図になっている。
でもって、朝イチに「おはよう」をいただいて、わたしがお話しできる状況になったら電話を鳴らしていいことになっているので、那智さんの合図はメール解禁と同時に後でお話しできるよの合図にもなっている。
だから、わたしのとって「おはよう」メールは、単に那智さんからメールが来た喜びに加えて、直接やり取りできる繋がっている実感と、その後お話しできる約束の喜びと何重にも喜びを与えてくれるものなのだ。
那智さんもそれを理解してくれているし好きな女を寂しがらせたくない人なので、年に1、2度忘れてしまうことを除けばきちんと毎日メールしてくれるし、たまにメールできない予定が入っているときは事前に教えておいてくれるので、例外を除けば毎朝のメールがわたしの『生命のスイッチオン』なのだ(笑)
そのメールがなかった。
まあ、年に1、2回のうちの1回なんだろうな〜、『感想』は書いていてくれたから事故とか急病とかの心配はしないでいられたので、純粋にし忘れたのだろうと「まだかな、まだかな」と携帯をチェックしながら思っていた。
ところが、日々わたしがお電話できる時間になってもメールが来ない。
だいたいメールをし忘れたときは、いつもの時間になってのわたしからの電話がないことではじめて「おはよう」を忘れていたことに気づくようなので、『りん子から電話がかかってくるはずの時間』もひとつの合図になっているから、その時間を過ぎてもメールがないことは滅多にないのだ。
メールを忘れている(かもしれない)上に、わたしからの電話時間も忘れている(かもしれない)ことに悲しい気持ちと『生命のスイッチオン』の時間がどんどん遅くなっていくことの焦るような気持ちに、心はマイナス方向に転がっていきそうになる。
でも、まあ、何か事情があったとしてもそれが済めば必ずいただけるし、長年培った『那智さんはわたしをないがしろにしない』という信頼と今朝『感想』はちゃんとくださった感謝の気持ちなどなどがあったので、ちょっと低空飛行ではあるけれど穏やかな気持ちで待っていようと思っていた。
10分後(10分を長いと思うか、短いと思うかは人それぞれ 笑)
携帯に「おはよう〜」の合図。
ああ、よかった。
「おはようございます^^」とご挨拶をお返しして、あらためて電話をかける。
聞くと送信エラーになっていたそうで那智さん本人は送っていたつもりになっていたそうだ。
わたしからの電話がないことに10分気づかなかった理由は聞かなかったけど、この日はいつもと違う朝の過ごし方だったので、まあ、そういうことなんだろうなと理解した。
感情の蛇口調整はむずかしい。
わたしにとって那智さんからのメールは『生命スイッチオン』なのだ。
それをダメージを少なく、那智さんを責めるようなこともしないようにするにはある程度蛇口を絞って低空飛行をしておいたほうがいいけれど、それだといざ繋がったときにきゃぴきゃぴと軽いノリで喜べないという難点もある。
理由を話してくれて、その後はごく普通の会話を楽しんだしいつも通りのわたしになれたけど、これではいけないと切り際にお伝えした。
那智さん、今日、「おはよう」なくて寂しかったです
事情はわかったので責めるつもりはありませんけど、わたしが那智さんからのメールをとても心待ちにしていることも、だからこそ、寂しくなったこともお伝えしてもいいですよね?
この蛇口は締めておこうと思えばけっこう締めておけます
でも、締めておくことに慣れてしまうのはよくないですよね?
