拒否権なし
独り言
昨日のエントリーで「納得いくまで話し合って出した結論にりん子が従うのは当たり前、俺はそれに責任を取るという方法で従ってるだけ」なんてかっこいいこと書きましたが、これはどちらかというと日常生活やふたりの関係に於いてのこと。
性的なことに関しては「納得いくまで話し合う」なんてことはない。
だって、「今日浣腸しようと思うけど、りん子はどう思うか。」なんていちいち話し合って決めるものでもないし^^;
こちらに関しては、基本的に「拒否権なし」
「うんこ、いる?」みたいに那智さんがどっちでもいいときは聞かれるけど、那智さんがやりたいことは有無を言わせずやる。
拒否権なし。
まあ、日常生活で「納得いくまで話し合う」ような関係を作れてるから、その場で拒否権なしでも委ねられるんだけどね。
それにしても、拒否権なしなんて酷いんじゃない?那智さん。
そう思って聞いてみると。
「だって、拒否権なしのほうが、りん子が喜ぶんだもん。」
ふうぅ、そ、そうなんです^^;
自分に拒否権ないの、嬉しいんです〜。
その部分だけ書いてたら、私も立派に「絶対服従」だわ^^
見透かされてて、ちょっと照れます^^;
昨日のエントリーで「納得いくまで話し合って出した結論にりん子が従うのは当たり前、俺はそれに責任を取るという方法で従ってるだけ」なんてかっこいいこと書きましたが、これはどちらかというと日常生活やふたりの関係に於いてのこと。
性的なことに関しては「納得いくまで話し合う」なんてことはない。
だって、「今日浣腸しようと思うけど、りん子はどう思うか。」なんていちいち話し合って決めるものでもないし^^;
こちらに関しては、基本的に「拒否権なし」
「うんこ、いる?」みたいに那智さんがどっちでもいいときは聞かれるけど、那智さんがやりたいことは有無を言わせずやる。
拒否権なし。
まあ、日常生活で「納得いくまで話し合う」ような関係を作れてるから、その場で拒否権なしでも委ねられるんだけどね。
それにしても、拒否権なしなんて酷いんじゃない?那智さん。
そう思って聞いてみると。
「だって、拒否権なしのほうが、りん子が喜ぶんだもん。」
ふうぅ、そ、そうなんです^^;
自分に拒否権ないの、嬉しいんです〜。
その部分だけ書いてたら、私も立派に「絶対服従」だわ^^
見透かされてて、ちょっと照れます^^;
携帯から!
独り言
自己紹介画像を更新したって那智さんからメールが入りました!
でも、私、仕事先。
パソコンチェックできません!
うう、どの写真なの!
携帯からだから、画像が見られない!!
携帯からだから苦手な顔文字もできる。
どんな写真なの〜o(><;)(;><)o←こんな感じ(〃▽〃)
多分朝までチェックできない(;・д・)←こんな感じ(〃▽〃)
「エッチとSM混ざってて洋服着てない」というところまでは聞き出しましたε=(^◇^;←こんな感じ?
あれ?私、おもしろがってる(^^ゞ
失礼しましたm(_ _ )m
でも、(¥△¥;)こんな気持ちもほんとなんだよ〜( p_q)
今夜はやきもきして眠ります(-.-)zzz
自己紹介画像を更新したって那智さんからメールが入りました!
でも、私、仕事先。
パソコンチェックできません!
うう、どの写真なの!
携帯からだから、画像が見られない!!
携帯からだから苦手な顔文字もできる。
どんな写真なの〜o(><;)(;><)o←こんな感じ(〃▽〃)
多分朝までチェックできない(;・д・)←こんな感じ(〃▽〃)
「エッチとSM混ざってて洋服着てない」というところまでは聞き出しましたε=(^◇^;←こんな感じ?
あれ?私、おもしろがってる(^^ゞ
失礼しましたm(_ _ )m
でも、(¥△¥;)こんな気持ちもほんとなんだよ〜( p_q)
今夜はやきもきして眠ります(-.-)zzz
苦あれば楽あり?
独り言
さてさて、フィットネス通いも三ヶ月を過ぎて、何か変化はあったでしょうか?
