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非日常的な日常
那智さんのしてくれることは、なんでも幸せ、なんでも快感と自慢げに言っている私ですが、「これはちょっと・・。」というものがないこともないです。
今日はそういうお話。
那智さんとホテルに行くのは三回目だ。
白旗も上げていないし毛布にもくるまれていないころのこと。(何度も言ってしまいますが「惹かれ合う理由」の「白旗を上げた日」と「毛布」を参照してください)
まだぎこちない感じは残る。
はっきり覚えている。
那智さんは、私とSM的なことをするとき、とても自然にできるという。
Sモードに切り替えなんてことなく、手を握るようにお尻を叩ける、おしゃべりをするようにおしっこを飲ませる。
特殊なことをしている感覚を持たずに、自然に振る舞えることがとても心地よいらしい。
それでもはじめのうちは、やはり「スイッチ」のようなものがあって、「よいしょ」ってSMを始める感覚はあったようだ。
それがこの時まで。
その次に会ったときには「切り替えなしで自然に振る舞える」と言われた記憶がある。(多分「白旗」の日)
だから、この時までの那智さんは「Sの表情」をしていた。(そんな表情あるか知らないけど 笑)
その表情で、垂らされたロウソク。
そのロウソクは赤いロウソクだった。(低温ロウソクとか言うの?)
恐らくそういうグッズだろう。
何かで目にしたことがある、SMといえば「鞭と蝋燭」みたいな感じのロウソク。
持っていたスポーツ新聞を床に敷き。
手を背中に回して拘束されて、その上に仰向けに寝かされる。
タイル張りのような床だから、新聞紙一枚だけではゴツゴツして、肉の薄い部分が痛い。
赤いロウソクに火を着けて溶けた蝋が溜まるのを待ってから垂らす。
ぼんやりと熱い。
温かいというほうが正しいかもしれない、ほど刺激が薄い。
以前「熱いほうがいいから」と本物の和ロウソクを使われたことが一度あった。(よろしければ「惹かれ合う理由」の「3回目の旅2」をご覧ください)
その時の熱さが記憶にある私には、その温かさはどう反応したらよいか困惑を招くものだった。
ただ、胸やお腹に真っ赤な模様が点々と着いていく様はグロテスクで、つい見惚れてしまいたくなる。
でも、そんなジロジロ見るのは恥ずかしいから、視界の端で捉える程度にしておく。
温かいのだけれど、いつ垂れてくるかわからないものはやはり恐い。
次の一滴は熱いかもしれないという恐さも伴って(誰ですか?恐さじゃなくて、期待だろうなんて思っている人は! 笑)、多少は身を固くする。
「ごめんね。見えていたら恐いよね。見えなくしてあげるね。」
那智さんは、残った新聞紙を私の顔に被せる。
赤い生々しい模様が増えていくのが見られなくなって、残念。
いつ垂れるかわからないことは恐い、でも、温かさの困惑は相変わらずだ。
私の反応が、いまひとつで那智さんも面白くなかったらしい。
赤いロウソクは、早々に終了した。
体に張り付いた蝋を落としながら、この手間の割に得るものが少ないと結論付けた那智さんは、それ以来ロウソクを使っていない。
私も演技はしたくない。
熱くないのに「熱い」と身をよじることはしたくない。
いまの私が那智さんにロウソクを垂らしてもらったら、どんな反応になるだろう。
赤い模様だけで恍惚できるだろうか。
それとも、やっぱりつまらない反応しかできないだろうか。
垂らす高さによって熱さは変わるはずだ。
それでも反応は変わるだろう。
那智さんも私も「ロウソクはいまひとつ」と思っている。
そんなこともあるんですよ!という話題でこのお話を披露してみた。
でも、これを読んで、もしかしたら那智さんに火を着けてしまったかもしれない。
火傷は避けたいなあ。
それにしても、どうして「SM的な感じ」だけでは満足しないで、ちゃんと辛いことを望んでしまうのでしょう。
この感覚、「変態」以外で説明してくださる方いませんか?
