遠い日の花火
独り言
痛いこと。
最近、すこし遠ざかっている。
遠ざかっていると、なんとなく、もうしなくてもいいかなという気持ちになったりもする。
だって、痛いものは痛いんだもん(笑)
お尻がボコボコになるほど鞭で打たれて笑い出すような狂気の快感や痛くて絶叫しなくては耐えられないほどのパニックの快感を懐かしく思うけど、あの境地に行き着くまでの『苦痛を耐える時間』や『苦痛に耐える体力』を考えると、正直自信がない。
なかなか味わうことができない肉体と精神の状態を味わわせてくれた那智さんに感謝して、遊び疲れた夏休みの最後の海水浴のような、めくるめく青春の1ページを郷愁の思いでそっと閉じる感覚。
恋は遠い日の花火ってコピーみたいな気分。
ある意味、満足しているのかもしれない。
いまは那智さんと気持ちよくて温かくて、ときどき(浣腸とかして!)刺激的なセックスを満喫できているので十分だ。
と、そんなふうに思っていた。
ところが、最近、またすこし痛いことをしはじめている。
ゴムの棒で数回叩くくらいの『痛いこと』だ。
当然、痛い。
2、3回、その機会があった。
残念ながら、痛いことが怖くなっていた。
だって、痛いんだもん(笑)
かつて痛いことをしたら、自分は痛いと感じているのに勝手に快感の反応をするところまで変えられたわたしの脳は正常な反応を取り戻してしまったみたいなのだ。
那智さんがする『痛いこと』に対するわたしの結果は2パターンある。
刺激としての『痛いこと』とあの世界に行く(もしくは近く)『痛いこと』だ。
以前のわたしはこれが延長線上にあるように作られていたのかもしれないけど、このふたつは別物だと思っている。(結果的に延長線上になるのだろうけど)
で、いま那智さんが再開しているのは刺激としての『痛いこと』のはず。
当たり前だよね、しばらく遠ざかっていたのだから、いきなりあの世界に行くほど強烈にはできないし、わたしだって耐えられない。
それはわかっているのだけど。
その刺激としてのものでも、怖いと思ってしまっているわけだ。
那智さんはどう考えているのかわからないけど、先日正直に伝えた。
痛いことが怖くなっているって。
そして、今後も痛いことをしようと思うなら、いつか怖いと思わず『またしてほしい』と思えるようにしてくれると嬉しいですと付け加えた。
もうあの世界に行くことは難しいかもしれない。
わたしの体力とかも含めて。
ゴムのバラ鞭ないみたいだし(笑)
でも、懐かしむようにそっと閉じたページを開こうとお思いになるなら、どうか、『あの世界』とは違うものであったとしても、怖いと思わず那智さんにしてほしいと思えるようになりたいです。
「等式」感想です。あの世界に行く方法は何種類かある。全ての方法を試して見よう。一番の近道は閉鎖になったようなので。
痛いこと。
最近、すこし遠ざかっている。
遠ざかっていると、なんとなく、もうしなくてもいいかなという気持ちになったりもする。
だって、痛いものは痛いんだもん(笑)
お尻がボコボコになるほど鞭で打たれて笑い出すような狂気の快感や痛くて絶叫しなくては耐えられないほどのパニックの快感を懐かしく思うけど、あの境地に行き着くまでの『苦痛を耐える時間』や『苦痛に耐える体力』を考えると、正直自信がない。
なかなか味わうことができない肉体と精神の状態を味わわせてくれた那智さんに感謝して、遊び疲れた夏休みの最後の海水浴のような、めくるめく青春の1ページを郷愁の思いでそっと閉じる感覚。
恋は遠い日の花火ってコピーみたいな気分。
ある意味、満足しているのかもしれない。
いまは那智さんと気持ちよくて温かくて、ときどき(浣腸とかして!)刺激的なセックスを満喫できているので十分だ。
と、そんなふうに思っていた。
ところが、最近、またすこし痛いことをしはじめている。
ゴムの棒で数回叩くくらいの『痛いこと』だ。
当然、痛い。
2、3回、その機会があった。
残念ながら、痛いことが怖くなっていた。
だって、痛いんだもん(笑)
かつて痛いことをしたら、自分は痛いと感じているのに勝手に快感の反応をするところまで変えられたわたしの脳は正常な反応を取り戻してしまったみたいなのだ。
那智さんがする『痛いこと』に対するわたしの結果は2パターンある。
刺激としての『痛いこと』とあの世界に行く(もしくは近く)『痛いこと』だ。
以前のわたしはこれが延長線上にあるように作られていたのかもしれないけど、このふたつは別物だと思っている。(結果的に延長線上になるのだろうけど)
で、いま那智さんが再開しているのは刺激としての『痛いこと』のはず。
当たり前だよね、しばらく遠ざかっていたのだから、いきなりあの世界に行くほど強烈にはできないし、わたしだって耐えられない。
それはわかっているのだけど。
その刺激としてのものでも、怖いと思ってしまっているわけだ。
那智さんはどう考えているのかわからないけど、先日正直に伝えた。
痛いことが怖くなっているって。
そして、今後も痛いことをしようと思うなら、いつか怖いと思わず『またしてほしい』と思えるようにしてくれると嬉しいですと付け加えた。
もうあの世界に行くことは難しいかもしれない。
わたしの体力とかも含めて。
ゴムのバラ鞭ないみたいだし(笑)
でも、懐かしむようにそっと閉じたページを開こうとお思いになるなら、どうか、『あの世界』とは違うものであったとしても、怖いと思わず那智さんにしてほしいと思えるようになりたいです。
「等式」感想です。あの世界に行く方法は何種類かある。全ての方法を試して見よう。一番の近道は閉鎖になったようなので。
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