「私はやってるぞ〜という満足感」と那智さんに言い切った、暑い夏の日。(過去エントリー「わたしってどんな人?」の最後の方に書いてあります。)
実はあの前くらいから「ちょっとやばいかな〜」と思っていたのだ。
フィットネスに通ってる=私はやってる=ちょっとくらい食べても、私はやってるから大丈夫
フィットネスに通い始めるとき、那智さんも私自身も危惧していたこの思考回路。
「ちょちょっとマシンを使ったくらいで、ご飯お替わりしたら+になる」のは理性ではわかりきってることなのに、従来の「食べるの大好き」の本能がじわじわと浸食して、いつのまにか理性の緊張は緩むのだ。
んで、別に急に太ったってわけじゃないけど、わたし的に「やばい」ラインに差し掛かっていたなと気にしはじめたときに、あの暑い夏の日の那智さんの指摘だったわけ。
グッドタイミングの指摘に、じゃあやるか〜とやっとやる気になったのだ。
いつか書くかもしれないけど、私は20代のころ周囲から「骨をも削る」と言われるほどのダイエットをしたことがある。(といっても6kgくらい落としただけだけど)
別に研究したわけじゃないけど、それなりにノウハウがある。(わわ、そんなすごいことじゃないけど)
だから、いざとなったら、やるのだ!!
ということで本腰を入れて一ヶ月弱。
20代のころの「骨をも削る」のときは、ただ痩せるということが目的だったけど、今回はちょっと違う。
どちらかというと加齢による筋力の衰え、それに伴う「ぷにぷに」解消。
とくに、もともとウエストくびれてない体の真ん中あたりをなんとかしよう。
そこで始めたのがウォーキング。
インストラクターに作ってもらった筋トレのメニューはできる範囲で頑張る^^;
あとは、とにかく歩く。
ランニングマシンで歩く。
それも目的は「カロリー消費」や「持久力アップ」じゃない。
お腹と腰回りをすっきりさせること。
もうめっちゃ自己流。
デューク○家とか「あるあるなんとか」とかで見聞きした情報(電車の中吊りの見出しだけで読んだ気になって、ちゃんと読んだり見たりしてるわけじゃないから、ほんとに見聞き^^)をいいように組み合わせて出した結論は。
「格好良く歩く!!」
姿勢を正しく、大股で、モデルのように腰を振り、「どうだ!!」って感じで歩く。
ポイントは腰回りを捻ること。
それには大きく一歩を踏み出して、膝と膝が触れるくらいに一直線上を歩くようにする。
ね、モデルさんみたいでしょ?
これを時速6kmくらいで約1時間。
ただひたすらがしがしと歩くのだ。
ほんとはウォーキングって、全身運動になって筋力アップの効果もあるらしいから手をきちんと振るほうがいいらしいのだけど、私の目的は「体の真ん中」なので、手なんか振らない^^
ベルトコンベアーみたいな奴の速度に負けないように、格好良く歩くにはバーを持ってないとふらついちゃうの。
だから、体を安定させて、とにかく腰を振るのだ^^
そうすると、最後のほうには腰の辺りが熱くなってきてかるーく痺れるようになる。
なんだか、燃えてるわ!!と思える、嬉しい瞬間。
でも、ただ一時間がしがし歩くだけってかなりの苦行ですよね。
なんでも苦しいだけじゃ続きません。
そこで、ipodくんがとっても役立つのです。
このまったく偏ったジャンルもめちゃくちゃな私のレパートリー。
これが、私の原動力になっているのですね。
入っているのは、ユーミンと椎名林檎と懐かしのユーロビート。
ipodくんはそれらをシャッフルして私を楽しませてくれる。
ユーミンの「DownTown Boy」を聴いては、はじめてキスをした、あのちょっと不良の少年を思い出し、恋に恋していたころを懐かしむ。
ああ、いけない感傷に浸ってしまって、がしがしが疎かになるわ^^;
椎名林檎の「ギブス」、これ大好きなのよね〜、「明日のことはわからない〜♪だからぎゅっとしててね〜♪」、ああ切ない。
思わず、その刹那の魅力に負けてしまいたい衝動に駆られるけど、それを堪えて、その衝動を歩幅を広げることに向ける!!