那智さんのしてくれることは、なんでも幸せ、なんでも快感と自慢げに言っている私ですが、「これはちょっと・・。」というものがないこともないです。
今日はそういうお話。
那智さんとホテルに行くのは三回目だ。
白旗も上げていないし毛布にもくるまれていないころのこと。(何度も言ってしまいますが「惹かれ合う理由」の「白旗を上げた日」と「毛布」を参照してください)
まだぎこちない感じは残る。
はっきり覚えている。
那智さんは、私とSM的なことをするとき、とても自然にできるという。
Sモードに切り替えなんてことなく、手を握るようにお尻を叩ける、おしゃべりをするようにおしっこを飲ませる。
特殊なことをしている感覚を持たずに、自然に振る舞えることがとても心地よいらしい。
それでもはじめのうちは、やはり「スイッチ」のようなものがあって、「よいしょ」ってSMを始める感覚はあったようだ。
それがこの時まで。
その次に会ったときには「切り替えなしで自然に振る舞える」と言われた記憶がある。(多分「白旗」の日)
だから、この時までの那智さんは「Sの表情」をしていた。(そんな表情あるか知らないけど 笑)
その表情で、垂らされたロウソク。
そのロウソクは赤いロウソクだった。(低温ロウソクとか言うの?)
恐らくそういうグッズだろう。
何かで目にしたことがある、SMといえば「鞭と蝋燭」みたいな感じのロウソク。
持っていたスポーツ新聞を床に敷き。
手を背中に回して拘束されて、その上に仰向けに寝かされる。
タイル張りのような床だから、新聞紙一枚だけではゴツゴツして、肉の薄い部分が痛い。
赤いロウソクに火を着けて溶けた蝋が溜まるのを待ってから垂らす。
ぼんやりと熱い。
温かいというほうが正しいかもしれない、ほど刺激が薄い。
以前「熱いほうがいいから」と本物の和ロウソクを使われたことが一度あった。(よろしければ「惹かれ合う理由」の「3回目の旅2」をご覧ください)
その時の熱さが記憶にある私には、その温かさはどう反応したらよいか困惑を招くものだった。
ただ、胸やお腹に真っ赤な模様が点々と着いていく様はグロテスクで、つい見惚れてしまいたくなる。
でも、そんなジロジロ見るのは恥ずかしいから、視界の端で捉える程度にしておく。
温かいのだけれど、いつ垂れてくるかわからないものはやはり恐い。
次の一滴は熱いかもしれないという恐さも伴って(誰ですか?恐さじゃなくて、期待だろうなんて思っている人は! 笑)、多少は身を固くする。
「ごめんね。見えていたら恐いよね。見えなくしてあげるね。」
那智さんは、残った新聞紙を私の顔に被せる。
赤い生々しい模様が増えていくのが見られなくなって、残念。
いつ垂れるかわからないことは恐い、でも、温かさの困惑は相変わらずだ。
私の反応が、いまひとつで那智さんも面白くなかったらしい。
赤いロウソクは、早々に終了した。
体に張り付いた蝋を落としながら、この手間の割に得るものが少ないと結論付けた那智さんは、それ以来ロウソクを使っていない。
私も演技はしたくない。
熱くないのに「熱い」と身をよじることはしたくない。
いまの私が那智さんにロウソクを垂らしてもらったら、どんな反応になるだろう。
赤い模様だけで恍惚できるだろうか。
それとも、やっぱりつまらない反応しかできないだろうか。
垂らす高さによって熱さは変わるはずだ。
それでも反応は変わるだろう。
那智さんも私も「ロウソクはいまひとつ」と思っている。
そんなこともあるんですよ!という話題でこのお話を披露してみた。
でも、これを読んで、もしかしたら那智さんに火を着けてしまったかもしれない。
火傷は避けたいなあ。
それにしても、どうして「SM的な感じ」だけでは満足しないで、ちゃんと辛いことを望んでしまうのでしょう。
この感覚、「変態」以外で説明してくださる方いませんか?