普通のひとで愛し合おう1
いつか「えらかったね」とほめてもらうための記録
那智さんと出会って1年と少し過ぎたころだった。
ある日電話で思いもよらぬことを持ちかけられた。
プロポーズをするための準備をしていいか?
というのだ。
詳細はわからないけど、何かしらの理由で那智さん家にとって夫婦の籍を分けたほうが有利な事態になっていたのだそうだ。(税金的に?福祉的に?)
それをきっかけにいずれ事実上の夫婦であることも解消し、わたしにプロポーズもできる。
選択肢のひとつとしてその案が浮上しているのだけど、プロポーズをする準備として進めてもいいか?ということだった。
とてもとても驚いた。
あのころ、すでにわたしの人生に那智さんは不可欠な人になっていた。
わたしのほしかったものを与え、抱えていた問題を一緒に解決してくれ、また仕事の後押しもしてくれたし、深刻ないじめになりかねない我が子の相談などにも乗ってくれていた。
なぜこの人から離れなければならないのかという思いに襲われることも何度もあった。
いつか遠い未来に一緒になれる日が来るかもしれない。
漠然とそんな思いを描いていたこともある。
ただ出会って1年少しで、その思いを確固たるものだと思い切れる力はわたしにはなかった。
ううん、そう思うことは思っていた。
でも、それと同じくらい、わたしの行動で周囲を不幸にしたくないという思いも充分すぎるほどあった。
ずっと手のかかる子で妹で、つい10年前大きな理由もなく最初の結婚を破棄したときだって助けてくれた身内。
多少問題ありだけど基本は仲良くすごせている夫、まだ幼い我が子。
彼らを傷つけ不幸にしてしまうことは、あまりにつらい。
いっそ暴力を振るわれたりしていたら一歩踏み出せたかもしれないけれど、20代前半で離婚に突き進んだときより、わたしはたくさんの責任を背負っていたのだ。
それを秤にかけたとき「はい」とはいえなかった。
ただただ涙ばかりあふれた。
那智さんはいう。
俺たちの関係において、俺がプロポーズをして断られたら、もう関係継続はできない
と。
『対等で上下』、あの当時はまだそうハッキリ言語化できていたわけではないけれど、那智さんが決めわたしが従う上下関係はすでにできていたので、那智さんの一大決心のプロポーズを断るということは、その上下の関係を崩してしまうことになり継続はできないということだった。
(いま思えば、もっと単純に『男の子の沽券』かもしれないけど)
いわんとしていることは理解できた。
那智さんにとって結婚の申し出を断られることは振られることと同義なのだろう。
だから、「プロポーズをするための準備をしていいか」と前段階でわたしに聞いたのだ。
長いこと話し合った。
なぜいまなのか。
りん子の子どもがまだ小さいうちのほうがなんとかカバーしていかれる(もしくは、ずっと大きくなってからとも言っていた)
誰も不幸にしたくない。
俺が迎えにいく、ついてくればいい。
その先の人生ずっと泣いていてもいいよ、俺がずっとそばにいて慰める。
何かきっかけがあってプロポーズされるなんてイヤだ。
わたしがほしいからじゃなきゃイヤだ。
そうだね。
ずっと泣いていた。
どうしてわたしはふたりいないんだろう。
ありもしない妄想に逃げた。
結局、わたしが答えを出せなかったことと、那智さんのほうの事情もあり(と思う)、この話しはなしになった。
周囲を不幸にしないですんだ安堵と那智さんと離れていなければならないつらさの複雑な気持ちだった。
それと共に、一抹の疑問も感じていた。
もともとすごく良好な夫婦とはいえない様子ではあったけど、どこの夫婦だってそれなりに問題は抱えているもので、その範疇かと思っていたけれど、たとえ有利だったとしても籍を抜くという選択肢が浮上するということは、もしかしたら、わたしが想像するより夫婦仲は悪いのだろうか。
那智さんの快適を願い、那智さんに幸せでいてほしい気持ちが強いわたしは家庭での那智さんの快適でない状況を想像して、勝手に落ち着かない気持ちにもなっていた。
いま思えば、すでにあのころから10年後に起こる出来事はははじまっていたのかもしれない。
でも、当時のわたしには想像すらできずにいた。
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