そして、やっぱり極めつけは「懐かしのユーロビート」
それがかかると速度のレベルをちょっと上げて、さらに「どうだ!!」度をアップする。
もう気分は「お立ち台」時代。
あの、グラグラした不安定な自分を「派手」というインチキな鎧で無理矢理固めて武装して、何かを消耗しながらもこれでもかってくらい腰を振って歩き、男性の視線をはねのけてた、あの頃。
あの不健全な明るさを思い出して、退屈な一時間を高揚の時間に変えるのです。
私が通っているのは夕方の一番空いてる時間。
どちらかというと年配の方が多い。
そんな中、ただひたすら格好つけて歩く、私。
しかも、高揚気味だから、もしかしたら「軽く微笑んで」しまってるかもしれない!!(気を付けなきゃ^^;)
ちょっと変かもしれないけど、何事も楽しくなくちゃ、続かないもんね。
で、効果のほどはどうなんでしょ!?
わたし的には多少変化があるようにも思うけど、正確にはわからない。
(すみません、体重計ったりしてないの、そのへんいい加減です。ジーンズ緩くなったとかで計ってる^^;)
しばらくいろんな事情や那智さんの多忙で裸をお見せする機会がない。(いや、見せたいわけじゃにけど…)
次、いつお見せできるかわからないけど(ほんと見せたいんじゃないのよ…)、そのときに確認してもらお。
ってことは、裸になる時が遅ければ遅いほど、変化が出てるってことよね。
じゃあ、しばらく裸になるような事態にならないほうがいいんだ。
ああ、よかった那智さん忙しくて、私のことかまえなくて。
…はい、負け惜しみです、すみません、正確には「那智さん〜、早くかまってくれないと、早くもリバウンドしちゃうかもしれませんよ〜。だから、早く確認してくださいね♪」でした。
さあ、次回那智さんの感想はいかがなものだしょうか?
ああ、また那智さんにも、皆さんにもハードル上げちゃう悪い癖^^
そうそう、加えてちょっと食事制限もしてます。
これが重要で、これが一番の苦行でした^^
楽しくなくちゃ続かないけど、苦しみを乗り越えないと得られない。
んん!?SMに似てるかも?
さてさて、フィットネス通いも三ヶ月を過ぎて、何か変化はあったでしょうか?
「私はやってるぞ〜という満足感」と那智さんに言い切った、暑い夏の日。(過去エントリー「わたしってどんな人?」の最後の方に書いてあります。)
実はあの前くらいから「ちょっとやばいかな〜」と思っていたのだ。
フィットネスに通ってる=私はやってる=ちょっとくらい食べても、私はやってるから大丈夫
フィットネスに通い始めるとき、那智さんも私自身も危惧していたこの思考回路。
「ちょちょっとマシンを使ったくらいで、ご飯お替わりしたら+になる」のは理性ではわかりきってることなのに、従来の「食べるの大好き」の本能がじわじわと浸食して、いつのまにか理性の緊張は緩むのだ。
んで、別に急に太ったってわけじゃないけど、わたし的に「やばい」ラインに差し掛かっていたなと気にしはじめたときに、あの暑い夏の日の那智さんの指摘だったわけ。
グッドタイミングの指摘に、じゃあやるか〜とやっとやる気になったのだ。
いつか書くかもしれないけど、私は20代のころ周囲から「骨をも削る」と言われるほどのダイエットをしたことがある。(といっても6kgくらい落としただけだけど)
別に研究したわけじゃないけど、それなりにノウハウがある。(わわ、そんなすごいことじゃないけど)
だから、いざとなったら、やるのだ!!