だから、お伝えします
もちろん
ちゃんと言わなきゃダメ
那智さんはわたしの『慣れない』ところがすごいと褒めてくれます。
それはわたしの特性のひとつかもしれないけど、那智さんが『慣れない』ようにさせてくれていることも大いに関係していると思っています。
日頃からわたしの蛇口を開けっ放しにさせてくれているし、このときのように一時は締めたとしても必ず最後には開放してくれるから、わたしの感情のタンクはいつも新鮮な水で満たすことができるのです。
これを、わがまま言うなとか言って日頃蛇口を締めさせておいて、自分の都合の良いときだけ「すべてをさらけ出せ」なんていう人だったらわたしは上手に蛇口の調整ができず、新鮮さを保つことができないだろう。
往々にして、都合の良いときだけ言う人の『すべて』は、その人にとって都合の良い部分の『すべて』だったりするよね。
あなたのメールが『生命のスイッチオン』なんて極端な女を作りたいなら、蛇口から溢れ出る感情をすべて吸収する覚悟が必要だ。
そうしていてくれれば、いつまでも『慣れない』わたしでいられるのです^^
<関連エントリー>
『待ち方』
一日のはじまりの「おはよう」メールがなかった。
厳密にいうと、だいたいメールをいただける時間になかった。
いつでも送って良いフリーメールはあるけれど、直接携帯同士のやり取りは基本的に那智さんからの「おはよう」メールではじまって「おやすみ」が終了の合図になっている。
でもって、朝イチに「おはよう」をいただいて、わたしがお話しできる状況になったら電話を鳴らしていいことになっているので、那智さんの合図はメール解禁と同時に後でお話しできるよの合図にもなっている。
だから、わたしのとって「おはよう」メールは、単に那智さんからメールが来た喜びに加えて、直接やり取りできる繋がっている実感と、その後お話しできる約束の喜びと何重にも喜びを与えてくれるものなのだ。
那智さんもそれを理解してくれているし好きな女を寂しがらせたくない人なので、年に1、2度忘れてしまうことを除けばきちんと毎日メールしてくれるし、たまにメールできない予定が入っているときは事前に教えておいてくれるので、例外を除けば毎朝のメールがわたしの『生命のスイッチオン』なのだ(笑)
そのメールがなかった。
まあ、年に1、2回のうちの1回なんだろうな〜、『感想』は書いていてくれたから事故とか急病とかの心配はしないでいられたので、純粋にし忘れたのだろうと「まだかな、まだかな」と携帯をチェックしながら思っていた。
ところが、日々わたしがお電話できる時間になってもメールが来ない。
だいたいメールをし忘れたときは、いつもの時間になってのわたしからの電話がないことではじめて「おはよう」を忘れていたことに気づくようなので、『りん子から電話がかかってくるはずの時間』もひとつの合図になっているから、その時間を過ぎてもメールがないことは滅多にないのだ。
メールを忘れている(かもしれない)上に、わたしからの電話時間も忘れている(かもしれない)ことに悲しい気持ちと『生命のスイッチオン』の時間がどんどん遅くなっていくことの焦るような気持ちに、心はマイナス方向に転がっていきそうになる。
でも、まあ、何か事情があったとしてもそれが済めば必ずいただけるし、長年培った『那智さんはわたしをないがしろにしない』という信頼と今朝『感想』はちゃんとくださった感謝の気持ちなどなどがあったので、ちょっと低空飛行ではあるけれど穏やかな気持ちで待っていようと思っていた。
10分後(10分を長いと思うか、短いと思うかは人それぞれ 笑)
携帯に「おはよう〜」の合図。
ああ、よかった。
「おはようございます^^」とご挨拶をお返しして、あらためて電話をかける。
聞くと送信エラーになっていたそうで那智さん本人は送っていたつもりになっていたそうだ。
わたしからの電話がないことに10分気づかなかった理由は聞かなかったけど、この日はいつもと違う朝の過ごし方だったので、まあ、そういうことなんだろうなと理解した。
感情の蛇口調整はむずかしい。
わたしにとって那智さんからのメールは『生命スイッチオン』なのだ。
それをダメージを少なく、那智さんを責めるようなこともしないようにするにはある程度蛇口を絞って低空飛行をしておいたほうがいいけれど、それだといざ繋がったときにきゃぴきゃぴと軽いノリで喜べないという難点もある。
理由を話してくれて、その後はごく普通の会話を楽しんだしいつも通りのわたしになれたけど、これではいけないと切り際にお伝えした。
那智さん、今日、「おはよう」なくて寂しかったです
事情はわかったので責めるつもりはありませんけど、わたしが那智さんからのメールをとても心待ちにしていることも、だからこそ、寂しくなったこともお伝えしてもいいですよね?
この蛇口は締めておこうと思えばけっこう締めておけます
でも、締めておくことに慣れてしまうのはよくないですよね?
だから、お伝えします
もちろん
ちゃんと言わなきゃダメ
那智さんはわたしの『慣れない』ところがすごいと褒めてくれます。
それはわたしの特性のひとつかもしれないけど、那智さんが『慣れない』ようにさせてくれていることも大いに関係していると思っています。
日頃からわたしの蛇口を開けっ放しにさせてくれているし、このときのように一時は締めたとしても必ず最後には開放してくれるから、わたしの感情のタンクはいつも新鮮な水で満たすことができるのです。
これを、わがまま言うなとか言って日頃蛇口を締めさせておいて、自分の都合の良いときだけ「すべてをさらけ出せ」なんていう人だったらわたしは上手に蛇口の調整ができず、新鮮さを保つことができないだろう。
往々にして、都合の良いときだけ言う人の『すべて』は、その人にとって都合の良い部分の『すべて』だったりするよね。
あなたのメールが『生命のスイッチオン』なんて極端な女を作りたいなら、蛇口から溢れ出る感情をすべて吸収する覚悟が必要だ。
そうしていてくれれば、いつまでも『慣れない』わたしでいられるのです^^
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