ということで本腰を入れて一ヶ月弱。
20代のころの「骨をも削る」のときは、ただ痩せるということが目的だったけど、今回はちょっと違う。
どちらかというと加齢による筋力の衰え、それに伴う「ぷにぷに」解消。
とくに、もともとウエストくびれてない体の真ん中あたりをなんとかしよう。
そこで始めたのがウォーキング。
インストラクターに作ってもらった筋トレのメニューはできる範囲で頑張る^^;
あとは、とにかく歩く。
ランニングマシンで歩く。
それも目的は「カロリー消費」や「持久力アップ」じゃない。
お腹と腰回りをすっきりさせること。
もうめっちゃ自己流。
デューク○家とか「あるあるなんとか」とかで見聞きした情報(電車の中吊りの見出しだけで読んだ気になって、ちゃんと読んだり見たりしてるわけじゃないから、ほんとに見聞き^^)をいいように組み合わせて出した結論は。
「格好良く歩く!!」
姿勢を正しく、大股で、モデルのように腰を振り、「どうだ!!」って感じで歩く。
ポイントは腰回りを捻ること。
それには大きく一歩を踏み出して、膝と膝が触れるくらいに一直線上を歩くようにする。
ね、モデルさんみたいでしょ?
これを時速6kmくらいで約1時間。
ただひたすらがしがしと歩くのだ。
ほんとはウォーキングって、全身運動になって筋力アップの効果もあるらしいから手をきちんと振るほうがいいらしいのだけど、私の目的は「体の真ん中」なので、手なんか振らない^^
ベルトコンベアーみたいな奴の速度に負けないように、格好良く歩くにはバーを持ってないとふらついちゃうの。
だから、体を安定させて、とにかく腰を振るのだ^^
そうすると、最後のほうには腰の辺りが熱くなってきてかるーく痺れるようになる。
なんだか、燃えてるわ!!と思える、嬉しい瞬間。
でも、ただ一時間がしがし歩くだけってかなりの苦行ですよね。
なんでも苦しいだけじゃ続きません。
そこで、ipodくんがとっても役立つのです。
このまったく偏ったジャンルもめちゃくちゃな私のレパートリー。
これが、私の原動力になっているのですね。
入っているのは、ユーミンと椎名林檎と懐かしのユーロビート。
ipodくんはそれらをシャッフルして私を楽しませてくれる。
ユーミンの「DownTown Boy」を聴いては、はじめてキスをした、あのちょっと不良の少年を思い出し、恋に恋していたころを懐かしむ。
ああ、いけない感傷に浸ってしまって、がしがしが疎かになるわ^^;
椎名林檎の「ギブス」、これ大好きなのよね〜、「明日のことはわからない〜♪だからぎゅっとしててね〜♪」、ああ切ない。
思わず、その刹那の魅力に負けてしまいたい衝動に駆られるけど、それを堪えて、その衝動を歩幅を広げることに向ける!!
そして、やっぱり極めつけは「懐かしのユーロビート」
それがかかると速度のレベルをちょっと上げて、さらに「どうだ!!」度をアップする。
もう気分は「お立ち台」時代。
あの、グラグラした不安定な自分を「派手」というインチキな鎧で無理矢理固めて武装して、何かを消耗しながらもこれでもかってくらい腰を振って歩き、男性の視線をはねのけてた、あの頃。
あの不健全な明るさを思い出して、退屈な一時間を高揚の時間に変えるのです。
私が通っているのは夕方の一番空いてる時間。
どちらかというと年配の方が多い。
そんな中、ただひたすら格好つけて歩く、私。
しかも、高揚気味だから、もしかしたら「軽く微笑んで」しまってるかもしれない!!(気を付けなきゃ^^;)
ちょっと変かもしれないけど、何事も楽しくなくちゃ、続かないもんね。
で、効果のほどはどうなんでしょ!?
わたし的には多少変化があるようにも思うけど、正確にはわからない。
(すみません、体重計ったりしてないの、そのへんいい加減です。ジーンズ緩くなったとかで計ってる^^;)
しばらくいろんな事情や那智さんの多忙で裸をお見せする機会がない。(いや、見せたいわけじゃにけど…)
次、いつお見せできるかわからないけど(ほんと見せたいんじゃないのよ…)、そのときに確認してもらお。
ってことは、裸になる時が遅ければ遅いほど、変化が出てるってことよね。
じゃあ、しばらく裸になるような事態にならないほうがいいんだ。
ああ、よかった那智さん忙しくて、私のことかまえなくて。
…はい、負け惜しみです、すみません、正確には「那智さん〜、早くかまってくれないと、早くもリバウンドしちゃうかもしれませんよ〜。だから、早く確認してくださいね♪」でした。
さあ、次回那智さんの感想はいかがなものだしょうか?
ああ、また那智さんにも、皆さんにもハードル上げちゃう悪い癖^^
そうそう、加えてちょっと食事制限もしてます。
これが重要で、これが一番の苦行でした^^
楽しくなくちゃ続かないけど、苦しみを乗り越えないと得られない。
んん!?SMに似てるかも?
庇護
独特な幸福感
那智さんの足下にいるのが好き。
椅子に腰掛けたり、座椅子に座ったりしてる足下にいるのが好き。
腰に腕を回して髪を撫でてもらったり、上を向かされてそのままビンタされたり(ビンタはいつまでたっても怖いけど)、床に付いた掌を靴を履いた足でぎゅっと踏まれたり。
なんでもいい、そこで行われる何かがいいのではなく、那智さんの足下の世界に存在してる私でいるのが、好き。
私をそこに置いて、したいようにしてもらっているのが好き。
那智さんの護られている象徴のような足下が好き。
この護られていると感じることを定期的にしてもらわないと、私はだんだん乾いてしまう。
ほんとは毎日ほしいのだけどそれは叶わないから、時々でも定期的にほしい。
そうしないと心が寂しくなってしまう。
ビンタされてお尻をスパンキングされて幸せに朦朧としながら、那智さんの足下にうずくまる。
掌に足を載せられて、那智さんを見上げて、ああ、わたしこれがほしかったって、心が解ける。
嬉しくて涙がはらはらと流れる。
性癖と、父性を求める欲求を同時に叶えてもらっている幸せな時間だ。
ほんとにこの世界が、わたしには必要。
そう思って聞いてみる。
「わたしは、那智さんの足下にいる、そういう存在になっているというのが、すごーく好きですけど、那智さんはわたしを足下に置くような行為は好きですか?どっちかというと那智さんよりわたしの方が好きですよね。」
そうなんだ、那智さんはそれほどでもないけど、私が好き好んで那智さんの足下にいそいそと行ってる気がするの。
「そうだね、俺は『りん子、幸せそうだな〜』と思って見てる。俺はね、いつもりん子が足下にいると感じてるから、実際に足下にいるときはただの確認作業って感じかな。」
那智さんは目に見えない「存在」でかなり満足できるところがあるみたい。
だから、「りん子がもし死んでしまっても、りん子が存在していたという事実だけで充分だと思う。」なんていう。(もちろんいなくていいってわけじゃないですよ^^;)
多分普段から「りん子を庇護の元に置いてる」と感じているのだろう。
だから、わざわざ足下に置かなくても満たされてる(那智さんが庇護していることで満たされる人だとして、多分そう)
私はダメ。
まだ、那智行半ば。
目に見える、皮膚で感じる、形あるものを欲してしまう。
それがないと、悲しい。
「那智さんはいつもわたしは那智さんの足下にいる存在として感じられてるのですね。じゃあ、わたしの位置は下?わたしたちは対等じゃないのですか?」
話が違う方向にいってる。
対等でいないと苦しくなるくせに、下にいたいという私の矛盾。
お腹を見せて、尊重してという私の理不尽。
だから、つい対等でいるか、確認したくなっちゃう。
「そうくると思った(笑)対等だよ。下にいるけど目線は同じ高さ。たとえば俺が立ってて、りん子が台に乗ってしゃがんでる感じ?(笑)」(←あんまりクラッと来るような表現じゃないですよ^^;)
う〜ん、わかるような、わからないような。
私でさえ、感覚でだけ理解できてるこの関係。
これを言葉にしてみても、読んでくださる方には、まったく理解不能ですよね。
でも、書いちゃう^^
足下にいるの幸せなんだもん。
「足下」=「護られてる象徴」なんだな。
普段から、何かあるとすぐ「那智さ〜ん」と泣きついて、何にもなくても「那智さん♪」ってメールして、そりゃあ、那智さんは「いっつも庇護下」にあると感じますよね。
意外とやってるほうは、受け止めてもらってる意識が薄らいでしまう(それでも感謝は忘れないですよ!!護られているという意識ね)
何事も、加害者より被害者のほうが意識として残りますものね^^;
那智さん、ビンタしてるのに被害者!?
わたし、ビンタされてるのに、加害者^^
那智さんの足下にいるのが好き。
椅子に腰掛けたり、座椅子に座ったりしてる足下にいるのが好き。
腰に腕を回して髪を撫でてもらったり、上を向かされてそのままビンタされたり(ビンタはいつまでたっても怖いけど)、床に付いた掌を靴を履いた足でぎゅっと踏まれたり。
なんでもいい、そこで行われる何かがいいのではなく、那智さんの足下の世界に存在してる私でいるのが、好き。
私をそこに置いて、したいようにしてもらっているのが好き。
那智さんの護られている象徴のような足下が好き。
この護られていると感じることを定期的にしてもらわないと、私はだんだん乾いてしまう。
ほんとは毎日ほしいのだけどそれは叶わないから、時々でも定期的にほしい。
そうしないと心が寂しくなってしまう。
ビンタされてお尻をスパンキングされて幸せに朦朧としながら、那智さんの足下にうずくまる。
掌に足を載せられて、那智さんを見上げて、ああ、わたしこれがほしかったって、心が解ける。
嬉しくて涙がはらはらと流れる。
性癖と、父性を求める欲求を同時に叶えてもらっている幸せな時間だ。
ほんとにこの世界が、わたしには必要。
そう思って聞いてみる。
「わたしは、那智さんの足下にいる、そういう存在になっているというのが、すごーく好きですけど、那智さんはわたしを足下に置くような行為は好きですか?どっちかというと那智さんよりわたしの方が好きですよね。」
そうなんだ、那智さんはそれほどでもないけど、私が好き好んで那智さんの足下にいそいそと行ってる気がするの。
「そうだね、俺は『りん子、幸せそうだな〜』と思って見てる。俺はね、いつもりん子が足下にいると感じてるから、実際に足下にいるときはただの確認作業って感じかな。」
那智さんは目に見えない「存在」でかなり満足できるところがあるみたい。
だから、「りん子がもし死んでしまっても、りん子が存在していたという事実だけで充分だと思う。」なんていう。(もちろんいなくていいってわけじゃないですよ^^;)
多分普段から「りん子を庇護の元に置いてる」と感じているのだろう。
だから、わざわざ足下に置かなくても満たされてる(那智さんが庇護していることで満たされる人だとして、多分そう)
私はダメ。
まだ、那智行半ば。
目に見える、皮膚で感じる、形あるものを欲してしまう。
それがないと、悲しい。
「那智さんはいつもわたしは那智さんの足下にいる存在として感じられてるのですね。じゃあ、わたしの位置は下?わたしたちは対等じゃないのですか?」
話が違う方向にいってる。
対等でいないと苦しくなるくせに、下にいたいという私の矛盾。
お腹を見せて、尊重してという私の理不尽。
だから、つい対等でいるか、確認したくなっちゃう。
「そうくると思った(笑)対等だよ。下にいるけど目線は同じ高さ。たとえば俺が立ってて、りん子が台に乗ってしゃがんでる感じ?(笑)」(←あんまりクラッと来るような表現じゃないですよ^^;)
う〜ん、わかるような、わからないような。
私でさえ、感覚でだけ理解できてるこの関係。
これを言葉にしてみても、読んでくださる方には、まったく理解不能ですよね。
でも、書いちゃう^^
足下にいるの幸せなんだもん。
「足下」=「護られてる象徴」なんだな。
普段から、何かあるとすぐ「那智さ〜ん」と泣きついて、何にもなくても「那智さん♪」ってメールして、そりゃあ、那智さんは「いっつも庇護下」にあると感じますよね。
意外とやってるほうは、受け止めてもらってる意識が薄らいでしまう(それでも感謝は忘れないですよ!!護られているという意識ね)
何事も、加害者より被害者のほうが意識として残りますものね^^;
那智さん、ビンタしてるのに被害者!?
わたし、ビンタされてるのに、加害者^^
覚え書き
独特な幸福感
那智さん、今夜はどうしたの?
那智さんがわたしにいろいろ質問してくる。
めずらしい、どうしちゃったんですか?
声も、なんだかいつもと違う、真剣で暖かくて怖い。
いつもと違う雰囲気に、ちょっとドキドキする。
「今日会ってりん子は何が嬉しかった?」
「那智さんの足下にいられたことです。」
「あとは?」
「ビンタされたことです。」
「あとは?」
「お尻を叩かれたことです。」
「なんでビンタされて嬉しいんだろう?」
「なんででしょうね。」
「りん子は俺にどうしてほしい?」
「いまのまま変わらないでいてほしいです。」
「じゃあ、もっと具体的に、何をしてほしい?」
ためらいながらも、妄想を話す。サイトやブログで目にして気になってしまうことを。
同じ質問を那智さんにも。
「那智さんは、私に何をしたいですか?」
「何がしたいっていうか、りん子はもう俺が命令したことは何でもするだろう。スクランブル交差点でコートを脱いで裸になれって言えばするだろうし、他の男の チンポくわえろって言えばくわえるだろ?(原文のまま、打つのさえ恥ずかしい…)○○しろって言えばするだろ?(ここはちょっと伏せさせて)言うか言わな いか、別でね。だから、俺は、あとは、的確に、ぶれないで、それを指示するってだけなんだよな。」
そうですね、那智さん。
私は那智さんのいうことをきくことが、幸せで嬉しくて感じる。
もちろん、私ができること、那智さんが責任持てること、そこからは出ない話なので、その中で「何でも」です。
もっともっと大変なことをされてる人もいるでしょうから、私のできることはへなちょこな範囲のことだけど^^;
でも、嫌がることを無理矢理させたり、後戻りできないような体にしたり、は那智さんの趣味ではないから、私も委ねられるのです。
「はい、そうですね。」
「りん子さ、前は他の男にフェラチオしたりなんて、絶対無理って言ってただろ?でも、いまは俺が『しなさい』って言ったらするだろ。嬉しいだろ。」
「…、はい、最後には嬉しくなると思います。」
心の中でため息をつく。
そうですね、那智さんの「しなさい」は私の幸せ。
「最後に?いりん子の話をして、そう言われたすぐあとは嬉しくなかった?」
ああ、那智さん、なんてことを言うのですか?
自分でも見て見ぬふりをした、その僅かなわたしを針で刺すような指摘。
今度はほんとにため息をつく。
「…ああ、信じられない、わたし嬉しかったです。」
「そうだよな、もうりん子は俺の命令がなんでも嬉しいんだよね。」
「○○さん(「ゲストを招く」で登場してくださった男性)の時は、『他の男にりん子を抱かせたらどうなるか』って興味で抱かせたけど、いまの俺の気分は『俺の指示でフェラチオしたり抱かれたりしたら、りん子は喜ぶだろう』それを確認したい、なんだ。な、喜ぶだろ?」
「喜ぶでしょうか?わたし…、わかりません。でも、喜ぶのでしょうね…。」
不安を感じて問いかける。
「那智さん、なんでも思い通りになったらつまらないでしょう?」
「うん、ほんとはつまらなくなるはずなんだけど、ならないんだよね。」
人は手に入れたら、もっとエスカレートしていく生き物だ。
そして、全部叶ったら飽きることも、否めない。
そうならないと那智さんは言ってくれるから、それを信じていればいい。
やっぱりわたし犬みたいだ。
那智さんの足下にいて、那智さんと同じ方向を向いて、那智さんが一歩踏み出したらわたしも動く、那智さんのペースで歩く、行きたくない方向に行きそうになったら「わん」と吠えて考え直してもらう(ここが、けっこう厄介^^)、「那智さんと一緒」がこの上なく幸せ。
「なんで、りん子は俺がすると嬉しいだろ?」
「那智さんに全部任せて、那智さんに護ってもらってるってわかるからだと思います。」
ゆっくりと静かに、でも、しっかりとした口調で交わされた会話。
遠く離れた場所で電話で話しているはずなのに、那智さんの足下にいて語りかけられているみたい。
恐ろしい、そして幸福な会話の覚え書き。
この空気を忘れたくないから、ブログ書いてるんだね、わたし。
那智さん、今夜はどうしたの?
那智さんがわたしにいろいろ質問してくる。
めずらしい、どうしちゃったんですか?
声も、なんだかいつもと違う、真剣で暖かくて怖い。
いつもと違う雰囲気に、ちょっとドキドキする。
「今日会ってりん子は何が嬉しかった?」
「那智さんの足下にいられたことです。」
「あとは?」
「ビンタされたことです。」
「あとは?」
「お尻を叩かれたことです。」
「なんでビンタされて嬉しいんだろう?」
「なんででしょうね。」
「りん子は俺にどうしてほしい?」
「いまのまま変わらないでいてほしいです。」
「じゃあ、もっと具体的に、何をしてほしい?」
ためらいながらも、妄想を話す。サイトやブログで目にして気になってしまうことを。
同じ質問を那智さんにも。
「那智さんは、私に何をしたいですか?」
「何がしたいっていうか、りん子はもう俺が命令したことは何でもするだろう。スクランブル交差点でコートを脱いで裸になれって言えばするだろうし、他の男の チンポくわえろって言えばくわえるだろ?(原文のまま、打つのさえ恥ずかしい…)○○しろって言えばするだろ?(ここはちょっと伏せさせて)言うか言わな いか、別でね。だから、俺は、あとは、的確に、ぶれないで、それを指示するってだけなんだよな。」
そうですね、那智さん。
私は那智さんのいうことをきくことが、幸せで嬉しくて感じる。
もちろん、私ができること、那智さんが責任持てること、そこからは出ない話なので、その中で「何でも」です。
もっともっと大変なことをされてる人もいるでしょうから、私のできることはへなちょこな範囲のことだけど^^;
でも、嫌がることを無理矢理させたり、後戻りできないような体にしたり、は那智さんの趣味ではないから、私も委ねられるのです。
「はい、そうですね。」
「りん子さ、前は他の男にフェラチオしたりなんて、絶対無理って言ってただろ?でも、いまは俺が『しなさい』って言ったらするだろ。嬉しいだろ。」
「…、はい、最後には嬉しくなると思います。」
心の中でため息をつく。
そうですね、那智さんの「しなさい」は私の幸せ。
「最後に?いりん子の話をして、そう言われたすぐあとは嬉しくなかった?」
ああ、那智さん、なんてことを言うのですか?
自分でも見て見ぬふりをした、その僅かなわたしを針で刺すような指摘。
今度はほんとにため息をつく。
「…ああ、信じられない、わたし嬉しかったです。」
「そうだよな、もうりん子は俺の命令がなんでも嬉しいんだよね。」
「○○さん(「ゲストを招く」で登場してくださった男性)の時は、『他の男にりん子を抱かせたらどうなるか』って興味で抱かせたけど、いまの俺の気分は『俺の指示でフェラチオしたり抱かれたりしたら、りん子は喜ぶだろう』それを確認したい、なんだ。な、喜ぶだろ?」
「喜ぶでしょうか?わたし…、わかりません。でも、喜ぶのでしょうね…。」
不安を感じて問いかける。
「那智さん、なんでも思い通りになったらつまらないでしょう?」
「うん、ほんとはつまらなくなるはずなんだけど、ならないんだよね。」
人は手に入れたら、もっとエスカレートしていく生き物だ。
そして、全部叶ったら飽きることも、否めない。
そうならないと那智さんは言ってくれるから、それを信じていればいい。
やっぱりわたし犬みたいだ。
那智さんの足下にいて、那智さんと同じ方向を向いて、那智さんが一歩踏み出したらわたしも動く、那智さんのペースで歩く、行きたくない方向に行きそうになったら「わん」と吠えて考え直してもらう(ここが、けっこう厄介^^)、「那智さんと一緒」がこの上なく幸せ。
「なんで、りん子は俺がすると嬉しいだろ?」
「那智さんに全部任せて、那智さんに護ってもらってるってわかるからだと思います。」
ゆっくりと静かに、でも、しっかりとした口調で交わされた会話。
遠く離れた場所で電話で話しているはずなのに、那智さんの足下にいて語りかけられているみたい。
恐ろしい、そして幸福な会話の覚え書き。
この空気を忘れたくないから、ブログ書いてるんだね、わたし。